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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

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第八章2【魔道具の受け渡し】

 それから数日後。

 王宮の一室にて、二国併せて四人の王族が一堂に会していた。

 カープァ王国からは、女王アウラと王配の善治郎。シャロワ・ジルベール双王国からはフランチェスコ王子と、ボナ王女。

 現在、カープァ王国に存在する王族という肩書きを持つ者が、全員この場に集結していることになる。

 名目は、この間のフランチェスコ王子が無理を言って後宮に入れさせてもらった謝罪と、カルロス王子のために『治癒の秘石』を使ってもらったお礼、ということになっているが本当の目的はそれではない。

 事実、ボナ王女が「先日は申し訳ありませんでした」と言うと、アウラが「いや、こちらこそ我が子のために貴重な『治癒の秘石』を使って戴き、感謝の言葉もない。この礼は必ずいずれ」と返しただけで終わってしまった。

 元々生真面目なボナ王女は、事前に書面でのやりとりであの一件の落としどころに当たりをつけていたし、フランチェスコ王子の裏の事情を知っているアウラは、あの一件をほじくり返すつもりは端からない。

 そのため、四人の王族の会談は、すぐに次の目的へと移行する。

「話は終わりました? 終わりましたよね。それでは、次は私の用事はこれです。
 完成した『未来代償』の魔道具です。アウラ陛下にはご協力を戴き、ありがとうございました」

 そう言ってフランチェスコ王子は、懐から小さな金細工を取り出し、テーブルの上にのせた。

「ほう、これが。すばらしいな」

「凄い。これは見事ですね」

 アウラと善治郎も、思わずテーブルに身を乗り出しその小さな魔道具に見入る。一切ノータッチだった善治郎はもちろん、魔力を込めるのに何度も協力したアウラも、完成品を目の当たりにするのは初めてだ。

 大きさは指二本の上に乗るくらいしかない。もっと具体的に言えば、善治郎が提供した薄水色のビー玉を、正八面体型の金属骨格ですっぽりと覆っているだけである。

 金属骨格は純金製なのだろうか? キラキラとまぶしい輝きを放っている。

 単純だが、全体の造形も見事だ。少なくとも善治郎の目には、金属骨格の太さは全て均一に見えるし、中のビー玉をのぞかせる穴も、八つとも全く同じ大きさの正三角形にしか見えない。

 単純であるが、だからこそ技量のごまかしのきかない見事な技であった。

 女王アウラと善治郎の賞賛に、フランチェスコ王子は嬉しそうに鼻をピクピクさせながらも、技術者としての説明責任を真っ当する。

「実際に魔道具として機能しているのは、中に入っているゼンジロウ陛下に譲ってもらった透明な宝玉だけで、外の骨格は宝玉の守りです。
 真球型の魔道具は、ちょっと大きめの傷がついただけで魔道具としての機能を失いますので、簡単に傷がつかないように工夫しました。
 ですが、見ての通り絶対に傷がつかないわけではないですから、取り扱いには気をつけて下さい」

「ああ、分かった」

 フランチェスコ王子の説明を真剣な表情で聞いていたアウラは、小さく頷くとその魔道具に手を伸ばす。

「ふむ。小さいな」

「はい、でも機能はご要望通り、ほぼ全てそろえました。
 魔道具には大きく分けて『使い捨て型』『自動回復型』『手動回復型』がありますが、これは強いて言えば三つ目の『手動回復型』に当たります。
 使い方は、その骨格の中の宝玉に直接指を触れて、魔法語で『我が○○日の糧を捧げる』と唱えて下さい。○○は、捧げる魔力の日数です。
 また、ご要望通り「継ぎ足し」も可能です。今日一日分の魔力を込めて、一週間後にも一日分の魔力を込めて、併せて二日分の魔力を貯蔵、ということが可能というわけですね。
 逆に、魔道具にためた『未来代償』の魔力を使いたいときは、ためるときと同じく宝玉部分に直接指で触れて、魔法語で『我は行使する』と言って下さい。それで、魔道具の使用条件が整います。
 ただし、ご要望にあった「小刻みな魔力の抽出」はできませんでした。ですから『我は行使する』と言った瞬間、それまでためてあった魔力が一日分であれ、一年分であれまとめて放出されてしまいますので、そこは注意して使って下さい」

 魔道具の説明をするときだけは、真面目になるのか、善治郎が初めて見るキリリと引き締まった表情で、フランチェスコ王子は日頃のとらえどころのない口調とは打って変わったハキハキとした口調でそう説明を終えた。

「凄いですね。これほど高度な魔道具を、これほど見事な造形で作り上げるとは、フランチェスコ殿下は、『付与術士』としても『宝飾職人』としても超一流という、噂をこの目で確認させて戴きました」

 丁寧な口調で、過剰なくらいに褒め称える善治郎に、フランチェスコ王子は、

「いやあ、そこまで褒められると照れますね。でも、そう言っていただけると、がんばった甲斐がありました」

 と、見慣れた無邪気な笑顔を取り戻し、照れたように頭をかいた。

「うむ、見事な品を戴いた。フランチェスコ殿下、改めて御礼申し上げる」

 一方アウラは、平坦な声と冷静な表情を保ちつつも、内心は目の前の魔道具の力に、今更ながら感心していた。

 使う際には込めた魔力が全て放出されてしまうのがちょっとネックだが、それでもこの魔道具の持つ意味はきわめて大きい。

 この魔道具があれば、使用魔力が大きすぎてほとんど使えなかった『時間遡行』や、『次元遮断大結界』などにも有効な使い道が生まれるかもしれない。

 残念だったのは、『未来代償』で貯蓄した魔力を小出しにはできない点だ。それができれば、時空魔法の中でも断トツで使用頻度の高い魔法、『瞬間移動』をもっと気軽に使えるようになるのだが、世の中はそう何もかもが都合良くはいかないようだ。

(だが、将来『未来代償』の魔道具を量産できるようになれば、似たような事ができるようになるやもしれぬ)

 当然だが、双王国の付与術士達が、カープァ王国のために魔道具を『量産』してくれる可能性はないと言い切ってもよい。

 と、なると必然的に、量産化計画には、カルロス王子に付与魔法を教え込むか、善治郎に付与魔法の使える庶子を作ってもらうしかない。

 アウラとの間の子では、カープァ王家の血が濃すぎて、付与魔法の才能に目覚める可能性は基本的にはないのだ。

 カルロスのように、両方の魔法を駆使できるほどの魔力に恵まれれば話は別だが、そのような破格の魔力の持ち主が、直系に二人も生まれると考えるのは、楽観的すぎだろう。

 現に、アウラは今日までカルロスに匹敵する魔力の持ち主は、目の前に座るこの金髪の王子様以外知らない。

 それどころか、彼らと比べれば七割から八割程度の魔力しか持たないアウラ自身が、その二人を除けば知る限りで最も魔力の高い人間なのだ。

 そう考えると、第二子以降にカルロスと同等以上の魔力を期待することが、どれくらいばかげているか、分かる。

 ガラス製造の技術開発を続け、将来的にはビー玉を量産できるようにする。

 同時に善治郎には、側室を複数娶ってもらい、コントロールの聞く範囲でできるだけ多数の庶子を作ってもらい、『時空魔法』と『付与魔法』の使い手を量産する。

 単純に国力増強を考えれば、迷う余地なく実行に移すべき選択肢だ。

 無論、現実はそこまで単純ではなく、側室を持つことで権力を持つ外戚の問題や、血統魔法を盗まれた形になる双王国との外交問題など、考慮すべき点は多々ある。

(それでも、婿殿がこの先一人の側室も持たないという選択肢は、もうないと思った方が良いかもしれぬな)

 そうしてアウラが、心の中でジクリとした痛みを感じる結論をだしかかったそのとき、

「失礼します、アウラ陛下。そろそろお時間ですが、よろしいでしょうか」

 入り口の扉をノックして、入ってきたのは見慣れた細面の中年男――ファビオ秘書官であった。

 他の三人と比べ、圧倒的に業務が詰まっているアウラは、最初からこの会合を一足先に抜ける算段となっている。

「もうそんな時間か、分かった。フランチェスコ殿下、ボナ殿下。私はこれで失礼する。
 ゼンジロウ、後は頼んだぞ」

 そう言って席を立つアウラに、善治郎達もその場で起立する。

「今日は楽しかったです、アウラ陛下」

「お忙しいところ、お時間を作って下さりありがとうございました、アウラ陛下」

 短く笑顔で礼を言うフランチェスコ王子と、相変わらず生真面目に頭を下げるボナ王女。

「はい、後はお任せ下さい、陛下」

 そして、後宮では絶対に聞けない自分に敬語で話しかける夫の声に見送られ、アウラは部屋を後にするのだった。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆






 後を善治郎に任せ、一足先にその場を後にしたアウラが向かったのは、王宮の中でもアウラが最も慣れ親しんでいる一室――アウラの執務室であった。

「ふう……」

 座り慣れた椅子に腰を下ろしたアウラの口から、反射的に陰鬱な溜息が漏れる。

 そんな女王の感情の発露を見逃す主席秘書官ではない。

「いかがされましたかな、アウラ陛下。なにやら、似合わない溜息をついておいですが」

 最近はずっと善治郎に貸し出していたため、久しく聞いていなかったファビオ秘書官の歯に衣着せぬ言葉に、アウラは怒りよりもちょっとした懐かしさを覚える。

「いや、なに。どうも、また婿殿に負担を強いる流れになりつつあってな。正直、ちょっと気が滅入る」

 そう言うとアウラは、ギシリと音を立てて、椅子の背もたれに背中を預け、天井を仰ぎ見た。

 女王の弱音に、日頃は仮面のごとき無表情を誇る秘書官は、ピクリと片眉を跳ね上げ、からかうような口調で言う。

「おやおや、これは惚気ですか? それほど、ゼンジロウ様を怒らせるのが怖いですか?」

 明らかなからかいの言葉であったが、不機嫌そうに目を細めたアウラは、頬杖をつくと、はき出すように答える。

「ああ、怖いぞ。正直、現状では何より怖い。ひょっとして貴様は、婿殿を怒らせる怖さを理解していないのか?」

「はて? まあ、ああいう日頃物わかりの良い方ほど、感情を爆発させると手に負えないというのは、よく聞く話ですが」

 珍しく、要領を得ない返答を返すファビオ秘書官に、アウラは少し優越感を滲ませた声色で否定の言葉を返す。

「違う違う。ことはそんな生やさしい問題ではない。
 いいか、たとえばの話しだ。
 マヌエル・マルケスを怒らせたとしよう。この場合、ことの正当性が怒らせた私にあるか、怒った向こうにあるかは、全く関係がない。だが、とにかくマルケス伯爵の機嫌を取らなければ、国政に多大な悪影響がある。そんな時、貴様が私の立場なら、何を持ってマルケス伯爵の機嫌を取る?」

 よく分からないが、それなりに現実味のあるたとえ話に、ファビオ秘書官は首を傾げつつも、すぐに答えを出す。

「マルケス伯爵の機嫌取り、ですか? そうですな。早急に何が何でも、という条件であれば、伯爵領から王家に対する納税を一定期間免除するのが一番手っ取り早いでしょうな。
- あの方は、良くも悪くも、実益で物事を判断します故」

 ファビオ秘書官の答えは満足のいくものだったのか、アウラは一つ頷くと次の例を挙げる。

「では、マルケス伯爵ではなく、プジョル・ギジェンならばどうする? 同じ条件で、一刻も早くプジョル将軍との関係を修復しなければ、国の興亡に影響する。そんなとき、貴様はどういう手を打つ?」

「プジョル将軍ですか。それは、もう『元帥』の位しかないでしょう。あの方は、野心家ですが、その野心は貴族としてより、軍人としての方向に向いておいでですから」

 これも、納得のいく答えだったらしく、ニヤリと笑ったアウラは、最後の質問をぶつける。

「まあ、そうだろうな。それでは、最後に本命の質問だ。
 今の二人と同じ条件。どうしても早急に関係を修復しなければならない相手が、我が婿殿――ゼンジロウだったら、貴様は何を持って機嫌を取る?」

「…………」

 ファビオ秘書官は、しばし沈黙を続けた。

「…………」

 だが、考えても考えても、ファビオ秘書官の頭の中にその問いの答えは入っていなかったらしく、

「降参です。全く思いつきません」

 その細い肩をすくめ、自分の敗北を宣言した。

 アウラはしてやったりと笑みを深め、言う。

「な? 分からないだろう? 思いつかないだろう? 私もだ。ここまで言えば、私が婿殿を怒らせることを、なぜこれほど恐れているか、もう分かったであろう。
 無いのだ。ゼンジロウを怒らせてしまったとき、関係をこじらせてしまった時、これを持ち出せば最低限話を聞いてもらえる。そういう手札がこちらには一枚もない」

「確かに、あれほど何にも固執しない御仁は、私も知りません」

 こればかりはファビオ秘書官も認めざるを得ない。

 財を求めるわけではない。地位に目を向けるそぶりも見せない。特定の何かに固執する収集家の一面もない。女に興味を持たないわけではないが、妻であるアウラ以外の女には目もくれず、むしろ側室を取る事は全力で拒否している。

「いざ怒らせたとき、なだめる有効な手段がなにもない。それでいながら、関係をこじらせれば国政に多大な悪影響のある相手。そんな人間の機嫌を損ねることを恐れるのが、そんなにおかしいか?」

「いいえ、これは失言でした。申し訳ございません」

 ギロリと睨む女王に秘書官は、素直に謝罪するのだった。








「それで、今日の仕事の予定は何だった? 東部貴族達からの陳情書への返答だったか?」

 雑談を切り上げ、仕事に取りかかろうとするアウラが記憶の底から思い出し、そう言うが、ファビオ秘書官は、

「いいえ。その予定でしたが、午前中に、塩の街道の群竜討伐に出ている、プジョル将軍から、『小飛竜』が届きました。まずはそちらに目を通して下さい」

 そう言って、薄い竜皮紙の入った小さな筒を四つ、アウラの執務用机に並べる。

『小飛竜便』の常として、中の書状は全て同じ内容がかかれていると思われるが、念のためだ。

「プジョル将軍が、『小飛竜』で連絡を取ってきただと? どう考えても、なにか不測の事態があったとしか思えんな」

 反射的に舌打ちをしたアウラは、曇る表情で小さな筒を一つ手に取り、その中身を広げて、ざっと目を通す。

「…………」

 目を通したアウラは、口元を不機嫌そうに歪ませる。

「陛下? やはり、凶報でしたか?」

 問いかける秘書官に、アウラは一つ息を吐くと、

「ああ、凶報と言えば凶報だ。
 プジョル・ギジェンが群竜討伐に失敗した。正確には、一当てして自分の手元にある戦力では手に余ると判断を下した。援軍を要請している」

「なんと……」

 その言葉を聞いたファビオ秘書官は、きわめて珍しいことに糸のような目を見開き、驚きを露わにする。

 だが、ファビオ秘書官の反応も無理はない。

 それほど、予想外の事態なのだ。

 あのプジョル・ギジェンが、直下の精鋭部隊『竜弓騎兵団』を率いて、たかが肉食竜討伐ごときに失敗するなど、この国の人間であれば誰でも耳を疑う話だ。

 アウラは、手に持つ小さな竜皮紙をポンと叩くと、小さく肩をすくめる。

「ここに書かれている内容が事実であれば、プジョル・ギジェンの失態ではないな。私でもこの状況ならば、援軍を要請する」

「プジョル将軍と陛下がそろってそう言うのでしたら、そうなのでしょうな。では、援軍を手配しますか?」

「ああ。目的は大規模な山狩りだ。質は一定以上があればいい。大事なのは数だ。ただし、今は人的被害を出すのが何よりもまずい時期だからな。
 少しでも、兵達の負担を軽減してやりたい。補給用の荷竜車や、補給物資は多めに出すべきだろう」

「それは、国庫の負担が馬鹿になりませんぞ」

「分かっている。だが、必要な負担だ」

 アウラの言葉に、しばし沈黙を保っていたファビオ秘書官であったが、やがては納得したように首肯する。

「承知いたしました。それにしても、詳しい内容は後で聞かせてもらいますが、たかが肉食竜退治が随分と大事になったものですな」

「まったくだな。私は『希望的観測』というやつが、正鵠を射たところを見たことがない。世知辛い世の中だ」

 アウラはそう言って、深呼吸するように大きく息を吐いたのだった。 
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