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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

66/93

第七章3【混血の王子】

「ミシェル医師、乳母のカサンドラ、侍女のマルグレーテ。我々以外であの場にいたのはこの三名だけだ。現在三名とも、あの部屋から出ないように厳命してある。
 殿下の魔法の効果を疑うわけではないが、病み上がりの乳児を一人にはできぬからな。そのまま、ミシェル医師達に見てもらっている。
 また、カルロスが発病した時点で、他の者はあの部屋に近づかないように命令しているから、三人が他者と接触することはない。これで、口止めに関しては、当面問題ないはずだ」

「ありがとうございます、アウラ陛下。ご配慮、感謝します」

 あの後、アウラ、善治郎、フランチェスコ王子の三名は、腰を落ち着けて話せるところに場所を移していた。

 ここは日頃、善治郎が家庭教師のオクタビア夫人を迎えて講義を受けるのに使っている、後宮の一室である。

 善治郎が地球から持ち込んだモノは一切置いておらず、それでいて来客を迎えるための家具は整っているため、場所を移すには最適だった。

 アウラとフランチェスコ王子がテーブルを挟んで向かい合うようにして座り、善治郎はアウラの隣に尻を下ろす。定番の席順である。

 時間をおき、場所を移したことで、アウラはある程度平静を取り戻している。

「では、話を聞かせてもらおう。色々と言いたいことはあるが、まずは単刀直入に聞く。
 フランチェスコ殿下、貴方は何者だ?」

 単刀直入すぎて、返答に困るアウラの問いに、フランチェスコ王子は案の定頭をかいて苦笑する。

「何者といわれましても、私はシャロワ・ジルベール双王国第一王子ジュゼッペが第一男子フランチェスコですよ。それ以外の何者でもありません」

「ふむ、おおざっぱな聞き方では駄目か。では、一つ一つ聞いていこう。
 貴方はシャロワ王家の人間ではないのか? いや、それは間違いないはずだな。現に私は貴方が『付与魔法』を使い、『未来代償』の魔道具を作っているところを毎日見ている。
 だが、だとしたらなぜ、『治癒魔法』が使える? あれは何かの詐術か?」

 一国の王子であり、たった今我が子の病を癒やしてくれた恩人に向ける言葉としては、少々トゲ鋭すぎるアウラの追求である。

 しかし、これほどの滅茶苦茶な事をやられては、きつく追求するなと言う方が無理がある。

 それは本人も自覚しているのか、フランチェスコ王子は気を悪くしたそぶりも見せず、素直に答える。

「詐術なんかじゃないですよ、あれはれっきとした『治癒魔法』です。実は私は、『付与魔法』と『治癒魔法』が両方使えるんですよ」

 凄いでしょ、と脳天気なことを言う。控えめに言っても、凄いなどという言葉で収まるような話ではない。

 そこで、それまで黙って二人の話を聞いていた善治郎は、ずっと気になっていた問いを口にする。

「フランチェスコ殿下。殿下は、夜会で私と始めてあったとき、私に「親近感を感じる」と言っていましたね? そして、今日私の息子、善吉にも同じ事を言った。
 率直に伺います。ひょっとして、殿下の言う「親近感を感じる」というのは、『二つの王家の血を引く人間』に対する仲間意識という意味なのでは?」

 善治郎の問いに、フランチェスコ王子は少し驚いたように目を瞬かせた後、にっこり笑い答えた。

「凄い。よく覚えていましたね。はい、その通りです。
 ゼンジロウ陛下と、カルロス殿下が『カープァ王家』と『シャロワ王家』の血を引いているように、私は『シャロワ王家』と『ジルベール法王家』の血を引いています」

「…………」

「…………」

 フランチェスコ王子がさらりと認めた重要機密に、善治郎とアウラはしばし言葉を失う。

 だが、それで少なくとも一つ謎は解けた。

 魔法を研究する賢者達の定説では、二つの王家の血を引き、並の王族に倍する魔力の持ち主は二つの血統魔法を使える可能性がある、とされている。

 フランチェスコ王子の魔力量は、善治郎のほぼ倍だ。そのフランチェスコ王子が『シャロワ王家』だけでなく、『ジルベール法王家』の血も引いているのであれば、彼が二つの血統魔法が使えるのも説明がつく。

「では、殿下のご両親は……」

 事が親の不名誉に関わるだけに、言いづらそうに訪ねる善治郎であったが、フランチェスコ王子の返答は、予想外のものだった。

「いえ、それは違います。私の両親は間違いなく、ジュゼッペ第一王子とその正妃であるトスカです」

「え? でも、それなら」

 混乱する善治郎に、フランチェスコ王子は苦笑しつつ説明する。

「ゼンジロウ陛下。双王国は数百年の間、二つの王家を並立させてきたのです。その長い歴史で、一度も両王家の血筋が交わらずにすむと思いますか?」

 フランチェスコ王子の問いに答えを出したのは、問われた善治郎ではなく、横で聞いていたアウラの方だった。

「なるほど、ある意味では、フランチェスコ殿下はボナ殿下と同じなのだな」

「はい、そうです」

 ごく普通の下級貴族の家に生まれながら、隔世遺伝的にシャロワ王家の血筋に目覚めたボナ。一方、シャロワ王家の直系に生まれながら、隔世遺伝的にジルベール法王家の血筋にも目覚めてしまったフランチェスコ王子。確かに、同じと言えば同じだ。

「では、殿下が第一王子の正当なる第一男子でありながら、正当な王位継承権をお持ちではない理由も、それだな?」

 スッと目を細めて問うアウラに、フランチェスコ王子も笑顔は崩さぬものの、その笑顔の中に少し緊張感を漂わせ、首肯する。

「はい。シャロワ・ジルベール両王家の間に交わされた密約です。
 お互いの家に、相手の血統魔法に目覚めた者が生まれた場合は、その者は生涯独身のまま過ごさせ、その血統を途絶えさせる、と」

 それは、二つの王家が互いの利権を守るために作られた密約なのだろう。そうした密約を守らなければ、一国に二王が並び立ついびつな国を長期間維持することは難しい、という事情は理解できる。

 しかし、どう言いつくろったところで、フランチェスコ王子の立場からすれば、きわめて理不尽な話なのではないだろうか?

 ひょっとしたら、その鬱屈した思いを隠すための仮面が、この無邪気な笑顔なのかもしれない。そんな事を考えつつ、アウラは問いを重ねる。

「では、日頃の馬鹿ぶりはそのための芝居、なのだな? 王位継承権を持てない本当の理由を表沙汰にできないため、周囲を納得させるための芝居というわけだ」

 あえて無能で怠惰な人間の振りをすることで、身を捨てて国家の安定を担う。ひょっとするとそんなところでも、フランチェスコ王子は善治郎に『親近感』を抱いていたのかもしれない。

 アウラはそんなことを考えたが、意外なことにフランチェスコ王子は首を横に振り、

「いえ、どっちかというとあっちが素です。元々私は頭も良くないですし、考えるより先に言葉が出ちる質ですから。
 何も我慢せずに言いたいことを言って、やりたいことをやっているのが普段で、我慢して教えられたとおりに振る舞っているのが今のようなとき、ですね」

「そうか」

 フランチェスコ王子の言い分に、アウラは思わず苦笑した。

 その「我慢して、教えられたとおりに振る舞う」事ができる時点で、馬鹿ではないのだ、と言っても恐らく彼には通じまい。

 とはいえ、これで日頃の『馬鹿の演技』がやけに自然である理由も一応は理解できた。

 となると、後残るは一番大きな大本の疑問だけだ。

 正直、アウラはこの時点でフランチェスコ王子の返答が予想できていた。だが、聞かない訳にはいかない。

 椅子に座ったまま背筋を伸ばし、一度大きく深呼吸をしたアウラは、ゆっくりとした口調で、かみしめるように言う。

「では、最後の質問だ。フランチェスコ殿下。
 なぜ、殿下はその御身の秘密を私達に打ち明けた? それも、後宮に押し入り、我が子を癒やすという危険を犯してまで、実際に自分が『治癒魔法』を使える事を証明した理由はなんだ? 恐らくそれは、双王国でも知っている者は何人もいない、機密中の機密であろう?」

 フランチェスコ王子も、アウラにつられるように姿勢を正す。

 そして、今までの無邪気な笑顔とは色合いの違う、どこか透明感のある笑顔を浮かべると、

「はい。確実に知っているのは、国王陛下と法王猊下、後は私の両親と、私に治癒魔法を授けて下さった、治癒魔法の師匠ぐらいですね。あ、もちろんボナは全く知りませんから、今後も内緒にして下さいね。
 それで打ち明けた理由ですけれど、アウラ陛下、ゼンジロウ陛下お二方に知って欲しかったからです。私と同じくらいの魔力を持ち、二つの王家の血を色濃く引く人間は、両王家の血統魔法が使える、という事実を」

「…………」

 予想通りの答えに、アウラは思わず目をつむり、しばし沈黙を保つ。

「それってつまり……!」

 隣に座る、善治郎も少し遅れて同じ結論に達したのだろう。驚愕の感情を殺しきれずに、目を白黒させている。

 こちらの向く夫に、女王アウラは覚悟を決めたように頷き返すと、静かな声で言う。

「ああ、そうだ。私達の子、カルロスは、『時空魔法』と『付与魔法』、二つの血統魔法が使える。そういうことだな? フランチェスコ殿下」

 カルロスの魔力量は、フランチェスコ王子のそれに匹敵、もしくは超越する。今のフランチェスコ王子の説明が正しければ、必然的にそう結論を出さざるを得ない。

「はい」

 フランチェスコ王子の短い肯定の声は、やけに強く善治郎の耳に響いたのだった。
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