血塗られた始まり(ブラッディ・ゼロ):怪しげな男
どうも、毎回投稿に不備が多々ある事で定評のある物書きの端くれこと。
みたらしです。
昨日の長かったのをいい感じ(?)に短くしたので、もう一回投稿し直してます。
改編前のあんな長ったらしいのを読んで下さった方、本当にありがとうございました。
………長話はこの辺にしましょうか……。
それではどうぞ。
●怪しげな男●
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高貴な雰囲気を放つ建物をいくつか通り過ぎ、いよいよ国会議事堂が彼方に見えてきた。
至って見通しの良い道路を一台の赤いランドクルーザーが唸りながら前から走ってくる。
”そう言えばランクルはよくテロリストが使ってる車だったよなー”等と思い出しながら、条件反射で横切る車の車窓から車窓をちらりと横目で見る。
最近の金持ちが雇う類いの強面の屈強な男がきつそうな黒いスーツを着て運転しているだけで、別段怪しい所は見受けられない。
遠くに過ぎ去っていく車を見送り誰に言うでもなく虚空に呟いた。
「平和が一番だぜ………」
呆れ返る程の日本晴れの下再び真っ直ぐ前を見据え、真っ黒な服装をした俺は汗水垂らしてゆっくりと歩を進めていた。
目的地までの道のりは清々しい位に何事も無く、作戦時間の5分以上も前に辿り着いた。
どんな仕事でも早いに越した事はない。
そして俺らの職種からしてみれば今の様に何もない状態こそが理想の状況なので、どっちかと言うと願ったり叶ったりではあるのだ。
……そこまではよかったものの………。
「……うわー………」
額に滲む汗を乱暴に袖で拭いながら俺は心底うんざりしていた。
国会の正門の前には蟻が砂糖菓子に群がる様にわらわらと人だかりが出来ている。
なんの事はない、マスコミが著名人に群がる姿等どこの国でも見られる光景である。
見ろ、人がゴミの様だ。
端的に言うと人混みすげーと言うことだ。あれには絶対に近付きたくない。
…………人気アイドルグループのファンな訳でもねーのに…いや、そもそも日本の政治家にそんなカリスマ性がある訳でもねーのに……よくもまぁこんなに熱心に追いかけてられるなー………。
感心とも呆れともつかない微妙な感想が頭に浮かぶ。
職業が違えばここまで人は違うのだろうか。
そんな思考を頭の片隅に置いておき、途中走りながら続けていた周囲の確認をいよいよ本格的に始める。
…………………………。
……………異常は無い……か…………。
狙撃出来そうな高台やらマンションやらをざっと見たが特に変わった様子は無かった。
勿論これと言った不審な人影もない。
一先ずは安全そうだな……。
だが、だからと言って余裕かましてる程俺もバカじゃない。
スナイパーはある意味では臆病者でなければ務まらない兵種なのだと思う。
………例えるなら…俺みたいな。
いつどこで誰が狙っているかも知れないので、コートの内ポケットに手を突っ込んで拳銃のセーフティを外しておく。
念には念を……ってな。
残された可能性としてはこの人混みに紛れての暗殺か、若しくはずっと飛び回っている偽報道ヘリからの狙撃か。
「……………」
徐に上を見上げると蚊の様に空を飛び回る数機のヘリが日光を反射しているのが小さく見えた。
それが意味するのは詰まるところ拳銃の射程圏外と言う事な訳でして。
……………これ……後者ならハンドガンなんかじゃ対処出来ねーじゃん………。
流石にそれはないとは思いたかったが可能性はゼロではない。
そんな俺の不安を他所に、この国の行く末を取り仕切るお偉方が議事堂から悠々と姿を現す。
撮影機材片手にざわざわしていただけのマスコミ陣が餌を待つ雛鳥の様に騒ぎだした。
今まで静かだったのが遠くからでも耳が痛くなる程一気に喧しくなる。
インタビュー位もう少しスマートに出来ないものなのだろうかとつくづく疑問に思う。
ため息すら出てこない程のうんざりする光景に目を背けたくもなったが、生憎これは仕事なので目を離す訳にもいかない。
政治家ってのも酷な仕事だな………。
どこからでもつつかれる議員達に何となく同情する。
俺が微かに漂う何者かの気配に気付いたのはそんな時だった。
………………………………………。
…………………………!
………………………………………。
一般の人のそれと比べても明らかに異質なものだ。
相手が人間かと疑いたくなる程の無機質な気配。
意識しなければ二度と分別がつかなくなってしまいそうな程希薄な存在感。
ただそれを辿るだけなのに雲を掴む様な曖昧な感が否めない。
探せば探す程薄れていく奇妙な気配に、焦りと混乱が冷や汗となって滲み出てくる。
…………………………。
泥の様な重い十数秒が過ぎ去り、自分の感覚さえも疑わしく思われてきたそんな時一人の男が目にとまった。
「……………」
それは一見ただの一般人。
ただ見るだけではこれと言って特徴の無いどこにでもいる日本人に見える。
徒党を組んで為政者を取り囲んでいる報道陣からは少し離れた場所に立ち、異質な雰囲気を………いや、雰囲気等無いに等しい男性だった。
男は両手をジーンズのポケットに突っ込み銅像か何かの様に微動だにせず、じっとその場で人混みの中の一点を見詰めている。
そんな一際存在感の薄い男の姿を視界の端に捉えた俺は、理由や疑いを通り越して何故か確信した。
…………あいつだ……。
確証はまるで無い。
他から見ればむしろ俺の方が不審人物に見える位だ。
だが動物的な直感に近い本能があの男で間違いないと呟く。
…………………………。
一目で分かる外面的な特徴は、黒縁の眼鏡をかけていて神経質そうな四角い顔をした中背の男性だと言う事。
身体の方はかなり鍛え込んでいる様子だが不要な肉を殆ど削ぎ落とした、ただ見るだけでは非常に分かりづらいものだ。
今の様に外套を着られれば素人目には自分達と同じ一般市民に見える事だろう。
近くに居たとしても見分けられる筈がない。
その上服装に関してもどこでも買えそうなありふれたもので、外套を含めて年相応な見た目の服を年相応に着こなしている感じだ。
徹底した自身の無個性化。
周囲に溶け込む適応力。
そして他に類を見ない霧の様な存在感。
これでは人混みに紛れれば見失うのも必至だ。
気付けたのは奇跡的とさえ言っていいのかも知れない。
「……………」
「……………?」
ここで男は俺の存在に気が付いたのか、徐に振り返り鋭い剃刀の視線をこちらへと向けた。
やっべ……!?
余りに自然過ぎる動作であった為に反応が遅れ、あろうことか視線が交錯してしまう。
………………………………………。
……何だ…この男は………。
言い知れぬ感情が視線を介して流れ込んでくる。
それは俺が知り得ない感情。
それは彼しか知り得ない感情。
熱した鉄の杭で突き刺す様でいて、嫌に心にまとわり付いてくる憎悪とは違う。
殺し屋の持つ無機質ではあるが微かに湿ったカビ臭いそれともやはり違う。
ましてや快楽殺人鬼の様な、ねじの外れた愉悦と執着心丸出しの気色の悪い視線でもない。
―――――荒れ果てた荒野が見えた。
それが善なるものなのか悪しきものなのかは分からない。
だが、あえて例えるなら灼熱のサハラ砂漠の様でもあり、凍てつくシベリアの大地の様でもある。
“混沌”そう表現するしかない。
何もかもない交ぜにした独特の光を放つ暗い目だった。
……………。
静かに対峙する二人の男をよそに、各省の大臣や現首相達がマスコミを掻き分け次々に車の中に消えていく。
逃げる様に車に乗る政治家達に、最早嫌がらせにも見える言葉の数々を浴びせかける各局のインタビュアー。
黒服のSP達が身体を張ってそれらを遠ざけようと黙々と奮闘する姿が視界の端に写りこむ。
だがそれらは今の俺にとっては蚊帳の外の出来事。
注意を引くには程遠い。
辺りは静まり返った月の出ていない真夜中の凪いだ海の様に思える。
身体が徐々に熱を失っていく錯覚に見舞われる。
向かい合っている内に距離感が狂い、妙に息苦しい。
大地を踏み締めている筈の足が心許なく、平行感覚が殆ど頼りにならない。
…………………………。
気が付けば全く動けなくなっていた。
まさに蛇に睨まれた蛙のそれであった。
向こうから何らかのアクションを起こされたとしても今の俺では指先一つ動かせないだろう。
もしあの男が俺を殺す気ならば…恐らく瞬く間に殺される。
謎のプレッシャーが俺の思考を蝕んでいくのが他人事のように伝わってくる。
無言の時間は氷河が流れる様に、或いはどろどろと海まで流れる溶岩の様にとてつもなく長く重苦しい。
数十秒が過ぎ、一分が過ぎ、いつの間にか政治家達は殆ど車に乗り込み終わっている。
不意に一陣の風が吹き抜けて道端に植えられた木の枝を揺らした時、俺に視線を向けたまま男の顔が徐に歪んだのが見えた。
…………………………。
だが何故だろう。
目の前の敵にニヤリと笑った顔を向けられているにも関わらず、不審感や嫌悪感等が一切沸いてこないのだ。
それどころか場違いな安心感さえ抱いてしまう。
そう思えてしまう今の自分の心が何よりも不気味だった。
……………っ!!
その考えに至った瞬間今までの混乱をも吹き飛ばす程の恐怖が生まれ、止まったままだった思考を暴力的に甦らせる。
考えるよりも先に身体が勝手に動き始める。
……………ちっ…!
我に返る切っ掛けが敵の笑みとは何とも皮肉なものだ。
一体どれだけの時間がたったのかいまいち分からないが、ここに来て壊滅的だった思考回路がようやくまともに復旧し”この場であの男を仕留めなければ不味い“と判断を下す。
痺れた神経で強引に身体を制御し、遅いながらも右手を内ポケットに滑り込ませる。
今回ばかりは……やべーかもな………!
心に巣食う弱音と不安を振り払う様にコートを翻し、内ポケットにしまわれている黒い拳銃に手を伸ばす。
無慈悲な冷たい鉄に手が触れ思い切りそれを引き抜いた。
まだハンドガンには慣れていないが、それでも素早く半歩下がって両手で構える。
引き金に指を掛けていつでも撃てる態勢を整えつつ、真っ直ぐ伸びた銃口の先に男を見据えた。
―――――筈だった。
あまりの光景に俺は思わず目を見開いた。
「…………………!?」
眼前で起こった出来事に理解が追い付かない。
世界からあらゆる音が欠落し、自分の心臓の鼓動の音が大音響で耳に響く。
―――――逃げられた。
いや………これは消えたと言うべきなのだろうか?
銃を構えて再びその場を見た時には既に黒縁眼鏡の男は跡形も無く消えていた。
あの男の姿も、あの不可解な気配ももはやどこにも残ってはいない。
慌てて辺りを見渡すも報道スタッフがわらわらと居るだけで、それらしい人物は一人も見当たらない。
「い……いない………!?」
……………!?
当惑した。我が目を疑う光景だった。
銃を撃つなら敵を視界に入れるのは当たり前だ。
場所や状況にもよるが、銃を構える最中にターゲットを視界から外すなんて言うへまをする訳がない。
さっきまでの立ち位置や距離的に考えても俺を無力化するか殺さない限り、あの男が俺の目から逃れられる筈がないのだ。
だがそれをあの男はやってのけた。
それも、俺が見ていた目の前で。
これではあの男がこの場から物理的に消失したとしか言い様が無いではないか。
いつの間に?
どうやって?
答えの無い疑問が募る。
何が起こったのか全く分からない。
理解力不足からくる混乱と恐怖が心を蝕む。
苦々しく舌打ちをして思い出した様にポケットのスマホに左手を伸ばす。
自分が一体何をされたのかはっきりと説明は出来ないが、状況が悪化していない今の内にバックアップ中の神谷にも知らせる必要がある。
何者かも分からない相手をここで逃がしたら後々手がつけられない程危険度が増す。
そして何より顔を見られた。
それによって俺と言う人間は恐らくマークされる事になるだろう。
最悪今後一般人や他の隊員等が、俺が近くに居ると言う理由だけで標的にされるかも知れない。
ここであの男を逃がす事だけは断じて許されない。
焦りながらもなんとか正確にスマホを操作して目当ての連絡先に電話をかける。
任務中だからなのかはたまた祈りが通じたのか、幸いにも彼にはワンコールで繋がった。
いかがでしたでしょうか………(聞く意味あんのかな……?)
この後も何回かはこれが続きます。
もうちょっと待ってください(よくよく考えてみれば待ってくださいばっかだな……)。
では、また次回に。