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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第十二章1【将軍の結婚】

 プジョル将軍率いる群竜討伐隊がついに群竜本隊の殲滅に成功してから、おおよそ半月後。

 群竜討伐部隊は、無事その任務を終え、王都に帰還をはたしていた。

 途中の砦に立ち寄ったところで小飛竜便を飛ばし、『討伐成功』の報告と王都の帰還予定日を記していたため、王都に帰還した群竜討伐部隊を待っていたのは、王都を上げての凱旋式である。

 凱旋の先頭に立たされたのは、巨大群竜を仕留めた若き勇者、チャビエル・ガジールだ。

 騎竜に跨がり、緊張した面持ちで周囲に手を振り、歓声に応える若武者と、その後ろに続く巨大群竜の頭部を乗せた荷竜車のギャップに、集まった群衆は、歓声と驚きの声を上げる。

「すげえ、群竜ってあんなにでかいのか? 頭だけで俺の臍ぐらいまであるじゃねえか!?」

「馬鹿、あれはでっかい群れのボスだから特別でかいんだとよ。それを仕留めたのがあの先頭のチャビエル卿だ。ガジール辺境伯のご子息だってよ」

「先頭って、あれか? 俺よりも小さいぞ? 歳だって、成人して何年も経ってねえだろ、あれ」

「なんでもすげえ弓の名手らしいぜ。遙か遠くから一矢で巨大群竜の目を打ち抜いて仕留めたんだと」

「あ、言われてみれば、あの巨大群竜の頭部。目の所に矢が突き刺さってるな。あれ、狙ってやったのかよ!?」

 噂話の常と言うべきか、チャビエルの立てた武勲は、広まるに従って段々と大袈裟な物になっていく。

 実際にはプジョル将軍が巨大群竜の動きを止めてくれている隙に、後方から何度も矢を放ってどうにか仕留めただけのチャビエルには、その大袈裟な褒め言葉が恥ずかしくてならない。

 とはいえ、武門貴族の次期当主として、その手の武勲は虚名であっても、得になることの方が多いことは理解しているため、羞恥に耐え、作り笑顔で民衆に手を振り、応える。

 それは、上級貴族の中では珍しく、腹芸を苦手とするチャビエル・ガジールには、ある意味群竜討伐そのものよりも厳しい苦行であった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 群竜討伐隊が王都に凱旋をはたした翌日。

 王宮の一室で、女王アウラは、二人の男と対面をはたしていた。

「ご苦労であった、プジョル将軍、チャビエル卿。無事、任務を果たされたようで何よりだ」

 女王の言葉に、対面に座る巨漢の将軍は、悠然とした態度を崩さず、一礼する。

「はっ、どうにか大任を果たすことができました。しかし、勲一等はこのチャビエル卿です。卿の矢が見事群れのボスである巨大群竜を射貫いたことが、最終的な勝利に繋がったと言えます」

 隣に座っていた若き次期辺境伯は、緊張を隠せず、バタバタとした様を見せる。

「は、恐縮です。ですが、プジョル将軍の尽力あっての武勲であります。自分は最善を尽くしましたが、最高の結果が出たのは、運と周囲に恵まれたからに他なりません!」

「なるほど、チャビエル卿は歳に似合わず、謙虚だな。中々、感心なことだ」

 女王アウラは、そう言って少し目を細め、口元に笑みを浮かべる。

 今のやり取りで、何となくだが分かった。

 おそらく、今回の『武勲』は多分にプジョル将軍がお膳立てをして、チャビエルに取らせてやったのだろう。

(つまり、プジョル将軍はここで自分が群竜討伐という小さな武勲を立てるより、この若い次期辺境伯に貸しを作ることを優先したというわけか。これは、私の予想が当たっていそうだな)

 内心、警戒を一段階上げた女王アウラは、鷹揚に笑いながら言葉を続ける。

「ガジール辺境伯領は、我が国にとっても大事な守りの要だ。その次代が武勇を誇る若武者であるとは、実にめでたい。今後も期待が膨らむな」

「はっ、微力を尽くしますッ」

 女王陛下からのお褒めの言葉に、年若い貴族の少年は、頬を紅潮させ一礼した。

 場慣れしていないチャビエルに、隣に座るプジョル将軍も口元に笑みを浮かべて、賞賛の言葉を重ねる。

「確かにチャビエル卿の働きは見事でしたな。弓術、騎竜術といった個人の武勇も中々でしたが、私が感心したのはその指揮です」

「いえ、私など、視界も狭く、兵達に無理を強いるばかりで、反省しきりです。プジョル将軍の指揮を見て、自分がいかに未熟であるか痛感いたしました」

「それはもちろんだ。卿の指揮は未熟そのもの、まだまだ身につけなければならない物は無数にある。だが、チャビエル卿の歳を考えれば、将来有望なのもまた間違いのない事実。無論、今後も卿が自己を高める努力を怠らなければの話だがな」

「ほう、これは驚いた。チャビエル卿、喜んで良いぞ。プジョル将軍は、こと戦に関することでは世辞を言わぬ男だ。チャビエル卿は将軍のメガネに適ったということだ」

 そんな軽口を叩いて会話に加わりながら、アウラはプジョル・ギジェンとチャビエル・ガジールの距離を計る。

(思っていた以上に近いな。これはやはり、取り込まれた、か?)

「はいっ! 精進を忘れず、将軍のお言葉に恥じない武人となってみせます!」

「頼もしい言葉だ。だが、欲を言えば、武人としての精進と同時に、為政者としての精進も忘れないでもらいたい。そなたは、次代のガジール辺境伯なのだからな」

「あ、はい! 無論です!」

 女王の突っ込みに、若い貴族は顔を紅潮させ、首肯した。

「…………」

「…………」

 好意的な笑いを含んだ無言の時間を、女王と将軍が共有する。これは非常に珍しいことだ。チャビエルの純粋で前向きな精神性には、アウラやプジョル将軍のような、権力闘争の世界で生きている人間の毒気さえも薄れさせる浄化作用があるようだ。

 とはいえ、それはあくまで一時的なものに過ぎず、プジョル将軍の本質を変えるにはいたらない。

「ところで、陛下。話は変わりますが、見ての通り私はこの度の一件で、チャビエル卿と強い誼を結びました。この縁は今後も大切にしていきたいと考えております」

「ほう」

 プジョル将軍の物言いに、女王アウラはピクリと頬肉を動かす。視線を正面に座るプジョル将軍に据えたまま、周辺視野でプジョル将軍の隣に座るチャビエルを確認する。

 膝の上にのせている両拳をきつく握りしめ、口元を強く引き締めているその様子から察するに、プジョル将軍がこれから言う内容はチャビエルも先に聞かされていると判断してよさそうだ。

 これは、予想通りの話になりそうだ。

 女王アウラは、笑顔を崩さないまま、話を促す。

「それは、プジョル・ギジェンがチャビエル・ガジールとの縁を大事にしたい、ということか?」

 女王のわざとらしい確認の言葉に、巨漢の将軍は野太い笑みを崩さず、首を横に振る。

「いいえ。ギジェン家当主プジョルが、ガジール辺境伯家次期当主チャビエルと結んだ誼を、より強いものにしたいということです」

「ほう。家同士の繋がりを強化したいと。言っている意味が分かっているのだろうな?」

 女王は表情を消し、抑揚を抑えた声でそう言う。この流れを予想していたアウラは、実際にはさほど怒りを感じているわけではないのだが、女王という立場上、この場は、不快感を表に出さないわけにはいかない。

 政治の場では、表情や声色に乗せる感情も、情報を発するためのツールであり、心の赴くままに変化させて良い物ではない。

 場に慣れていないチャビエルが、焦った様子で何かを言いかけるが、その気配を察したプジョル将軍は、被せるように少し大きな声で、宣言する。

「はい、承知しております。全てを理解した上です。幸いにして、私はまだ独身ですので、結婚という手段が残されております」

 結婚。

 決定的な一言がプジョル将軍の口から放たれたことで、アウラは自分の予想が当たっていたことを確信する。

「仕込み」が無駄にならなかったことを喜ぶべきか、悲しむべきか。そんなことを考えながら、アウラは渋い表情を作る。

「結婚か。確かに、ギジェン家の当主であるそなたが独り身である事は、いささか問題だ」

「ご理解いただき、幸いです。私が今日まで独り身であった理由は諸事情ございますが、これを好機としてその問題を解決したい次第です」

 そう答えるプジョル将軍の言葉は、少々皮肉が効きすぎている。

 諸事情などとぼかした言い方をしているが、プジョル将軍がこの年まで独身でいた理由など、一つしかない。将軍がアウラの婚約者候補であったからだ。

 ようは、「俺はお前の都合でこの歳まで独身だったのだから、このくらいの我が儘は聞け」と言っているのだ。

 実際、その件に関しては大きな負い目のあるアウラとしては、ここは一歩譲らざるを得ない。

「ギジェン家とガジール辺境伯家という我が国を代表する大家同士の結びつきは、慣例に従えば、許可できぬ話だ」

「そこを曲げて頂きたいのです。この通り、伏してお願いいたします」

 建前を盾に取る女王に、将軍は正面突破を計り、その巨躯を二つに折るようにして深々と頭を下げる。

「私からも、お願いします!」

 隣で、チャビエルも同じようにして頭を下げる。こちらはプジョル将軍の威圧感のある態度と違い、真摯な訴えだ。

「…………」

 女王アウラはしばしの間目を瞑り、もったいを付けるように沈黙を保つ。やがて、目を開いたアウラはわざとらしく大きな溜息をつくと、

「とはいえ、ギジェン家の当主であるプジョル将軍がいまだ独り身である理由はひとえに私にある。それを考慮すれば、そなたの婚姻に関しては、私も責任のある立場だ。良いだろう、特例を認めよう」

「はっ」

「あ、ありがとうございます、アウラ陛下!」

 にやりと笑みを浮かべるプジョル将軍と、喜色を爆発させるチャビエル。

 内心ほぞをかみながらも、アウラとしてはここまでは想定の範囲内である。先ほどアウラが言ったとおり、プジョル・ギジェンの結婚に関してはアウラ側の負い目が大きすぎるため、どうやっても止めるのは難しかったのだ。だが、だからこそここで刺せるだけの釘を刺しておく。

 そのための仕込みはすませてある。

 アウラは苦笑を浮かべると、世間話をするような軽い口調で口を開く。

「よい。他ならぬプジョル将軍の『我が儘』だ。一回ぐらいはきいてやる」

 我が儘。一回。しっかりと釘を刺すことを忘れないアウラに、プジョル将軍は笑みを崩さず、もう一度頭を下げる。

「無論です、陛下。ありがとうございます」

「うむ。ああ、ただそうなると、こちらとしてもちと予定が狂うな。チャビエル卿、つかぬ事を聞くが、そなたは昨日王都に入ってから今まで、ガジール辺境伯と会ったか?」

 急に話を向けられたチャビエルは、戸惑いつつも素直に答える。

「は? 父とですか? いいえ、まだです。現在の私はプジョル将軍の旗下ですから」

 現在はまだ任務中。親子の対面という私事は、あくまで任務の後。貴族としては珍しい、真面目で誠実なガジール辺境伯親子の内面を象徴するような態度である。

「そうか、やはりな。いや、実はそなた達が群竜討伐に勤しんでいる間、ガジール辺境伯が私に面談を申し込んできたのだ。どうやら、チャビエル卿。そなたの動向がよほど気になっていたようだな」

 女王の言葉に、チャビエルは一瞬で耳まで赤く染まる。

「そ、それは、そのような私事で陛下にお時間を取らせるとはッ。父に代わってお詫び申し上げます!」

 ガバッという擬音が聞こえそうな勢いで頭を下げる若い次期辺境伯に、女王は好意的な笑みを浮かべると、ヒラヒラと手を振る。

「いや、謝るには及ばぬ。確かに厳密に言えば、そなたの父がやったことは公私混同だが、目くじらを立てるほどのことでもない。というより、こういう問題でガジール辺境伯を叱責するならば、私は王国中の貴族を叱責せねばならぬことになる。そうであろう、プジョル将軍?」

「まあ、明言はご容赦願いたいですが、耳の痛い話である事は確かですな」

 女王アウラの言葉に、プジョル将軍は苦笑を浮かべて肩をすくめた。

「まあいい。少し話がずれたな。それで、ガジール辺境伯の面談は、私が忙しかったため、婿殿が代わりに勤めてくれたのだ」

「ゼンジロウ様が?」

「うむ。婿殿は私と情報の大部分を共有している故、チャビエル卿の動向を伝えるだけならば、婿殿で問題はない。そうして、ガジール辺境伯は婿殿と対面を果たし、話も弾んだらしい。
 無論、話の大半はチャビエル卿に関する事であったのだが、そこで少しだけだが、ルシンダ嬢に関する話も出たらしくてな」

「姉上の話ですか!?」

 驚きの声を上げたのはチャビエルだけだが、驚いたのはチャビエルだけではない。声こそ出さないまでも、隣に座るプジョル将軍もピクリとその太い眉を跳ね上げて、驚きを露わにしている。流石にこの流れは予想していなかったのだろう。

「そうだ。そこで大戦時、女の身で当主が留守をしていた自領を守り抜いたというルシンダ嬢の逸話に婿殿はいたく感心してな、「機会があれば一度会ってみたい」と言っていたのだ」

「ゼ、ゼンジロウ様が、姉上に!?」

「ほう、ゼンジロウ様がそのような……」

 驚きに目を見開くチャビエルと、すでに落ち着きを取り戻して、目を細めるプジョル将軍。

 対照的な表情を見せる二人の男の前で、女王はあらかじめ用意しておいた説明を続ける。

「ああ、チャビエル卿。期待させて悪いが、そこまで深い意味はない。本当にただ、世間話の間に一言「会ってみたい」と言っただけなのだ。ただ、プジョル将軍は知ってることと思うが、婿殿はどうにも今一女に対して消極的というか、強い興味を示さない質でな。
 おかげで、婿殿の側室問題はとんと進展しておらぬ」

「ゼンジロウ様のアウラ陛下に対する一途な愛情は、今や王宮で知らない者はいないほどですからな。まあ、陛下という最高の女性をその手に入れたゼンジロウ様が、他の女性に目を向ける余裕がないのも、必然ではないかと」

「辞めておけ、プジョル将軍。貴様に世辞の才能はない」

 そう、プジョル将軍の心のこもっていない世辞を苦笑で切って捨てつつも、アウラがまんざらではなさそうなのは、その内容は期せずして善治郎の心情を正確に現していることを知っているからだ。

「俺にはアウラがいるから、他の女の人はいらない。というより邪魔」

 そんな夫の言葉を思い出し、表情を緩めかけたアウラは、気を入れ直すと話を続ける。

「まあ、とにかく、婿殿がルシンダ嬢に興味を示したと言っても、ほんの僅かなのだ。しかし、婿殿が曲がりなりにも私以外の女に興味を示したのは、初めてのこと。そのため、駄目で元々――といえば流石にルシンダ嬢に失礼だが――この一件が片付けばルシンダ嬢を王都に呼び、一度婿殿と会わせてみようとか、と考えていたのだが……。
 プジョル将軍との縁談が先に進むのであれば、無理も言えぬな」

 そう言ってアウラは、少し残念そうに苦笑して見せた。

「それは、その、姉にとっても非常に名誉なお話ですが、なんというか間が悪いとしか言いようがないお話です……」

 予想外の展開に、チャビエルは驚きすぎて逆に声が平坦になっている。

 まあ、無理もあるまい。チャビエルにとっては自慢の姉も、世間から見れば二十代の半ばを過ぎて未婚の大年増だ。その姉に、先の大戦の英雄プジョル将軍との婚姻話が舞い込んだだけでも望外の喜びだというのに、王都では同時に王配善治郎もルシンダに興味を示していたというのだから。

 もっとも、今回の一件でプジョル将軍という稀代の英雄を側で見てきたチャビエルとしては、できればプジョル将軍を義兄と呼びたいというのが、正直なところだ。

 貴族の女にとって、例え側室であっても王族に嫁ぐことがどれほど名誉なことかは理解しているが、それでもチャビエルのような若い武人の価値観では、大事な姉を「どうかよろしくお願いします」と頼みたくなるのは、プジョル将軍の方だ。

 だが、そんなチャビエルの思いは通じなかったのか、何やら考え込んでいたプジョル将軍が口を開く。

「そうですか。あのゼンジロウ様がアウラ陛下以外の女に興味を持たれたと。確かにその機会を私の結婚で潰すのは、少々申し訳ないですな」

「とはいえ、婿殿のことだ。話がまとまる可能性は相当低い。そのような低い可能性のために、そなたの結婚をふいにもできぬ。ただでさえ、結婚に関してはそなたに随分と迷惑を変えているのだ。まあ、結局はただの愚痴だ。聞き流せ」

 アウラはそう言って、わざとらしく溜息をついた。

 これで、今回の「プジョル将軍とルシンダ・ガジールの結婚」に対する対応は完了した。

 元々、プジョル将軍の結婚に関しては、アウラの元婚約者という負い目があるため、ある程度好きにされることは確定事項であったのだ。

 故に、プジョル将軍が掟破りの相手と結婚することを認めてやることで、アウラが今日までプジョル将軍を『婚約者候補』として縛っていた負い目と相殺させる。

 そこに、「実はルシンダには、善治郎も少し興味を示していた」という事実を付け加えることで、逆に王家側が一歩譲った、プジョル将軍にとって若干負い目のある結婚に仕立て上げたのである。

 プジョル将軍は極めつけに面の皮の厚い人間であるが、同時に、権力者相手への『貸し借り』に関しては敏感な人間でもある。今回の負い目に精神的な圧迫を受けるという効果は期待出来ないが、後日何らかの取引材料として使える可能性は高い。

 だが、そうしたアウラの思惑もプジョル将軍の、何気ない次の一言で水泡と化す。

「事情は理解しました。では、私はルシンダ嬢ではなく、『ニルダ嬢』に結婚を申し込みます」

「…………」

 女王アウラには極めて珍しいことに、しばらくの間、今目の前の男が言った言葉の内容が理解できなかった。

 いや、正確に言えば、時間が経ったところで理解できる話ではない。頭の回転がどうこうという問題ではなく、全く聞き覚えのない名前なのだ。

「ニルダ?」

 誰だそれは。そう続けようとしたところで、そのアウラの内心の問いに答えるように、チャビエルがソファーから半ば腰を浮かせて、大声で叫ぶ。

「プ、プジョル将軍! 何を仰るのですか! 確かにニルダは私にとっては大切な妹、大切な家族の一員ですが、アイツが『妾腹』である事実に代わりはありません! いくらなんでも、ギジェン家の党首夫人となるには、身分が違いすぎます!」

 驚きのあまり、女王を無視するという暴挙を働くチャビエルに、プジョル将軍は一人冷静な顔で反論する。

「それは分かっている。しかし、ガジール辺境伯家では一度一族と認められたのでれば、血筋の貴賤に拘らずに育てられているのだろう。
 なにより、ニルダ嬢も『名簿』にガジール家の一員として記されているのだ。それならば、どこに憚る必要があろうか。胸を張って我が元に嫁いでくれば良い」

「プジョル将軍」

 器のでかい、だがよく聞くと非常に打算的なことを堂々と言ってのけるプジョル将軍に、チャビエルは早速感動したような、好意的な視線を向ける。

 まあ、この世界の価値観で言えば、プジョル将軍ほどの男が、貴族とはいえ妾腹の娘を『娶ってやる』というのは、一種の美談なのかも知れない。

 ともあれ、もの凄い勢いで自分の想定していない方向に話が進んでいる状況に、女王は声を上げる。

「待て。聞きたいことは多々あるが、まずは一番の疑問を率直に聞こう。そもそもその『ニルダ』とは誰だ? 
 先ほどプジョル将軍が言った言葉を翻すが、王家の保管する『名簿』にそのような名前はないぞ? ガジール辺境伯の娘は、ルシンダ嬢ただ一人となっている」

「そんな馬鹿な!? ニルダは確かに我がガジール辺境伯家の一員です! 『名簿』の写しも保管している!」

「これは、いったいどういうことでしょうか?」

 驚愕を通り越し怒りに近い感情を露わにするチャビエルはもちろん、厳しい目つきで首を傾げるプジョル将軍も、アウラの目には本気で訝しんでいるようにしか見えない。

(となると、これはチャビエル卿はもちろん、プジョル将軍に取っても想定外の出来事だということか? だとすれば……一番やっかいな状況だぞ、これは)

 内心の驚きと憤りを飲み込んだ女王アウラは、努めて顔と声から表情を消すと、いつの間にかソファーから立ち上がっていたチャビエルに言葉をかける。

「落ち着け、チャビエル卿。私もそなたが嘘をついているとは思わぬ。しかし、事実としてこちらの『名簿』にニルダ・ガジールという名前はないのだ」

 もちろん、いかなアウラでも国内貴族全員の名前が記されている『名簿』を丸ごと暗記しているわけではない。しかし、ことガジール辺境伯家に関しては、今回の謀のため、『名簿』を見直したばかりだ。胸を張って断言できる。

「チャビエル卿、陛下の御前だぞ」

 重ねてプジョル将軍からもそう言われたチャビエルは、自分の言動を振り返り、羞恥に紅潮した顔でソファーに尻を戻す。

「も、申し訳ございません。つい、取り乱しました」

「いや、よい。それもそなたが、その『ニルダ』という少女に心底より妹として愛情を注いでいる証拠であろう。だが、だからこそ今は冷静な話し合いが必要なのだ。ニルダとは、どのような生まれで、どのようにしてガジール辺境伯家の一員となったのだ? 詳しく話せ」

 女王の言葉に、チャビエルは緊張した面持ちでコクリと頷いた。
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