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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

79/93

幕間6【決着】

 翌日。プジョル・ギジェン率いる群竜討伐部隊は、ついに群竜本隊の『巣穴』へとたどり着いたのであった。

 群竜達の『巣穴』は密林深くの崖に穿たれた横穴である。横穴と言っても洞窟のような深いものではない。崖の下が大きく浅くえぐれているだけである。そのため、身を隠すことは出来ないが、雨風からはある程度身を守れる。崖下という立地条件のため太い樹木も生えておらず、茂っているのは丈の低い柔らかなシダ植物だけ。竜種が体を休めるのには、悪くない環境である。

 そうした崖下の窪地は珍しくないが、数百の群竜を収容可能な広さがあるのは流石に滅多にない。そこに何百という群竜が寝そべっている様は、異様を通り越して偉容すら感じさせた。

 プジョル将軍率いる群竜討伐隊は、可能な限り注意を払って接近を試みたのだが、やはり鋭敏な竜種の感覚をくぐり抜けて奇襲をかけることのは難しい。

 結果、群竜本隊と群竜討伐部隊の開戦は、少々不本意ながら遭遇戦という形を取らざるを得ないのであった。

「ギャアア!!」

「盾兵、陣形を崩すな! 弓兵、撃て! 誤射を恐れてたら逆に死人を増やす! 気にせずに射よ!」

 牝や子供のいる本隊に攻撃を食らった群竜達の攻撃性は、これまでとは一線を画する。救いがあるとすれば、どの群竜も、これまで何度も相対していた襲撃部隊の五十匹と比べれば全体的に小柄で、膂力に劣る点だろうか。
 元々遭遇戦を想定していたためしっかりと陣形を組んでから接敵したため、致命傷にはなっていないが兵士達の心情的にはあまり余裕がない。

「了解っ、クソ、こいつ等何匹いるんだ!?」

「知らん、知りたくもない」

 兵士達は悪態をつきながら、額に汗と冷や汗を同時に滲ませて、頑丈な木の盾で群竜の圧力に抗する。群竜が肉食竜の中では中型に分類されるとは言っても、人間と比べれば遙かに大きい。いくら鍛えているとは言っても兵士が一人で正面から食い止めるのは無理難題に近い。そのため、前線で盾を持つ兵士達は原則二人で一つの盾を持ち、押し寄せる群竜に抗う。

 それでも本来ならば単純な力比べの分は群竜に傾くのだが、そこは連携と後方からの攻撃が物を言う。

「グギャアア!!」

「ぐおっ、来やがった!」

「後ろから支えるッ、持ちこたえろ!」

「畜生、この野郎、とっととくたばりやがれ!」

 手の空いている者が二人の盾兵をさらに後ろから支え、その後方で弓を構える弓兵が迫る群竜に矢の雨を降らせる。そうすることでかろうじて前線は膠着を維持し、少しずつであるが群竜をうち減らすことにも成功していた。

 盾兵が動きを阻害し、弓兵が動きの止まった群竜を仕留める。その集団行動が取れている間は、兵士は群竜に負けない。問題は、前線で群竜の攻撃を受け止める盾兵の体力だが、そこを数で補うのが指揮官の腕の見せ所だ。

「右翼の圧力が弱まっているな。今のうちに第三中隊は右翼に合流、第二中隊は右翼から後方に下がれ。交代のタイミングに併せて、弓兵隊は射撃を右翼に集中して交代を支援しろ」

「はっ!」

 後方で全軍の指揮をとるプジョル将軍の命令に従い、全軍が動く。人間より遙かに優れた身体能力を持つ竜種に、人間が対抗できるのはこうした知性ある行動のためだ。

 全体の統率の取れていない群竜の攻撃にはムラがあるため、そのムラを付いてこちらは兵を交代させて疲労回復を図ったり、逆にそのムラをつくことで大きな消耗を強いたり出来るのである。

 いくら崖近くは開けているとは言っても、崖から離れると木々も生えている。戦場全体を把握するのは容易ではないはずなのだが、プジョル将軍の指揮には全く迷いがない。

 副官のように将軍の隣に立つチャビエル・ガジールは、思わず尊敬の視線を向ける。

「閣下は、いかにして全軍の動きを把握しておられるのですか?」

 比較的戦況が思い通りに進んでいることもあり、余裕のあるプジョル将軍は、こちらを見上げる小柄な次期辺境伯の疑問に答えてやった。

「日頃は目が七割、耳が二割、感や匂いなどそれ以外がまとめて一割だな。だが、このような視界の悪い戦場では目が五割、耳が二割、その他が一割、そして前情報に基づく予測が二割といったところか。まあ、今交代を告げたのは、右翼側の群竜の数が目に見えて少なかったからだが」

「は? 目に見えて?」

 首を傾げるチャビエルは思わずその場で背伸びをして右翼方向を見るが、チャビエルの視界に広がるのは木々の枝葉と味方兵士の背中ばかりである。

 その様子に、自分との違いに気付いたプジョル将軍は苦笑を漏らしつつ言う。

「ああ、チャビエル卿には見えぬか。私ならば、ここからでも群竜共の頭がちらほら見えるのだが」

 身長百七十センチに満たないチャビエルと、二メートル近いプジョル将軍とでは、文字通り『見ている視界』が違う。

「……私には見えません」

「…………」

 少しすねたように横を向いてそう呟く小柄な少年を慰めるように、巨漢の将軍は無言のまま、ポンポンと軽く少年の頭を叩くのだった。






 戦況は順調と言えた。

 もちろん、それは後方で全体を俯瞰している指揮官の目線での話である。最前線で体を張って、群竜の攻撃を受け止めている盾兵の視界は開戦当初から全く変わっていない。

 眼前に迫り来るのは無数の群竜。耳をつんざくのは、群竜の怒号。群竜の流す粘度の高い血液のせいで鼻はとっくに馬鹿になっている。

 新兵などは、交代で後方に下がった瞬間、へたり込むように尻餅をつく者も珍しくない。

 しかし、後方で全体の指揮を執っているプジョル将軍は、新兵達の現状を理解した上で、問題は無いという判断を下していた。

 確かにこちらの兵士達も随分と消耗しているが、群竜の撃退ペースはそれよりも遙かに上だ。これまで、こちらは明確な戦死者はまだ一人も出ていないのに対し、群竜はすでに三分の一近くが討ち取られている。百を超える群竜の死体が散乱するせいで、すでに何度か戦線を引いて戦場を確保しなければならなかったほどだ。

 そのせいで当初は崖近くの開けた空間で始まった戦闘が、今ではまばらに木が生える視界の悪い空間へと移行している。

「とはいえ、流石にこれ以上の後退は不味いな。出来ればここらで、来て欲しいものなのだが」

 後方で指揮を執るプジョル将軍は、戦場全体をゆっくりと仰ぎ見てそう呟く。巣を突かれて怒り狂った竜種は、これまでのところ、こちらが引くに合わせて突っ込んできてくれているが、これ以上被害が増えれば流石に逃走を始めることだろう。

 密林の中で逃走を選択する群竜を一匹残さず包囲殲滅するというのは、現実的ではない。だが、それで大きな問題はない。

 そもそも、本来であれば群竜という竜種は、国軍を引っ張り出さなくてはならないほどの脅威ではないのである。この数百という群竜を束ねる例外的な存在――ボスである巨大群竜さえ仕留めることが出来れば、国にとって脅威となるようなばかげた大群は維持できない。すでに三分の一以上うち減らされている群竜達は、ボスを失った混乱の後、十匹未満の小集団に散るはずだ。

 その際には、恐らく縄張り争いで同士討ちがおこることも期待できる。

 故に、優先されるのは群竜の全体数をうち減らすことではなく、ボスである巨大群竜を確実に仕留めることである。

 プジョル将軍は視線を正面に向けたまま、右隣に立つ熟年の騎士隊長に言葉をかける。

「まだ、巨大群竜の姿は確認されていないか?」

「はっ、交戦報告は無論のこと、目撃情報も入っていません」

 ボスである巨大群竜は、一般的な群竜と比べて最低でも二回りは大きい。この場にいるのだとすれば、意図的に地面に寝そべっていたりしない限り、例え後方に控えていてもその影ぐらいは誰かが見つけていなければおかしい。

 全軍の副長格である熟年の騎士の言葉に、プジョル将軍は少しだけ眉の間に皺を寄せて呟く。

「と言うことは、巨大群竜はこの場にいない。五十匹の主力を引き連れて狩猟に出ていると考えた方が良さそうだな」

 ボスと主力が巣穴から離れている隙に本隊に奇襲を仕掛けた。というと聞こえは良いが、最優先撃破目標がボスである巨大群竜なのだから、これはどちらかというと「当てが外れた」という部類に入る。

「今後のことを考えれば、これ以上後退はしたくないのだがな……」

 そう言ってプジョル将軍は、チラリと視線を左に逸らす。

 プジョル将軍の予想がよほど大きく外れていないとすれば、巨大群竜率いる襲撃部隊はそちらの方からやってくるはずだ。

 別段難しい話ではない。これまでの偵察で、群竜の活動範囲はある程度予測が付いている。その上で、こちらは塩の街道からここまで用心を重ねて進軍してきたのだ。その進軍の課程で襲撃部隊との遭遇は一度も無かったとなると、残る可能性は限られる。

 群竜の活動範囲で、これまでの進軍で遭遇できなかった死角となる方角は、今プジョル将軍が視線を向けた方角しかない。

 巨大群竜率いる襲撃部隊が巣を留守にしている。

 その可能性を考慮していたプジョル将軍は、竜弓騎兵団の中でも中核メンバーである八十人前後を、これまで一度も戦闘に参加させずに虎の子として自分の側に控えさせていた。

 しかし、これ以上前線を引き下げれば、予想地点に現れるボス群竜達をプジョル将軍の直属部隊で食い止めることが難しくなりそうだ。

 とはいえ、前線も限界が近づいている。これまでに倒した群竜の死体があちこちに散らばり、そこから流れ出す血液で下草がぬれている。盾兵達はスクラムを組むようにして互いを支え合っているため、今のところ転倒者は出ていないが、この調子ではそれも時間の問題だろう。

 しばし考えた後、プジョル将軍は不本意ながら決断を下す。

「今一度前線を引き下げる。全軍に指示を出せ」

 将軍の言葉に、隣に控えていた熟年の騎士は即座に反応する。

「はっ、全軍後退! 弓兵は先に下がって陣をくめ。盾兵その場でしばし踏ん張れ。弓兵は合図と共に、一斉射撃。合わせて盾兵は後退しろ!」

 副長格である熟年騎士の指示に従い、全軍が規律を保ったまま後退を開始した、丁度そのときだった。

「シャギャアア!?」

 まるで狙い澄ましたかのようなタイミングで、狩りにいっていた巨大群竜率いる襲撃部隊が戻ってきたのである。





「か、閣下!」

 予想外の事態に、若いチャビエル・ガジールはうろたえた声を上げる。こちらが後退を指示したタイミングで、横から五十匹の群竜が新たに姿を現したのだ。群竜にその意図はなかったとしても、伏兵攻撃を食らったようなものである。チャビエルがうろたえるのも無理はない。

 だが、プジョル将軍はむしろこれを幸運と捉えた。

「全体の指揮はセルヒコに任せる。直属部隊は私に続け! チャビエル卿もついて来い!」

 一瞬の判断で副長格の騎士に全体の指揮権を委任したプジョル将軍は、先陣を切るようにして巨大群竜めがけて駆け出す。

「はっ、了解しました! ご武運を」

「は、はいっ!」

 プジョル将軍が一番恐れていたのは、巨大群竜が即座に逃亡を図ることであった。群れのボスが牝や子供を見捨てて逃亡する。群竜の習性としては本来あり得ないことなのだが、齢を重ねて知恵と経験を積んだ大型の群竜は、時として先天的な本能ではなく、後天的な判断力で身の振り方を決めることがあるらしい。
 異常に用心深い巨大群竜のこれまでの行動から考えれば、その可能性は否定できないと専門家である猟師は言っていた。

 ここで巨大群竜を中心とした群れの中核である五十匹を逃がすくらいならば、多少前線が混乱して負傷者を増やす方がまだましだ。

 そう言う意味で、このタイミングで巨大群竜達が戻ってきたのは『幸運』だったとプジョル将軍は判断した。期せずしてこちらが後退するという『弱み』を見せたおかげで、慎重な巨大群竜が、この状況でこちらへの攻撃を選択してくれたからだ。

「ギャアア!!」

 巣穴を襲われ、牝や子供を殺された群竜達はこれまでとは一線を画した攻撃性を持って、後退中の盾兵達の左側面に突っ込んでくる。五十匹程度とはいえ、後退中の今、横撃を食らえば前線が崩壊してもおかしくはない。 

「直属隊各員、こいつ等を食い止めるぞ!」

 後方から全速力で飛び出したプジョル将軍は、手本を見せるように右手に持つ短槍を投擲し、先頭を走る群竜の横腹にたたき込む。

「ギャッ!?」

 投げ槍もプジョル将軍のばかげた膂力にかかれば馬鹿にはならない。横腹に短槍をたたき込まれたその群竜は、後ろから走ってくる仲間数匹を巻き添えにして横転する。必然的に群竜達の突進速度は鈍る。その僅かな減速の間に、プジョル将軍の直属部隊は、前衛の横腹を守るように、前衛の側面と群竜の間にその身を滑り込ませることに成功したのだった。

「乱戦になるぞ、各員奮闘せよ」

「応っ!」

 さしものプジョル将軍も、この期に及んではそう命ずるしかない。全速で救援に向かったため陣形もへったくれもないのだ。必然的に、巨大群竜率いる五十匹の群竜と、プジョル将軍率いる八十人の竜弓騎兵団の騎兵達は雑然とした乱戦へと突入した。





 木々の生えている密林の中で、群竜を相手に乱戦状態となる。それは並の兵士の場合、かなりの確度で死を意味するが、竜弓騎兵団の騎兵達は並の兵士ではない。騎竜から降り、竜弓を手放し、槍や剣で闘おうとも、竜弓騎兵団が精兵である事実に変わりは無い。

「ガッ!」

「こっちは任せろ!」

「ギィ!?」

「チッ、まだ動くか」

「グオオ!」

「とどめだ!」

 竜弓騎兵団の精鋭達は、乱戦状態にもひるむことなく群竜を屠っていく。元々竜弓騎兵団の精鋭達は皆、群竜と一対一の白兵戦で勝利できるくらいの腕を持っている。その上で数は、五十匹対八十人だ。密林の中という地の理が群竜側にあるとはいえ、そうそう負けるものではない。

 そう言う意味では一番厳しい状況に置かれているのは、チャビエルであろう。

「クソ!」

「シギャア!」

 チャビエルも短槍を両手で持ち、一匹の群竜を相手取っているが、どちらかというと押され気味である。元々弓を得意とするチャビエルは、槍や剣での白兵戦を得手としてない。武才は十分にあるのだが、いかんせん体が小さく戦士としては非力の部類なのだ。

「チャビエル様。無理は禁物です。戦場で身を守っているだけで役割は果たしているのですから」

「分かっているっ!」

 隣で剣を振るいながら気遣いの言葉をかける騎士ジョゼップに、チャビエルは噛みつくような声で返事を返す。別段怒っているわけでも不機嫌なわけでもない。ただ単に、それだけ余裕がないのである。

 一方、プジョル将軍は並み居る群竜を歯牙にもかけず、群竜の群れを正面から突き破っていた。

「フン」

 プジョル将軍が右手に持つ曲刀は、襲いかかる群竜の外皮を容易く切り裂き、左手に持つ青銅製の円盾は、群竜の爪も牙もすげなくはじき返す。

 群竜の群れを切り分け、殴り倒し、プジョル将軍が真っ直ぐ向かったのはボスである巨大群竜の元である。

「こいつが、全ての元凶か。なるほど、こいつはちょっとした化け物だな」

 あっさり巨大群竜と接敵を果たしたプジョル将軍は、遙か上を仰ぎ見て、そう少しあきれたような口調で呟いた。

 実際、巨大群竜は群竜という種の規格からはみ出すほどに大きい。一般的な群竜ならば二メートル近いプジョル将軍の場合、そう変わらない目線の高さなのだが、この巨大群竜と目線を合わせるのはプジョル将軍でも容易ではない。

「グラアア!」

 これまでは常に後方に控え、自らは一度も闘おうとしなかった巨大群竜も、流石にここまで接近されれば嫌も応もない。

 その鋭利な爪の生えたばかげて大きな前足を、プジョル将軍の脳天に振り下ろす。

「ギッ、ギッ!」

 技もへったくれもないただの振り下ろしだが、その高さと質量はそれだけで驚異的な攻撃力となる。

「チッ!」

 ほとんど二階から振り下ろされるような巨大群竜の攻撃を、プジョル将軍は右手の曲刀と左手の円盾で迎撃する。

 本来ならば、巨体に似合わぬ身軽さを誇るプジョル将軍なのだが、流石にこの乱戦状態では足を使う余裕はないのか、その場でしっかりと踏ん張った体勢で、ひたすら頭上に振り下ろされる巨大群竜の爪をはじき返す。

「シギャア! ギッギッ、グアッ!」

「ぐっ!」

 一方的に攻撃を加える巨大群竜と、防御に徹するプジョル将軍。

 その場でただひたすら攻撃に耐えながら、プジョル将軍は大きな声を上げる。

「チャビエル卿ッ。見ての通り、私は身を守るので精一杯だ。援護を頼む!」

 尊敬する将軍が大音声で発した救援の声に、丁度目の前の群竜を倒したばかりのチャビエル・ガジールは、ハッとした表情で視線をプジョル将軍の背中へと向けた。

「了解しました! 直ちに!」

 チャビエルはたった今仕留めた群竜ののど元から短槍を引き抜くと、駆け出そうとする。

 そのチャビエルの肩を後ろから掴み、制止したのは騎士ジョゼップであった。

「チャビエル様、危険です」

 真剣味を帯びたその言葉に、興奮していたチャビエルの頭は一瞬で冷えた。

「ッ、そうだな」

 プジョル将軍が奮闘しているのは群竜の群れのど真ん中である。戦況は順調に進んでいるため群竜の密度は随分と薄まっているが、それでもチャビエルが先ほどプジョル将軍がやったような敵陣突破を試みれば、無駄に命を散らす可能性が高い。

 ならば、この場から支援するしかない。

 反射的にチャビエルは背中に左手を回すが、そこに愛用の弓はない。弓はこれまでの戦闘中に投げ捨てている。

「チャビエルさま、お使い下さい」

 舌打ちをするチャビエルにジョゼップが差し出したのは、ジョゼップの『竜弓』と矢筒であった。チャビエルは『竜弓』を自在に操れるほどの膂力は無いが、しっかりと踏ん張った上で引き絞り、よく狙って一矢を放つぐらいならば、問題なく出来る。

 反射的に手を伸ばしかけたチャビエルであったが、少し考えてすぐに首を横に振る。

「いや、それはジョゼップ、お前が使え。私が使うよりその方が遙かに有益だ」

 プジョル将軍の危機なのだ。将軍から名指しで援護を請われたというのは名誉なことだが、その名誉を守るために将軍の命を危険にさらすようでは本末転倒である。

 だが、そんなチャビエルの懸念を一蹴するように、騎士ジョゼップは苦笑を浮かべて首を横に振る。

「いえ、やはりチャビエル様が援護されるべきかと。せっかくの、プジョル将軍の『ご厚意』ですから。じっくりと、ご覧下さい。周囲は私が固めておきますから」

「む? どういうことだ?」

 疑問の言葉を返しつつも、チャビエルは素直に遠くに見えるプジョル将軍の背中に視線を戻す。

 一見すると、プジョル将軍の置かれている状況は最悪にしか見えない。化け物じみた巨大群竜の猛攻に防御一辺倒に追い込まれ、周囲からは他の群竜達も遠慮無くちょっかいを出す。

 だが、騎士ジョゼップの助言通り、時間をかけてじっくり見たチャビエルは、すぐにおかしな所に気付いた。

「あれは、防御だけで精一杯というより……あえて防戦に徹しているのか?」

 事実、巨大群竜の爪をはじき返すその仕草には、全く危なげが無い。その上、周囲から近づいてくる他の群竜に対しては、右手の曲刀や左手の円盾で素早く痛撃をくれている。

「ギャッ!」

「ギイィ!?」

 流石に身を守りながらの一撃では、群竜を仕留めるには至らないが、曲刀による斬撃はともかく、円盾による殴打を食らった群竜が転倒しているというのは、少々目を疑う光景である。

 そして、攻め続けている巨大群竜も様子がおかしいことに気付いてきたのか、段々と攻撃が弱まり、

「ギッ、ギィ?」

 ついには、プジョル将軍の圧力に押されたように後ろに下がろうとする。しかし、巨大群竜が一歩後ろに下がるより早く、プジョル将軍は右足で低い回し蹴りを放つ。

「ギャッ!?」

 臑に回し蹴りを食らった巨大群竜は、遠目で見ても分かる位あからさまに、ガクンと腰を落としかけた。

「…………」

 あまりに非現実的な光景に、チャビエルはここが戦場である事も忘れ、しばし惚けたように見入る。

「ご理解いただけましたか? でしたら、早めに援護を。急がないと、その、『手遅れ』になるかと」

「あ、ああ……そうだな」

 騎士ジョゼップの言葉に、チャビエルは今度こそ心底同意した。

 確かにあれでは、残されている時間は少なさそうだ。

 いつの間にか逃げ腰になった巨大群竜は先ほどから何度も逃亡を試みているが、その度にプジョル将軍の低い回し蹴りを臑に食らったり、つま先を曲刀の切っ先で差し止められたりして、ピーピー情けない悲鳴を上げている。

 群竜相手とは言え、これ以上苦痛を長引かせるのも可哀想だ。すっかり慈悲の心に目覚めたチャビエルは、騎士ジョゼップから借り受けた『竜弓』を構えた。

「ぐっ……!」

 流石に固い。だが、いつもより手の平一つ分広く足を広げ、グッと腰を落としたチャビエルは奥歯を強く噛みしめると、全身の力で固い『竜弓』を引き絞る。

 巨大群竜は、プジョル将軍の背中の向こうにいるが、そちらに矢を向ける恐怖はさほどない。巨大群竜は、プジョル将軍と比べても比較にならないほど大きい。将軍の頭の上を通し、巨大群竜の頭部を狙うのはさほど難しくない。

 しかも、振り下ろす爪をプジョル将軍が曲刀と丸盾で上へ上へとはじき返すため、巨大群竜は常時立ち上がった体勢を強いられている。いくら使い慣れない強弓でも、これだけ好条件がそろえば狙いを誤る心配はない。

(そもそも、万が一誤射をしてしまったとしても、プジョル将軍の場合問題なく避けそうな気がする……)

「ハッ!」

 そんな内心の思いはあくまで片隅にとどめておき、裂帛の気合いと共にチャビエルが放った矢は、狙い違わず巨大群竜の頭部に突き刺さった。

「ギャア!?」

 流石は竜弓だ。巨大群竜の分厚い外皮と頭蓋を突き破り、痛撃を与えたのは間違いない。しかし、その一矢だけでは息の根は止められなかったらしく、巨大群竜は、悲鳴を上げて今一度逃亡を図る。

 むろん、それを許すプジョル将軍ではない。

「動くな」

 自分の臍ぐらいの高さにある巨大群竜の膝頭を、プジョル将軍は左腕に嵌めた丸盾で殴打する。

「ヒギッ!?」

 衝撃で動きが止まったところに、再びチャビエルが矢を放つ。

「グァ!?」

 逃亡を試みる巨大群竜。そうはさせじと蹴りや打撃でその動きを封じるプジョル将軍。その隙に、竜弓で矢を放つチャビエル。

 そうして、チャビエルの放った四本目の矢が偶然巨大群竜の右目を貫いたとき、巨大群竜の息の根は止まった。どうと崩れ落ちる巨大群竜の巨体は、それだけで十分な凶器だが、黙って下敷きになるほどプジョル将軍は鈍い男ではない。

 素早い身のこなしで崩れ落ちる巨大群竜の下から避難したプジョル将軍は、俯せに倒れて動かなくなった巨大群竜の頭部に右足をかけ、曲刀の切っ先で矢の刺さった巨大群竜の右目を指し示すと、大音声で叫んだ。

「見よ! 巨大群竜は、チャビエル卿が見事討ち取った! 若き勇者を称えよ!」

 戦場の隅まで響き渡る将軍の声に、まだ闘っていた兵士達も士気を挙げ、チャビエルを称える声を上げる。

「うおおお!」

「チャビエル、チャビエル!」

「若き勇者に、精霊の祝福あれ!」

 あからさまに手柄を譲られた自覚のあるチャビエル・ガジールは、羞恥に少し頬を赤らめつつも、自らの義務をはたさんと竜弓を握った左腕を高く突き上げ、兵士達の歓声に応えるのだった。
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