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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

一年目

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第一章2【朝食の風景】

 山井善治郎が、カープァ王国にとってスペシャルなゲストである事は事実だが、現時点ではその存在は、女王アウラとその腹心しか知らない極秘の存在でもある。
 そのため、昨日の昼・夜に続く、異世界で三度目の食事となる今朝の朝食も、善治郎と同じ食卓座るのは、婚約者であるアウラ唯一人であった。

 善治郎の貧しい語彙で現せば、カープァ王国の文化は、『典型的な中世ヨーロッパ風ファンタジーと未開の南国風文化を足して二で割ったような感じ』となる。
 その気なれば、三十人くらいが同時に食事を取れそうなその長いテーブルは、驚いたことに一本の丸太を二つに割り、その表面をピカピカに磨き上げた代物だ。
 一体樹齢何年の木なのか、善治郎には想像もつかない。ここまでの大木を一本まんま使うとなると、そのコストは大理石作りのモノより遙かに高くつくだろう。
 その大きな木製のテーブルには、銀食器に盛られたスープや、丸パンを乗せた籠が並べられている。善治郎はアウラと楽しく談笑しながら、異国情緒あふれる朝食を取っていた。

「すでに、送還の準備は出来ている。星の並びも今日の午前中いっぱいは問題ないゆえ、いつ送還するかはゼンジロウ殿次第だ。そちらの都合の良いときに声を掛けてくれ」

 スープ皿の底を拭った丸パンの欠片を上品に口に入れ、ゆっくりと咀嚼、嚥下し終えたアウラは、相変わらず落ち着いた声で、そう善治郎に現状を報告する。
 一方、異世界のテーブルマナーなど知るはずもない善治郎は、アウラがどのように食事を摂っていたかを思い出しながら左手でスープ皿を傾け、銀のスプーンでその琥珀色の液体をすくい、恐る恐る口に運ぶ。

「ありがとうございます、アウラさん。そうですね、帰る時間はいつでもいいです。ただ、一つお聞きしたいのですが、召喚や送還の時、私はどれくらいの荷物を持って世界を行き来出来るのでしょう?」

 アウラはこの様なプライベートの食事で、うるさくマナーを守らせる人間ではないのだが、今後女王の伴侶として、善治郎が公式の場で食事をする機会は必ずある。
 今から、食卓マナーを覚えようとしている善治郎の様子に好感を覚えたアウラは、あえて「マナーなど気にせず楽にされてはいかがか?」と言う言葉を飲み込み、微笑み返した。

「うむ? 召喚魔法とは人を召喚するものだからな。基本的には人が無理なく身につけられるモノしか、持ち運ぶことは出来ないはずだ。ゼンジロウ殿が偶然持ち込んだ、あの不思議な乗り物ぐらいが限界だろう」

 期待を大きく外すアウラの返答に、善治郎は思わず眉をしかめる。

「うわっ、本当ですか? 困ったな-。それじゃ、大したものは持ち込めないか……」

「ゼンジロウ殿? なにか、我が王宮で気に入られたモノでも?」

「あ、いや。今回の事じゃなくて、次の、一ヶ月後にこっちに来るときのことです。出来れば、あっちの世界の道具とかを、色々持ち込もうと思っていたのですが……」

「ああ、なるほど」

 善治郎の返答に、アウラは得心がいった。
 考えてみれば善治郎にだって、向こうの世界に生活拠点もあれば、財産も所有しているだろう。昨晩、腹心達と予想したとおり、善治郎が向こうの世界の貴族や富貴層なのだとすれば、手放したくない財産が、両手で抱えきれないほどあっても、おかしくはない。

「それは確かに、ゼンジロウ殿の立場で考えれば、何とかしたい問題であるな。さて……」

 もとより婿殿の要望には可能な限り答えるつもりでいる女王は、何か手はないか、思案した。

「…………ああ、そうだ。もしかすると、あれが使えるかも知れぬ」

 頭の中であらゆる可能性を検索したアウラは、一つ使えそうな手段に思いいたり、ポンと手を合わせる。

「アウラさん、なにか方法が?」

 喜色を浮かべ、椅子から腰を浮かせかける善治郎に、アウラは一つ頷くと、

「うむ。時空魔法の基礎である結界の魔方陣が描かれた、絨毯がある。
 今回の帰還のさい、ゼンジロウ殿が絨毯を向こうの世界に持ち込み、一月後、ゼンジロウ殿を再びこの世界に召喚するとき、ゼンジロウ殿が結界を発動させておれば、恐らく結界の内部のモノとひとまとめにしてこちらに引き込むことができるはずだ。
 所詮は絨毯一枚分、ゼンジロウ殿の全財産を持ち込むことは不可能であろうが、身一つで運べる量と比べれは、格段に増えるであろう?」

「へえ、それなら結構持ち込めそうですね! あ、でも私は潜在的にはともかく、現状は魔法も魔の字も使えないのですが……」

 喜色の後落胆と、一喜一憂する善治郎に、アウラは「心配無用」と笑って諭す。

「大丈夫。あくまで基礎の基礎ゆえ、魔方陣はただ魔力を注ぎ込むだけで発動する。最悪、それも出来ないのであれば、少量の血を絨毯にしみこませればよい。血には、高濃度の魔力が内包されておる」

「あ、それなら私でもどうにかなりますね。なにからなにまで、ありがとうございます、アウラさん」

「なに、礼には及ばぬよ。婿殿が私に差し出して下さるものと比べれば、微々たるものでしかない」

 アウラはそう言って、大物然とした笑みを返した。
 魔方陣絨毯の価値を知らない善治郎は、アウラの好意を素直に受け取っていたが、その物の価値を正確に知れば、アウラがそれくらい誠実に善治郎をもてなそうとしているか、少しは理解できたかも知れない。

 魔方陣を描いた絨毯というのは、歴とした魔道具である。魔道具は、『付与魔術』と呼ばれる特殊魔法で作られる。
『付与魔術』もカープァ王家の『時空魔法』と同様に、とある王家の人間だけが使える秘術だ。当然、『付与魔術』の産物である魔道具は、極めて数が少なく、その値段は天井知らずとなる。
 まして、その絨毯に描かれている魔方陣は、基礎の基礎とはいえ『時空魔法』の魔方陣だ。言うならば、二つの王家の秘術が架け合わさった逸品。それは、カープァ王家と『付与魔術』を継承する王家との友好の証ともいえる。問答無用の国宝クラスだ。

「無論、貴重な代物であることは間違いない。向こうの世界に忘れてくるようなことがないように願いたい」

 だが、アウラは善治郎に心理的な負担を掛けることを嫌ったのか、そんな内情は一切知らせず、ただ何気ないように、そう付け加えるに留まった。

「分かりました。必ずお返しします」

「うむ、お願いする。他になにか、要望はないか? すでに貴方と私は結婚の約束を交わしあった身、遠慮は無用だぞ」

 朝食と食べ終えたアウラと善治郎は、柑橘系の果実の汁を混ぜた水を飲みながら、話を続ける。甘めのレモンのような味がするその水は、爽やかなのど越しで善治郎の口を楽しませる。これで、氷でも浮かべて冷たくして飲めば、最高だ。
 内心で相変わらず贅沢なことを考えつつ、善治郎は、ふと思いついたように言う。

「そうですねぇ、他にはこれと言って……って、そうだ。婚約だ。結婚するんですよ、私達。それなら、アウラさん。あなたの『左の薬指』にピッタリの指輪はありませんか? あれば、一つ貸して欲しいのですが」

 この世界には『婚約指輪』や『結婚指輪』といった風習はないのか、善治郎の意図が分からずに、アウラは不思議そうに首を傾げる。

「それは、探せばすぐに見つかるであろうが、何に使うのだ?」

「それは、まあ、その……一ヶ月後のお楽しみ、ということで」

 例え『結婚指輪』という風習は知らずとも、「サイズの合う指輪を貸してくれ」という言葉と「一ヶ月後のお楽しみ」という言葉を組み合わせれば、あちらの世界に戻る婚約者が自分に指輪をプレゼントしようとしていることくらい、簡単に推測できる。

 アウラは艶を多分に含んでいるのに、媚を感じさせない不思議な笑みを浮かべ、善治郎と正面から視線を合わせる。

「分かった。楽しみにさせてもらう。『左薬指の指輪』が、婿殿の世界ではどのような意味を持つのか、一月後には教えてもらえると考えて良いだろうか?」

「あ-……はい。その時には、必ず」

 すでに八分方、こちらの意図が読まれていることに気づいた善治郎は、苦笑と共に、そう言葉を返すのだった。
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