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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第五章3【愚者か知恵者か、偶然か必然か】

 中庭の四阿でフランチェスコ王子、ボナ王女の両名と別れた善治郎は、再び王宮の執務室へと舞い戻っていた。

「…………」

 室内にいるのは善治郎以外には、ファビオ秘書官のみ。四阿と比べると蒸し暑い執務室だが、大国の王族二人との会談という重責から解放された今は、その蒸し暑い空気さえ心地よく感じられる。

 革張りのソファーに大股開きで浅く腰をかけ、肩の力を抜いて深呼吸。

 秘書官のファビオがチラッとこちらに視線を向けるが、さすがに今は何も言ってこない。

 周囲に人目はなく、時間の余裕もある時には、多少はだらけていないと心身が持たないことを理解しているのだろう。

 さらにこの中年の秘書官のやらしいところは、こちらが一息を着いてどうにか気力と体力が戻ってきたその絶妙なタイミングを見計らい、話しかけてくることだ。

「さて、ゼンジロウ様。少しよろしいですか? 先ほどは途中から、場所を四阿に移しましたが、私たちの耳に入れられない話があったという認識で間違いありませんか?」

 ひょっとして、この男には自分の体力や気力の回復具合が数値で見えているのではないか? 一瞬そんな非現実的な疑いすら抱いた善治郎であったが、問われたその言葉に答えないわけにはかない。

 一つ軽く頭を振り、ソファーの上で行儀良く座り直した善治郎は、背もたれに背中を預けると、目の前に立つ中年の秘書官を見上げ、口を開く。

「ああ、そうだ。事は双王国の機密に触れる。正直、あれほどの情報をフランチェスコ王子が不用意に口にするとは、完全に想像の外だった。

 とてもではないが、私の口から貴様の耳に入れるわけにはいかん情報だ。

 この一件の詳細は、アウラ陛下にお伝えする。もし、どうしても知る必要があると思うならば、陛下にお聞きしろ」

「ふむ……なるほど」

 善治郎の答えに、ファビオ秘書官はその細いあごに右手をやり、しばし考え込む。

 アウラから借りているこの中年の秘書官が、長考状態に入るのは珍しい。

 今の自分の返答に何かまずいところがあっただろうか? 表情にはださないものの、内心少しビクビクしながら善治郎は、秘書官の返答を待つ。

 やがて考えがまとまったのか、ファビオ秘書官は一つ頷くと、独り言のように呟く。

「これは、ひょっとすると『してやられた』のかもしれませんな」

 不吉な感想に、善治郎はピクリと眉の間に皺を寄せる。

「してやられた? どういう意味だ? 説明しろ」

 善治郎としては、「してやられた」と言われるようなドジを踏んだ覚えはない。むしろ、向こうが勝手にこけてくれたとはいえ、こちらが一方的に外交戦果をあげたように感じられる。

 明らかに険のこもった善治郎の視線を下から受けながら、相変わらず表情一つ変えない中年の秘書官は答える。

「はい。ゼンジロウ様だけの耳に直接シャロワ王家の機密情報が入った、というのがこの場合大きな問題なのです。
 一つだけ確認したいのですが、その機密情報を漏らしたフランチェスコ王子は、その後口止めをしませんでしたかな?」

「ああ、された。このことは内緒にしてくれ、と」

 戸惑いつつも素直に返す善治郎の返答に、ファビオ秘書官は「やはり」と言わんばかり一つ頷くと、

「となると、向こうの意図はどうあれ、こちらはその通りにするしか道はない、と愚考いたします。
 なぜならば、事は大国シャロワ・ジルベール双王国の機密情報です。その情報を有効活用した場合、どれだけの利益をもたらすのかは分かりませんが、無利益ということはないでしょう。
 そして、本日ゼンジロウ様とフランチェスコ王子が会談の場を設けたという事実は、公式記録にも残っている。
 これは、すばらしい外交功績ですな。『ゼンジロウ陛下の名声』が劇的に上がること間違いなし、です」

「……あ」

 善治郎はいやみたらしく「陛下」という敬称で呼ばれたことを注意するのも忘れ、呆然と声を上げる。

 ファビオ秘書官の言わんとしていることは簡単だ。

 今日善治郎が入手した情報を表沙汰にして有効活用し、カープァ王国が利益を上げればあげるほど、善治郎の功績が強調され、否が応でもその名声が高まってしまう。

 言うまでもなく、それは善治郎達にとってはこの上なく不都合な展開だ。

 カープァ王国の男優位の価値観は根深い。たとえこの程度の『功績』でも、善治郎の権力拡大の口実には十分なり得る。

 女王アウラの為政者としての能力は認めていても、心情として女の風下に立つことに忌避感を持つ貴族は多い。

 さすがに血統の正当性の問題があるため、玉座・王冠を善治郎に委譲しろという馬鹿はいないが、たった一人の成人男性の王族に相応しい権限を持たせるべきだ、という『正論』はよく聞かれる。

 もちろん、純粋な好意や義憤から言っている者もいるが、女王アウラよりも善治郎に権力を持たせた方が『与し易い』という打算から言い出している者はそれ以上に多い。

「つまり……なんだ? 現状でもまだ主導権は向こうにある、ということか?」

 まだ混乱しているのか、探るような自信なさげな口調でそういう善治郎に、秘書官は小さく一度首肯する。

「はい。事が表沙汰になった場合、利益も生まれるかもしれませんが、同時に混乱も生まれます。となると事は内密に運ぶ必要があります。どうしても、受けの姿勢で対処する必要があるでしょうな」

「なぜ漏洩した情報を聞いた側であるこちらが、事を内密に運ぶために気を遣わなければならないのか……少し理不尽な気がするな」

 ファビオ秘書官の指摘の正しさを認めつつも、善治郎はついそんな不満を漏らす。

 だが、そうして言葉を交わしている間に、当初の驚愕も去り、いつも通りの思考能力が戻ってくる。

「だが、ここまで面倒な事態をフランチェスコ王子は狙って引き起こしたのだろうか? さすがにただの馬鹿の奔放な言動が、偶然今の状況生み出したというのは、不自然だというのは分かるが」

 善治郎の問いかけに、中年の秘書官は細い肩を小さくすくめ、

「さて、確かに全てが偶然というのは、できすぎている気はします。しかし、フランチェスコ王子の態度が擬態で、実態はもっと聡明な人間だと仮定しても、今の状況を狙って生み出したと考えるのは、買いかぶりが過ぎるかと。

 なにせ、ゼンジロウ様が、自分の手柄に固執する人間であれば、それだけで状況は一変するのですから。狙ってこの状況を生み出すことは不可能でしょう」

 そう答えた。

 確かに、これもファビオ秘書官の言うとおりである。善治郎が例外中の例外なのであって、これだけの機密情報を手に入れておきながら、妻に遠慮して内密に事を運ぼうとする男の王族など普通は存在しない。

 通常であれば、善治郎の耳に機密情報が入った時点でいいように利用され、双王国は多大な損益を被ることになるはずなのだ。

「ふむ。確かに。だが、馬鹿の引き起こした偶然としても不自然。馬鹿を擬態している知恵者の導いた必然だとしても不自然。だとしたら、正解はなんだ?」

 善治郎の口からそんな問いが漏れるが、その口調は独り言に近く、回答を期待しているふうはない。

「わかりません。全てが偶然、全てが必然のどちらでもないのだとすれば、偶然と必然が入り交じっているのか。機密情報の漏洩を歯牙にもかけないくらいの大きな目的が裏にあるのか。

 いずれにせよ、情報が少なすぎて、推測の立てようもありません」

 事実、ファビオ秘書官の言葉に、回答と呼べるものは一切含まれていなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 善治郎とファビオ秘書官が深刻な話題を深く話し合っていた頃、南の館へと戻ったフランチェスコ王子とボナ王女は、長い真っ直ぐな通路を歩きながら、すっかり定番となったかみ合わない会話に熱を上げていた。

「フランチェスコ殿下ッ! 困ります、今日のようなことは。ゼンジロウ陛下やアウラ陛下と会われる時は、私にも声をかけてください」

「いやー、ごめんごめん。最近ボナも忙しそうだったから、気を遣ったんだけど。かえって迷惑かけちゃったね、うん。これからは気をつけるよ」

 正確には、熱を上げているのはボナ王女だけで、フランチェスコ王子は相変わらず人なつっこい笑顔で、飄々と答える。

「お願いします」

 お目付役という立場上、小言を言わないわけにはいかないが、年も身分も自分より上の男にくどくど言うのも躊躇われる。ボナ王女は、複雑な表情を浮かべつつもいったん矛を収める。

 そうこうしている間に、二人は部屋の前までたどり着く。

 この棟に居を構えているのはフランチェスコ王子だけであり、ボナ王女の居は隣の棟なのだが、今は早急に話し合うことがある。

 ボナ王女は、フランチェスコ王子の背中を追いかけるようにして護衛の兵士が開いた扉をくぐるのだった。






 部屋の中は、一歩足を踏み入れただけで分かるくらいに、涼しかった。

 当たり前の話だが、フランチェスコ王子とボナ王女が他国に長期滞在することが決まった段階で、シャロワ王家は日常生活を円滑に回すための魔道具の一部持ち出しを許可している。

 この部屋に涼を運んでいるのもそうした魔道具の一つである。

『霧発生』と『風操作』の呪文がこめられたその銀製の大きな盆は、常に白い煙のような霧が湧き出し、そこから心地よい風が吹き抜けるように作られている。

 水温を操作する魔法は存在しないため、善治郎が持ち込んだエアコンほどの劇的な涼は取れないが、それでも「小川のほとりの木陰」くらいの涼しさをもたらしてくれる。

 慣れない蒸し暑さから解放された異国の王子と王女は、ホッと安堵の溜息を漏らしつつ、向かい合うようにして椅子に腰を下ろす。

 彼らが座っている木と蔦でできた椅子も、木製のテーブルも全てこの国――カープァ王国製のものだ。座り心地が悪い、とまでは言わないがやはりなにか違和感はある。

 何となく収まりの悪い座りに、椅子の上で尻の位置をずらしながら、フランチェスコ王子は口を開く。

「ふう、涼しい。いやー、ほんと御免ね、ボナ。でも、あんまり目くじら立てる必要もないんじゃないかな? ほら、父上(第一王子)もお爺さま(現国王)も、「宝玉を手に入れるためなら、全部しゃべっちゃっていいよ」って言ってたし」

「第一王子殿下や国王陛下は「最終的には宝玉の入手を優先する。最悪の場合、機密の漏洩もやむなし」と仰ったんです。機密を投げ捨てて、無防備戦法をとっていいなどとは、誰も言っていませんッ」

 ボナ王女は、生真面目な口調でフランチェスコ王子の都合良く改ざんされた記憶を訂正する。

 だが、金髪の王子はひるまない。

「それは甘い認識だね、ボナ。君は、父上とお爺さまの私に対する理解力を甘く見ている。私に機密を明かす許可を出した以上、すぐさま全部明かされるくらいのことはとっくに覚悟済みさ。

 何せ私は、細かな条件を覚えられるほど頭が良くないからね。父上もお爺さまも、そのことはよく分かってらっしゃるよ」

 エッヘンと胸を張るフランチェスコ王子とは対照的に、ボナ王女はがっくりと肩を落とす。

「殿下……それは自慢げに言うことでありません」

 頭部を襲う鈍痛に耐えるボナ王女は、か細い声でそれでも几帳面に突っ込みを入れる。

 痛むボナ王女の脳裏に浮かぶのは、母国の国王と第一王子に今回の一件を頼まれたときの情景だ。

 今回の『お目付役』を引き受けたとき、ボナ王女は驚くほど多額の予算を提示された。あのときは、それほどの大役を任されたのだ、とかけられる期待に身を震わせたものだったが、ひょっとするとあの多額の予算は、単なる「迷惑料の前渡し」だったのではないだろうか?

 そんな疑惑を抱くボナ王女を尻目に、フランチェスコ王子はにこやかな笑顔を崩さず、

「まあまあ、気にしない、気にしない。それより、ボナ。見てよ、これ。ゼンジロウ陛下に戴いたんだ。いいでしょ」

 そう言って、テーブルにのせた蒸留酒の瓶を包んでいた赤い布地を外す。

 中から姿を現すのは、無色透明なウィスキー瓶。その中に限りなく無色透明に近い善治郎手製の『蒸留酒』だが、今はとりあえずその中身は重要ではない

「こ、これはっ!?」

 案の定というべきか、ボナ王女は目の色を変えて、テーブルに身を乗り出す。腰を上げた拍子に、座っていた椅子がガタガタと行儀の悪い音を立てたのだが、気にするどころか気付いたそぶりもない。

「手にとってもいいけど、気をつけてね。ゼンジロウ陛下が言うにはすごい壊れやすいそうだから。ねえ、聞いてる、ボナ?」

「…………」

 爛々と目を輝かせるボナ王女は、フランチェスコ王子に返事も返さず、真っ直ぐウィスキー瓶に手を伸ばす。倒したり落としたりしないように両手でしっかりつかんでいるあたり、一応フランチェスコ王子の言葉も耳には入っているようだ。

 ウィスキー瓶を自分の前まで引き寄せて、椅子に座り直したボナ王女は瞬きするのも惜しいと言わんばかりに視線を正面に固定する。

「綺麗……なんて見事な作り。材質はあの透明な宝玉と同じ? それにこの表面の模様、大きさから溝の深さまで全く均一だわ。もちろん歪みは全く見えない。どうやったら、こんな風にできるかしら?」

「あの、ボナ? それ、私がゼンジロウ陛下に戴いたものだからね? 忘れないでね、それ君のじゃないからね」

 中の蒸留酒が暖まってしまうのではないか、と心配になるくらいにがっちりと両手でウィスキー瓶をホールドするボナ王女に、フランチェスコ王子は心配そうにテーブルの向こうからそっと声をかける。

「フランチェスコ殿下ッ!」

「お、おう、なんだい?」

「これ、譲っていただけませんか?」

 それは予想通りの言葉であったが、日頃のボナ王女から考えれば予想外の言葉でもあった。

 普段は、歯がゆくなるくらいに謙虚で我欲を見せないボナ王女であるが、宝飾技術に絡む物に対してはどうやら態度が一変するようだ。

「いや、さすがに駄目だよ、それは。これは私がゼンジロウ陛下から直接、お譲りいただいた物だからね。そんなにすぐ、人に渡しては失礼に当たるでしょ」

「で、では、この端っこの角の部分だけでもいいですから」

「いやいや、そこ削ったら、中身あふれるよ。そんな穴空けられたら、使い物にならなくなっちゃう」

「使い物にならないでしたら、残りも私が戴きますっ!」

「いやいやいや、だから削ったら使い物にならなくなるって話であって、そんなことをされたら困るの、分かる? ねえ、分かってよ、お願いだから」

 攻守と言うべきか、ボケとツッコミと言うべきか。

 ともあれ、珍しいことにいつもとは立場を全く入れ替えたフランチェスコ王子とボナ王女の攻防は、ボナ王女が正気を取り戻すまで続くのだった。
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