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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

三年目

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第一章3【感情のすり合わせ】

 善治郎がルシンダ・ガジールと対面を果たした日の夜。

 夕食の入浴を住ませた、アウラと善治郎夫婦はいつも通り、リビングルームで向かい合う形で話し合っていた。

 向かい合う形で座るのは、真面目な話をする時。いつの間にか決まった不文律に、善治郎も湯上がりで弛緩しかけていた緊張を取り戻し、妻の顔を正面から見据える。

 複数のLEDスタンドライトに照らし出される愛する妻は、湯上がりのせいか褐色の肌を少し紅潮させたまま、こちらをリラックスさせるように柔らかく微笑んでいた。

「さて、少し話をしたいのだが、よいかな?」

「もちろん、問題ないよ。話の内容はやっぱり、昼間のこと?」

 善治郎の言葉に、女王は小さく首肯する。

「そうだ。私と其方と間で、持って回った言い方も必要あるまい。率直に聞こう。ゼンジロウ、其方はルシンダ嬢をどう思う?」

「どう思うって……」

 聞かれていることは何となく分かるが、余りに漠然とした問いかけに、善治郎は少し困ったように眉をしかめる。

 その様子を見たアウラの脳内に、昼間ルシンダ・ガジールから聞かされた『苦言』が思い出される。

『ゼンジロウ様の側室を必要としてらっしゃるのは、アウラ陛下であって、ゼンジロウ様ではございません。
 それなのに形だけ決定権をゼンジロウ様に委ねるのは、少々卑怯なのではないでしょうか』

 今のような漠然とした問いを投げかけること自体が、側室取りという問題を、善治郎主導で進めようとしているというお為ごかしだ。

 そう自省したアウラは、小さく目を瞑ると一つ深呼吸をし、覚悟を決めたように再び口を開く。

「いや、今の言い方は少々卑怯だった。言い直す。ゼンジロウ、私も其方の後でルシンダ嬢と非公式の会談の場を設けた。
 そこで彼女の人となりを知り、『私は彼女――ルシンダ・ガジールを其方の側室にしたい』と思った。その前提で聞かせてくれ。
 ゼンジロウ、其方はルシンダ・ガジールを側室として迎えるという『私の提案』を受け入れられる余地はあるか?」

 ルシンダを善治郎の側室にしたい。それはあくまで自分の要望である、とアウラは強調する形で切り出す。

 一方善治郎は、アウラのハッキリとした意思表示に少し目を見開いた。

 アウラが明確に、一人の人間をここまで善治郎の側室へ推薦したのはこれが初めてのことだ。

「ええと、アウラ。それは『女王』アウラの決定? そもそも、俺が意見を挟む余地がある話なの?」

 初めて見る、警戒の色の滲ませた夫の視線に、アウラは話の持って行き方を、少し間違えたと悟る。

「もちろんだ。少なくとも現時点で、其方に側室を強要せねばならぬ状況には、陥っていない」

 慌てて女王は言い訳するように、いつもより少し早口でそう言った。

 ルシンダの苦言を受けて、責任を善治郎に投げないよう、自分主導で話を進めようとしたのだが、それが善治郎にはいつもより強く『側室を強要』しているように感じられたらしい。言葉遣いの難しさ今更ながら痛感しつつ、女王は誤解を解くため、言葉を重ねる。

「あくまでこれは私からの提案、要望であり、強制ではない。其方が否と言えばその瞬間にたち消える話だ。ただ、簡単ではあるが、ルシンダ・ガジールを知った私の率直な要望を、其方に知らせておこうと思っただけだ」

「うん。言いたいことは分かった」

 別段状況が急変したわけではないことを理解した善治郎は、表情の険を消すとホッと安堵の溜息を漏らした。

「そうか。アウラは随分と、ルシンダさんの事を気に入ったんだね。でも……」

 言いよどむ善治郎の脳裏をかすめるのは、以前ファビオ秘書官に言われた『忠言』である。

「王族が、生涯一人の側室も持たずに過ごすという『我が儘』は、通用しない可能性が高い」

「ならば、側室というだけで拒絶するのではなく、側室候補の人となりを見た上で、判断を下すべきだ」

 そんな言葉を思い出した善治郎は、しばし考え込んだ後、意図的に抑揚を消した声で返答する。

「俺は……側室を持ちたくない。その思いは変わらないよ。それは大前提として覚えておいて欲しい。でも、それでも立場上もしどうしても、側室を取らなければならない、そういう状況に追い込まれたと想定した場合の話だけど」

 そこで一度言葉を切った善治郎は、大きく一つ深呼吸をすると、

「これまで紹介されてきた女の人の中で、どうしても誰か一人を側室にしなければならないのだとしたら、俺はルシンダさんを選ぶと思う。ルシンダさんが良い」

 そう、一息で言い切った。

「そうか」

 夫の言葉に妻は、満面の笑みを浮かべて首肯する。それは『女王』アウラにとって、予想を大幅に超える最善の返答だった。

 アウラの立場を慮り、アウラの要望を丸呑みと言っても良いほどに受け入れてきた善治郎が、たった一つかたくなに拒絶し続けていた側室問題に、大きな譲歩を見せたのだ。

 しかも、その相手はアウラから見ても極めて好ましい女である。いっそ、出来すぎを疑ってしまうほど『女王』アウラにとっては、都合の良い展開である。

 だが、同時に、胸の奥がジクリと痛むような不快感も感じずにはいられない。

「それは幸いだ。其方にそう言って貰えれば、私も今後の進展に力が入るというものだ」

 かたくなに側室を拒む夫に側室を押しつけておきながら、側室候補を好ましく語る夫の笑顔に負の情念を感じずには居られない。

(ろくでなしにもほどがあるわ)

 女王アウラは喜び、女アウラは嫉妬し、人間アウラはそんな二律背反な自分に嫌悪感を抱く。

 それでも、女王としてのプライドか、表情は完璧な笑みを崩さない。

 為政者として、感情の制御と表情の取り繕いには自信のあるアウラであったが、それは妻を最愛の人とする夫を欺けるほどのものではなかった。

「…………」

 無言のまま対面のソファーから立ち上がった善治郎は、愛する妻の隣に座りなおす。

「ゼンジロウ……?」

 少し驚いたように首を傾けるアウラに、善治郎は大きく何度も深呼吸をした後、口を開く。

「なんか聞こえていなかったみたいだから、もう一回言うけど、『俺は側室を持ちたくない』。アウラがいて、善吉がいて、他には誰もいない。まあ、将来的に善吉の弟や妹が増えるのは歓迎だけど、とにかく、そういう状態が一番嬉しいんだよ」

 静かに、だが熱を込めて念を押す夫の言葉に、アウラは罪悪感に襲われる。

「……すまん」

 ばれた。

 側室を取るように主導したくせに、いざ夫が自分以外の女に好意を向けたら不快感を抱いた、己の浅ましい心を知られたアウラは、うつむき唇を強く噛む。

 そんな妻の様子に、善治郎は困ったように苦笑を浮かべると、膝の上で組んでいるアウラの手を握りしめる。

「ああ、もう。また勘違いしてるでしょ。こっちの立場からしてみれば、アウラに心底側室を歓迎された方が逆にきついからね? 側室取りにアウラが感情面で折り合いがつかなくなってるって言うのは、我ながらちょっと性格悪いと思うけど、嬉しいんだよ。まあ、本当にアウラとルシンダさんの間にガチの確執が出来たりしたら、話は別だけど」

 相当恥ずかしいらしく、頬を紅潮させてそういう善治郎の言葉には、嘘はない。

 いくら言い出したのがアウラだからと言って、側室を持つことにアウラが全く負の感情を抱かなかったりしたら、善治郎は夫としてやはり寂しいモノを感じてしまう。

 自分に対する愛情は、その程度なのか? ひょっとして、自分は女王アウラにとって都合の良い夫であるだけで、アウラという一個人にとって愛する存在ではないのか? 

 側室取りに、アウラが全く負の感情を抱かなかったりしたら、善治郎はそうした疑念を抱かずにはいられないだろう。そういう意味では、今のアウラの隠れた感情に気付いたことで、善治郎は『安心した』とさえ言えた。

「だからさ。こういうときは、ある程度は負の感情も表に出そう。我慢しなきゃ駄目な立場だから、まだ我慢できるからって我慢を続けていたら、アウラが我慢してることに俺、気づけないから。
 そうしてアウラが我慢に我慢を重ねて、将来我慢の限界を超えるのが一番怖い」

 感情の制御と、相手への気遣いは、気心の知れた夫婦の間でも必要不可欠なことではあるが、お互いの感情をある程度言葉にして伝えることもまた同じくらいに重要だ。

 何かを我慢するのならば「嫌だけれど我慢する」、と最初に言葉にしておかなければ、相手にはそもそも我慢しているという状態が理解されない。

「アウラはよく俺のことを、『申し訳なくなるくらいに、なんでも言うことを聞いてくれる』って言うけど、俺の主観ではむしろそれは俺の台詞なんだよね。俺は我慢して飲み込んでいる言葉は、何も無いよ。側室取りとか、社交の場に出ることとか、嫌なことはちゃんと言葉にしてアウラに伝えている。だから、アウラも俺に言葉にして。何も言わないで我慢するのはやめて、さ」

「そう、だな」

 小さく首を縦に振ったアウラは、フッと肩の力を抜き、膝の上で夫の手を握り替えした。

 側室取りは、善治郎の問題ではない。アウラだけの問題でもない。善治郎とアウラ、夫婦の問題なのだ。

「…………」

「…………」

 それからしばらくの間、女王夫妻は心地よい無言の時にその身を委ねるのだった。





 一番面倒な側室関係の話題が終わっても、女王夫妻の間にはまだ他にも伝達事項が残っている。

 真面目は話は向かい合って、軽い話は隣り合って。

 その夫婦の不文律に則り、善治郎は少々間抜けだが、今一度対面のソファーへと座り直す。

 とはいえ、先ほどまで話していた内容と比べればそこまで深刻な話ではないため、その座り姿勢は随分とリラックスしている。

「そういえば、ボナ殿下から連絡が入っていたぞ。依頼していた『耐熱強化』の魔道具が完成したそうだ。早速こちらに引き渡したいそうなので、其方が受け取ってくれ」

「お、完成したんだ、了解。あれ? でも、俺が一人で受け取って良いの?」

 善治郎が首を傾げるのは、原則善治郎は一人でボナ王女と相対することを禁じられているからだ。

 どうにも、善治郎とボナ王女はウマが合いすぎる。ボナ王女に対しては、善治郎のガードが緩くなってしまう。そのため、善治郎はボナ王女と一対一で会うことを、アウラから禁じられているのである。

「ああ、問題ない。向こうはフランチェスコ殿下も同席するし、其方にはファビオを付けるからな。そもそも個人的な話し合いではなく、魔道具の受け渡しという公務だから、おかしな事になる余地はないだろう」

 そういいつつもファビオ秘書官をどうこうさせるあたり、一抹の不安はあるのだろう。

 ファビオ秘書官を苦手としている善治郎としては、あまり喜ばしい指示ではなかったが、一度やらかしている身としては、ここで拒絶は出来ない。

「……了解」

 善治郎は神妙な表情で、首を縦に振るのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 翌日。

 善治郎がボナ王女から『耐熱強化』の魔道具を受け取っている頃、女王アウラはまだ後宮にいた。

 これは極めて珍しいlことである。

 女王として多忙な日々を過ごしているアウラの休みは善治郎より遙かに少ないし、その少ない休みは、できる限り善治郎の休みと重なるようにして取っている。

 そのため、偶然アウラが後宮で一人になるという可能性は無いに等しく、実際これはアウラが意図した通りの結果であった。

 アウラが今居るのは、日頃は余り使っていない後宮の一室である。

 善治郎は延長コードが届くリビングルームと寝室以外ほとんど使っていないが、当然ながら後宮はそんな1LDKマンションのようなショボイ作りではない。

 元々後宮はカープァ王国国王と、その『複数の妻』が、多数の側仕えを従えて、生活するための広大な空間なのだ。

 当然空き部屋は、ここに住んで一年半がたつ善治郎でも、まだ把握出来ていないほどにある。

 そんな空き部屋の一室で、女王はソファーに深く腰をかける。

 そうして待つことしばし。善治郎ならば、そろそろ我慢が出来なくなって、行儀悪く貧乏揺すりを始める頃。

 コンコンとドアがノックされる。

「入れ」

「失礼します」

 一礼をして入ってきたのは、スラリとした中年の侍女。アマンダ侍女長であった。





「お待たせ致しました、アウラ陛下」

「かまわぬ。貴様が多忙である事は理解している。仕事はもう良いのか?」

 見本のように完璧な礼をする中年の侍女長に、女王はそう鷹揚な言葉をかける。

「はい、とりあえず午前の仕事は終えました。日常業務は各部門の担当責任者達に一任して問題ありませんので」

「そうか。では、しばし私に付き合って貰うぞ。そこにかけよ」

「はい、失礼します」

 アマンダ侍女長は一礼して対面のソファーに腰を下ろした。立ち姿勢同様、礼法の教科書のように完璧な座り姿だ。

 アウラは、アマンダ侍女長が対面居座ったのを確認すると、静かに口を開く。

「では、早速だが、要件は他でもない。ルシンダ・ガジールについて、貴様が知っていることを聞かせて貰う」

 アマンダはガジール辺境伯家の一族である。正確に言えば、現当主であるガジール辺境伯の従妹だ。

 ルシンダ・ガジールという女の身辺調査をするに当たって、最初に声をかけるには手頃な相手と言えた。

「承知致しました。ひとまずは、差し障りのない範囲でお話しさせていただきますが、それでよろしいでしょうか?」

「うむ」

 アマンダ侍女長の返答は、明確な「話せない内容もある」という条件付きのものであったが、アウラはその返答に特に激することもなく首肯する。

 アマンダは王家に使える侍女長であると当時に、地方の雄、貴族ガジール辺境伯家の人間でもある。

 そう易々と血族の情報を明かすようでは、むしろ侍女長として信頼が置けない。

 血族の秘は王族にも漏らさない。主筋の秘は王族にも漏らさない。全ては自分の胸の内に秘め、墓場まで持って行く。

 そういう人間だからこそ、後宮の侍女長という重責を任せることができるのだ。

 女王が小さく首を縦に振るのを見て、アマンダ侍女長は話し始める。

「私も基本は王都に勤めておりますので、ルシンダ様とはそこまで深い付き合いではないのですが、その私の目にはあの方は『理想的な貴族女性』に映ります」

「理想的な貴族女性、か」

 女王は侍女長の言葉を口の中で繰り返した。

 アウラはまだルシンダと一度しか会っていないが、アマンダの言わんとしていることは分かる。だが、同時に少し疑問もある。

「確かにルシンダ嬢の人となりは非常に好ましいと思うが、理想的な貴族女性とは少しずれているような気もするが? 貴族女性としては少々才が全面に出過ぎているように感じられるぞ」

 一般的に南大陸は、男中心の社会だ。そのため、出しゃばる女は『理想の女』から外れる。

 ルシンダの場合は、アウラのような『男勝り』な活躍を見せるわけではないが、それでも心の狭い男ならば「出しゃばりな女だ」と眉をしかめてもおかしくないくらいに、表だって動いている。

 だが、そんな女王の疑問に、侍女長は小さく首を横に振る。

「それは現在のガジール辺境伯家では、能力のある女が求められていたからでしょう。そうではない一般的な貴族家ならば、彼女はもっと『一般的な理想の貴族女性』として振る舞っていたと推測します」

 確信を含んだ侍女長の答えに、女王はザラリとした不快感のようなものを感じる。

「それは……状況に合わせて、自分を演じ分けているということか? だとしたら、少々不健康だな」

「演じている、というのは少々違います。ルシンダ様の場合、人格の土台となる考えに『貴族の女は、お家の為最善を尽くすべき』というものがあるのです。その上、ルシンダ様は他者の望むモノを的確に読み取るだけの洞察力と、大概の人間が望む言動を取れるだけの能力がございますから、結果としてそのように見えるだけです」

「なるほど。一見すれば環境に流されているように見えても、それ自体が確固たる価値観に基づく本人の意志、というわけか」

 言われてみれば、思い当たる節もある。

 先日の面会で、ルシンダは当初、無難な受け答えに終始していた。だが、ある程度ところから、並の貴族であればそこまでは言わないであろうという、突っ込んだ厳しい意見を述べるようになった。

 あれも、それまでの会話からアウラの人となりを読み取り、「アウラが率直な意見を求めている」ことを理解した上での変化だと思うと、納得がいく。

「かなり受動的な質だな。ある意味婿殿とは相性が悪い、とも言えるか」

 そう言ってアウラは少し考え込んだ。

 善治郎も、どちらかというと受動的で、人に気を遣うことを『当たり前』の事としている人間だ。両者共が「相手の反応待ち」というのは、お互い動きが取れなくなる可能性が高い。

 考え込む女王に、侍女長はこの日初めて、自分から問いを投げかける。

「陛下、一つご質問をお許し戴けるでしょうか?」

「なんだ?」

「このような場を設けてまで、私にルシンダ様の事を聞くと言うことは、ルシンダ様はそれだけゼンジロウ様の側室として有力な候補となっていると認識して間違いないでしょうか?」

 それは、質問と言うより確認に近い問いかけであった。

 女王は簡単に首肯する。

「ああ。無論、まだ内密にして貰わなければ困る段階だが、私は前向きに考えているし、婿殿も今までで一番良い感触を見せていた。これまでで一番目のある話だと思うし、何とか纏めたい話だ」

 女王の言葉に、アマンダ侍女長は、小さく頷く。

「左様ですか。それは喜ばしいお話ですね。私も正直、ルシンダ様の将来については少し気を揉んでおりました故」

「無理もないな。あれほどの女が婚期を逃していたなど、親族ならば痛恨事だろう。まあ、私にとっては幸いだったが」

「はい。ですから、是非纏まって欲しいお話ですし、私も協力は惜しみません。ただ、それに伴い一つお願いしたいことがございます」

「ふむ、申してみよ」

「ルシンダ様の側室入りのお話を進めるのと平行して、『私の後任』の人事を進めていただきとうございます」

「む……」

 アマンダ侍女長の言葉に、女王アウラは少し厳しい表情を浮かべた。

 言わんとしていることは理解できる。アマンダ侍女長は、ガジール辺境伯の従妹で、今回側室候補となったルシンダはガジール辺境伯の娘である。

 アマンダを侍女長に据えたまま、ルシンダを側室に迎えれば、「ガジール辺境伯家の関係者で、後宮内の有力者が固まっている」という風評が流れることを懸念しているのだろう。

 だが、アウラからしてみると、アマンダの代わりが務まるような人材が、そこら辺に転がっているようならば苦労はない。

「言いたいことは分かるが、多少の風評が流れたとしても、其方にそのまま続けて貰いたいところなのだがな」

 女王からの信頼の言葉に、侍女長は口元に小さく笑みを浮かべながら、

「ありがとうございます。何よりのお言葉です」

 と珍しく崩した表情で小さく頭を下げる。

「ですが、やはり一つの懸念事項ではあります。何より、現状のままでルシンダ様が後宮に入られると、私に遠慮して自分は侍女を一人も連れずに来られそうで怖いのです」

 一般的に側室は、実家から信頼の置ける腹心の侍女を数名――最低でも一人――引き連れて後宮に入ってくる。

 だが、侍女長が親族という状況で、さらに実家の侍女を連れてきたりしたら、自分の派閥が大きくなりすぎることをルシンダは懸念して、身一つで後宮入りしてしまうかもしれない。

 そんなアマンダ侍女長の言葉は、ルシンダと一度しか面通しをしていないアウラにも、理解できるところ話である。

 確かに、ルシンダ・ガジールというの女は、そういう我が身を省みない利他的な雰囲気を漂わせていた。

「しかし、現実問題として、後宮の侍女長は難しいのだ。婿殿は其方がまとめる現在の後宮をことのほか気に入っているからな。側室を迎えるだけでもある程度は波風が立つのに、さらに人事を弄りたくはない」

「それでしたら、部門責任者を昇格させるのはいかがですか? イネスならば能力に関しては、私が保証致しますが」

「駄目だ。確かに建前上は、後宮侍女に家格の上下はない事になっているが、流石に貴族ではないものを一番上には置けぬ」

「でしたら、ララ侯爵夫人にご足労願うというのは?」

「難しいな。乳母上は頑固だ。そして実際、乳母上や乳母夫めのとぶ殿の仰ることも正しい。ララ侯爵夫妻は私への影響力が強すぎる。王都に呼べば、他の貴族達がうるさいだろう」

「そうなりますと、マルケス伯爵夫人はどうでしょう?」

「オクタヴィアか……。確かにあの者ならば能力、人格、家格には問題ないな。懸念事項はマルケス伯爵の影がちらつく事と、そもそもマルケス伯爵が溺愛する若い後妻を手元から離すことに同意するとは、とても思えんということだな」

「左様ですね……」

 もう、思いつく名前はないのか、アマンダ侍女長は口を閉ざす。

「まあ、確かに貴様の言うことも一理ある故、私も後任は探してみる。しかし、下手な後任に後を任せるくらいならば、多少後宮にガジール辺境伯家の色が強くなっても貴様にそのまま侍女長を努めて貰いたい、というのが私の本音だ。ああ、もちろん、そのあかつきにはルシンダには、気心の知れた侍女を最低一人は連れてくるように、命じるつもりだ」

「承知致しました。どうぞ、宜しくお願い致します」

 女王の言葉に侍女長は、ソファーに腰を下ろしたまま深々と頭を下げるのだった。
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