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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第十二章2【先々代王】

「なるほど。大体の事情は理解した。辺境伯家に控えがあるのに、王家の『名簿』に名前がない理由もおおよそ想像が付く」

 長きにわたるチャビエルの説明を聞き終えた女王アウラは、そう言っていらだちをぶつけるように、コツコツと人差し指でソファーの肘置きを叩く。

(ニルダ・ガジールは現在十四才。現ガジール辺境伯であるミゲルがその昔、領内の村娘と一夜の関係を持ったことで生まれた娘。その後娘――ニルダは九才までは、ただの村娘として育てられたが、魔力視認能力を持つ者が村を訪れたとき、ニルダの村娘にはあり得ない高い魔力量を指摘し、事態は発覚。
 一夜の関係を覚えていたガジール辺境伯は、ニルダを自らの子と認め、引き取った、か)

 アウラは、今聞いたばかりの話を頭の中でそうまとめる。

 ここまでで話が終わるのであれば、本人にとっては波瀾万丈の人生かも知れないが、王家にとっては大して影響のない話である。 

 だが、ここからが話をややこしくしてくれる。

 アウラは、渋面を隠さず、確認するように言う。

「そして、ニルダ嬢を自分の娘と認めたガジール辺境伯はその足で、時の王に謁見を申し出る。そこでその時の王はニルダ嬢をガジール辺境伯家の一員と認め、証書にサインをし、控えをガジール辺境伯に渡した」

「はい、父からそう聞いております」

 真剣な顔で肯定するチャビエルに、アウラは小さく「やはりな」と答えた。もはや、この時点でアウラには何が起きているか全てが理解できた。現在十四才の少女が九才の時に、ことは起きた。となると逆算すれば、『犯人』の特定は容易だ。

 できれば違っていてくれ、そんなかなわないことを確信する願いを抱きながら、女王は最終確認の言葉を発する。

「その控えに記されている時の王の名は、『サンチョ』陛下だな?」

「はい、その通りです。私も一度拝見したことがあるのですが、ニルダを貴族と認めるその控えには、確かに『サンチョ1世』陛下のサインが、王印と共に記されておりました」

「そうか……」

 アウラは胸の内からわき上がってくる黒い感情を必死に抑え、平静を装う。

 サンチョ1世は、先々代のカープァ王国国王である。アウラにとっては、同腹の弟に当たる。

 別名を『復讐王』。サンチョ1世の先代――アウラから見れば三代前の国王――エンリケ4世がとある国にだまし討ち同然のやり方で殺されたことで、サンチョ1世は急きょ即位した。

 エンリケ4世は、サンチョ1世やアウラの兄に当たる人物で、サンチョ1世は特にその兄――エンリケ4世を敬愛していた。

 そのため、自らが玉座に就いた時「先代王の仇を取るまで、自分は王都に戻らない」と宣言し、その言葉通り王としての生涯を、敵国との戦に費やしたのだ。

 しかし、当たり前だが、いくら当時の南大陸が大戦のまっただ中だといっても、国王の仕事というのは戦だけではない。

 国王でなければ、判断の付かない案件、国王のサインがなければ動かない事案はいくらでもある。そのため、サンチョ1世は、国政に必要な道具や書類の大部分を、戦地まで持ち込んでいたのである。

「となると、その時ガジール辺境伯とニルダ嬢は前線近くの街で、サンチョ陛下と謁見し、書類を書いてもらったはずだ。違うか?」

 ここまで言われれば、チャビエルにもアウラの言わんとしていることは分かる。

「はい、確かにニルダがサンチョ陛下に拝謁したのは、王都ではなくポトシの街だったらしいです。では、アウラ陛下はそこで『名簿』が失われたと仰るのですか? 確かに、サンチョ陛下はその後戦死されておりますが、最重要書類である『名簿』が紛失したまま、今日まで誰も気付かないなどということが果たして起こりえるのでしょうか?」

 チャビエルの疑念ももっともである。国内貴族の情報を扱う『名簿』は、いろいろなところで用いられる。紛失すれば、一月以内に大騒ぎが起こるはずだ。

 だが、女王は厳しい表情で首を横に振る。

「通常の『名簿』が失われたのであれば、そうであろうな。だが、『名簿』と一言で言っても、それは一冊ではないのだぞ?」

 これもごく当たり前の話である。多少の誇張はあれども、建前上はカープァ王国設立から今日までの国内貴族全ての名を記してあるという書類だ。そんな一冊や二冊で収まる物ではない。事実、王宮には『名簿』専門の書庫が設けられており、そこには本棚一つでは収まらない『名簿』が整列している。

「サンチョ陛下も、自分が危険なところに身を置いている自覚はおありだったはずだ。ならば、万が一のことを考えて、先代王――エンリケ陛下が書きかけにしていた『名簿』には手を付けずに、真新しい別な『名簿』を戦場に持って行っていたのではないかと私は考える。
 そして、その名簿は、サンチョ陛下の戦死と共に失われた」

「なるほど、筋は通りますな」

 それまで黙って聞いていたプジョル将軍は、憎いくらいの落ち着いた様子で深く一つ頷く。

「で、では、そうだとすれば、ニルダの身分は!?」

 対照的に取り乱すチャビエルを落ち着かせるようにアウラは、ソファーに深く腰を下ろしたまま右手を挙げると、

「大丈夫だ。ガジール辺境伯家の控えは残っているのであろう? であるなら、それの王印とサインを私が確認すれば、改めて『名簿』にニルダ嬢の名前を載せてやる。無論、日付は控えが発行された日付でな」

「あ、ありがとうございます、アウラ陛下!」

 テーブルにぶつけそうなくらいに勢いよく頭を下げるチャビエルに、アウラは「よい」と手を振ると、

「私の予想通りだとすれば、元をたどれば我が王家の失態だ。礼を言われる筋合いはない。
 しかし、さすがに形式はある程度守ってもらわねば困る。プジョル将軍」

「はっ」

 突如話を振られた巨漢の将軍は、特に驚く風もなく、悠然とした態度で返事を返す。


「聞いての通りだ。いくらなんでも、『名簿』に名前のない者との婚姻は認められぬ。よってそなたがニルダ嬢との婚姻に拘るのであれば、『名簿』の一件が片付くまで認められぬぞ。どうする?」

 探るように聞いてくる女王アウラに、プジョル将軍は迷わず答える。

「なに、この歳まで待ったのですから、一年や二年は誤差の範囲です。今更、前言を翻すつもりはありません」

 その答えは、アウラの希望した答えではなかったが、予想した答えではあった。

「そうか。そなたがそれで良いというのであれば、こちらからこれ以上言うことはない。とはいえ、ルシンダ嬢ならばともかく、ニルダ嬢となると歳も違えば、育ちも違う。ガジール辺境伯は何というかな?」

「そこは、私が誠心誠意を持って『義父上』を説得する次第です」

 アウラの言葉に、プジョル将軍は自信に満ちあふれた、野太い笑みを返すのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 プジョル・ギジェン、チャビエル・ガジールとの面談が、全くの予想外の結果に終わった女王アウラは、その後の予定を変更し、執務室で腹心のファビオ秘書官に先ほどの話を全て打ち明け、助言を仰いでいた。

「なるほど。それは、確かにアウラ陛下の予想通りでしょうな。ガジール辺境伯はそうしたことで虚言を働く人柄ではありませんし、サンチョ陛下ならばやりそうなことでもあります」

「貴様もそう思うか?」

 疲れたようにグッタリと執務室の椅子に体を預ける女王に、細面の秘書官は表情を表に出さないまま首肯する。

「はい。先々代陛下は、直情的で感情を持てあましがちなお方でしたが、決して周りへの気配りのないお人柄ではありませんでした。古い『名簿』を引き継がず、あえてまっさらな『名簿』を持っていってもおかしくはありません」


「そうだな……」

 木と蔦でできた椅子の背もたれに背中を預けたまま、女王アウラは目を瞑り、回想する。

 サンチョ1世。在位は一年に満たなかったため、アウラとしては主君としての記憶より、弟としての記憶が圧倒的に勝る。

 子供の頃から素直で、性根が優しい、弟だった。サンチョは兄であるエンリケに一番なついていたが、姉であるアウラとも決して不仲ではなかった。
 王族貴族の基準で見れば「仲の良い姉弟」だったと言っても良いだろう。

 だが、率直に言って、王としての素養にはかけている人間だった。
 国にとってメンツとは重要なものなのだから、エンリケ1世の敵討ちを誓い兵を起こしたのは、悪くない。だが、敵討ちを名目にとどめず、本当に敵国を完全に滅ぼすまで固執したのは、明らかな失策だ。

 その敵国は、国力こそはカープァ王国より数段下だったものの、国力の割には軍事力が高く、地形的にも非常に攻めづらい国土を有していた。そのくせ国土は貧しく、奪ったところで大したうまみはない。と、言うより最大のうまみであった大銀山ポトシを百数十年前、カープァ王国に奪われたことで国際的な価値は失われた国だったのだ。

 そんな、感情以外に攻める理由のない国に、国王であるサンチョ1世がかまけていることを、南大陸西部の諸国は『隙』と見なし、多方面から攻めてきたのである。

 まあ、当然だろう。国王が一方面の戦争にかまければ、どうやってもそれ以外の外交がおろそかになる。当時、一人の女王族に過ぎなかったアウラは何度もサンチョ1世に「ある程度のところで停戦条約を結んで、王都に戻るべきだ」と進言したのだが、結局最後までサンチョ1世は、姉の言葉に耳を貸すことはなかった。

 もし、あそこでサンチョ1世が強硬派の面々と共に戦死していなければ、カープァ王国は今頃滅んでいてもおかしくはなかった。少なくとも、先の大戦における戦勝国となることはなかっただろうと、アウラは確信している。

 そして、そんな先々代王の負の遺産が、また一つ、今代王であるアウラを悩ませる。

「しかし、そうなりますと陛下のご予定は根底から覆りますな。プジョル将軍がルシンダ様に結婚を申し込むと睨んだからこその、ゼンジロウ様を使っての釘刺しでした。
 プジョル将軍が、ルシンダ様に結婚を申し込めばもくろみ通り。そうでなかった場合は、ゼンジロウ様がガジール辺境伯に漏らした言葉を「ただの世間話」としてうやむやにする。
 そうしたご予定でしたのに、プジョル将軍は当初もくろみ通りルシンダ様を娶る心積もりでいたのに、陛下から『ゼンジロウ様がルシンダ様に興味を持たれている』と聞かされ、妹のニルダ様にターゲットを移した。
 こうなりますと、ゼンジロウ様も知らんぷりはできないでしょう」

「分かっている」

「仮にもプジョル将軍に一度は結婚の許可を出しておきながら、最終的には妾腹の妹姫を娶らせた。そこまでやってしまった以上、これでゼンジロウ様が『ルシンダなど知らない』などと言えば、譲って下さったプジョル将軍の顔に泥を塗ることになります」

「……分かっている」

「しかも、ルシンダ様の立場から見れば、二十五歳を過ぎてから、奇跡的に一度は決まりかけた結婚が、王家の横やりで年の離れた妹に流れてしまったことになります。これでゼンジロウ様がルシンダ様を側室に迎えない、などと言えば、よほどの人格者でもない限り、ルシンダ様は王家に対する強い恨みを抱くこと間違いございません」

「…………分かっている!」

 秘書官の指摘に、アウラはつい声が尖るのを抑えられない。

 なぜ、こうなった?

 アウラの計画では、結果は二つに一つしかないはずだった。

 目論みが当たれば、プジョル将軍に少しだけ釘が刺せ、外れても精々ガジール辺境伯の善治郎に対する評価が少し悪化する。その程度の影響だったはずなのに、一人の情報が抜けていたせいで、自ら墓穴にはまりにいったような結果になってしまった。

 確かにアウラは、「善治郎がルシンダに興味を示している」という情報を聞いたプジョル将軍がその場で、結婚の申し込みを引っ込めることを恐れていたが、その可能性は限りなく零に近いはずだったのだ。

 一般的に、男が他家の家長、もしくは次期家長である長男に「そちらの一族の女が欲しい」と申し出た場合、よほどの事情がない限り前言を覆すのは非常識だとされている。

 もちろん、同時期に別な場所で、善治郎が正式に「ルシンダが欲しい」と言っていれば、その「よほどの事情」に当たるのだが、世間話のように「一度会ってみたい」と漏らしていた程度では「よほどの事情」には当たらない。

 よって、プジョル将軍はこの場合、善治郎に若干の引け目を感じつつも、ルシンダを娶るしかないのだが、そこにもう一人、妹がいるとなると話はまるで変わってくる。

 貴族にとって結婚とは、主に家と家との繋がりだ。そのため「姉が駄目なら妹」で、という申し出は、家としては特別失礼には当たらない(個人的な感情のしこりは当然残る)。どちらを娶っても、家同士が血のつながりを持つことには変わりは無いからだ。実際、娘を三人並べて「さあ、好きな娘を選んでくれ」という形のお見合いも、貴族間では珍しくない。

「…………」

 久しぶりに本気で落ち込んでいる主君を見た秘書官は、コホンと一つ咳払いをすると、何気ない口調で言う。

「ともかく、こうなった以上、一連の事情をゼンジロウ様にお話ししないわけには参りません。ゼンジロウ様へのご説明は私が致します故、近々に時間を取るように調節して下さい」

「お前が言うのか?」

 婿殿に事情を告げるのは自分の役割だと思っていた女王は、少し訝しむように首を傾げる。

 腑に落ちない表情を浮かべる女王に、忠実な秘書官は、

「はい。通常であればアウラ陛下のお役目でしょうが、今回はどうしてもサンチョ陛下に関する話をする必要がございます。アウラ陛下では、私心を混ぜずにそのあたりの事情を説明することは難しいと、愚考いたしました」

 そう、冷たい事実を告げる。

「そう……だな……」

 アウラも自覚の指摘に、納得するしかない。それに、正直言えばその申し出はありがたい。

 今回ばかりはアウラも、善治郎の目を見て、自分のしでかしたことを説明できる自信がない。

「…………」

 誰が悪いかと聞かれれば、へたな謀略を企てた自分が一番悪いのだと、アウラはすでに自覚している。

 だが、理不尽な怒りと憤りは、丸ごと自分のせいだとして飲み込むにはあまりに量が多すぎる。

 やがて、アウラの感情は、自分以外のぶつけるべき対象を見つける。

「サンチョめ……どこまでも祟ってくれるわ……!」

 アウラの噛みしめた奥歯の間から漏れた呪詛にもちかいその言葉は、後ろに立つ秘書官の耳にも届かず、アウラの口の中で消えていくのだった。
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