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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

一年目

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幕間1【女王サイド】

 山井善治郎が地球から召喚されたその日の夜、カープァ王国女王アウラ一世は、私室に腹心の部下数名を集め、非公式の会合を開いていた。
 テーブルの上に添えられた燭台の炎が、広い室内を薄暗く照らし出す。
 アウラは、南国らしい蔓を編んで作られた椅子の上で足を組み、集まった腹心の部下達を見据え、口を開く。

「で、婿殿のご様子は?」

 最初に話を振られたのは、一番端に控えていた、長い金髪の若い侍女だった。

「はい。先ほどやっと眠られたようです」

「そうか、良かった。しかし、婿殿は随分と夜にお強いようだ。今後は後宮の照明代を別途用意しておいた方が良いかもしれんな」

 アウラは考え込むように組んだ腕の上に顎をのせ、そう呟いた。
 善治郎が聞けば、不本意に感じる評価だろう。現在の時刻は、精々夜の十時前後。平日の帰宅は深夜零時、一時が当たり前だった善治郎の感覚でいえば、恐ろしく早い就寝である。
 善治郎としては、自分が寝るまで仕事から解放されない侍女達に気をつかい、たいして眠くもないのにあえて火を消してベッドに潜り込んだのだ。
 それを、「遅い」「夜に強い」などといわれては、立つ瀬がない。

 しかし、それも無理はない。その気になれば電気で二十四時間、いつでも十分な灯りが取れる現代日本と、灯りといえば原則、松明、蝋燭、ランプといった『炎』その物しか存在しないこの世界とでは、夜という時間帯に対する認識が根本的に違う。
 この世界では、夜開いている店舗というのは、ごく一部の職種に限られている。非常に忙しい王宮の中枢部でも『夜は寝るもの』という認識が、強く染みついているのである。

 アウラの言葉を受け、正面に立っていた文官らしき細面の中年男が、発言する。

「なにはともあれ、ご婚約成立、おめでとうございます、陛下。して、陛下はゼンジロウ様の人となりを、どのように見られましたか?」

 中年の男――ファビオ・デウバジェは、アウラの秘書官である。秘書官とは、本来それほど高い権限を持つ役職ではないのだが、現在カープァ王国は、女王であるアウラが宰相も元帥も置かず、政府と軍を直接指揮しているという関係もあり、『女王の右腕』と称される彼の権限は、その役職からは想像もつかないくらいに大きい。

 女王は、信頼する腹心の言葉に、小さく肩をすくめると、

「予想していたより遙かに頭が切れる御仁だ。冷静な判断力もあるし、度胸もそれなりに据わっている。これは『悪い誤算』だな」

 そう、言った。
 褒め言葉にしか聞こえない評価を、『悪い誤算』と言い切るのは、女王が夫に有能さを求めていない証拠である。
 アウラにとって理想の夫とは、ふってわいた贅沢におぼれ、金や女、美食といった即物的な欲望を満たすだけで満足し、政治権力には一切興味を示さない男である。

「特にあの、最後の質問。ゼンジロウ殿は、恐らく私の意図に気づいていた。その上で、こたびの婚姻を受け入れてくれたのであろうよ」

 アウラは、昼間のやり取り思いだし、クツクツと笑う。なにせ、わざわざ「もし私が、結婚した後、後宮に引き籠もり、可能な限り外部との接触を断ち、ただひたすらダラダラと遊びほうける日々を過ごしたとしたら、どう思うか?」なとど、ダイレクトに聞いてくるくらいだ。
 こちらが夫に何をして欲しいのか、より正確に言えば「何をして欲しくないのか」、十全に理解していると考えた方が良い。

「最初は平民の生まれ育ちだと思ったのだが、あの聡明さからすると、婿殿は異世界の貴族階級なのかもしれん」

「確かに、ありえますね」

「立ち振る舞いやマナーなどには少々疑問が残りますが、無学な一般庶民としては少々不自然なことは、事実です」

 アウラのかなり的を外した予想に、その場に集まった腹心達は首を縦に振り、同意を示した。
 この辺りは、アウラ達もつい異世界を自分たちの世界の常識に当てはめて考えてしまっている。この世界では、教育を受けるというのは、王族、貴族、一部の金持ちだけに許された特権である。

 アウラ達に取って、大多数の平民は、良くも悪くも無学で無教養な存在に過ぎない。一応、見たみたい陸全体を見渡せば、平民にも門戸を開いている教育機関というものが全く存在していないわけではないのだが、現代日本のように、国民全員に九年間の義務教育を施している国は、完全にアウラ達の想像の外にある。

「しかし、そうなるとゼンジロウ様がこたびのご結婚を受けいれられたのにも、なんぞ裏があってもおかしくはないぞい。ゼンジロウ様との婚約を破棄されるのであれば、一ヶ月後の再召喚の儀は取りやめにしますぞよ」

 そう言ってきたのは、善治郎がこの世界に来た時にアウラの左隣に立っていた、紫のローブを纏った初老の男である。カープァ王国宮廷魔術師団・筆頭魔術師・エスピリディオンの言葉に、アウラはフンと鼻を鳴らすと、ヒラヒラ手を振り答える。

「冗談を言うな、爺。そして、代わりに、ギジェン家の『餓狼』や、マルケス家の『操り人形』を私の婿にしろと言うのか? そんなことをしたら、せっかく戦乱を生き延びた、カープァ王国が内憂で滅ぶぞ」

 にべもない女王の言葉に、苦笑を浮かべた老魔術師は、長い灰色の髭をしごくと、女王に酷評された国内の婿候補のフォローをする。

「陛下、それはあまりなお言葉ですじゃ。ギジェン家のプジョル卿は名将と呼ぶに相応しい武人じゃし、マルケス家のラファエロ卿も、極めて有能な文官じゃぞ」

「爺に言われずとも、分かっている。あいつ等を今の地位に就けたのは私だぞ。しかし、どれほど有能であっても、過ぎた野心家や、親の意向に一切歯向かえない坊やは、私の夫には向かない。そう言っているのだ」

 アウラの人物評価は、辛辣ではあっても決して的を外しているものではなかったため、老魔術師はそれ以上何も言わなかった。

「では、やはり、ご結婚はゼンジロウ様と?」

 話を元に戻す、細面の中年男――ファビオの言葉に、アウラは簡単に頷き返す。

「ああ。予想より知恵が回るところなど、少々気になる点はあるが、人格的にも及第点だ。少なくとも、『餓狼』や『実家の操り人形』とでは、比べものにならん。王家の血も十分に濃い。あれならば、貴族達からも表だった反対意見は出ないだろうよ」

 カープァ王家の血統魔法である「時空魔法」を次代に正しく継承させる。それは、この世界では十分に大きな大義名分となる。
 善治郎の王家の血が、国内貴族の誰よりも濃いことが一目瞭然である以上、表だってアウラと善治郎の結婚に反対できるものはいない。

「しかし、身分違いどころか、世界違いの相手じゃぞ。結婚をしたとしても果たしてその後、上手く家庭を築くことが出来るかどうか、問題は多いと思うがのう」

 先のことを心配する老魔術師に、アウラは意味ありげに笑い返す。

「まあ、それは、大なり小なり誰と結婚しても出てくる問題だ。後は、私の誠意と努力の問題だろうよ。昼間、婿殿にも言ったとおり、全てはこちらの都合で結ばれる婚姻なのだ。国政に影響を出すような無茶を言わない限り、婿殿の要望は受け入れるさ」

 昼間、アウラが善治郎に見せた誠意ある対応は、決して表面だけのものではない。
 アウラ自身、心理的には一方的に巻き込んでしまった善治郎に負い目はあるし、理性的に考えても、夫となる人間に誠意ある対応をとることは、理にかなっている。
 夫は部下ではなく、家族である。順調にいけば今後何度も肌を重ね、生を全うするまでの何十年という時間を、寄り添って生きる伴侶なのだ。
 いがみ合っていては、疲れるだけである。

「分かりました。そこは『家』の問題ですので、陛下にお任せします。しかし、王家が子をなすか否かは、王国の問題です。万が一、『夜の営み』に不具合があるようでしたら、率直にご報告お願いします。
 幸い、ゼンジロウ様は、『時空魔法』の習得も不可能ではないくらいに、『王家』の血が濃いお方。プジョル卿や、ラファエロ卿と同程度に王家の血を引いている『女』は、現在の王国にも幾人かおります故」

 率直に、普通であれば無礼極まりないことを言ってのけたのは、ファビオ秘書官だった。
 確かに、善治郎という濃い王家の血を持つ男の存在が明らかになった今、状況は当初とは変わっている。

 これまでは、『時空魔法』を発動可能な人間がアウラしかいなかったため、アウラが子をなすことが至上命題であったのだが、それよりは多少劣るものの、今は善治郎という潜在的には『時空魔法』が使えてもおかしくないレベルの、王家の血を引く男が現れたのだ。
 極端な話、これまでの前例に立ち戻り、アウラには生涯独身のまま女王を務めて貰い、王家の後継者は善治郎と王家の血を引く貴族の娘の間に生まれた子、という選択肢も存在する。

 元々、女王の結婚は、「王権の絶対性」と「家の家長は男」という、法と文化の矛盾を発生させてしまう行為なのだ。
 善治郎の存在を知れば、王家の血を引く娘を持つ貴族達が、その辺りの問題を盾に取り、女王の結婚破棄と、自分の娘と善治郎の婚姻を迫ってくることは、十分に考えられる。

 ある意味、山井善治郎の存在は、奇貨であると同時に、大きな爆弾でもあるのだ。
 だが、女王アウラは、腹心の無礼な言葉に怒るそぶりも見せず、椅子の上で足を組み直すと、意味ありげに答えるのだった。

「ああ。その辺りは、後日の問題だが、ある程度は対応も考えている。だが、恐らくお前のその懸念は、無用だよ。婿殿との子作りは上手くいくさ」

「ほう? その自信の根拠をお聞きしてもよろしいですかのう?」

 興味深げに問いかける、老魔術師にアウラは艶然と笑い返し、答えた。

「なに、簡単なことだ。今日の夜、婿殿と向かい会って夕食を取ったのだが、婿殿の視線は痛いくらいに私の胸元に注がれていた。本人は、隠していたつもりのようだが、あれは間違いなく劣情の視線だ。

 どうやら私の肢体は、婿殿の情欲を刺激するに十分なものであるようだ」

 そう言ってアウラは、その特大の乳房を誇るように、胸を張る。
 男のチラ見は、女にとってはガン見。
 どうやら、善治郎の邪な思いは、完璧に女王様にばれていたようであった。
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