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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第十二章6【辺境伯の対応】

 アウラが善治郎に、これまで秘していた深く暗い業を打ち明けた数日後。

 女王アウラは、王宮の一室でガジール辺境伯と、会談の場を設けていた。

 もちろん、ガジール辺境伯も、息子のチャビエルを通して、前回の衝撃的な会談の内容は聞き及んでいる。



 プジョル将軍とチャビエルが、プジョル将軍とガジール辺境伯家長女ルシンダ・ガジールとの結婚許可を申し出たこと。

 その場で、アウラが「ルシンダには善治郎が興味を示している」と告げたため、急きょプジョル将軍が、結婚相手を次女のニルダに変更したこと。

 だが、アウラはニルダの存在を知らず、王家の『名簿』にその名前が記されていないと明言したこと。



 そうした一連の事情を踏まえた上での、面会の申し込みである。

 だから、アウラは非常に驚いていた。なぜならば、ガジール辺境伯の口から出た言葉が「娘二人の王都召喚は、しばらく見合わせたい」というものだったからだ。


「ルシンダ嬢とニルダ嬢を王都に呼ぶのは、年が明けてからにしたいと言うのか? 流石にそれは理由を聞かせよ」

 不快感を示すように、わざと眉の間に皺を寄せた女王は、そう少し強い口調で、対面に座る初老の大貴族に説明を促す。

 女王のきつい視線を浴びせられたガジール辺境伯は、建前上は恐縮したように頭を下げつつも、全く揺るぎない低い声で答える。

「はっ。陛下もご存じの通り、我がガジール辺境伯領は巨大群竜騒ぎの影響で、しばらく塩の供給が止まっておりました。
 その一件は、陛下のご威光とプジョル将軍の助力によって無事解決いたしましたし、肝心の塩も将軍が機転を利かせて、討伐途中に第一陣を領地に届けてくれました。
 しかし、その後の手続きのため、息子のチャビエルと我が領地の兵士百名は、まだ王都に留まったままなのです。
 現領主である私、次期領主である息子、息子が率いた領地の兵士百人が王都にいる現状で、さらに娘を二人とも王都に呼ぶとなると、領民の動揺が無視できません」

 ガジール辺境伯の説明に、アウラはなるほどと納得した。

 いくら「事件は解決した。もう、問題ないぞ」と声明を発表したとしても、その自体解決に赴いたはずの兵士達は帰らず、兵を率いていた次期辺境伯も王都に向かったままなのだ。

 そこで、さらにルシンダとニルダが王都に向かうようなことがあれば、領内に悪い噂が立つ可能性が高い。

 最悪、「ガジール辺境伯家は、この領地を見捨てて逃亡した」と言う者が出てもおかしくはない。

 もちろん、現実的な話ではない。確かに、塩の街道が封鎖されてガジール辺境伯領は一時的に塩不足に陥り、困っていた。だが、それはあくまで一時的な問題であり、それだけで領主一族が領地を捨てて逃げるような問題のはずがない。

 だが、この場合事実は全く関係ない。「領地に難題が持ち上がっていた」タイミングで、領主一族が口頭では「問題は解決した」と言いつつ、全員がそれぞれそれらしい理屈を付けて「領地を離れて王都に向かう」という現実を見た領民が、どう思うかが問題なのである。

「確かに、それは懸念される問題だな。貴様等地方領主にとっては、領地の安寧こそが最重要課題。優先順位はそちらが上か」

 良くも悪くも地方領主は、自領が第一である。極端な話、長女のルシンダが生涯独身で過ごしても、次女のニルダが王国から正式に貴族と認められなくても、ガジール辺境伯領そのものは、どうにか回る。対して、万に一つの可能性であるが、領民達に「領主一族が自分たちを見捨てて逃亡した」などと本気で思われてしまえば、取り返しの付かない事態になりかねない。

「それでルシンダ嬢とニルダ嬢の王都上がりは、年明けということか。つまり、チャビエル卿と入れ代わりになるということだな」

 確認する女王に、初老の大貴族は首肯する。

「はい。チャビエルはまだ若輩の身ですが、曲がりなりにも当家の跡取りです。彼奴が今回群竜退治に尽力した兵士達と共に、領地に戻れば、娘二人を王都に召喚しても、領民の動揺は抑えられましょう」

「ふむ。となると、今年中に此度の群竜討伐における報償を、決定してやらねばならぬことになるな」

 女王はそう言って、意味ありげにその赤茶色の双眼を少し細める。

「はっ、そうして戴けると、幸いです。無論、この件に関しては、私はただ陛下のご決断に従うのみですが」

 初老の大貴族はあくまでも実直にそう答え、頭を下げた。

「ふむ……」

 アウラはしばし考え込む。

 元々、当初の取り決めでは、『群竜討伐』の報償は、チャビエルに直接渡すという条件になっていた。

 そう言う理由でチャビエルを王都に長期滞在させ、ゆっくりと若い次期辺境伯を王都の色に染めることで、王家の地方への影響力を高める。

 そんなアウラの思惑だったのだが、今年はあと一月ちょっとしか残っていない。たったの一月では、大きな影響を与えるのは難しい。

(当初の約束を盾にとって、チャビエルの帰還を認めない。もしくは、チャビエルを早期に帰還させたければ、報償の減額を飲め、という交渉もできなくはないが……)

 一瞬そんな即物的なことを考えたアウラであったが、すぐにその考えを捨てる。

 今回の一件には、王家の失態である『名簿の一部紛失』と、王家の都合である『善治郎の要望によるルシンダ・ガジールの召喚』が含まれている。

 こちらの不手際や、こちらの都合でガジール辺境伯家に予想外の動きを強いている部分があるのに、当初の取り決めに固執して、向こうの都合の予定変更を認めないようでは、不評を買うことになる。

 もちろん、女王であるアウラにはその不評を気にせず、押し通せるだけの権力もあるが、強権をそう簡単に発動していては、王家の潜在的な敵を増やすことになりかねない。

 素早く頭の中で計算を廻らせたアウラは、わざとらしく一度溜息をつく。

「そういう事情であれば仕方があるまい。どうにか時間の都合を付けて、年内に報償を決定して、チャビエル卿と旗下の兵士達の帰郷許可を出そう」

「はっ、ありがとうございます」

 主君の言葉に、初老の貴族は畏まり、頭を下げる。

「ただし、当初の予定を繰り上げることになるからな。まずその方が、今回の遠征でかかった費用の概算を出せ。実際に消費した資金、糧食はもちろん、遺族への手当なども数に含めてかまわぬ。だが、万が一その数値がこちらの想定をあまりに大きく超えるようであれば、以後報償の金額に関してガジール辺境伯家の口出しは許さぬ。
 私が独断で、決める」

 きつい口調で女王は、そう宣言した。

 言っている内容を簡単にまとめれば「そっちの希望をくんで、報償決定の時間を繰り上げるのだから、そっちもあまり細かなところで駄々をこねるなよ」と釘を刺しているのだ。

 女王の真意を理解したガジール辺境伯は、今一度頭を下げる。

「はっ、承知しております。最終的な決定は陛下にお任せいたします」

「うむ、悪いようにはせぬ」

 予想通り、素直な答えを返すガジール辺境伯に、女王は少し表情を緩めて頷いた。

 ガジール辺境伯は、大貴族の基準でいえば、実直な物言いを好む人間である。そのため、こちらが道理を通せば、話が通じやすいため、アウラとしても比較的会話をしていても、ストレスのたまらない相手である。

 ただ、そう考えると今日のガジール辺境伯の提案には少し疑問が残る。

 戦場ではともかく、日常の政務においては「場当たり的」な対応を取ることの多いガジール辺境伯には、珍しい気の回しように感じられたアウラは、その疑問を素直にぶつける。

「事情は分かった。しかし、こう言っては何だが、そなたにしては珍しい気の回しようだな、ガジール辺境伯。貴様に今回のような、細やかな心遣いが出来るとは正直思わなかったぞ」

 女王の少々失礼な褒め言葉に、初老の武人は気を悪くする風もなく、照れたように頭を掻く。

「いえ、白状すれば自分で気付いたことではないのです。チャビエルから一連の話を聞いた私は、即座に小飛竜を飛ばし、娘二人に王都へ上がるよう命じたのですが、それを受けた長女のルシンダが小飛竜を飛ばし返し、先ほど私が申し上げたような『懸念事項』があるのだが、本当に自分たちがそろって王都に上がっても良いのか? と確認してきた次第でして」

「……ほう」

 ガジール辺境伯の返答に、女王は感心したような声を発する。

 ガジール辺境伯が王都に勤めている現状、領地を切り盛りしているのは、次期辺境伯であるチャビエルではなく、長女のルシンダだと話には聞いていたが、どうやら噂で聞いていた以上にルシンダは、父ガジール辺境伯の信頼を得ているようだ。

「ルシンダ嬢は、噂以上の才女のようだな」

「ありがとうございます。陛下にお褒め戴くほどのものではございませんが、私としては正直随分と助けられております」

 女王の言葉に、ガジール辺境伯は謙遜しつつも、嬉しそうに目を細めて胸を張った。

 続けてガジール辺境伯は、提言する。

「現在、領地にいる娘達は、詳しい事情が分からないままヤキモキしていることでしょう。あまり詳しい内容となりますと、小飛竜で飛ばすわけにもいきません。そこで、私の腹心に、詳しい事情を記した書状をもたせて、陛下のお力で領都まで『飛ばして』頂きたいと考えているのですが、いかがでしょうか?」

 アウラの力で『飛ばす』。それは、言うまでもなく、『瞬間移動』の要請である。

 ガジール辺境伯の要請に、女王は小さく首を傾げる。

「ふむ。それはかまわぬが、今回の一件に絡むとはいえ、それはあくまでガジール辺境伯家から王家に対する正式な要望と見なさせてもらうぞ?」

 アウラがわざわざそう断ったのだが、王家の都合で使う『瞬間移動』を使う場合と、貴族の都合で使う場合とでは、明確に扱いが違うからだ。

 貴族の都合で『瞬間移動』を使ってやる場合には、その貴族から王家に対して、少なくない代金を徴収する取り決めになっている。まして今は、王国内に使い手が女王アウラしかいない非常事態だ。料金は割り増しになっている。

 そうした事情は、当然ガジール辺境伯も承知している。

「はっ、承知しております。陛下のご助力に対する感謝の心は、形あるもので示すつもりです」

 そう、素直に答えて、深く頭を下げるのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 女王アウラがガジール辺境伯と対面をはたしていた頃、善治郎は王宮の最奥に位置する書庫で、問題の『名簿』を漁っていた。

 分厚い石造りの壁には、明かり取りの窓も極々小さく、実用性しか考えられてない木製の棚には、無数の書物が無造作に陳列されている。

 真昼だというのに真っ暗に近い室内は、直射日光が入り込まず、室温も比較的低めという点においては、書物に優しそうな環境だが、湿度は下手をすると王宮の他の部屋より高そうだ。

 これでは紙が水を吸って大変なのではないか、と考えた善治郎だが、よくよく考えてみると、カープァ王国に植物性の紙はない。紙とは竜種の皮をなめして作る『竜皮紙』のことを刺す。植物性の紙と比べれば、湿度にはそこまで気を配らなくても良いのかも知れない。

「しかし、こうして外から眺めているだけで、本が進化していく過程が見えて面白いなあ」

 暗い本棚を眺めて、善治郎は思わずそう呟く。

 カープァ王国の歴代貴族をくまなく網羅していると豪語する名簿だ。そのうたい文句には少々誇張が入っているが、それでも一番古い書物ならば数百年は前の代物である。現代のような紐で綴じられた本の形になっている物は全体で見れば少数に過ぎず、巻物になっているものや、そもそも竜皮紙ではなく綿布に記しているもの。さらには、木の板を薄く削った木簡に穴を空けて縄紐で綴じているものもある。

「とりあえず、用件を済ませるか」

 そう呟いた善治郎は、最も新しい名簿二冊を手に取ると、書庫の片隅に設けられている椅子と机に向かう。

 この薄暗い書庫の中で、書物に目を通そうと思うと、灯りが必要になる。しかし、言うまでもなく、書斎の中で火を灯すというのは危険な行為だ。

 そのため、この机に備えられた蝋燭立て以外は、火の持ち込みは厳禁となっているのである。

 分厚い石造りの書庫の中、蝋燭の明かりだけを頼りに、歴代王が書き記した竜皮紙に目を通すのだ。その不自由ささえも、「とてつもない機密に触れている」という気分を盛り上げてくれる。

 だが、当然だが、善治郎の場合は、その不自由をそのまま甘受する理由がない。

「よしっ、だいたいこんなもんだな」

 善治郎は、最新の『名簿』を小さな作業用机の上で広げると、立ったまま、真上から持ってきた手回し式のLED懐中電灯で照らし出す。

 そして、まばゆい白色光でしっかりと開いたページ全体が問題なく読める状態である事を確認した後、善治郎は懐中電灯と逆の手に持っていたデジタルカメラで、『名簿』のページ全体を撮影する。

「これで大丈夫だと思うんだけど……よしよし大丈夫。これなら問題なく読める」

 善治郎はたった今撮影したばかりの静止画をデジカメ背面のディスプレイに呼び出し、『名簿』のページ画像が、文字を読める程度に撮影できていることを確認した。

「この調子で撮影を続けよう」

 机の上の『名簿』をめくると、善治郎はまた先ほどと同じように、真上から懐中電灯で照らし、デジカメでページを写し取る。

 ページをめくり、撮影。ページをめくり、撮影。ページをめくり、撮影……。

「ああ、面倒くさいッ。『名簿』を後宮まで持ち込めれば、こんな面倒なことしなくても、スキャナで取り込めばそれで終わりなのにッ!」

 単純作業に嫌気のさした善治郎の口からそんな愚痴が漏れるが、このデジカメによるページ撮影という方法とて、この世界の基準で見れば目を剥くほどに効率的な複写方法である。

 この世界で、書物の複製を取ろうと思うと、目で見て手で書くしか方法がない。

 それと比べれば、見開き一ページをものの数秒から十数秒で写し取る、デジカメでの撮影は卑怯なくらいに早い。

 口では愚痴を漏らしつつも、善治郎は当初の予定通り、最近の名簿二冊分を撮影し終える。

 善治郎の撮影技術では、少々読みづらいページもあるが、どうしても読めないページは、後でもう一度撮影し直せば良い。

「よし、後はこれをPCに入れて、内容を見ながら、表計算ソフトで打ち直せばいいな」

 それが善治郎が今やろうとしている事であった。

 今回の『ニルダ・ガジール』の一件で発覚した、『名簿』紛失事件は、近々アウラが公式に発表する予定になっている。

 それまでに現在生きている貴族達の分だけでも、『名簿』のデジタルデータ版を作成し、素早い対応が可能な体勢を作っておきたい。

『名簿』のような機密重要書類をプロテクトもかかっていないパソコンに取り込むなど、地球ならばかなり無防備な話だが、こちらの世界ではパソコンは善治郎しか持っていないし、扱えるものも現状善治郎一人しかいない。機密という意味では、むしろ書面で残しておくより保たれる。

「書類を調べるのに、いちいち竜皮紙を目で追っていくのも大変だからなあ。表計算ソフトに入れちゃえば、名前検索ですぐに欲しい情報にたどり着けるようになるだろうし。
 今回みたいなことが起きた時の対策として、今後『名簿』に追加していくときは、相手貴族に渡す『控え』も事前にスキャナで取り込んでおいた方が良いかも。
 あ、でもそうやってデータ量増やし続けたら、流石にPCのハードディスクだけじゃいずれ収まりきらなくなるか。ああ、外付けハードの一つぐらい買っておけば良かったかなあ? いや、でもそもそもPCにだって寿命があるんだから、現状はともかく、将来的にもPCがある前提でものを考える方が危険か」

 ぶつぶつと独り言を呟きつつ、『名簿』を元の位置に戻した善治郎は、懐中電灯で暗い足下を照らしながら、書庫を後にするのだった。
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