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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

74/93

幕間4【増援合流】

 十日後。

 塩の街道では、やっと到着した援軍がプジョル将軍の部隊と無事合流を果たしていた。

 大部分は歩兵だが、アウラが苦心して手配したかいあり、鈍竜の引く荷竜車が通常の倍近い比率で組み込まれている。

 おかげでこれが初めての実戦行軍という新兵達にも、深刻な疲労の色はうかがえない。

 塩の街道には、一定間隔置きに野営用の空間が切り開かれている。その草原の一角で、援軍の責任者はプジョル・ギジェン将軍と対面を果たしてた。

「ただいま、到着いたしました! これより我が軍は、プジョル将軍の指揮下に入ります」

 その中年の騎士も百八十を優に超える体格をしているのだが、それでも二メートル近いプジョル将軍の前に立てば、その影にすっぽりと入ってしまう。

「ご苦労だった。兵達にはそのまま休息を取らせろ。水と手持ちの糧食に手をつけることを許可する。貴様はこのまま部隊の再編成を手伝ってもらう」

「はっ、了解です!」

 淡々と事務的な言葉を吐く巨漢の将軍に、中年の騎士は大きな声で諾の返事を返す。

 行軍中の兵士は、万が一はぐれたときのために、腰に水袋と小さな兵糧袋をぶら下げている。兵糧袋の中身は、きつく塩と胡椒で味付けのされた乾し肉と、黒砂糖の塊である。末端兵士にまで胡椒や砂糖が配られているなど、北大陸の人間が見れば卒倒しそうな光景だが、このあたりでは特に驚くようなことでもない。

 砂糖に一大生産地であるカープァ王国では、季節と場所次第では塩より砂糖のほうが安いこともあるくらいである。

 塩辛くて硬い乾し肉と、ただ甘いだけの硬い砂糖の塊はどちらも日常的には決して好まれる味ではないのだが、炎天下の行軍で疲労している兵士達にとっては、十分なご馳走だ。

 休憩と補給許可を得た兵士達は、街道のあちこちに座り込み、腰の水と兵糧に手を伸ばす。

 新米の兵士達が硬い乾し肉に一生懸命かぶりついている隣で、ベテランの兵士は持ち込んでいた私物の小刀で乾し肉を一口サイズに切り裂いて食べている。さらに抜け目のない兵士は、乾し肉と砂糖塊を一つずつゆっくりと食べると、残りは腰の兵糧袋ではなく、懐に隠し持つ。

 こうして、「全て食べた」と言えば、後で皆と同じだけの補給が受けられる。そうしてため込んだ兵糧を、帰り道で新米の兵士に売るのだ。

 もちろん、行軍中二度の食事はしっかりと与えられるのだが、炎天下での軍事行動で消費されるカロリーはそれでも補いきれない。

 そのため、個人の自由裁量で飲み食い出来る腰兵糧が大きな意味を持つのだが、新米兵士の中には必ず何人か、途中で腰兵糧を食べ尽くし、同僚のおやつタイムを切ない目で見ている奴が出てくる。そういう奴は、なぜか王都の街では子供の小遣いでも買える乾し肉と砂糖塊のセットに、銀貨一枚くらいは払ってくれる太っ腹なの良い男なのである。



 そうして兵士達が弛緩した空気の中、休息を取っている間にも、全軍の指揮官達は引き継ぎで忙しい。

 街道脇の広間に土魔法で作った簡易指令部の中で、プジョル将軍は援軍の主立った将兵と顔合わせをすませ、援軍の兵力を改めて確認する。

「なるほど。基本的な構成は一般的な歩兵軍だな。そこに補給部隊と工兵部隊が追加されているのか」

 補給と工兵にかかる予算の大きさを理解しているプジョル将軍は、内心「奮発したものだ」と感心する。

 これならば、新兵達でも長期にわたる軍事行動に耐えられるだろう。問題は、初めての遠征でこのような至れり尽くせりな待遇を味わってしまった新兵達が「これが実戦だ」と勘違いしてしまうことだが、それは今考えることではない。

「ふむ。流石に陛下は前線というものを分かっていらっしゃる」

 土魔法で作られた粗末な椅子に腰を下ろしたまま、プジョル将軍は口の中でそう呟く。

 女王アウラとプジョル将軍は、国軍の実権を争う政敵同士であるが、同時に上司と部下の関係でもある。政争にかまけて内憂を生むことの愚を理解している二人は、公的な職務の上では絶対にお互いの足を引っぱるような真似はしない。そういう奇妙な信頼関係が、二人の間には成り立っている。

 ともあれ、新たに加わった戦力の確認を終えたプジョル将軍は、狭い仮本部の中に集まった隊長達をぐるりと見やり、

「ご苦労だった。貴様達も交代で休息を取れ。本格的な行動は明日からだ。今日の所は休息を優先する。ただし、工兵は別だ。工兵達には野営地作成のため、働いてもらう。工兵達の休みは明日以降だ」

「はっ!」

「承知いたしました!」

 援軍の隊長達は、そろって右拳を左胸に当て、そう返答する。

 この世界の工兵には、かならず一定の割合で、土魔法の使い手が混ざっている。彼らの手腕は、機械化された現代の工兵とは流石に比べるべくもないが、土魔法の使えない一般兵と比べれば雲泥の拠点構築能力を有している。その力を持ってすれば、一日で全軍の借宿を作ることも不可能ではない。

 長期にわたる野営を含む作戦では、野営地の充実が兵士の疲労に大きく関係する。

 土魔法で作られた簡素な土壁一枚でも、屋内というだけで就寝時の安息には大きく貢献するし、大した寝具もない野営では、地面が平らに慣らされているか否かで、寝心地に雲泥の差が出る。

 あまり露骨に密林を削りすぎると、密林に住む他の竜種まで敵対する可能性が高まるため、やり過ぎは禁物だが、工兵の充実は指揮官として実にありがたい話である。

 自分と腹心だけが残った仮本営の中で、プジョル・ギジェンは膝を組み、思考する。

「ふむ……これだけ後方を充実させられるのであれば、時間にも戦力にも余裕が生まれる。これは、少し欲張ってみるか……?」

 そんな将軍のつぶやきは、土壁と天幕に遮られ、外には一切漏れないのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 最近、公的行事や双王国の王子・王女の接待役として働いているため忘れている者も多いが、善治郎は王家の血は色濃く引いていても、その育ちは王族ではない。そのため、その礼儀作法や知識については、未だ付け焼き刃の域を出ない。

 そうした背景により、オクタビア夫人による知識・教養の講義は、不定期にこそなったものの、まだまだ継続中なのであった。





「暑いな。酷暑期を過ぎても昼間の暑さはそうそう終わらない、か」

 指の先まで神経をとがらせ、礼法に則った仕草で口をつけた冷茶の器を木製のテーブル上に音もなく戻した善治郎は、そう呟いた。

 開け放たれた窓から差し込む日光は、『酷暑期』のそれと比べればかなり攻撃力が落ちているが、それでも善治郎の体感が正しければ、まだまだ真夏日を余裕で上待っているはずだ。

 だが、そんなよそ者の善治郎とは耐性が違うのか、上品に小首を傾げるオクタビア夫人は、同意を示しつつも若干異なる感想を漏らす。

「確かにまだまだ随分と暑いですが、こうして屋内にいればやり過ごせる暑さになっただけでもありがたいです。暑さで眠れないまま迎える朝もなくなりましたから」

 酷暑期の暑さには閉口しているようだが、今の暑さは十分許容範囲のようだ。見た目は楚々たる淑女でも、さすがは生粋のカープァ王国人である。

 善治郎は思わず苦笑を漏らしつつ、

「そなたたちにとってはすでに「過ごしやすい季節」か。生まれの違いを痛感するな」

 そう自嘲気味に言った。日本の関東圏で生活をしていた頃は、特に自分が暑さに弱い質だとは思っていなかった善治郎であるが、流石に気温が体温より上がる土地は勝手が違う。

 そんな善治郎の自嘲をフォローするように、伯爵夫人は口元に手を当て、小さく笑いながら言葉を重ねる。

「恐れ入ります。ですが、ゼンジロウ様も昨年に比べれば、随分となれたご様子。そうして年を重ねていけば、そう遠くない未来私達と同じくらい慣れるのではないでしょうか」

「……だとよいのだがな」

 善治郎が返答に一瞬窮したのは、去年より今年の『酷暑期』を楽に乗り越えられたのが、慣れではないと自覚しているからだ。

 去年は氷扇風機しかなかったが、今年は寝室にエアコンが付いた。今のところ無事に稼働しているエアコンのおかげで、寝室では常に快適な夜を凄くことが出来るようになったのだ。おかげで酷暑期の疲労も最小限に終えられたに過ぎない。

 今でも、一切の冷房設備に頼ることなく、『酷暑期』の夜を乗り越えられるとは全く思っていない善治郎である。

 寛ぎの場であり、就寝の場でもある寝室だけは常に二十℃の前半を維持していられれば、暑い時期を乗り越えるのも不可能ではない。その反面、朝から晩まで一時も逃げ場のない熱気に追い回されれば、善治郎の体力と忍耐力では恐らく五日と持たないのではないだろうか。

(今後俺が『瞬間移動』の魔法を習得したら、アウラの名代としての舞台が広がりそうだからなあ。そのうち泊まりがけの仕事も出てくることを考えたら、いつまでも慣れてないとか言ってられないか)

少なくとも、水堀と自然風の涼で乗り切れるようにならなくては、酷暑期には後宮のある王都から一歩も動けないという情けない状態になってしまう。

 女王の名代としての職務が激増しつつある今、その状態はいかにも不味い。

 もうすっかり当初の「子作りに協力してくれれば、後はなにもしなくても良い」という約束など欠片も頭に残っていない善治郎は、そう今後の身の振り方を考える。こちらの世界にやってきて一年半。残業漬けで心身に染みついてた疲れが抜けた善治郎は、勤労を美徳とする価値観を取り戻していた。

「ただ、私達も酷暑期の暑さに慣れているだけで、苦にならないわけではありません。ですから、酷暑期の暑さから『逃れるすべ』を持っている王族の方々が羨ましくなることは、正直ございます」

「!?」

 酷暑期の暑さから逃れるすべを王族が持っている。何の気なしにオクタビア夫人の口から漏れたその言葉に、善治郎は一瞬驚愕を表情に表しかける。

(エアコンや氷扇風機の存在を知っている? どこから漏れた!?)

 それは、対外的に知られては絶対に不味いと言うほどの情報ではないのだが、今のところ後宮に勤める住民達全員に箝口令を敷いている情報である。もし、漏れているようであれば、一度後宮の情報封鎖状態を調べなければならない。

(あ、でも最初にあの絨毯に乗せて転移してきたとき、持ちこんだ品の検査には後宮の侍女だけじゃなくて、王宮の侍女や近衛兵士なんかも参加すてたから、存在自体は結構知られてるのか。でも、あの場で電化製品の機能なんかは気付くわけないよなあ。現に、折りたたみ式のオペラグラスさえ開き方が分からないで、ただの飾りとしか思ってなかったくらいなんだから)

 表情を繕ったまま、善治郎がグルグルと思考を巡らせている間に、オクタビア夫人はふと気付いたように小さく首を縦に振る。

「あ、ひょっとしてゼンジロウ様はご存じないですか? カープァ王家はいくつかの『避暑地』を有しているのですよ。
 今は『瞬間移動』の使い手はアウラ陛下お一人なため利用できませんが、使い手が複数いたころは、王族の方々は毎年『酷暑期』には交代で『避暑地』に避難していたのですよ」

「ほう。そういえば、アウラ陛下がそのようなことを仰っていたような気もするな」

 危うく下手な邪推でこちらから開かなくてもよい札を開くところだった善治郎は、内心の緊張を押し殺し、少しわざとらしい口調でそう答えた。

(ああ、そういう意味か。あぶない、あぶない。墓穴を掘るところだった)

 この国には、エアコンや氷扇風機のような冷房設備はないが、逆にその身を一瞬で避暑地に運ぶことの出来る『瞬間移動』という魔法が存在するわけだ。

 オクタビア夫人が言うとおり、『瞬間移動』の使い手がアウラ一人しかいない現状では、王族の避暑のために『瞬間移動』を使うような贅沢は出来ないが、使い手が複数いれば、交代で避暑地に逃避することが出来るのだ。

 なるほど、王族はこれまでそうして『酷暑期』を乗り越えていたのか。確かにそれは王族の特権だし、オクタビア夫人が「うらやましい」と言うのも分かる。

 状況が理解できた善治郎は、どうにか心臓の鼓動を落ち着かせると、内心の動揺を誤魔化すように世間話を続ける。

「私は詳しく知らないが、避暑地と言うからにはそこは、『酷暑期』でも涼しいのだろうな。となるとそこは高山地方か?」

 日本の中部地方出身の善治郎にとって、避暑地と言われて最初に思いつくのは軽井沢だ。そこから必然的に避暑地イコール高地という発想になったのだが、避暑地はなにも高地ばかりではない。

「はい、高地の避暑地もあるそうです。ですが、王族の方達がよく使われていたのは、バレアス島ですね。海岸線にある小島なのですが、島丸ごとが王家の所有となっておりますので、静かに過ごすには最適だとか」

「ほう、海の避暑地かか」

 さすがは王族。島丸ごと一つが一族占有の避暑地とは、豪勢なことである。善治郎の表情から興味を引いたことを察したのか、オクタビア夫人はお手本のような礼儀に叶った仕草で冷茶に口をつけると、説明を続ける。

「はい。私は招かれたことがないのであくまで伝聞の知識ですが、とても美しい島だと聞いております。島全体が非常に遠浅なため、大型の船では近づくことも出来ませんが、その分海にも鮫や海竜も寄りつかず、安心して水遊びが楽しめるのだとか。
 また、海岸線一杯に広がる砂は、不思議なことに人が踏むとキュッキュと鳴くそうです」

「ほう、『鳴き砂』か」

 鳴き砂については、地球でも話には聞いたことのある善治郎である。

 詳しい原理は知らないが、人が踏んだり一定の角度で棒で突いたりすると、砂が鳴き声のような音を立てるというのだ。善治郎自身、鳴き砂の浜辺を歩いた経験はないが、それなり興味を引かれる話ではある。

「なるほど。なかなか興味深い所のようだな」

「はい。夕日が美しく、浜辺近くには波で削られた洞窟もあるそうです。中は非常に涼しく、白い鍾乳石が無数に垂れ下がり、それは幻想的な光景だとか」

「ほう、いずれ暇を見つけて、言って見たいものだな」

 王配と家庭教師の会話は、その後も多少の注意を含みつつも和やかに続くのだった。
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