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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第十章1【忙しくも、平穏な日々】

 遠く辺境の出来事が波及してきても、王都に暮らす善治郎にとってより身近な出来事は、やはり王都で起こる出来事である。

 その日の昼下がり、善治郎は王宮の一室で、シャロワ=ジルベール双王国の二人の王族――ボナ王女、フランチェスコ王子の両名と対面を果たしていた。

 酷暑期が過ぎたことで、少しは攻撃性の和らいだ陽光が差し込む一室で、善治郎は、ボナ王女とフランチェスコ王子の対面に座り、口を開く。

「なるほど。それでは、一般的な『四大魔法』であれば、ボナ王女お一人でも、魔道具化することが可能なのですね?」

「はい。私自身、世に知られている四大魔法の大部分は習得しておりますから。四大魔法の魔道具であれば、一人で製造可能です」

 話し合いの主題となっているのは、ボナ王女からカープァ王国へと送られる魔道具の内容であった。

 フランチェスコ王子とボナ王女の、カープァ王宮長期滞在の対価として支払われる事となっている魔道具。

 フランチェスコ王子からはすでに『未来代償』の魔道具を受け取っているが、ボナ王女はまだ作成にも取りかかっていない。すでに『未来代償』という国宝クラスの魔道具を一つ頂戴している関係上、ボナ王女からもらう魔道具は比較的ありきたりな『四大魔法』の魔道具にすることは、アウラも交えた事前交渉で決定している。

「うん。ボナは器用だからね。繊細な魔力操作に関しては、ボナ以上の付与魔法使いは、いないんじゃないかな」

 ボナ王女の隣に座るフランチェスコ王子も、いつも通りの無邪気な笑顔でそう請け負う。

 ちなみにこの場に、フランチェスコ王子が同席する必要性は、本来ない。自分の目の届かないところでフランチェスコ王子を野放しにすることを恐れたボナ王女が、適当な理由をつけてこの場に引っ張り込んだのである。

「フランチェスコ殿下のお墨付きであれば、安心ですね。王子に作って戴いた魔道具も、それは見事なものでした」

 こと魔法の腕に関しては、折り紙付きのフランチェスコ王子である。

「いやあ、あれくらいのモノで良かったらすぐに作りますよ。何でしたら、ボナが作り終わったらまた次は私が……」

「殿下ッ!」

 簡単におだてに乗り、不用意な約束をしかけるフランチェスコ王子を、隣に座るボナ王女が血相をかえて制止する。

 半ば椅子から腰を浮かせかけて、今にもつかみかからんばかりの勢いだ。

(それにしても、何遍見てもフランチェスコ王子のバカっぽい言動は自然すぎるな。ひょっとして本当にこっちが『素』なのかな?)

 善治郎は、取り繕った表情のまま内心そんなことを考える。

 バカと知恵者の二面性を持つ人間。その場合、知恵者が普段はバカの振りをしていると考えるのが自然なはずなのだが、フランチェスコ王子は「普段が素で、真面目に振る舞わなければならないときだけ、がんばっている」と主張している。

 そんなはずはないだろう、と疑っていた善治郎であるが、こうした日頃のバカぶりがあまりに板についているため、ひょっとしたらと思ってしまう。

 どちらにせよ、この一見するとうかつなバカにしか見えない金髪の王子様には、人並みかそれ以上の知性と理性があることを忘れてはならない。

「まあ、どちらにせよ今はボナ殿下が先ですからね」

 善治郎はそう言って、逸れかかった話の筋を少し強引に元に戻す。その助け船に、ホッとあからさまに安堵の表情を浮かべたボナ王女が乗る。

「はい、そうですね。いかがいたしましょう、ゼンジロウ陛下。何か腹案はございますか?」

 ボナ王女の言葉に、善治郎は人の良さそうな笑みを崩さないまま、小さく一つ頷き、答える。

「ええ、ちょっとした思いつきですが、一応あります。土魔法の『耐熱強化』なんですが、ボナ殿下は習得されていますか?」

「『耐熱強化』、ですか?」

 善治郎の問いかけに、ボナ王女は虚を突かれたようにキョトンとした声を上げた。

 無理もあるまい。『耐熱強化』の魔法は、かなりマイナーで端的に言えば使い勝手の悪い魔法なのだ。

 元々は、攻城戦の防御側が城壁を火矢や火炎系の魔法攻撃から守るために生み出された魔法だとされているが、この『耐熱強化』という魔法は、実戦ではモノの役に立たなかった。

 そもそも魔法という技には共通して「効果時間が短い」という致命的な弱点がある。『耐熱強化』の魔法を使用しても、外壁の耐熱強度が増しているのはせいぜい一分程度。それならばいっそ、『水操作』の魔法で外壁に水をぶちまけた方がよっぽど効率的である。

 実のところ、こういう『編み出したはいいが、使い道のない魔法』というのは相当数に上る。そうした使い道のない魔法を土台にして、有益な魔法が生み出されているのだ。

 そして、今善治郎がやろうとしているように、いったんは価値がないと見切られた魔法が、後々思いもかけないところで有効に使われることも珍しくはない。

「はい。『耐熱強化』です。かなりマイナーな魔法らしいですが、ボナ殿下は習得していますか?」

「ええ、一応使えるはず、です」

 そう答えつつも、ボナ王女も今一自信がなさげだ。おそらく、習得してからろくすっぽ使う機会がなかったのだろう。

 善治郎が『耐熱強化』の魔道具を欲している理由は、言うまでも無くガラス製造用の窯のためである。

 現状、ガラス製造技術発展のために使っているのは一般的な土窯なため、数度の実験の度に焼き潰すハメになっている。もし、善治郎のもくろみ通り『耐熱強化』の魔道具で土窯の寿命を延ばすことに成功すれば、ガラス製造の技術実験は今よりずっとスムーズに進むようになるだろう。

 もちろん、魔道具を組み込んだ土窯などという予算度外視の代物では将来的な量産計画には全く対応できないが、現状の技術開発には十分な助けになる。

「それは素晴らしい。ぜひお願いします。連続稼働時間は最低でも五日以上。可能ならば魔力は自動回復が良いですね。その代わりに、再使用までの魔力回復時間は多少長くかかってもかまいません」

「分かりました。では、その線で進めさせていただきます。詳細は後日つめたいのですが、お時間を取って戴けますか?」

 ことが魔道具作成となると、とたんに生き生きしてくるボナ王女は、作り物ではない笑顔で少し身を乗り出す。

「ええ、もちろんです」

 善治郎とボナ王女は、笑顔で後日の約束を交わすのだった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




「ガジール辺境伯と会談の場を設ける、ですか?」

「そうだ。それもできる限り自然な形で、だ。期限は、おおよそ一月以内。どうだ、可能か?」

 同じ頃、王宮の別室では、女王アウラが秘書官のファビオと少し真剣な話し合いをしていた。

 アウラはいつも通り、枯れた蔦と木でできた南国風の椅子に座り、ファビオ秘書官はその斜め前に直立している。

 中年の秘書官は、その細面の顔を小さく横に傾げると、

「それは、一月も時間を戴けるのでしたら、そう難しいことではありませんが。しかし、何故ガジール辺境伯と『ゼンジロウ様』の会談の場を設ける必要があるのか? 出来ればお聞かせ願いたいところです」

 そう、淡々とした口調で言った。

 表面上はいつも通りの無表情であるが、付き合いの長いアウラにはその目に浮かぶ好奇の色が見て取れる。どのみち、腹心であるこの男には事情を話すつもりでいたアウラは、椅子の上で座り位置を直し、説明を始める。

「結論から言えば、プジョル・ギジェンに対するカウンターだ。婿殿の発言で私も気付いたのだが、ひょっとしたら今回の群竜討伐で、プジョル・ギジェンは単純な功績以上のものを求めているのやもしれぬ」

「はて? 功績以上のもの、ですか」

「うむ、そうだ」

 怪訝そうに首をひねる秘書官に、女王は少し含みを持たせた口調で、問いかける。

「ガジール辺境伯は、現在ここ王都にいる。次期辺境伯であるチャビエル・ガジールは塩の街道に出兵中。ならば、現在のガジール辺境伯領はいったい誰が切り盛りをしていると思う?」

 それは、問いの形をした、情報提起であった。

 有力貴族の内情に関しては、アウラより詳細に記憶しているファビオ秘書官はすぐに答えを出す。

「それは、恐らくルシンダ様ではないでしょうか。ガジール辺境伯家の長女にして、チャビエル様にとっては姉であると同時に、もう一人の母にも等しい人物であるとか。先の大戦の折には、幼かったチャビエル様を守り、見事に留守役を勤めたと聞いております」

 そのせいで婚期を逃し、すでに二十代の中盤にさしかかる歳で未だ独身だというところまで思い出したファビオ秘書官は、アウラの言いたいことを察した。

「……なるほど。ルシンダ様はすでに二十代の中頃。貴族女性としては少しばかり今期が遅れておりますが、三十歳を過ぎてまだ独身のプジョル将軍のお相手としては丁度良いところですな」

 貴族女の結婚適齢期は、十代の中頃から二十歳までとされている。そこを過ぎると極端に結婚が難しくなるのだが、実際にはそれはただの風習に過ぎず、二十歳を過ぎたからと言って、結婚・出産にこれといった問題があるわけではない。

 結婚相手は若い女でなければ格好がつかない、と考える男も多いが、プジョル将軍はそうしたタイプではない。

 プジョル将軍が結婚相手に求めるのは、結婚することで自分の出世やギジェン家の将来にプラスとなる女である事だ。子が産める体であれば、それ以上のこだわりはない。

 そう考えれば、年齢的には適齢期を過ぎていても、有力地方領主の娘であり、次期領主となることが確定しているチャビエルに強い影響力を持つルシンダ・ガジールは、プジョル将軍にとって非常に『魅力的な結婚相手』である。

 危惧している点が、側近に伝わったと感じたアウラは、渋い表情で首肯する。

「ああ、年齢から言っても家格から言っても、申し分のない組み合わせだ。しかし、独自の兵力と財力を持つ地方領主と、中央で強力な権力を握る将軍・大臣級の王宮貴族との婚姻は、可能な限り認めたくない」

 理由は言うまでもないだろう。有力貴族同士が強く結びつけば、いずれは王家を脅かす国内勢力が生まれてしまう。

 だからこそ、上級貴族の婚姻には、例外なく『国王の許可』が必要であると国内法に明文化してあるのだ。

 本来であれば、地方領主貴族と中央宮廷貴族の結婚の許可は下りない。しかし、何事にも例外はある。

「プジョル将軍があの年齢でまだ独身である事が特殊なのです。その理由は、プジョル将軍がごく最近まで陛下の婚約者候補であったことに相違ありません。これが、もう一人の婚約者候補――ラファエロ卿のように歳はいっていても、まだ家督を継いでいないのであればまだ良いのですが、将軍の場合はギジェン家の家長でもある。
 王家の都合でプジョル将軍の婚姻を遅らせていたのですから、これは明らかなこちらの負い目ですな」

「……そうだ。そのためある程度は、向こうの都合に合わせて譲ってやる必要がある。しかも、プジョル将軍にはチャビエル・ガジールが現在同行しているからな」

「家格的には、プジョル将軍とチャビエル卿はほぼ同格といってもよいのですが、いかんせん年齢と実績が違いすぎます。チャビエル卿がプジョル将軍に対抗心を燃やすという展開は、少々望み薄かと」

「だろうな。チャビエル・ガジールはプジョル将軍に絡め取られている可能性が高い。まあ、本来それ自体は悪いことではないのだがな」

 プジョル将軍は基本的に、目下の者に対しては面倒見が良い。その上、先の大戦において勲一等の大英雄だ。

 チャビエル・ガジールのような若い貴族ならば、プジョル将軍には対抗心よりも、あこがれを持っていると考えた方が自然である。

 そんなあこがれの大将軍に、親しく話しかけられ、未熟な自分を認められ、ついには自分の姉を娶りたい、などと言われればどうなるだろうか?

「ルシンダ様はすでに結婚適齢期を過ぎています。そんな状態で、家格も武勇も名声も比類ない大将軍様が、娶りたいと申し出れば、チャビエル卿の立場からすれば、感謝することはあっても、警戒することはなさそうですな」

 秘書官の指摘に、アウラは渋い顔で同意する。

「ああ。一見すれば願ってもない話だからな」

 チャビエル・ガジールは、健全な精神を持つ善良で真面目な質の少年だ。

 そんな少年からしてみれば、大戦中自分の親代わりを勤めるために今期を遅らせてしまった姉には、なんとか幸せになってもらいたい、と考えているに違いない。

 だが、同時にチャビエル・ガジールは、典型的なカープァ王国貴族の価値観でものを考える人間でもある。

 女の幸せは、イコール結婚。そして、その結婚相手を探すのは、家長である男の役目。現ガジール辺境伯家の家長は父であり、チャビエル自身はまだ家長ではないのだが、「姉の幸せ」のためであれば、次期領主として父を説得するくらいのことを考えてもおかしくはない。

 プジョル将軍とルシンダ・ガジールは未だ一面識もないが、それは貴族の婚姻では特に珍しいことではない。

「この度の群竜討伐の功績をもって、プジョル将軍がルシンダ様との結婚許可を申し出る。通常であれば認めなくてもさほど問題のない婚姻ですが、プジョル将軍に限っては、王家の都合で今期を遅らせた負い目があるため、拒否はしづらい。というわけですか」

「そういうことだ。確証があるわけではないが、いかにもプジョルが考えそうなことだとは思わないか? ギジェン家の当主が独身というのもまずい故、最終的には認めてもよいのだが、それまでに一つ釘を刺しておきたい」

「そのためにゼンジロウ様にご協力を願う、と。しかし、陛下の思惑通りに事が運べばともかく、少しでも想定からずれれば本当にゼンジロウ様が側室を取ることになると思いますが、そちらは大丈夫なのですか?」

 探るような口調の秘書官の言葉に、アウラは努めて平坦な口調で応える。

「問題ないだろう。ガジール辺境伯家は、典型的な地方領主貴族だ。中央の権勢には興味が薄い。ルシンダを後宮に入れたとしても大勢に影響は少ない。また、ガジール辺境伯家は、過去王家との血の交わりこそないものの、魔力そのものは高いからな。血統魔法の継承もある程度期待できる」

「陛下。私が聞いているのは、そのようなことではありません。側室を取る事に、ゼンジロウ様の、了承は得られたのか? と聞いているのです」

 容赦なく問い詰める秘書官の言葉に、アウラはスッとあからさまに視線を逸らす。

「うん、まあ、同意はしてくれたぞ。それが国の政治運営において必要ならば仕方がない、とな」

「控えめに言っても、相当しこりの残る同意ですな。率直に申し上げて、ゼンジロウ様の機嫌を損ねたのでは? 対策を取らなくてもよいのですか?」

 ファビオ秘書官の指摘に、女王は天井を仰ぎ、顔を右手で覆う。

「婿殿は基本的に物わかりが良いからな。きちんと説明した結果、そうする必要性は理解してくれた。残る問題は感情だからな、正直対策の取りようがない」

 有力な中央宮廷貴族と地方領主貴族が結びつく危険性を理解できないほど、善治郎もバカではない。

 故に昨晩、アウラから説明を受けた善治郎は、最終的にはアウラの意見に同意した。元々「国政上、どうしても必要な場合は側室を入れることを認める」と約束していた手前もある。

 とはいえ、心情的には間違っても賛同したい話ではない。

 複数の女性を同時に娶る「ハーレム」と言えば聞こえは良いが、善治郎の感覚では「妻一人子一人と円満に暮らしている自宅に、愛人を同居させる」ようなものである。

 頭を抱える女王に、細面の秘書官はコホンと一つわざとらしい咳払いをすると、

「やっかいですな。価値観の違いというのものは」

 そう、アウラの内心を代弁するように愚痴をこぼした。

 通常、側室を取る事にこれほど忌避感を覚える男の王族というものはまれである。やっかいである事は間違いないが、改めて他者の口から伝えられると、かえってアウラは冷静になる。

「いや、そこ以外は理想的と言っても良いくらいの夫なのだ。この程度のことで愚痴をこぼすのは、贅沢が過ぎるというものであろう」

「血の拡散は、血統魔法継承者最大のお役目ですから「この程度」という言葉には賛成しかねますが、まあ、ゼンジロウ様は陛下の伴侶として非常に都合が良い御仁である事は、事実ですな」

 細面の秘書官は、そう言って小さく肩をすくめる。

「そうだな。幸い、判断自体はこちらの常識に従ってくれている。感情の問題は、私がどうにかなだめてみる。これは『妻』の役割だ」

「確かに、それは陛下以外には誰にも無理なお仕事ですな」

「だろう?」

 秘書官の言葉に、女王は愛されている女の自負が滲んだ笑みを浮かべるのだった。
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