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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

一年目

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第一章3【電力確保のために】

 一度目の転移は気づかないうちに終わったが、二度目の転移は善治郎に軽い酩酊感のような物を残した。

「おおっと」

 一歩横にタタラを踏んだ善治郎は、頭を振って視界が歪む感覚を振り払い、周囲に目を配る。
 アスファルトで固められた道。そこを走る無数の自動車。道の両わきに立ち並ぶのは、コンクリート造りの雑居ビル。
 見慣れた風景と、排気ガス臭い空気の臭いに、善治郎は『帰ってきた』という実感を覚える。
 あまりに変わらない風景に、「ひょっとして、あの異世界での経験は、ただの白昼夢だったのでは?」という疑念すら覚えるが、そうではない証拠に出かけたときは自転車に乗っていた善治郎が、今は徒歩で代わりに筒状に纏めた大きな絨毯を両手で持っている。
 そして、左の小指にはアウラから預かった金の指輪。
 それらの物的証拠が、昨日の一日が夢ではなかったと、善治郎に確信させてくれる。

「っていうか、なんか連続しているふうに見えるけど、実際には丸一日が過ぎてるんだよな。……過ぎてるんだよな?」

 独り言を呟いた善治郎は、途中で自分の感覚に自信が持てなくなった。異世界で一日を過ごしてきた善治郎は、単純に今日が日曜日だと思っているが、地球でもその分の時間が同等に流れたという、その保証はない。
 もしかすると、まだ土曜日なのかも知れないし、最悪、こちらの世界では何日も時間がたっている可能性もある。
 まあ、周囲の景色に大きな変化はないし、気温や太陽の角度もほとんど変わっていないので、まず大丈夫だとは思うが。

「やばい、まずは現状確認だ」

 悪い方向に想像を働かせた善治郎は、ブルッと身体を震わせると、両手でしっかり撒いた絨毯を担いだまま、早足で自宅へと向かうのだった。





「よかった。時間のズレはほとんどないみたいだ」

 六畳一間の独身アパートに戻り、電波式の置き時計で今日の日付と時間を確認した善治郎は、ホッと安堵の溜息を漏らした。
 善治郎が異世界に持ち込んだ腕時計と電波時計は、同じ時刻を示している。
 どうやら、向こうとこっちの時間の流れはほとんどシンクロしているらしい。これは幸いである。なにげに軽く考えていたのだが、向こうとこっちで時間の流れに差があるとすれば、善治郎の異世界生活ブランは根底から狂う。
 なにせ、再召喚の約束は、あくまで「異世界基準の三十日後」の約束なのだ。もし、異世界とこちらの世界で時間の流れが異なっているのだとすれば、これから善治郎は毎日いつ召喚されるのか、ビクビクしながら生きなければならないところだった。

 そうなれば当然、異世界に婿入り道具を持ち込むのも夢のまた夢だ。なにせ、魔方陣の絨毯を発動させるには、少量とはいえ善治郎の鮮血を垂らしておく必要があるのだ。まさか、いつ召喚されてもいいように、二十四時間体勢で、ダラダラ血を流し続けておくわけにもいくまい。

 ともあれ、最大の懸念事項が杞憂に過ぎないと分かった善治郎は、一転明るい表情で部屋の隅に設置してあるパソコンの前に座り、電源を入れる。 

「よし、時間はあるようでないんだ。検索、検索」

 善治郎は、パチンと両手で両頬を張ると、気合いを入れ直して、声を上げる。
 一ヶ月という時間は、長いように見えて短い。
 取引先とアポを取って、時間を調節して、プレゼン用の資料を作っているうちに、気がつけば過ぎ去っている程度の時間でしかない。
 善治郎は、思いつく限りの検索ワードを片っ端から入力していった。





「……がああ! やっぱり無理か、これは」

 数十分後。善治郎は、検索サイトを開いたパソコンの前で、頭をかきむしっていた。
 異世界生活で、切実に欲しいと思ったものの大半は、電気機器だ。エアコン、冷蔵庫、照明など。どれ一つとっても、安定した電気の供給無しで使える物は存在しない。
 よって、善治郎が最初に目を着けたのが、家庭用の小型発電機だったのだが、当然といえば当然だが、異世界に持ち込んで、年単位で電気を供給し続けてくれるような代物は、そう簡単には存在していない。

「一番簡単なのは、ディーゼルやガソリン式の発電機なんだけどなぁ。燃料がなあ……」

 キャンプ用品として売られているこの手の発電機は、設置の手間もなく、簡単に電気を供給できるが、当然ガソリンや軽油といった、特殊な燃料を必要とする。
 以前、バイオディーゼル燃料を、自作している人の話を聞いたことがあったので調べてみたが、異世界で善治郎のような素人が、再現できる代物には見えなかった。

 大ざっぱに言えば、バイオディーゼル燃料の材料は、『植物油』と『メタノール(メチルアルコール)』と『苛性ソーダ』の三つだ。
 このうち、異世界で入手可能なものは植物油のみ。メタノールと苛性ソーダは善治郎が自作するしかない。メタノールは炭焼きの時に生じる木酸液を蒸留すれば作れるらしいし、苛性ソーダはイオン交換膜で繋がった二連水槽と電源があれば、作れるという情報を得たが、どう考えてもどちらも善治郎の手には余る。

 無論、薬局でエタノールや苛性ソーダを大量に買い込み、向こうに持ち込むという手はあるが、そんなことをするくらいなら、最初からガソリンスタンドに行って予備の軽油をポリタンクに詰め込み、持って行った方が早い。だいたい、そもそもそんな絨毯一枚分しか持ち込めない量の燃料では、電気の供給は一ヶ月も持たないだろう。

「火力は駄目、と。となると、後は風力か、ソーラーか?」

 風力は比較的現実的だ。異世界でも風は吹いている。しかし、気になるのはその発電量の気まぐれさだ。文字通り『風任せ』なのだから、万が一凪の熱帯夜などになられては堪らない。
 ソーラーに至っては論外だ。善治郎が一番切実に必要としているのは、『夜の照明』の電力なのだ。
 昼間しか使えない電気など、魅力が半減どころの話ではない。一応、夜に対応するように、大型バッテリーを搭載したタイプというのもあるのだが、バッテリーというのは非常に寿命の短い『消耗品』なのである。

「後は、最近はやりの風力とソーラーのハイブリッド発電か。これは悪くはないよな、うん」

 善治郎は、コップに注いだペットボトルのお茶をすすり、またマウスに手を戻す。
 冷静に考えれば、このハイブリッド発電機が一番無難だろう。メーカーの売り文句では「説明書通りに組み立てれば、どなた様でも即日使用可能」と書いてある。
 その売り文句を信じて良いのならば、善治郎一人でも異世界で設置可能であるはずだ。
 しかし、そこまで結論が出かけた善治郎を悩ませているのは、偶然見つけた、もう一つの発電装置の存在だった。

「家庭用水力発電機か、こんな物もあったんだな……」

 善治郎はその魅力に取り憑かれたように、呟いた。
 風力、ソーラーと違い、場所を選ぶせいであまり一般的には広まっていないが、今や家庭用小型発電機の波は、水力にまで押し寄せている。
 水力発電の魅力は、いうまでもなくその二十四時間の持続性と、他とは一線を画する圧倒的な発電量だ。
 風力やソーラーでは、一般家庭の発電量を賄いきるのは、理想通りの風・太陽光があっても難しいが、水力は違う。メーカーのカタログスペック通りの性能を期待して良いのだとすれば、その発電量は小型の物でも一般家庭の総消費電力を上回る。

 だが、そんな魅力的な水力発電にも問題はある。

「あの王宮の近くに川とか水路とかあるのかな?」

 滞在中、王宮から一歩も外に出ていない善治郎である。王宮の周囲に、水力発電機を動かせるだけの水源があるかどうか分からないという、根源的な問題があった。
 王宮では何百人という人間が生活しているのだから、水源がないはずはないと思うのだが、なにせ相手は魔法のある異世界である。

「はい、水はそれ専用の魔術師が、毎朝魔法で作っています」

 などと言われる可能性もゼロではない。
 ならば、水力発電機とハイブリッド発電機の両方を購入すれば、とも一瞬考えたのだが、そこには予算という問題が立ちはだかる。

 残業代だけはごまかさない半ブラック企業に、数年務めている善治郎の貯金総額は、300万円強。
 20代前半の若造の預貯金としては、なかなかの金額ではあるが、目的を考えれば潤沢な資金とは言えない。

 善治郎が目を着けているハイブリッド発電機の値段が約50万円。水力発電機に至っては実に150万円もする。
 発電機以外にも、大型エアコンや冷蔵庫、照明器具や新しいパソコンなど、予算を回したいものはいくらでもある。さらには下着や歯ブラシ、石けん、タオル、バスタオル、鼻かみ用のガーゼのティッシュなどもまとめ買いをすれば、馬鹿にならない金額になるだろう。
 そこにアウラに送るペアの『結婚指輪』もプラスされるとなると、発電装置だけに全体の3分の2もつぎ込む訳にはいかない。
 しかし、発電装置の目処が立たない限り、持って行く電化製品が決まらない。

「あー、結局はどっちかを選ぶしかないのか。無難な小電力か、使えない危険のある大電力か。うーん……」

 即決するのは難しい問題だが、あまり時間を掛けるわけにもいかない。そこらへんのスーパーで、肉や野菜を買ってくるのとは訳が違うのだ。注文すれば、次の日に届くような代物ではないし、その設置方法、運用方法を覚えるには、ある程度の時間が必要だろう。
 設置のやり方は、マニュアルさえあれば、向こうの世界で直接試すことも出来るが、こちらで一度練習しておけば、分からないことを電話なりメールなりで、販売会社に問い合わせることができる。

 だから、決断は早い方が良い。それは善治郎もわかっている。

「わかってる。わかってるんだけどなー。あー……どっちにしよ」

 それでも善治郎は即座に結論を出せずにいた。
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