ナナシ
「なあ、そこのさえない顔した少年、俺に体を貸してくれないか」
小学校から帰る途中で突然声を掛けられて、僕は後ろを振り返った。
誰もいない。
さえない顔とか言われてすぐに自分と思ってしまうのは、
我ながら情けないけど。
「君は誰?どこにいるの?」
「俺には名前も体もない。この意識だけで生まれて、もう何百年にもなる。
でも、俺も体が欲しいんだ。遊んだり、話したりしてみたいんだ。
少しでいい。俺に体を貸してくれよ」
僕がさえないのは顔だけじゃない。
勉強も運動も得意じゃない。
友だちも多くない。
ちょっと好きだった女の子だって、最近別の男の子が好きっていう噂だし……
「……少しだけならいいよ。
僕の体、貸してあげる」
生きてる意味、みたいなものがよくわからなくなってきちゃったし。
「生きてる意味…俺はまさにそれが知りたい!」
僕はナナシ--今付けた名前だ--に体を貸した。
それから数日、ナナシは僕の体を使って生活していた。
びっくりするほど良い感じで。
ナナシは宿題を毎日やって、授業中も前に出て発表することが増えている。
体育のサッカーでも積極的に走ったり声を出したりするので、
だんだんとパスをもらえるようになってきた。
勉強も運動も突然得意になるわけじゃないけど、
何でも楽しそうにやるナナシは自分と同じ体だと思えないほど魅力的で、
正直なところ……少し、うらやましい。
「ねえ、そろそろ僕の体を返してくれないかな?」
「イヤだね。お前より俺の方が、お前の体をよく使えてる。わかるだろ?
俺、楽しくて仕方ないんだ」
体がないのに変な話だけど、
僕は目の前が暗くなる感じがした。
「そんなの困るよ。少しって言ったじゃないか」
「お前、うらやましくなったんだろ?
お前が好きだった女の子も、こないだ俺がサッカーしてるとき、
キャーって応援してくれてたしな」
ナナシは確かにすごい。
勉強も運動もがんばって、みんなから好かれるようになったのも、
ナナシのおかげだと思う。
でも……
「それは僕の体だ。出ていけ!」
必死で自分の体に飛び込む。
「あれ?」
僕の体だ。
意外とあっさり戻ることができた。
ナナシは体を飛び出して、また意識だけになっていた。
「やれやれ……こうなるとは思ってたんだ。
もともと持ち主だったお前は、俺よりその体との相性が良い」
「ナナシ……」
「お前は俺に名前をくれたしな。
いいよ、その体は諦める。
ただ……わかるだろ?自分がどれだけラッキーなのか」
ナナシの言いたいことはわかる。
「俺はもう行くけどさ、お前……
もっと楽しそうにやれよな」
ナナシの声が遠ざかっていく。
僕はしばらくそこに立ったまま、姿の見えないナナシを見送った。
格好良くなくても、勉強や運動が得意じゃなくても、
他の得意がまだ見つからなくても……
人間として生まれてきて、いろいろ挑戦できるなら、
幸せになれるチャンスはあるんじゃないかな、
とか。
そんなことを考えながら書きました。
文字数削減に苦労しました……(^^;