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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

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幕間3【ガラスの輝き】

 カープァ王国王宮の広大な『裏庭』に築かれた雑多な建築物と、だだっ広い広間。

 荘厳な雰囲気で来る者を迎える前庭や、計算されて植えられた木々や草花で人々の目を楽しませてくれる中庭と違い、裏庭は人の目を意識した作りにはなっていない。

 それもそのはず、元々裏庭は一般人が立ち入ることを前提としていない。

 別名、『職人の箱庭』と呼ばれている通り、そこは王宮に勤める各種職人達が存分にその腕を振るうためだけの場なのだ。

 鍛冶師、革細工師、大工、石工等々。彼ら職人達を、王都の城下町ではなく、城内に住まわせているのは王城がいつでも籠城できるようにしているからであり、その心構えがカープァ王国をここまでの大国にのし上げた精神の規範なのである。

 と、表向きには言われているが、女王アウラに言わせるとそれは、ちょっと違うらしい。

 元々、城下町に住んでいる職人達に、いちいち命令を下ろすのを面倒がった昔の国王が、強制的に裏庭に移住させたというのが、真相だそうだ。

「大体にして、戦時体制のためというならば、貴重な職人達を裏庭においてどうする。中庭におくべきだろう」

 というアウラの意見には、なるほど一定の信憑性がある。カープァ王国が現在の王都に遷都して以降、王都が戦場となったことは一度も無いのだから、真実は分からない。

 ともあれ、王城内部に設けられた『職人の箱庭』は、カープァ王国の職人達にとっては一つの頂点である。

 無論、偏屈者が多い職人の世界ゆえ、在野に王宮職人以上の腕の持ち主がいることも珍しくはないのだが、基本的に『職人の箱庭』に招かれた、といえば職人の世界では一目置かれるだけのステータスである事は間違いない。

 だが、数いる『職人の箱庭』の職人の中には、ごく一部その例にならわない例外が存在する。

 全く未知の技術である『ガラス製造』に携わる彼らのことである。







「…………」

「…………」

「…………」

 年若い職人達が見守る中、年老いた職人は慎重な手つきで、灰の山に先の広がった火箸を差し込み、『それ』を取り出す。

 それをなんと言い表せば良いのだろうか? 少なくとも、『器』とか『入れ物』といった、何らかの機能を持った名称で呼ぶには憚られる物体である。

 歯に衣着せぬ言い方をすれば、『透明感のある黒緑色をした石もどき』という評価が、一番的確だろう。

 だが、そのただのクズ石にしか見えないモノを目の当たりにした老職人は、白いひげの下の口元ににやりと会心の笑みを浮かべる。

「成功だ」

「よっし!」

「おめでとうございます、親方!」

「やったぞ、また一歩前進だ!」

 老職人の言葉に、若い職人達もそろって歓声をあげた。






「それでは、吹きガラス実験の成功を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

 音頭を取る老職人の声に、若い職人達が遅れて唱和する。

 ここは『職人の箱庭』の片隅に設けられた、小さく薄汚れた小屋の中。

 技術のステップアップを祝うにはしみったれた場所だし、酒やつまみも安物ばかりだ。当然、夜には、王都の酒場に繰り出すのだが、最初の乾杯はここでしかできない。

 その理由は彼らが座る机の真ん中に乗っている。

「それにしても、やりましたね、親方」

「ああ。随分時間がかかったが、これでまた一歩進んだ。先はまだまだ長いがな」

 矢継ぎ早にジョッキの中身を干していく職人達の視線は、テーブルの真ん中に鎮座している黒緑色の物体に釘付けだ。

 今日初めて彼らが製造に成功した、「吹きガラス」。

 もちろん、それは「吹きガラス」と呼ぶのもおこがましい、ただの歪んだガラスもどきである。

 色は昔懐かしいラムネの瓶よりまだ黒ずんだ緑色で、厚さはバラバラ。そのくせ、手で触れただけで砕けそうなくらいにもろく、あちこちに穴がいていて『形』と呼ぶほどはっきりとした何かの形をなしているわけでもない。

 だが、とにもかくにもこれは、彼らが初めて「吹いて広げる」ことに成功したガラス細工だった。

 ガラスを拭いて加工するには、液状化した状態である程度の粘度を保っていることが絶対条件である。簡単に言えば、濃い石けん水ならばシャボン玉を作れても、薄い石けん水でシャボン玉を作るのは難しい、ということだ。

 当初のガラスは、薄い石けん水どころか水のようなものだった。吹き穴の開いた鉄棒を溶けたガラスに差し込んでクルクル回しても、いっこうにガラス液が棒に絡みついてくれないのだ。

 そんな状態から、窯の温度を調節したり、混ぜるトロナ鉱石の粉末(天然重曹)の分量を調節したり、試行錯誤を繰り返し、どうにかたどり着いた成果が今テーブル上に乗っている歪なガラスの塊なのである。

「そうですね。まだまだ、先は長い。色はこの通り汚い緑色だし、一目で分かるくらいに気泡だらけだ」

「将来的には無色透明を目指せってアウラ陛下は仰るけど、本当に可能なんですかね?」

「少なくとも、砂をより細かく砕いて、水攪拌を丹念にやって上澄みの砂を選別するようになってから、多少は色が抜けたのは確かだろう」

「俺はそれよりも、窯が気になるよ。今回のでまた窯が寿命だ。こんな頻繁に窯を焼き潰してたら、時間がかかってしょうが無い」

 口を開けば出てくるのは問題点・改善点に関する愚痴めいた言葉ばかりというあたりは、いかにも職人達らしい。

 王都の酒場に繰り出さずに、この汚い小屋の中で乾杯している理由が、「成功したガラスを見ながら最初の一杯を飲みたい」というモノなのだから、やはり彼らは皆生粋の職人なのだ。

 今も、愚痴めいた言葉を交わしながら、全員テーブル中央のガラス細工もどきから視線を外さない。

「けど、実際のところ、今のままじゃこの先は厳しいですよね。窯を焼き潰す度に、窯を立て直すんじゃ、効率が悪すぎますよ」

「確かに、な。王宮付きの魔法使いが土魔法で手伝ってくれるとは言っても、最後は手作業だしな。どうにか、ならないですかね、親方?」

 若い職人に水を向けられ、それまで黙って杯を干していた老職人は、口ひげの泡を袖で無造作にぬぐうと、しかめっ面で口を開く。

「難しいだろうな。今使っている窯だって、儂が現役鍛冶師だった頃に使っていた窯と比べて特に劣っているわけじゃないんだ。
 ガラス製造の高温に耐えられるとなると、相当に難しい。それこそ、噂に聞く北大陸の窯を持ってくるぐらいしか思いつかん」

 老職人の言葉に、一人の若い職人の卵が身を乗り出し、問いを重ねる。

「やっぱり、北大陸は、窯も進んでるんですか?」

「ん、儂も直接北大陸に行ったことがあるわけじゃないから、大部分は伝聞だがな。あっちでは、鉄製品も銅や鉛のように溶かして『鋳造』している場合もあるらしい。それに、白金プラチナの熱加工も可能なほどだからな」

「うへぇ、本当ですか?」

 若い職人達は、皆興味津々の面持ちで老職人の言葉に耳を傾ける。

 彼らは全員、元を正せば鍛冶師見習いだった若者だ。今は女王アウラの要請を受け、『ガラス職人』という未知の世界に以後の人生を全て費やす覚悟を決めているが、それまでは一人前の鍛冶師になることを夢見ていた身である。未練、というほどではないが、やはりまだ製鉄技術への興味は消しきれない。

「ああ、少なくとも、北大陸では、『鋳造』の鉄製品が一般的に出回っているってのは、間違いない。俺も、何度か北大陸の水夫から鋳造製の鍋やら鉄板やらを見せてもらったことがあるからな。安物のナイフなんかも鋳造製らしいぞ。もろいが、その分、ガキの小遣いでも頑張れば買えるくらいに出回っているらしい」

「へえ、親方、現物見たことあるんすか?」

「さすがだなぁ」

「なんとかして、盗めないですかねえ? その窯」

「いや、それやったら戦争だろう」

「いや、北大陸だろ? どうやっても戦争にはならないだろ?」

 若い職人の卵達は、その身分に相応しい、いい加減で無責任な希望を言い合う。製鉄技術を盗んだら、戦争になると理解している分、一般的な庶民よりはまだましなレベルかも知れない。

 実際、この世界では製鉄技術は、軍事力に直結する国の最重要技術である。そう考えれば、少々大袈裟なたとえになるが、『鋳造』炉の製造に携わる職人というのは、現代で言えば戦車の複合装甲や、戦闘機のアルミ合金、カーボン素材の開発に携わった技術者に近い。

 引き抜きが洒落にならないのは当たり前と言える。

 アウラも、将来ガラス製造技術を確立した際には、王領の無人島に製造拠点を移し、島からの出入りを一切禁止にすることを半ば本気で検討しているくらいだ。

 もちろん、これは、ガラスで有名な中世ヨーロッパの都市国家、ヴェネチアが取った方策であり、アイディアの出所は善治郎である。

「とにかく、その辺はアウラ陛下にお任せするしかない。儂等は手持ちの道具と手持ちの技術で、言われたことをやるしかねえさ」

 老職人は話を打ち切るようにそういうと、空のジョッキをテーブル脇の置いてある穀物酒の樽に突っ込む。

「まあ、そうですよね」

「陛下なら、そうろくでもない要求はしてこないでしょうし」

「それなりに、安心感はあるよな」

 基本的に職人達の誇りの高さを理解した上で、丁重に接しているためアウラに対する職人達の信頼は高い。

 世の中には、職人達を強制的に集めておいて「○○年以内に、これこれを作れ。でき無ければ死ね」と宣う、王族・貴族もいるのだ。

 まあ、さすがにそこまで強烈なのは、逸話が残るくらいの少数派だが、職人の技に敬意を払う事ができる権力者も同じく少数派だ。

 とはいえ、アウラも「理解力のある君主」ではあっても、間違っても「甘い君主」ではない。

 それを知っている老職人は、若い職人達をギロリと睨み、

「気を抜くなよ。陛下は、成果を出せと言っておられるのだ。未知の技術故に時間制限は設けないと言って下さっているが、怠惰に時間を過ごすことをお許しになるほど、優しいお方ではないぞ。
 あからさまにサボれば簡単に首がとぶだろうし、情報の漏洩を働けば、こっちの首だってとぶ」

 手刀でトントンと自分の首を叩いた。

「…………」

 若い職人達の間に、沈黙が広がる。

 サボった場合にとぶのは『解雇』という意味での首であり、情報漏洩の際にとぶのは、『斬首』を意味する物理的な首である。

 今更顔色を変える若い職人達に、老職人は「忘れてやがったな、こいつら」と言わんばかりの溜息をつく。

 曲がりなりにも彼らが任されている、『ガラス製造』は、一国の王が直々に命じた国家の機密事業なのだ。

 女王アウラは基本的に、職人の尻に火をつけるよりも、働きやすい環境を提供することで作業の効率化を図る主義なため、居心地の良い仕事環境が与えられているが、その恩恵には技術習得という後払いの約束がある事をついつい忘れてしまう。

 こうして定期的に、冷や水をかけてやって、頭を冷ましてやるのも先駆者の義務というものだ。

 鍛冶職人として一度職人人生を全うした経験のある老職人は、先輩・同僚・後輩が、不用意な言動で貴族に重い罰を受けるところを何度か目の当たりにしている。

 できれば、あれはあまり見たくない。とはいえ、せっかくの祝いの場を、いつまでも沈み込ませていてはいささかもったいない。

 老職人はコホンと一つわざとらしい咳をすると、

「まあ、ガラスの透明度を上げる方法に関しては、俺たちはいろいろな砂で試してみるくらいしかできんな。後は、リキを入れて石臼で引くくらいか」

 そう、非常に下手な話術で話題の転換を図る。

 さほど長い付き合いではないが、その年老いた上司が不器用だが部下思いの人間である事を理解している若い職人達は、話題そらしに乗った。

「あ、そ、そうですね。俺たちのやり方じゃこの辺が限界ですよね」

「でも、俺、何となくだけど、ガラスに向いた砂の傾向が分かってきた気がする」

「あ、それは俺も。少なくても、黒くて重い感じの奴は駄目だよな。だからといって白砂なら何でもいいって訳じゃないんだけど」

「どっちにしても、今は陛下のご命令待ちだろ? 陛下もガラスの色抜きに関しては、色々模索してみるって言ってたし」

「まあ、それもそうか」

 元々職人の集まりだ。技術に関する話を始めれば、最初はぎこちなくともすぐに話が弾む。

「それにしても、アウラ陛下って凄いよな。実際、これまで陛下が仰った提案は大体的を射てるんだよな。そもそもこの『ガラス』自体陛下のご提案なんだろ? どこで知ったんだろうな、陛下は?」

「…………」

 うかつな若い職人の言葉に、老職人はまた表情を消し口を閉じる。

 元々女王アウラは、為政者、軍指揮者としては若さに似合わぬ実績を積んでいるが、職人技術に明るいという噂は、とんと聞いたことがない。

 対して、昨年女王アウラと婚姻を交わしたゼンジロウという人物は、聞いたこともない遠く異国の生まれらしい。

 そして、アウラがガラス製造の密命を下したのは、ゼンジロウと結婚した少し後だという事実。

 これを結びつければ、本当の知識の出所がどこであるかは、比較的容易に想像がつく。実際、その考えに至っているのは老職人一人ではないらしく、若い職人達の中にも、今の発言に小さく顔をしかめている人間がちらほら見える。

(とはいえ、これこそ絶対つついちゃならない藪、なんだろうな。陛下がはっきりと「自分の命令」と明言している以上、こっちはそれを鵜呑みにするしかねえ)

 老職人は、ブルリと老いた体を震わせるのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 吹きガラスもどきの成功。

 その報告を受けた女王アウラは、ガラス製造の今後について善治郎と話し合うため、予定を変更して後宮へと戻ってきたのだった。

 フランチェスコ王子とボナ王女が来てからは、随分と忙しい日々を過ごしている善治郎であるが、昼食時には可能な限り後宮に戻るようにしている。

 アウラの記憶が間違っていなければ、今日も善治郎は後宮で昼食を取る予定になっているはずだ。

 後宮に戻ってきたアウラは、足早に廊下を歩み進むと夫が昼食を取っているはずのリビングルームのドアを勢いよく引き開ける。

「ゼンジロウ、すまぬがちょっと良いか?」

 そう言って、リビングルームに足を踏み入れたところで、女王の動きは固まった。

「あ、アウラ……?」

 昼食の真っ最中であった善治郎は、ギクリと体を震わせこちらを見る。

 予定外の妻の訪問に、心底驚いているようだ。嫉妬深い女ならば、「何かやましい隠し事でもあるのか?」と邪推してしまいそうな、慌てぶりである。

 だが、素早く夫の食べている『昼食』が何であるか見て取ったアウラは、自分の失態を悟り、溜息交じりに謝罪する。

「すまぬ、少々間が悪かったようだな。私はしばしよそで時間を潰してくる故、ゆっくり食事を済ませてくれ」

「うん、ごめん」

 そう言って、出て行こうとする妻に、善治郎は小さく謝罪の言葉を返し、食べかけの『蕎麦』をすするのだった。




「うむ、やはり異国の風習というのは、一から十まで全て受け入れられるものではないな」

 リビングルームのドアを閉めたアウラは、小さく肩をすくめるとそう愚痴を漏らす。

 善治郎がこちらの世界に持ち込んだ飲食物やレシピの大半は、アウラにとっても興味が引かれる美味しいモノであったが、中にはどうやっても受け入れられない『文化の違い』を実感させられるものも存在する。

 善治郎が今食べている『蕎麦』がまさにそうだ。

 正確にはアウラが受け入れがたいのは、『蕎麦』という食べ物ではなく、「汁物の麺類をすする」という行為そのものである。

 善治郎が叔母からもらった地元産の乾麺と、めんつゆ。善治郎が日本から持ち込んだ飲食物であるが、調理の仕方を侍女達に説明するのが面倒なため(仮にも王族である善治郎は、自ら調理場で鍋釜を振るうことは推奨されない)、つい最近まで手つかずで残っていたモノだ。

 流石に、乾麺はともかくめんつゆは未開封状態で冷蔵庫に入れてあると言っても限界がある。懐かしい故郷の味を駄目にするのももったいないと考えた善治郎は、知る限りの知識を調理担当責任者であるヴァネッサに教え、蕎麦の調理を任せたのである。最初の一回は、ゆですぎてグニャグニャにしてしまったヴァネッサであるが、その後はどうにか食べられる程度の調理をしてくれるようになった。

 汁は市販のめんつゆに、肉竜の肉と魚介類の乾物で出汁を取っただけの代物で、臭み消しのきざみネギも入っていない簡素な肉蕎麦だが、元々善治郎の舌は細かな違いを識別できるほど、ご立派なものではない。

 蕎麦が蕎麦の味をしていて、ほどよく肉の出汁が出ているめんつゆに浸っていれば、十分だ。

 喜び勇んで『蕎麦をすする』善治郎の様子を目の当たりにしたアウラが、顔を引きつらせたのは、無理のない反応だったと言うべきだろう。

 実際、異世界に限らず、地球上でもラーメンや蕎麦のような汁物の麺をすすることに、強い嫌悪感を抱く文化圏は少なくない。

 善治郎にとっては特別下品でもない(きわめて庶民的で、正式な場にはまず登場しない料理ではあるが)食べ方も、アウラにとっては反射的に顔をゆがめるくらいに、嫌悪感を抱くものであった。

 聡いアウラと、聡いとまではいえずとも、人並みの知性と知識を有する善治郎は、すぐにお互いがどちらも悪くないことを悟り、さらにこの問題に関しては妥協点を見つけることも難しいと理解した。

 その結果生まれた、この件に関する対処方法が、「不干渉」である。

 善治郎は、後宮で一人の時にしか汁物の麺類は食べない。アウラは、善治郎のその行為には口出ししない、ということだ。

 そう言う意味では、先ほどのハプニングは、どちらかというとアウラの失態である。

「せっかく、後宮に戻ったというのに、別々に食事というのももったいないが、仕方があるまい。私は別室で食事を取る。詳細はヴァネッサに任せる故、適当に用意してくれ」

「はい、承知いたしました」

 通り過ぎ様、アウラはかしこまる侍女にそう要望を告げるとそのままの足で真っ直ぐ後宮の一室に向かう。

 急な予定変更と、急な食事の要請。表面はすました顔で頭を下げる侍女達だが、裏では間違いなくてんてこ舞いだろう。

 それを分かって上で、ごく自然に「やれ」と命じるあたり、やはりアウラは生まれついての王族なのだろう。これが善治郎であれば、侍女達の事情をおもんばかって無駄に遠慮してしまう。

 遠慮無く無茶な命令を下す主と、遠慮しすぎて要望をなかなか言葉にしてくれないため、言外の意図を察して自主的に働かなければいけない主。

 正反対の方向に向いているが、どちらもある意味面倒な主である。

 後宮の廊下をカツカツと歩み進みながら、アウラは小さく頭を振る。

「ゼンジロウは異世界の人間だ。そう考えれば、価値観の相違がこの程度で収まっているのは、むしろ幸運のたぐいなのだろうがな」

 そう分かっていても、やはりアウラには、あの麺をすするという文化は受け入れられない。

 かき氷、ブランデー、カステラ、そして、最近では蒸留酒。基本的に善治郎がこの世界に持ち込んだ、地球産の飲食物文化は、アウラにとって楽しみなものであったが、少数ながら例外はある。

「後は、あの「豆を大量の砂糖と一緒に煮込んでペースト状にする」という、正気とは思えない料理を作らせることをやめてくれればな」

 今のところ、善治郎のもたらした食文化でアウラが拒絶したのはその二つだけである。

『甘い豆のペースト』は、善治郎に言わせれば「現在試行錯誤中。再現できればいろいろなお菓子に使える」とのことなのだが、正直こればかりは眉唾に思える。豆を甘く煮るなど、まともな料理とは思えない。

 とはいえ、いつまでも夫の数少ない不満点について考えているのも失礼な話だ。

 頭を切り換えた女王は、日頃あまり使っていない食堂のドアに手をかけるのだった。





 どちらも後宮にいるのに、あえて別室で別の食事を取るという、そこだけ聞けばまるで「離婚間近な冷め切った夫婦」のような昼食を済ませた後、善治郎とアウラはリビングルームソファーに向かい合って腰をおろしていた。

「なるほど、俺はすっかりノータッチだったけど、ガラス製造は結構進んでたんだ。曲がりなりにも吹きガラスの形まで持っていったっていうのは凄いね。
 で、問題はやっぱり、『ガラスの色』を抜けない、と」

「ああ。他にもガラス製造に必要な高温に窯が耐えらぬため、窯の寿命が極端に短いことなども問題として上がっているが、現状現場が一番打つ手なしになっているのは、色の問題だな」

酷暑期が過ぎ去った最近は、エアコンのある寝室に逃げ込まなくてもそれなりに過ごせるようになっている。

 この後もすぐに次の業務が控えている女王アウラは、第三正装の赤いドレス姿のまま、黒いソファーの上に足を揃えて座り、少し口元をゆがめた。

「それにしても、ガラスの色抜きか。うーん、基本的にはやっぱり珪砂からいかに金属成分を取り除くか、って一事に尽きるんだよね。となると、水攪拌で上澄みをすくう方法と、磁石による金属粒除去。後は、抜本的な改善策として、できるだけ金属成分の少ない砂を使うこと、ぐらいしか無いと思うな」

「むう、やはりそうか。水攪拌はこれでもかと言うくらいにやっているらしいからな。『ジシャク』とやらはそなたがたまに庭でやっている奴であろう? しばらくは物にならないと言っていた。となると、現状ですぐにとれる手段は、よりガラスに向いた砂を探す事くらいしかできぬ、か」

 善治郎の返答をある程度予想していたのか、言葉ほどには残念がっていない淡々とした表情で、アウラは腕を組む。

 妻の表情から、さほど深刻な問題ではないことを悟った善治郎は、ちょっとしたいたずらを思いつく。

(んー、これくらいなら笑い話ですむ、かな?)

「俺もガラスのある世界から来た、ってだけで原則ただの素人だしね。俺の知識なんてアウラに見せてあげたあの『二回』分の、DVDだけだよ」

「二回?」

 善治郎が意図したとおり、アウラは善治郎の「二回」という部分に、鋭く反応する。善治郎は、あくまですっとぼけたまま、

「うん。一回目は『ガラス器』作り。二回目は『丸い板ガラス』作り。確か、『クラウンガラス』って呼ばれる奴でさ。主にガラスの色を抜く方法を実践しているのは、その二回目のほうなんだけど、アウラには見せてなかったっけ?」

 そう、つらっとした顔で言う。

 ガラス器として使うならば、濃い色合いでも外見以外の問題は生じないが、窓ガラスとして使用する『板ガラス』は透明度が高くなければ、実用に耐えられない。必然的に、『クラウンガラス』の回では、ガラス器の回よりも、ガラスの色抜きに手がかかっているのだ。

「見ていないぞ、私はッ」

 勢いこむアウラに、これは釘をさいておかないと後で危ないと察した善治郎は、

「あ、でも、この世界で実現可能な対処方法は、俺がもうすでに教えてるよ。それでもいいなら、一応見てみる?」

「ああ、見るとも」

「了解、すぐ用意する。でも、本当に見てがっかりしないでね。俺が悪いんじゃないからね」

 妻の勢いにおされた善治郎は、当初のいたずら心も忘れ、そう念を押す。

「ああ、分かっているさ。駄目で元々だ」

 そんな言葉とは裏腹に、アウラの顔には見逃しようもないほど強い期待の色が浮かんでいた。





 数分後、二人は仲良くテレビの前に腰をかけていた。

 善治郎は右手にテレビのリモコンを持ち、途中で何度も一時停止を押し、その度に内容を細かくアウラに説明する。

 おかげで三十分弱の番組を見終えるのに、一時間近くかかってしまうのだが、それは仕方の無いことだ。まさか、テレビを見るためだけに、女王の責務で忙しいアウラに、日本語を学んでもらうのも非効率的すぎる。

「……って感じで、クラウンガラスっていうのは、吹きガラスで広げたガラスをさらに勢いよく回すことで、円盤状にするやり方なんだ。そうすることで丸い板状のガラスができる。
 用途は窓ガラスって言って分かるかな? 光を取り入れて空気は通さない、そういうもので外から灯りだけを取り込むようにするの。
 だから、必然的に窓ガラス用のガラスは、ガラス器用のガラスと違って高い透明度が求められるってわけ」

「なるほど」

 アウラは真剣な面持ちで、ソファーから身を乗り出し、食い入るようにテレビ画面に見入る。

 しばらくは、順調だった。

「ふむ、今の砂を石臼で引いたのだな?」

「うん。できるだけ細かくすることで、砂に混ざっている金属を摘出しやすくするんだ。その後、砂を水で洗って、よく乾かした後にふるいにかけて金属粒子を含む砂とそうじゃない砂により分けてるの」

「このあたりは、すでにそなたが教えてくれたやり方だな」

「そう。それで、ここ。砂の中に突っ込んでいる袋に入れた四角い棒が『磁石』。金属を引きつける性質があるから、金属成分をより分けるのに使っているんだ」

「これが、最近中庭で、そなたが模索している奴か」

「うん、なかなか上手くいかないけどね。だから、この方法もしばらくは無いものと思って」

「うむ、残念だが仕方があるまい。となると後は……」

 テレビ画面の中で行われているのは、すでに行っている方法と、道具がないため今は行えない方法。

 そのため、得るものはなかったもののここまでは、アウラも平静でいられた。

 問題はその後。

「……まて」

 制止を促すアウラの低い声に、善治郎は「来たか」と内心首をすくめる。

 だが、善治郎は取り繕った表情と声で、

「ん? なに?」

 とすっとぼけてみせる。無論、そんな事でアウラがごまかされるはずもない。

「今、なんと言った?」

 鋭い妻の視線に、すぐに観念した善治郎は、小さく溜息をつくと素直に答える。

「うん、だから、磁石を使ってもまだガラスの色が濃いままだから、もっと透明にするために『あるもの』を入れたんだ」

「その『あるもの』とはなんだ?」

「割れた透明のガラス片」

「…………」

 善治郎の答えに、アウラは眉の間に皺を寄せた怖い表情で、しばし沈黙を保つ。

 最初はいたずら心をもって望んでいた善治郎が、思わずちょっと後悔するくらいに怖い顔である。

 透明なガラスを作るために、透明なガラスを混ぜる。

 まあ、それを混ぜれば確かに『透明なガラス』ができるだろう。なにせ元が透明なガラスなのだから。

「なあ、パパ……」

「え、俺はこんな大きな娘持った覚えはないなあ。嫁さんなら心当たりあるけど」

「そうか。なあ、カルロス君のパパ」

「な、なにかな、善吉君のママ」

 愛妻の平坦な声と半眼の表情にたじろぐ善治郎に、アウラは人差し指でテレビを指さし、言う。

「ひょっとして、こいつ等、私のことが嫌いなのか?」

「いや、流石にそれはただの被害妄想……」

「だって以前の『耐火煉瓦』の作り方では、耐火煉瓦の粉を混ぜて、耐火煉瓦作りの窯で焼くで、今回の『透明なガラス』の作り方では、割れた透明なガラスを混ぜる、だぞ? これでどうやって再現しろというのだ」

「そもそも、これは娯楽番組で、見て楽しむためのモノだから、そんな実用性を求められても困るんじゃないかな、制作者も。それにほら、そうだ。俺がこっちに来たとき、転移のショックで割っちゃった日本酒とワインの瓶があるじゃない。ワインの瓶は濃い赤だから駄目だけど、日本酒の瓶は白く曇らせているけど、材質自体は透明だよ。
 取ってあるんでしょ? 割れた瓶。あれを使えば、同じ事ができるかもよ」

 善治郎の必死の説得に、少し眉間の皺を緩めたアウラであったが、それでも不機嫌さが消え去ったわけではない。

「だが、それは根本的な解決にはならぬであろう?」

 不満そうに口をとがらせて言うその言葉は、実際的を射ている。

 割れた酒瓶で使えそうなのは一つだけ。割れていないウィスキー瓶や、ブランデーの瓶なども勘定にいれたとしても、所詮はそれ以上入手できる当てのないきわめて限られた資源でしかない。

 ガラス製造を国家百年の計に組み込もうと考えているアウラにとっては、実験用のおもちゃを超えるものにはなり得ない。

「むう……」

 口をとがらせ、テレビをにらみつける愛妻をなだめるように、善治郎は無言のまま、肩に回した手で妻の背中をトントンと叩く。

(ああ、なんだか、牙をむいてうなり声を上げる雌虎を素手でなでてなだめてるような緊張感だな、こりゃ……)

 内心冷や汗をかき、顔には苦笑を浮かべる善治郎であったが、それでも愛する妻から距離を取るという選択肢は頭のどこにも思い浮かばないのであった。
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