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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

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第十二章5【サンチョ1世とカルロス2世】

「端的に言えばそなたの想像は、九割方当たっている。そなたが誤解しているであろう点は、あの夜の出来事の内、『サンチョの戦死』だけは私にとっても、本当に予想外であった、ということだ」

 揺るがない表情と、落ち着いた声色で、女王は説明を始める。

 口調こそプライベートの口調に近いものの、その体から発している雰囲気は、王宮で女王として振る舞っているときのそれ、そのものだ。

 そんな女王の威圧感に圧されたように、善治郎も座り姿勢を直し、神妙な表情でアウラの言葉に耳を傾ける。

「サンチョが兄の敵討ちに固執すれば、遠からずして敵国を滅ぼすことには成功しただろうが、同時にカープァ王国の国力も下がる。下手をすれば他国に攻められてカープァ王国が滅亡してもおかしくはない。それくらいに敵討ちに執着するサンチョの妄執は、国にとって害悪だったのだ」

「うん、それは分かる」

 アウラの説明に、善治郎は小さく頭を縦に振る。

「だが、サンチョの妄執に、我が国以上に苦しめられている国があった。どこかは分かるな?」

「敵討ちのターゲット。敵国、でしょ?」

 アウラの問いとも言えぬ問いに、善治郎は即答した。

 それは、聞くまでもない結論だ。サンチョ1世の妄執はカープァ王国の弱体化を招き、場合によっては国の滅亡に繋がる愚挙であるが、その前に敵国は滅ぶことになるのだ。たとえその後、カープァ王国も滅んだとしても、敵国にとっては大した慰めにはならない。

 そう言う意味では、一番馬鹿なことをやらかしたのは、最初にサンチョの敬愛する兄王――エンリケ4世をだまし討ちで仕留めた、敵国国王なのかもしれない。

 女王は重々しく頷く。

「そうだ。だからあのとき、敵国にも我々同様、停戦派は存在した。この場合、敵国とはいえ、停戦派は、目的が同じだ。手を結ぶ余地はある。いや、正確に言えば、目的のためには手を結ばざるを得ない相手だったと言える」

 停戦という結果は、片側の陣営だけでたどり着けるものではない。交戦中の両陣営が、意を揃えて発表しなければ、絶対にたどり着けない結果である。

 そのため、両国の停戦派が裏で手を組むのは、むしろ必然とさえ言える。だが、表向きは敵国同士。明るみに出せるたぐいの話ではない。

「詳しい経過は省くが、私達は秘密裏に敵国の停戦派と交渉を持った。一刻も早く停戦にこぎ着けたいという共通の認識を持つ私達と敵国の停戦派は、裏で手を結び、停戦の障害となる両国の『徹底交戦派』を排除することに決めた」

「…………」

 女王の告白に、善治郎は渇いた喉をゴクリと鳴らす。

 どう言いつくろったところでそれは、「敵国と通じて味方を謀殺した」以外のなにものでもない。

 仮にも戦乱期を生き抜いた戦勝国の女王が、その両手を血で汚していないはずがない。頭では分かっていた事実だが、いざ本人の口から聞かされると、やはり少し身構えてしまう。それも、その謀略の刃を向けた先が、敵国ではなく、同国人だったとなるとおさらである。

 緊張に身を固める夫の様子にも、女王は顔色一つ変えることなく続ける。

「大筋の話は簡単に決まった。まずこちらに「敵軍の夜間行動を察知した」という偽情報を流し、夜襲を起こさせる。その夜襲を敵軍が待ち伏せ。こちらの夜襲部隊がさんざんに叩かれたところで、私の率いる援軍が到着。敵の待ち伏せ部隊を逆に叩く。そう言う流れだった」

 言うまでもなく、カープァ王国の「夜襲部隊」と、敵国の「待ち伏せ部隊」が、謀殺の対象である両国の『徹底交戦派』である。

 もちろん、曲がりなりにも戦という形を取る以上、殺したい『徹底交戦派』のお偉方だけでなく、その下で闘っている一般兵士にも多数の死者がでる。

 だが、その被害を許容してでも、早期停戦にこぎ着けなければ、兵士達の被害はその程度では済まなくなる。アウラはそう判断を下した。

「そこで、問題になったのが両国の国王の扱いだ。幸い、といっては何だが、向こうの国王を謀殺することに関しては、さほど問題がなかった。徹底交戦派の急先鋒である当時の国王と、停戦派の王弟――現国王は元々不仲だったからな。あちらとしても、停戦にこぎ着けられるのならば、国王の首くらい『安いモノ』だったのだろう。
 問題は、こちらの国王の首だ」

 カープァ王国に取っても、兄の敵に固執するサンチョ1世は、もちろん困った君主である。

 しかし、だからといって簡単に排除できるかというと、状況はそれを許さない。この時、すでに子をなす能力を有する男の王族は、サンチョ1世しかいなかったのだ。

 その説明に、善治郎は、不思議そうに首を傾げる。

「あれ? それじゃあ、その後を継ぐカルロス2世って人は?」

「カルロス叔父上は乳幼児の頃の大病が元で、子の出来ない体になっていた。付け加えれば、その後も頻繁に熱を出し、いつ死んでもおかしくない体だった。故に、王位継承権も生まれの割に低かったのだ」

 善治郎の問いに、女王は少し肩をすくめて、感情を殺した声で答えた。

「そういうわけで、我が国にとっては、サンチョをそのまま玉座に据えておくのは極めて危険だが、『血統魔法』を次代に残すという方向性から考えれば、サンチョを失うのもまた危険。最善は、サンチョをいかしたまま、敵討ちを断念させることだった」

 サンチョ1世の意思は、国にとって害悪だが、サンチョ1世の身柄――より直接的な言い方をすれば、その「生殖能力」は国の未来のために出来れば残しておきたい。

 そんな少々虫の良い考えから、アウラが選んだ手段は、「サンチョ自身を除く、国内の『徹底交戦派』を壊滅させる」ことであった。

 カープァ王国は、一応形の上では封建国家である。地球の中世ヨーロッパなどに見られる封建制の国々とは比較にならないほど王家の権限が強いが、それでも王が絶対的な存在というわけではない。

 王に賛同している『徹底交戦派』の重鎮達をまとめて葬った後、アウラを中心とした停戦派が、停戦の必要性を強く訴えれば、王国の国政を軌道修正することは可能である。その際には、国王の意思に反して国政が進められたという悪しき前例が生まれてしまうのだが、そのマイナスを考えても、貴重な血統魔法がある男の生存を優先すべきだと、そのときのアウラは判断した。

「サンチョの前線指揮官能力は高くなかった。だから、全体の指揮を執ることはあっても、兵を率いて、自らも槍を交えるような前線に躍り出ることはない。あの夜の夜襲までは一度も、な」

 苦いモノを噛んだように、顔をしかめる女王に、善治郎は確認する。

「それが、その夜の『奇襲』の時だけ、自ら奇襲部隊を率いた?」

 善治郎の確認の言葉に、女王は小さく首を縦に振る。

「そうだ。だから、私も油断した。元々、私が『知らない間』に、サンチョが信頼する腹心達――徹底交戦派を動かすという想定の謀略だったからな。私が距離を取っている間に、サンチョは自ら徹底交戦派の面々と共に、夜襲を仕掛けに出てしまった」

 アウラがその情報を入手した時には、すでにサンチョ1世は出撃した後だった。

「事前に話を通していたララ侯爵から兵を借り、全速力で後を追ったが、当初の予定通り援軍は、間一髪間に合わなかった。しかし、サンチョが先走ったと聞かされたときから、サンチョが戦死しているケースは想定していたからな。こう言っては何だが、心構えは出来ていた。
 だから、戦場に着いてサンチョの戦死を聞かされても、どうにか全軍の動揺を押さえて、予定通りに事を運ぶことが出来た。
 敵軍の本拠地と、敵王の詳細な姿は、向こうの停戦派から知らされていたから、真っ直ぐ本拠地を強襲し、敵王を討ち取ることに成功した。まあ、サンチョが戦死した影響で兵に動揺が走っていたせいで、予想以上にきわどい戦いになって、正直冷や汗もかいたがな」

 そう言って女王は、自嘲気味に笑う。謀略などというものは、どれほど綿密に計画したつもりでも、計算外の要素が一つ二つ絡むだけで、意図とは正反対の結果に終わることも珍しくはない。そう考えれば、両国の『徹底交戦派』を一掃し、即時停戦に持ち込むという大筋からずれなかったこの謀略は、どちらかというと上手くいった方なのかも知れない。

「夜戦の乱戦だったため、誰が敵国王を討ったのかは、結局最後まで分からなかった。何人か「もしかすると、自分かも知れない」、と名乗り出た者もいたが、武器と敵国王の負った傷がかみ合わなくてな。直接の大手柄は誰か分からないまま、部隊を聞いていた私が倒した、という形になっている」

 大将首を取った者が不明、という状況はそう珍しくない。まして、アウラの言うとおり、夜戦の乱戦となればなおさらである。

 敵国王は、喉元を横一文字に切り裂かれ、絶命していたという。

「後の流れは、そなたがファビオから聞いたとおりだ。敵国は王弟、カープァ王国はカルロス叔父上という停戦派が即位し、即座に停戦にこぎ着けた。
 敵国王の死体は清めて、傷を縫い、夜戦時に纏っていた武具と共に、敵国に返還した。代わりに、それまでに、サンチョが僅かだが押し込んでいた国境線をそのまま、新たな国境とし、騒乱の種でもあるポトシ銀山に関しては、正式に「ポトシ銀山は、カープァ王国のモノであり、我が国は未来永劫その権利を主張しない」という声明を発表させた」

 だまし討ちにあったエンリケ4世と、戦死したサンチョ1世。王を二人失った代償と考えれば、あまり割の良い取引ではないが、即時停戦という大前提があったため、そこは妥協するしかなかったのだろう。

 こちらは二人の王が死んだ。一方、向こうは一人の王が死に、領土を少し失い、大銀山の所有権を正式に放棄させられた。カープァ王国としても、どうにか最低限の面目は立つ、結果に終わったと言える。

「…………」

「…………」

 しばし、沈黙の時が流れる。

 アウラとしては説明すべきことは、一通り言い終えた。後は黙って、夫の反応を待つだけである。

 善治郎としても、中々簡単に口を開ける雰囲気ではないが、衝撃から冷めると色々疑問がある事も事実だ。

 思い沈黙を破り、一つ咳払いをして喉の調子を整えた善治郎は、出来るだけ平静を装った声色で妻に問いを投げかける。

「結局、サンチョ1世がその戦場に向かった理由は分からないまま?」

 善治郎の問いに、女王は首肯する。

「ああ、真相は謎のままだ。当時は真相を暴き立てるより、国難に立ち向かうことが優先されたし、今となってはそれを知ったところで何がどうなるわけでもないからな」

 そう言うアウラの口調は、何となく善治郎には、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

(その時だけ、サンチョ1世が夜襲に参加していた。理由としてあり得るのは、「ただの偶然」「敵国の謀略」「アウラ以外のカープァ王国側の謀略」の三つぐらいかな)

 善治郎は、頭の中でそう推測する。実際には、当時の南大陸は戦乱のまっただ中だったのだから、「第三国の謀略」という可能性もあるのだが、そこまで考慮すると、善治郎の頭では全く絞り込めなくなってしまう。

 いずれにせよ、アウラはその真相を知らないと言っているし、今後知るつもりもないらしい。

 アウラが真相を探ろうとしない。それ自体が一つの目安となる。

「ねえ、アウラ。仮にもアウラの弟さんに、こんなこと言うのも凄い気が引けるんだけど、ひょっとして、結果だけ見ると、サンチョ1世がそこで戦死したことは、国全体にとっては良いことだった面もある?」

 善治郎の突っ込んだ問いに、女王はスッと表情を硬くする。

「……そうだな。サンチョが生きていれば、例え『徹底交戦派』を全て排除したとしても、停戦にはもう少し時間がかかったかも知れぬ。それに、あそこで戦死したおかげで玉座の主に逆らって、他の王族貴族が国政を動かすという、悪しき前例を残さずにすんだのも確かだ。
 しかし、それは結果論だ。サンチョが死んだことで、『時空魔法』の継承者が途絶えかけたのも事実。私はやはり、サンチョを戦死させてしまったのは、失敗だったと思っているよ」

「ん、そっか」

 しんみりと呟く妻に、善治郎は返事を返しつつ、頭の中で考える。

(つまり、サンチョ1世も一緒に謀殺するという結論は、カープァ王国サイドに立って考えても、必ずしもおかしな判断ではない、ってことだよね)

 血統魔法を次代に繋げるという点では、大きなリスクを背負うが、戦乱期の国政を混乱させないというメリットもあるのだ。

 アウラは前者を取ったが、別な人間は、後者を取ってもおかしくはない。

「それで、カルロス2世が即位した後、アウラはどうしていたの? それまで通り戦場に出ていた?」

「まさか。流石に私もそこまで、無防備ではない。その時点で私は、血統魔法を次代につなげることの出来る最後の人間となったわけだからな。万が一にも危険は犯せぬ。王都でカルロス叔父上の補佐として、働いていたよ。まあ、それでもどうしても前線で『瞬間移動』の使い手が求められたときなどは、何度か前線にもおもむいたが、身の安全を常に最優先にしていた。
 プジョル将軍や、ラファエロ・マルケスがもう少し暇な身であれば、あの時点で結婚していたかも知れぬ」

「!?」

 アウラのその言葉は、善治郎にとってある意味今夜聞いた話の中で一番衝撃的な内容であった。

 そこでアウラが、プジョル将軍かラファエロ・マルケスと結婚していたら、善治郎はこの世界に呼ばれていなかった。当然、善治郎がアウラと結婚することもなかったはずだ。運命の歯車がほんの少し狂っていたら、自分は愛する妻の存在も知ることなく、今もあの会社で、仕事に追われる日々を過ごしていたのかも知れない。

 そんな想像に、今日一番の恐怖にかられた善治郎は、大袈裟なくらいに体を震わせて、思いついた問いをぶつける。

「あれ? でも、それなら、いっそのことその時、戦時中に『異世界召喚』を使うって発想にはならなかったの? もちろん、戦時中に呼ばれても俺は全く役に立たないだろうけど、なんて言うかホラ、王族の数だけは増やせるでしょ?」

 首を傾げる善治郎に、女王は少しわざとらしく私線を逸らし、意味深に微笑む。

「それは、二重の意味で無理な話だな。そもそも、その頃私は、かつて異世界に駆け落ちした先祖がいるという話を忘れていた。一応王家に伝わる口伝ではあるのだが、さほど重要視されている情報でもなかったのでな。だから、『異世界召喚』を使おうという発想自体が、無かった。
 そして、『異世界召喚』は、本来「存在を知っている特定の人物を、異世界から呼び寄せる」というかなり限定的な魔法なのだ。そなたを召喚した「異界にいる、一定より濃いカープァ王家の血を引く男」という条件で、無造作に召喚できるようにするには、魔法を大幅に改良する必要があったのだ」

「ええと? つまり、その時点では俺を召喚する魔法は存在していなかった、と。その魔法の改良をやったのは、アウラ? それとも、宮廷筆頭魔法使いのエスピリディオン?」

 何となく、話の流れから、誰であるかは分かった上で、善治郎はわざとらしく、アウラに聞く。善治郎の表情から、すでに真実にたどり着いたことを察したのか、女王は意味深に一つ頷くと、

「いいや、それを行ったのは、カルロス叔父上だ。幼少の頃から体が弱く、外に出られなかった叔父上は、魔法に関しては卓越した才を見せていたからな。時空魔法だけでなく、四大魔法でも、複数の新魔法を開発していたくらいだ。
 そんな叔父上は、自分の体が王の激務に耐えられないことを理解していたのだろうな。百五十年前、異界に駆け落ちした先祖を調べ、異世界の当たりを付け、異世界に枝分かれした血族を召喚するための魔法を、用意したのだ。
 まあ、実際には、『異世界召喚』の改良は、叔父上が存命中には間に合わず、最後は私が完成させたのだがな」

 それでも、アウラが引き継いだときには、すでに魔法は九割方完成していたという。カルロス2世が一年に満たない在位中に九割完成させた魔法を、アウラは残りの1割を完成させるのに一年を超える時間を有した。その事実からも、魔法開発者としてカルロス2世が卓越した能力を持っていたことが分かる。

「なるほど……」

 ここまで聞かされれば、さほど頭の良くない善治郎でも、話の大筋は見えてくる。

 だが、念のため、善治郎は確信を得るため、最後の質問をする。

「カルロス2世は、本当に病死?」

「そうだな。戦乱期の王の激務をこなしつつ、魔法開発を続けたことが命を急速にすり減らしたのだろうが、最終的な死因は病死と言ってもいいだろう」

「その病気に、『治癒の秘石』は使わなかったの?」

 女王は、ソファーの上で一つ大きく溜息をつくと、肯定する。

「ああ、使わなかった。「自分はそれを使う資格がない」。叔父上は最後までそう言って、『治癒の秘石』による治療を拒んだよ」

 それは、善治郎が予想していた以上に、善治郎の推測を決定づける言葉であった。

(アウラの意図に反して、戦死してしまったサンチョ1世。でも、アウラはその真相を無理に探ろうとしていない。というより、真相を探ることを拒んでいる。
 アウラの前の王であるカルロス2世は、かつて異世界に駆け落ちした先祖の子孫を召喚する準備を整えたていた。それも自らの命をすり減らしてまで。
 その上、僅かながら生きながらえる手段があったのにそれを拒んだ。理由は「自分にその資格はない」から)

 物的証拠はないが、あらゆる状況証拠が善治郎に教えてくれている。

 サンチョ1世を謀殺の網に巻き込んだのは、カルロス2世だ。

 だが、この件に関しては、アウラを問い詰めても無駄だろう。恐らく、本当にアウラは知らない。もちろん、善治郎が推測できることを、アウラが推測できないはずはない。だが、それはアウラにとって知らない方が都合の良い事実なのだ。

 知らなければ、叔父が弟を殺したという感情のしこりも表に出す必要は無いし、先代王が先々代を陥れたという、謀略にアウラが巻き込まれずにもすむ。

 ひょっとすると、いざというときは、『徹底交戦派』を謀殺した一件自体を丸ごとカルロス2世になすりつけて、ツラッとした顔をするつもりなのかも知れない。

 アウラは決して厚顔無恥な人間ではないが、女王として自分が表向き『清潔』である方が良いことも理解している。いざというときは、それくらいの判断はしてもおかしくはない。

「…………」

 色々と、妻の女王としての暗い側面を目の当たりにした善治郎は、しばし沈黙を保つ。

 謀略、謀殺、血族同士の殺し合い。この国には、王族が女王であるアウラ一人しかいなかったため、今まで実感できずにいたが、やはり異世界でも王家の裏には、血臭がするものらしい。

 正直、今一実感はわかないが、善治郎も今はその物騒な『王族』の一人なのだ。他人事だと思っていてはいけないのだろう。

「ゼンジロウ」

「ん? なに?」

「私が怖いか?」

 完璧な無表情でありながら、その裏に緊張が見て取れる妻の顔を正面から見据えた善治郎は、少し考えた後、素直に答える。

「うん、まあ、正直言えば、結構怖いね。けど、それは今に始まったことではなくて、最初からだから」

 そう言って笑う善治郎に、アウラは意表を突かれたように目を丸くする。

「そうなのか?」

 王族として生まれ育ったため、人の言動から感情を読み取る能力はそれなりの自負のあるアウラであるが、善治郎が自分に恐怖を抱いていると感じたことは一度もない。

 だが、善治郎からしてみると、アウラは、腕力的にも権力的にも、その気になれば一瞬で自分をくびり殺すことの出来る存在なのである。怖くないはずがない。

 ただ、話し合えばアウラが極めて理性的な人間で、感情にまかせて暴力や権力を行使する人間ではないことを確信できるため、日常的には恐怖が表に出ることがない。

 さらに言えば、善治郎のアウラに向ける感情の中で一番大きなものが、愛情だ。ちんけな恐怖など、その巨大な愛情に押しつぶされてろくに伝わっていないのだろう。一リットルのガムシロップに、コーヒーをスプーンで一匙混ぜたようなものだ。

「今回の話は、正直俺にはまだちょっと現実味がなくてね。しっかり感情を持てるくらいまで、理解できてないのかもしれない。今のところアウラに対する見方や感じ方が変わったってことは無いかな」

「そうか……」

 夫の正直な答えに、女王は緊張を解き、ホッと息を吐いた。善治郎の能力、人格、そして精神力を信頼しているからこそ明かした話だが、アウラとしては万が一にでも拒絶されたら、という恐怖はあったのだろう。

 女王アウラは、夫に怯えられても理性的に最善の手段を執るだけの強さを兼ね備えているが、それは拒絶されることに痛みを感じないと言うことではない。痛みに耐えられるだけの強さがあったところで、痛いものは痛い。

 善治郎のアウラに対する思いは変わらない。

 その言葉を証明するように、対面のソファーから立ち上がった善治郎は、アウラが座っているソファーへと座り直す。足と足、肩と肩が触れあうほどの座り位置だ。

 善治郎とアウラは、リビングルームで会話をするとき、「真剣な話は向かい合ってする」「気楽な話は隣り合ってする」と決めている。

 つまり、向かいの席を立って隣に座り直した善治郎の行動は、「真面目な話はここまでにして、少し寛ごう」という意思表示であり、それを制止しなかったことでアウラは、その提案を受け入れたことになる。

「なんだか、色々大変だね」

「……そうだな」

 お互いの体温すら感じられるくらいの近距離に座った二人は、少しぎこちなく言葉を交わし合う。

「あ、そうだ。ええと、ほら、あれ? ああ、そうそう、あれ。和服を作るって言っていたの。あれはどうなった?」

「ん? あれか。あれはまだ、特に進めていないな。そうだな、暇を見つけて王室付きの仕立屋に、着物のシャシンを見せてやるか」

 善治郎のわざとらしい世間話に、アウラは愛おしむように目を細め、口元を小さく綻ばせる。

 くっつくようにして隣に座ったこと。いつもは沈黙の時間を共有することも楽しむはずなのに、わざわざ話題を探してまで声をかけること。いずれも、善治郎からの露骨なアピールだ。

 自分のアウラに対する思いは変わっていない。二人の距離感に変化はない。

 そう強く主張する夫の行動に、アウラの表情も和らいでいく。

「そっか。ただの趣味の話だから、急ぐ必要はないけど、楽しみだね」

 善治郎はそう答えながら、右手を妻の背中に回し、少し強引に抱き寄せる。

「ゼンジロウ?」

 アウラが少し驚いたように首を傾げるのは、日頃、ゼンジロウは、あまりこういう直接的なスキンシップを取らないからだ。

 もちろん、寝室では別だが、リビングルームで寛いでいるときは、同じソファーに座っていることがあっても、アウラの肩や腰に手を回したり、抱き寄せたりすることは、少ない。

 例え夫婦という中でも、四六時中ベタベタし通しでは、返って息が詰まる。何においても、人との距離感に気を配る善治郎らしい心配りだ。

 だが、だからこそ、善治郎は今、アウラをその腕に抱き寄せた。

 それは、アウラの不安を解消させてやりたいという思いから出た行動であり、善治郎自身、アウラに対する感情が本当に揺らいでいないか、確認する意味もある。

 善治郎は抱き寄せた妻の体を、そのまま自分の膝の上へと導く。

 当たり前だが、善治郎の腕力では、自分とほぼ同じ体格の妻を、座ったまま持ち上げることは不可能である。

「ん、こうか?」

 引き寄せる善治郎の意図を察したアウラが、能動的に善治郎の膝の上に上がり、横向きに腰を下ろす。

 自重を全て夫の両膝の上にのせた女王は、少しばつが悪そうに口元をゆがめ、

「大丈夫か? 痛くないか?」

 と、善治郎に問いかける。

 より正確をきすのならば、「痛くないか?」ではなく「重くないか?」と問うべきなのだが、その言葉はアウラにとっては禁句である。

「ん、大丈夫」

 幸い、善治郎はその言葉通り、特に重そうなそぶりも見せず、自分の膝の上に、横向きに座った妻の体に両腕を回す。

「ならば、良いのだが」

「うん、良い良い。くるしゅうない」

 全身で愛する妻の柔らかな体を味わう善治郎は、眉尻を下げながらも、なにか得心がいかないといった風に首を傾げる。

「あれ、おかしいな?」

 これは、俗に言う『膝抱っこ』の体勢だ。カップルでこの体勢を取ることに、ちょっと憧れを抱いていた善治郎であったが、いざアウラを膝の上にのせてみると、思い描いていた姿とは、かなり絵面が違う。

 善治郎の想定したのは、男の膝の上に座った女と男の目線はほぼ同じか、少しだけ女の方が高い程度で、二人は見つめ合い、笑い合い、抱き合うのだ。無邪気に、朗らかに、だが甘ったるい男女のじゃれ合い。善治郎のイメージする膝抱っことは、そういうものであった。

 だが、現実には、善治郎の膝の上に座ったアウラの目線は、善治郎より遙か高くにあり、善治郎が目線を水平にすると目の前には、妻の豊かな双乳が飛び込んでくる。それも、善治郎が少し強めにアウラの体を抱き寄せれば、その深い谷間に顔を埋められそうな位の近くだ。

 それは、善治郎としても大好物なところのため、ついつい首を真上近くまで曲げて妻と視線を合わせるより、水平方向に視線が引き寄せられてしまう。

 これはこれで、非常に魅力な体勢である事は間違いないのだが、どう言いつくろっても、『無邪気』とか、『朗らか』という言葉とはほど遠い。

 善治郎は思わず、ポツリと呟く。

「なんて言うか……その手の特殊なお店で、『有料サービス』を受けているような気分」

 その独り言に、膝の上の愛する妻が少し怒ったように笑みに凄みを滲ませる。

「こらッ。言っている意味は、正確には分からぬが、そなたが今、少々失礼な感想を抱いたことは確信したぞ」

 そう言って、右手で軽く、善治郎の左頬をつねる。

「ご、ぎょにぇん(ごめん)」

 ちょっと痛いくらいに頬を摘ままれた善治郎は、無抵抗のまま、発音の悪い謝罪の言葉を発する。

「まったく、そなたは」

「ごめん、ごめん」

 そうしている間に、先ほどまで、二人の間に流れていた少しギクシャクしていた空気は、綺麗さっぱり消え失せていたのだった。 
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