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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第十章3【辺境伯との面談】

 それから数日後。女王アウラは非常に忙しい日々を過ごしていた。

 多種多様な公務。国内貴族や各国外交官との公式、非公式の会談。そして、毎日執務室に届けられる地方貴族達からの嘆願書や、王宮各部門からの資料への目通しとサイン。

 いずれも女王として必要な責務である。外から見れば別段特に不自然なところはない。しかし、アウラという人間をある程度深く知っている者であれば、今の彼女の態度が少し不自然である事に気がつくかも知れない。

 アウラは、この国において自分が他の誰よりも替えのきかない存在であることを熟知している。そのため、よほどのことがない限り、自分のスケジュール表から遊びの部分を削ったりしない。

 国王という国の支柱が万が一にも倒れたりしたら、その時点で国政の大半は麻痺する。その危険を知っているアウラは多少国政を滞らせることがあっても、可能な限り自分の心身に無理をかけないように心がけている。

 それこそ、一日許可が遅れることで死者の数が変わるような書類に目を通すより、自分の睡眠時間の確保を優先することもあるくらいだ。

 そんなアウラが、忙しい日々を過ごす理由は二つに一つである。

 一つは、本当にアウラが自分の体に無理をかけてでも乗り越えなければならない難事に巻き込まれている場合。

 そして、もう一つは「忙しい」という盾を必要とする場合。つまり、誰かとの接触を意図的に避けている場合。

 今回は典型的な後者の例であった。





「ゼンジロウ様。この度は私のために貴重な時間を割いていただき、感謝の言葉もございません」

「いや、大したことではない。陛下の名代として、諸将諸侯の声に耳を傾けるのも私の責務の一つだ」

 善治郎は、目の前で大仰に頭を下げる初老の貴族に、椅子に腰をかけたままそう言葉を返した。こうして正装に身を固めれば、自然と偉そうな口調で話せるくらいには、善治郎も王族としての口調が身につきつつある。

(スーツを着れば、仕事モードに入るのと似たようなものかな?)

 頭の中でそんなことを考えつつ、善治郎は対面に座る初老の貴族に視線を向ける。

 ガジール辺境伯・ミゲル。それが、この男の名前だ。

 顔に刻まれた皺を見れば、彼の年齢が初老の域に達しているという話にも納得がいくが、その鍛えられた体つきからは全くその加齢を感じられない。

 身長こそ、善治郎と大差ないものの、首の太さや胸板の厚さは、善治郎の倍近い。アメリカンフットボールのラインや、ラグビーのフォワードを彷彿させる体つきである。

 だが、そんな老いてなお現役の戦士であるガジール辺境伯が、恐縮しきりの様子で善治郎の前で縮こまっている。

「は、恐れ入ります。我が子の動向が気になって、矢も楯もたまらず、このような場を設けていただきました。親ばかとお笑い下さい」

 ガジール辺境伯は、貴族には珍しい腹芸をあまり得意としない実直な武人である。自分の非を認める言葉をそう率直に口にする。

「いや、一人の親として子を思うのは情として当然のことであるし、一人の貴族として後継者の動向に目を配るのは理として当然だ。辺境伯の行動は間違っていない」

 口調こそは多少厳しいものの、柔らかな表情でそうフォローする王配の言葉に、白髪交じりの老貴族はホッと緊張を解く。

「ありがとうございます、ゼンジロウ様。そう言っていただけると、この老骨も少しは気が楽になります」

「うむ」

 老骨どころか、元の骨格が分からないくらいの筋肉に覆われた老戦士の言葉に、善治郎は表情を消した顔つきで小さく一つ頷いた。

 この現状に落ち着いた舞台裏を知っている善治郎としては、あまり恐縮されると逆に少し居心地が悪い。

 元々、こうしてガジール辺境伯が善治郎に面談を申し込むこと自体が、アウラ提案、ファビオ秘書官筋書きのはかりごとなのである。

 ガジール辺境伯は、自らの息子であるチャビエル・ガジールの動向に気を揉んでいた。

 王都に詰めているガジール辺境伯の耳には、「チャビエルが群竜と一度相対した後、王都に援軍を要請。要請を受けたプジョル将軍が援軍を率いて出立した」といったところまでしか入っていなかったのだ。

 先の大戦で二人の息子を失っているガジール辺境伯は、唯一生き残った三男に対しては少々過保護気味になっている。

 経過が知りたい、とういうガジール辺境伯の欲求は、厳密に言えば私的な好奇心に過ぎない。女王アウラが暇なときならば、面会許可を取って聞きにいっても問題ないが、あいにくと今アウラは「タイミング悪く」朝から晩までびっちりと公務が入った忙しい日々を過ごしている。

 それでも、辺境伯という地位を盾にすれば横車を入れることも不可能ではないが、自分の私事のために女王の公務に差し障りをもたらすのは、ガジール辺境伯に取っては本意ではない。

 もちろん、そんなガジール辺境伯の几帳面な性格も、アウラとファビオ秘書官は織り込み済みである。ガジール辺境伯との面談の余裕をなくすため、アウラはわざとスケジュールをギチギチに詰めたのだ。

 そうすれば、不当な横車を嫌うガジール辺境伯が、次善の手段に出ることは容易に想像できる。

 女王アウラに直接聞くことが叶わない場合の、次善の策。それは、アウラともっとも親密に情報交換をしているであろう人物、王配善治郎への面談に他ならない。

 かくして、ガジール辺境伯はファビオ秘書官が企んだとおり、こうして「自主的」に善治郎に面談を申し込んできたのであった。

「チャビエル卿はプジョル将軍へ無事引き継ぎをすませた後、自ら率いる部隊と共に討伐隊への同行を申し出たそうだ。プジョル将軍はチャビエル卿の申し出を快く受諾し、同行を許可。
 その後、チャビエル卿はプジョル将軍と共に、塩の街道で群竜の討伐に尽力している。しかし、群竜の数が当初の見込みより遙かに多かった事実が発覚し、プジョル将軍が重ねて増援を要請。現在はその増援の準備を整えているところだ」

 こちらの都合のために「はめた」という意識がある善治郎は、多少の罪悪感も手伝って、懇切丁寧にチャビエル・ガジールの置かれている状況について説明する。

 再度の援軍要請などをここでガジール辺境伯の耳に入れるのは、厳密言えば軍規に触れるのだが、このあたりについてはもちろん事前にアウラから許可を得ている。

「そうですか。まったく、アイツは勝手なことを。プジョル将軍の足を引っぱっていなければ良いのだが……」

 善治郎の言葉を聞いたガジール辺境伯は、言葉では我が子の行動を非難しつつも、その顔には柔らかな苦笑を浮かべていた。勝手に同行を申し出た我が子を心配する気持ちが半分、その積極性を評価する喜びが半分といったところだろうか。

「プジョル将軍は、こと軍務においてはシビアな評価を下すと聞く。その将軍の眼鏡にかなったのだから、チャビエル卿の言動はなんら恥じるものではないということだろう。事実、アウラ陛下も感心しておられた。
 彼我戦力差を冷静に見極め、できないことは出来ないという。その上で、自らの責務を全うするため、上位者に売り込む熱意。ご子息は、年齢にそぐわぬ冷静な判断力と、年齢通りの行動力を併せ持っているようだな」

「はっ、恐縮です」

 いっそ褒め殺しと言っても良いくらいに賞賛する善治郎に、初老の貴族は少しくすぐったそうな表情でほころぶ口元を必死に引き締める。

 軍務に関しては門外漢の善治郎は、アウラの評価をそのまま読み上げているだけなのだが、実際今回の一件におけるチャビエル・ガジールの評価は高い。もちろん、まだ十代の若者の評価をこれだけで下せるはずはないのだが、少なくともアウラもプジョル将軍も、彼を「将来有望」と見なしている。

「あやつは、幼少の頃から弓や騎竜に関しては、熱心でして。三男坊ということで少々甘やかし過ぎました。おかげで年の割に腕は立つのですが、どうにもこらえ性がなく、ほとほと手を焼かせます」

 愚痴をこぼしながらも、ついつい褒め言葉が混ざってしまうあたり、ガジール辺境伯のチャビエルに対する態度は、父親と言うよりむしろ孫に甘い祖父を彷彿させる。実際、初老のガジール辺境伯と十代後半のチャビエルでは、親子と言うより祖父と孫に近い年齢差だ。

(幼い末っ子にだだ甘な父親、だったのかも知れないな)

 善治郎は、表情を固めたまま心の中でそんなことを考える。

 貴族の家では、長男は後継者。次男はそのスペア件、将来の補佐役となることを求められる。一方、三男以降の子供は、基本的にスペアのスペアであることしか期待されない。例え、正妻の子であろうとその扱いに違いはない。

 良くて男子に恵まれなかった陪臣家に婿入り、悪ければお情け程度の捨て扶持と一代騎士位をもらって飼い殺し、だ。

 そんな将来のない立場だからこそ、ガジール辺境伯はチャビエルにはある程度好きにさせてやっていたのかもしれない。

「ガジール辺境伯家は、王国にとっても大事な外の守りだ。領主が尚武の気質を持っているというのは、頼もしい限りではないか」

 内心の推測は言葉に乗せず、善治郎は努めて好意的な笑顔で、そう言葉を返す。

「ありがとうございます。しかし、辺境領主の仕事は軍務だけではありません。あやつは日常の仕事に関しては、どうもおろそかにしがちでして」

「それは謙遜だろう。事実、こうして現辺境伯である貴公は王都にいるのだ。それはつまり、辺境伯領の政務をチャビエル卿が無難にこなしていることの証拠ではないか?」

 善治郎は、緊張に乾く唇をなめたい衝動を抑え込み、精一杯平静を装った声でそう言った。ここからの会話が善治郎にとっては本番だ。何とか、こちらが意図する言葉をこの老貴族の口から引き出し、こちらの意思をあくまで自然に伝えなければならない。

 そんな善治郎の内心など知るよしもないガジール辺境伯は、こちらの思惑通りの答えを返す。

「いえ、恥ずかしながらそうではないのですよ。領地を日常的に回しているのは、息子ではなく娘でして」

 苦笑と共に老貴族の口から「娘」という言葉が漏れた。その言葉を待っていた善治郎は、

「娘? 貴公には娘がいるのか? それは知らなかったな」

 と、出来るだけ自然に見えるように驚いたふりをする。

 実際、アウラとファビオ秘書官から事前にそのことを伝えられていなかったとしたら、善治郎は十分に今の言葉に驚いていたことだろう。

 自領にいる以上その『娘』は十中八九未婚のはずだ。有力貴族で未婚の娘を持つ者が、善治郎にその事実を紹介していないというのは、珍しい。

 年頃の娘を持つ貴族ならば、まず例外なく善治郎に一度は「実は私の所にも未婚の娘がいまして……」という会話をしているはずなのだ。もちろん、そうやって口頭で紹介された娘達全員を記憶しているほど、善治郎は記憶力の優れた人間ではないが、ガジール辺境伯家ほどの大家の娘であれば、流石に覚えていないはずはない。

「はい、もう二十歳を随分と過ぎた娘がおります。先の大戦では戦場に出かけて自領を留守にしがちであった私に代わり、当時まだ成人していなかったチャビエルの世話をし、領地の切り盛りに尽力してくれました。そのせいで、婚期を逃してしまったのは親として不憫でなりません」

 そう言って老辺境伯は遠くを見るように、少し目を細めた。その皺が目立つ顔に滲んでいる感情は、意図せず人生を狂わせてしまった娘への謝意と悔恨だろうか。

 一般に、カープァ王国では二十歳を過ぎた娘は「行き遅れ」のたぐいに入る。貴族階級に限れば、カープァ王国の医療レベルや栄養状態は十分に良いので、早婚、早期出産に拘る必要性はあまりないのだが、女は十五から二十歳の間に結婚、という価値観が染みついているため、二十歳を過ぎても結婚していない女には「心身のどこかに異常があるのでは?」という偏見の目がまとわりつく。

 そんな「行き遅れ」の娘を、王配である善治郎の側室として推薦するなど、ガジール辺境伯にはとても出来なかったのだろう。

 もちろん、それは自分の娘が、王族に嫁がせるに恥ずかしい女だという意味ではない。自分の娘はタイミングが悪かっただけで、実際には王族に嫁がせても恥ずかしくない、立派な淑女であるとガジール辺境伯は思っている。

 しかし、風評というのはやっかいなものだ。内実はどうであれ、事実として「二十歳を過ぎても売れ残っていた娘」というレッテルは、貴族社会では重い。

 そんな娘を王配の側室に押せば、親であるガジール辺境伯はもちろん、娘自身も「身の程知らずで厚顔無恥」という評価を下されることだろう。親としてそれは忍びない。

 そんな貴族には珍しい親子の情を、ある意味利用する自分の言葉に嫌悪感を覚えながら、善治郎は口を開く。

「いや、感心な娘ではないか。若い女の身で、父の留守と幼い弟を守るなど、並の性根でできることではない。失礼だが、ガジール辺境伯。娘の名を聞かせてもらえるか?」

「はっ、ありがとうございます。娘はルシンダと申します」

 善治郎がここまで、人に興味を示すのは珍しい。女王の伴侶は女王との蜜月をのろけるばかりで、他の女を紹介されそうになると脱兎の勢いで逃げる、というのは今や貴族の中では有名な話だ。

 少しおかしい、と内心首を傾げる老貴族に、善治郎は気付かれないように細く息を吸うと、

「ルシンダ殿か。機会があったら、一度お会いしたいものだ」

 顔に営業用の笑顔を貼り付けたまま、そう精一杯さりげなさを装い、告げるのだった。
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