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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第十一章1【技術屋のプライド】

「なるほど。ある程度効果範囲は広くなくてはならないのですね。それでいて、連続稼働時間が五日以上となりますと、魔力の再充電式にするのはかなり厳しいです。いえ、不可能ではないです。不可能ではないのですが、これは一筋縄ではいかないですね」

 王宮の一室で、シャロワ・ジルベール双王国のボナ王女は、真剣な面持ちと弾んだ声色で、進呈する魔道具の詳細について詰めていた。

「やはり、難しいでしょうか?」

 対面に座る善治郎は、おそるおそると言った風にそう尋ねる。

 善治郎の言葉に、ボナ王女は銀粉を塗した栗色の髪を揺らすように首を横に振ると、自信を持った口調できっぱりと答える。

「いいえ、大丈夫です。もちろん、難しいか難しくないかと問われると難しいと答えるしかないのですが、可能か不可能かと問われれば、可能ですから。ええ、もちろん可能ですよ」

 フランチェスコ王子のフォローに終始して、ぺこぺこ頭を下げてばかりいる日頃の姿からは想像もつかない、自信に満ちあふれた態度だ。

(こういう所も、何となく日本で会った技術職の人たちとダブるなあ)

 善治郎は、内心でそんな感想を抱く。

「畜生、面倒な仕様よこしやがって。お前等期日と仕様だけ言えば、自動で製品ができあがると勘違いしてるんじゃねえのか?」

 そんな文句を言いながらも、こちらが「無理か?」と聞けば、絶対に無理とは答えなかった技術職の男達。それどころか逆に、あまり簡単な仕事を振ると「この程度のことで俺に頼るなよなあ。取説よめばお前等でも出来るはずだぞ」と、難しい仕事を発注したとき以上に不本意そうな顔をするのだ。

 難しい仕事を「面倒だ、大変だ」と言いながらも、その実歯ごたえのある仕様を満たすことに充足感を感じているあたり、技術職のメンタリティそのままだ。特に「難しい」とは答えても「出来ない」とはなかなか言わないあたりに、技術屋特有のプライドの高さを感じる。

「それでは、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします、ボナ殿下」

「はい、任せて下さい。必ずご満足頂けるものを仕上げて見せますッ」

 薄紫色の飾り気のないドレスを着た王女は、胸の前でグッと右拳を握りしめ、口元をキッと引き締める。

 仮にも外交の場にその身を置く一国の王女に対して少々失礼かも知れないが、善治郎はついほほえましいモノを見るような視線を向けてしまう。王女の隣に座る金髪の王子も、善治郎と同じような感想を抱いていたようだ。

「やあ、すっごく楽しそうだね、ボナ。なんだか、見ているこっちも楽しくなるくらいに、目が生き生きしているよ」

 その言葉通り、フランチェスコ王子は今にも隣に座る王女の頭を撫でそうなくらいに、優しい目で王女を見つめる。

 生き生きとした表情で拳を握り、決意を固める栗色の髪の王女と、その様子を目を細めて見守る金髪の王子。ほほえましくも、絵になる情景だ。

 そうした周囲の反応に気付いたボナ王女は、慌てて取り繕うように、両手をバタバタさせながら、

「あ、いえ、違いますよっ、これは。だって、楽しむだなんてそんな不謹慎な」

 そう、少し文脈の怪しい言葉を並べる。だが、全体から何となく言いたいことを察した善治郎は、作り物ではない笑みを口元に浮かべると、目の前で慌てる王女をフォローする。

「仕事を楽しむことは、決して不謹慎なことでは無いと思いますよ。もちろん、自己の楽しみのために仕事の内容を歪ませるのであれば、それは慎むべきでしょうが、仕事が楽しいと思えるのは良いことでしょう」

 日頃のボナ王女の生真面目さを考えれば、彼女の内心は想像が付く。

 ボナ王女は仕事を楽しむことを、仕事に真面目に向き合っていないととらえてしまっているのだろう。その感情は善治郎も、多少共感できる。

 重大な仕事を任されたときに「楽しそうに見える」と指摘されると、つい反射的に否定してしまう心情。「真面目に仕事に取り組む」ことと「仕事に楽しみを見いだす」ことが、相容れない感情の気がしてしまうのだ。

 それは錯覚に過ぎないのだが、現実として楽しそうに仕事をしていると「不謹慎だ」と眉をしかめる人間も、一定数いるのも事実である。だが、幸いにして善治郎はそうした価値観を持ち合わせていない。

 そんな善治郎の共感が伝わったのだろう。

「恐れ入ります、ゼンジロウ陛下」

 少し頬を赤らめ、ボナ王女は首をすくめた。そうした受け答えの中に、ある種「気安い」と言っても良い、心理的な距離の近さが感じられる。それは一種の甘えと言ってもよい。

 異なる国の王族同士というより、同じサークルに所属している先輩と後輩を思わせる距離感だ。

 だからだろう。

「ボナはこれから魔道具制作に取りかかるんだよね? それじゃ、しばらくの間は私が一人でゼンジロウ陛下とお会いすることになるね。よろしく、ゼンジロウ陛下」

 と、フランチェスコ王子があっけらかんとした笑顔で宣言したときも、ボナ王女は驚きを露わにしたのはごく短い間で、しばし考えた後、申し訳なさそうな顔で言ったのである。

「そうですね……申し訳ありません、ゼンジロウ陛下。お手数をおかけしますが、お願いできますでしょうか?」と。

 ボナ王女が魔道具作成に注力している間は、フランチェスコ王子が野放し状態になってしまう。ある意味、フランチェスコ王子の『お守り役』を善治郎に託す、とも取れる発言である。

 これは本来ならば、本末転倒な話だ。そもそも、ここカープァ王国で、フランチェスコ王子が迷惑をかけた場合、もっとも大事になるのが女王であるアウラ、次が王配である善治郎のはずなのだ。

 その善治郎に、フランチェスコ王子のお守りを頼むという判断をボナ王女が下したのは、それだけの信頼がすでに構築されているということだ。

 ボナ王女自身を除けば、一番フランチェスコ王子の奇行を御せるのが善治郎であり、また善治郎がそうした奇行に対して寛容である事を理解しているのだろう。

 善治郎としても、ボナ王女を交えないところでフランチェスコ王子と詰めたい話があるため、これは渡りに船である。

「分かりました。私で良ければお引き受けいたします」

 細心の注意を払い笑顔を貼り付け、可能な限り軽く聞こえるように整えた声色で、善治郎はそう請け負うのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 その日の夜。

 久しぶりに暑さがぶり返していたその夜、夕食・入浴を終えた善治郎とアウラは、夜着姿のままエアコンの効いた寝室ですっかり定番となった夫婦の情報交換を行っていた。

 ゆったりと背中を預けられるリビングルームのソファーと違い、寝室の椅子は弾力の無い木と蔦で出来た簡素なものである。

 正直、座り心地はソファーほど良くないのだが、今日のように夜でも体感気温が30℃を超えるような日は、椅子の座り心地よりもエアコンの冷風が遙かに重要である。

 エアコンの吐き出す人工的な冷風と、LEDスタンドライトの明かりの下、ブルーストライプのパジャマ姿の善治郎は、果実水の入った青い切り子グラスをテブルに戻し、口を開く。

 寝室のLEDライトは白色光ではなく、発熱電球を模した黄色みを帯びた色居合いだ。

 そのため、陽光の下では純粋な青色を見せる善治郎の切り子グラスも、ここではどことなく紫がかって見える。

「というわけで、今日は主にボナ王女と魔道具に関する打ち合わせをしたよ。明日からはボナ王女が魔道具制作にかかり切りになるから、フランチェスコ王子とのマンツーマンの時間が増えると思う」

「うむ、了解した。ある意味、明日からが本番だな」

 夫の報告に、女王は笑みを消した真面目な表情で頷く。

「うん。ボナ王女がいるところでは、善吉関係の話はできないからね。もし、向こうが切り出さないようだったら、こっちから探りを入れてみる」

 シャロワ王家とジルベール法王家。二つの王家の血を引き、二種類の血統魔法を操るフランチェスコ王子。

 そのフランチェスコ王子は、善治郎とアウラの子、カルロス=善吉王子を見て断言したのである。「彼も自分と同じ存在である」と。

 シャロワ王家の『付与魔法』とジルベール法王家の『治癒魔法』を同時に操るフランチェスコ王子と同じく、カルロスもカープァ王家の『時空魔法』とシャロワ王家の『付与魔法』を同時に習得できる素養があると言うのだ。

 その事実を、他国の王族に知られてしまった以上、いずれは公表されることを今から覚悟しなければならない。

 そして、カルロスに『付与魔法』の素養があるという事実が公表されれば、人々はすぐに次の疑問を持つことだろう。

「カルロス王子の『付与魔法』の素養は、どこから混入した?」と。

 一度その疑問を抱かれれば後は、誤魔化しようがない。母親であるアウラは、しっかりとした家系図が残されているカープァ王家直系の女なのだ。そのような不純物が混ざる余地は、父である善治郎にしかない。

 善治郎がシャロワ王家の血を引いている。その事実を突き止められるまで、大した時間はかからないだろう。

 そうなれば、『側室を持て』という攻勢は今以上に強まることは間違いない。

 善治郎が潜在的に持つ『付与魔法』の血統に関しては、シャロワ王家と密約を結んでいるが、密約はあくまで密約である。双王国でも密約について知っている者は極少数派のはずだ。となれば、善治郎とカルロスの血筋が表沙汰になることで、もう一悶着おこることも十分考えられる。

 そうした波風を最小限にするためにも、フランチェスコ王子との事前交渉は重要だ。

「頼んだぞ。この一件に関しては、私よりそなたの方が適任だ。これはあくまで私の私見だが、そなたとフランチェスコ王子の心理的な距離はかなり近い。ある程度胸襟を開いた遣り取りをするのであれば、交渉能力よりも相性の方が重要となる。もちろん、こちらが不利になるような口約束や、不必要な情報漏洩を行わないことには気を配ってくれ」

 蕩々とした口調でそう言うアウラの表情には、すでに善治郎に仕事を割り振ることに違和感を抱いている様子が全く見受けられない。

「了解。とりあえず、なんとか向こうの意図を探ってみる。なるべく俺や善吉の血統を隠す方向で意見の一致を見られればいいんだけど」

 善治郎もそうした扱いにすっかり慣れてしまったらしく、特に疑問を抱くこともなくそう希望的観測の混ざった答えを返す。

 だが、善治郎の希望を断ち切るように女王は硬い表情で首を横に振ると、

「それはありえぬな。決して王族を外に出さないことで有名なシャロワ王家がその伝統を破って、王子・王女を送り込んでまで進めている話だぞ? ことを内密に運ぶための口裏合わせならば、腹心を一人使者として送るだけですむ」

「だよね……」

 アウラの答えに、善治郎は椅子に座ったままテーブルに両手を突き、ガックリと肩を落とした。もっとも、善治郎としても頭では「それはないだろう」と理解していた妄想に近い願望であったため、その態度ほどダメージを受けたわけではない。

 すぐに気を取り直した善治郎は、椅子の上で背筋を伸ばすと、未練を振り切るように話題を移す。

「それじゃフランチェスコ王子に関してはそれで良いとして。
 ガジール辺境伯のほうはどうしよう? あれ以来俺、辺境伯と一度も会ってないけど、ここままでいいの?」

 夫の話題転換に素直に乗った女王は一つ頷くと、

「ああ、そのままで良い。というより、あれ以上そなたが行動を起こすと取り返しが付かなくなる。こと男女の婚姻に関して言えば、そなたの権限はそなたが思っているよりずっと強いのだ。
 父親であるガジール辺境伯に「一度会ってみたい」と告げるだけで十分な牽制になるほどにな。それ以上の積極性を見せれば、一気にそなたの側室取りが決まってしまうかもしれん」

 と淡々とした口調で答えた。フランチェスコ王子との密談も重要だが、こちらも同じくらいに重要な話である。善治郎とアウラが、しっかりと意思の疎通を取っておく必要があると言う点に関してはこちらのほうが上なくらいだ。

 だから、女王は先ほどよりさらに少し表情を引き締め、V字に明いた胸の谷間を見せるように身を乗り出し、説明を続ける。

「うわっ、思っていた以上にタイトな綱渡りだ……」

 女王の返答に、善治郎はあからさまに顔を引きつらせた。

 だが、実際にはアウラの言葉でもまだソフトなくらいである。それくらい、こと『側室を娶る』という一点に関して善治郎の権限は強い。

 さらに、誤解されがちだが、プジョル将軍はアウラの政敵なのであり、カープァ王国の敵なわけではない。多少自分の野心と相反することであっても、そのことがカープァ王国に多大な益をもたらすのであれば、あえて我意を引っ込める程度の度量は十分に持ち合わせている。

 つまり、今回のケースに当てはめて見れば「そうでしたか。ゼンジロウ様の側室問題は国家にとって最重要の事柄。私からも祝福の言葉を贈らせていただきます」と言って、あっさり身を引く可能性も十分にあるのだ。

 そうなれば、もうルシンダ・ガジールの側室入りは絶対に避けられない。

 もし、そうなったとしても女王アウラは困らないが、王配善治郎は困る。そうなれば、善治郎の妻であるアウラも困る。

 そうならないためにも、ことは慎重に運ばなければならない。

「重ねて言うがこれ以上、こちらからの動きは禁物だ。後は戻ってきたプジョル将軍が私の予想通り、ルシンダとの婚姻許可を求めに着たとき、対応すればよい。現時点でそなたは世間話の中で一度、「ルシンダと会ってみたい」と興味を示しただけだ。もし、私の予想が外れた場合には、すっとぼけることも不可能ではないからな」

 仮にも善治郎の口から「一度会ってみたい」と言っておきながら、すっとぼけるとなればガジール辺境伯の不評を買うのは間違いないだろうが、リスクや損得勘定に関しては、アウラが計算しているのだろう。

 そのあたりに関しては、アウラを信用している上に、自分を信用していない善治郎は、妻に丸投げを決め込んでいる。

「了解。それなら、そっちに関してはしばらくアウラに任せる。そういうわけなら、現実としてルシンダさんが俺の側室になる可能性は相当低いと考えていいんだね?」

 なにより、善治郎が気にしているのはその一点である。

 善治郎個人としてはガジール辺境伯の不評を買うことに、さほどのデメリットを感じていない。元々、王配として女王であるアウラより人心を集めては危険な立場にいる善治郎である。最善は、水や空気のように「好かれてもいなけれは、嫌われてもいない」ことだが、多少嫌われるくらいならば問題ない。下手に好かれるよりも良いくらいだ。

 もちろん、善治郎も健全な精神と一般的な価値観を持つ人間として、人を怒らせたり、嫌われたりすることに抵抗がないとは言えないが、今の生活を守るための必要経費と考えれば、十分に許容範囲である。

 念を押す夫に、女王は気負いのない表情で一つ頷くと、

「ああ。現在の流れでルシンダがそなたの側室となる可能性は、相当低い。この流れで、側室入りが決まるとすれば、プジョル将軍がよほど予想外の手を打ってきた場合のみだな。ただ、その可能性が全くないとは言い切れぬ。その場合には、悪いが覚悟を決めてくれ」

 そう、淡々とした口調で言う。アウラは善治郎の妻である前に、カープァ王国の王である。王という立場から見れば、ルシンダ・ガジールの側室入りは、決して悪い話ではない。双王国との密約があるため、外交が少々面倒になるが、そのマイナスを打ち消してあまりある価値がある。

 もちろん、女としてのアウラの感情は別の話だ。

 そうした妻の内心を理解している善治郎は、あからさまに渋面を浮かべながらも、その首は縦に振る。

「……了解。最悪の最悪、そうなった場合には覚悟を決める。まあ、ルシンダさんは結ばれるのにまだ抵抗のない歳なのが、せめてもの救いかな」

 無理矢理自分にそう言い聞かせる善治郎に、女王は少し虚を突かれたような表情で、小首を傾げる。

「ん? 抵抗のない歳? ルシンダがか?」

 妻の反応に、善治郎はそういえば話していなかったことを思い出し、説明する。

「ああ、そういえば、こっちでは女の人の結婚適齢期は数え年で十五から二十歳くらいなんだっけ。俺の国の結婚適齢期はもっと遅いんだ。俺が物心つく前には、『クリスマスケーキ』なんて言葉があって、女の人は二十五歳過ぎから若干行き遅れに見られていたけど、今じゃそれも超えて晩婚化が進んでるんだよ。
 確か、女の人の初婚平均年齢が二十八歳くらいで、男は三十歳くらいだったかな? だから俺の感覚で言えば、ルシンダさんはむしろ結婚適齢期なんだよ」

 もちろん、善治郎も知識として、晩婚化が進んでいる現代日本が例外なのであり、歴史的には十代で結婚するのが一般的であった時代が大半を占めることは知っている。

 しかし、知識として知っている事と、感覚としてなじむことは別問題だ。

 現在日本の価値観を引きずる善治郎は、どうしてもファティマやボナ王女のような十代の少女を紹介されると、つい現代日本に当てはめて、「この子は高校生。この子は中学生」と考えてしまうのだ。

 そんな善治郎の答えに、アウラは今更ながら納得がいった。

「なるほど。だからそなたは私との結婚にも、全く忌避感がなかったのだな」

 アウラは、唯一生き残った王族で現役の国王という例外中の例外の存在であったため、二十代半ばまで独身でいたことに同情こそ集めても、風評被害はさほど受けていなかったが、考えてみれば善治郎がこちらと同じ結婚観を持っていれば、アウラとの結婚の時点で難色を示されているはずである。

「うん? いや、それは考えていなかったな。あれは、年齢がどうとか言う以前に、単純にアウラにひ……」

 と、言いかけて自分がものすごく恥ずかしいことを言おうとしていることに気付いた善治郎は語尾を濁す。

「ほほう? ひ? ひ、なんだ? 興味深いな、聞かせてくれ」

 それを聞き逃さなかったアウラは、心底嬉しそうな満面の笑みを浮かべると、わざとらしく右耳に右手を当てて、テーブルに体を乗り出してくる。

 一目惚れ。そんな恥ずかしい言葉をここで当の本人に告げられるほど、善治郎はタフな精神をしていない。

「い、今はそれはこっちに置いておいて」

 と言って、両手で見えない四角い箱を持ちあえげて横にどけるパントマイムをする。しかし、

「…………」

 乗りの良いアウラは、無言のまま、善治郎が横にずらした架空の箱を元の位置に戻すパントマイムを見せる。

「戻すなっ!」

 珍しく大声で突っ込みを入れる善治郎に、アウラは小さく吹き出した。

「すまぬ。ちょっと、悪のりが過ぎた」

「まったく、うちの嫁さんは」

「まあ、ひ……の後の追求は、消灯後ベッドでするとして」

「結局するんだ」

 顔を引きつらせる夫に、女王は意味深な笑みだけを返し、言葉を続ける。

「ともあれ、そなたの価値観では、ルシンダは行き遅れではなく、むしろこちらで適齢期とされる娘達が早すぎる、というのだな?」

「いや、こっちの価値観ではそれが普通なのは知っているよ?」

「分かっておる。別段非難しているわけではない。ただの確認だ。間違いないな?」

 いつの間にか、笑顔を消して念を押してくる女王に、善治郎は少し気圧されたように体を背もたれに戻しながら首肯する。

「うん、そうだね。感覚的には、二十代の女の人と結婚する方が抵抗は圧倒的に少ない。十代後半はちょっと抵抗があるし、数えで十五歳となると正直、罪の意識すらある」

 数えで十五歳というのは、満年齢で言えば十四歳か、下手をすれば十三歳だ。現代日本では、親の許可があっても結婚の許されない歳である。

 善治郎も日本にいた頃、中学生や高校生のアイドルを見て「可愛いな」と思ったり、中高生のグラビアアイドルの写真を見て、グッとくるものを感じたことはある。しかし、それとこれは話が別だ。ディスプレイの向こうの鑑賞物体としてならば、年齢は大して気にならないが、生身でふれあう相手とした場合には、どうしても年齢を意識してしまう。

「ゼンジロウ。そなた、そのことを誰か私以外の者に話したことがあるか?」

 やけに真剣な表情で尋ねる妻に、善治郎はつられたように真剣に考え込んだ後、自信を持って首を横に振った。

「いや……ない。アウラが初めてだよ。正直、ルシンダさんの話が持ち上がるまで、俺自身そこまで強く意識していなかったから」

 夫の答えに少し緊張を緩めた女王は、僅かに肩の力を抜き、一度を大きく息を吐く。

「そうか。ならば良かった。今後もそのことは決して外部に漏らすな。下手に国内の貴族達が、そなたの価値観を知れば、直視に耐えない陰惨な事態が乱発しかねん」

「陰惨な事態?」

 聞き返す善治郎に、アウラはもう一度溜息をつくと、右手の親指と中指で目頭を揉み、答える。

「自分の娘や親族を、そなたの側室に押し込むため、一か八かの賭に出る者がいるかもしれん、ということだ。そなたの価値観に併せて、あえて二十歳を過ぎても結婚させずに、側室に押し込める確率を高める。
 結果、見事にそなたの心を射止めることが出来れば、八方丸く収まるが、そなたに奴らの希望を叶えてやらねばならぬ義理はあるまい。そなたに拒否された場合、残されるのは、婚期を逃した娘の群れだ」

「あ、なるほど」

 アウラの説明を受けて善治郎は納得した。

 娘を複数持つ野心家の貴族ならば、いかにも考えそうなやり方である。善治郎はまだ二十代の半ば。側室を取るのにも、後五年や十年の猶予は十分にある。有望な娘をあえて二十歳を過ぎても嫁がせず、善治郎一本狙いに徹する。下手に善治郎の結婚観が知られれば、そういう博打を打つ貴族が出てもおかしくはない。

 当然、善治郎の眼鏡にかなわなければ(かなうう可能性は限りなく零に等しい)悲惨なのは、親の博打につきあわされた娘だ。

 人生を狂わされ、親の意思で『行き遅れ』にされた娘は、下手をすれば善治郎を逆恨みするかも知れない。

 まあ、そこまでは考えすぎかも知れないが、自分の不用意な言動で罪もない貴族の娘を不幸に陥れるのは、善治郎としても本意ではない。

「分かった。絶対に秘密にする」

 暗い想像にブルリと体を震わせた善治郎は、殊勝な顔つきでそう言うのだった。





 女王と王配にとって、密に情報を交換することは重要だが、しっかりと睡眠を取って明日に備えるのはそれ以上に重要である。そのことをしっかりと認識しているアウラは、夜の話し合いを適当なところで切り終えると、ベッドへと向かう。

 部屋をオレンジ色に照らすLEDスタンドライトを消し、真っ暗になった寝室を女王とその伴侶は、危なげない足取りで歩み進む。

 目が見えなくとも、勝手知ったる我が家の寝室だ。体に染みついた感覚に従えば、特に問題なくベッドへとたどり着く。

「アウラ」

「ん」

 暗闇の中でも、夫婦の呼吸が乱れることはない。先にベッドに上がった夫に手を引かれ、妻もベッドへと上がる。

 文字通りのキングサイズのベッドに女王夫婦はその身を横たえ、身を寄せ合う。それだけくっついて寝るのならば、シングルベッドでも支障はないだろうと言いたくなるくらいだ。

 結婚した当初は、朝目を覚ましたときにはアウラの頭を乗せていた善治郎の腕がしびれていたり、絡め合ったせいでアウラの足がしばらく鈍痛に苦しめられたりもしたものだが、最近はそういうことも無い。

 善治郎もアウラも、それだけ二人寝に慣れたということだ。善治郎など、最近は一人で寝るよりアウラと一緒に寝る方が寝付きが良いくらいである。

 もっとも今夜は少々例外であった。

「それで、ゼンジロウ。ひ……の後は何なのだ?」

「うわぁ……。この人、覚えてやがったよ……」

 その夜、善治郎はパジャマの袖を引き、「一目惚れ」という一言を何とか夫の口から聞き出そうとする妻に、背中を向けることでどうにか抗い続けるのだった。
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