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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第五章2【ビー玉の秘密】

「この度は先触れもなしの訪問、申し訳ありません。私のわがままを快く受け入れて下さったゼンジロウ陛下のご温情には、感謝の言葉もございません」

 ボナ王女の口から最初に出たのは、善治郎の予想通り謝罪の言葉であった。

 確かに、先触れなしの訪問は礼儀にかなっているとは言えない。特に、王宮にいる今の善治郎は『公人』という立場であるし、善治郎とボナ王女はそうした不文律を無視できるほど気心の知れた仲でもない。

 しかし、『お目付役』というボナ王女の立場を理解している善治郎が、その程度のことを口うるさくとがめたてるはずもなく、

「いいえ、かまいませんよ。無論、こちらにも都合がありますので、いつもいつもというわけにはいきませんが、今日のような時は、ボナ殿下の訪問を拒む理由はありません」

 そう軽く釘を刺しつつも、ボナ王女の行為を歓迎する意を示した。

『今日のような時』というのは、言うまでもなくフランチェスコ王子がお目付役であるボナ王女を振り切って、一人で善治郎との面談に挑んだ現状の事をさす。 

 つまり、善治郎は言外に「今後こういうことがあった場合は、先触れとか予約とかを気にせず、後から合流して下さい」と言っているのだ。

 そんな善治郎の意図が正しく伝わったのだろう。

「あ、ありがとうございますッ」

 ボナ王女は九死に一生を得たような表情で、改めて頭を下げる。

「うん、よく分からないけど良かったね、ボナ」

「ッ……はい、フランチェスコ殿下」

 脳天気なことを抜かす気苦労の元凶に、反射的に何かを言いかけたボナ王女であったが、この場で発してよい言葉ではないと気づいたのか、寸でのところで飲み込む。

 これは、少し空気を変えた方が良さそうだ。そう敏感に悟った善治郎は、さも今思いついたかのような口調で、

「そういえば、そろそろお茶にしても良い時間ですね。いかがでしょう? 続きは庭の四阿に場所を移してからにしませんか?」

 そうさりげなく提案する。

 王子・王女共にその提案を拒む理由は特になく、

「ああ、いいですねえ。ちょっとのどが渇いてきたところだったんです」

「はい、ありがとうございます。いただきます」

 二人はそろって肯定の言葉を返すのだった。







 庭の四阿。壁はなく、板葺きの天井を四本の柱だけで支えるその建物の中は、近くの噴水から風が吹き抜けるように植樹されているため、王宮の中より随分と涼しい。

 そのため、昼の暑い時間帯を中庭の四阿で過ごすという提案は、きわめて自然なものである。しかし、善治郎が四阿に場所を移した主目的は、涼を取る事ではない。

 立ち上る噴水の横の四阿には、当然ながら常にその水音が響き続けている。そのため、中での会話は意識的に大声を張らない限り、周囲に控える秘書官や護衛の兵士達の耳まで届かない。

 この場に場所を移したのは、先ほどのフランチェスコ王子の『失言』について、ボナ王女に報告・確認をしておきたい善治郎の、精一杯の配慮であった。

「では、私には冷茶を入れてくれ」

 木と蔦で作られた南国風の椅子に腰を下ろした善治郎は、顔は正面に向けたまま、わざといつもと変わらぬ声量で背後に控える人間に、そう声をかける。

 それに対し、

「はっ、ゼンジロウ様? 今、なにかおっしゃりましたか?」

 ファビオ秘書官がわざとらしく聞き返し、

「ああ、聞こえなかったか。冷茶を入れてくれと言ったんだ」

 と善治郎が大きな声で言い直すところまで、全て示し合わせたとおりである。

 これで、「この場では普通にしゃべっても、周囲の人間には聞こえませんよ」とフランチェスコ王子とボナ王女にアピールした訳なのだが、その意図が伝わったか否かは、二人の表情から判断するしかない。

「私も冷茶をお願いします。いや、暑い日は暑いものを飲んで汗を流せといいますが、やはり暑いときは、冷たい物が飲みたいですよね」

そう言ってニコニコ笑うフランチェスコ王子の表情が読めないのは、善治郎としても予想していたことである。

 問題は、ボナ王女の方なのだが、こちらは実にわかりやすかった。

「えっ? あっ! ええ? ああ! ……わ、私も冷茶でお願いします……」

 言葉で表せば、その表情の変化は、最初に「疑問」、次に「納得」、その次にもう一度「疑問」、そして最後に「悲哀」である。

 ようは聞いたすぐには裏の意味が理解できずにきょとんとし、数瞬後には善治郎の言外の意を組み「ああ、なるほど」と笑顔を浮かべ、さらにその直後「なぜ、そんな密談に向いた席を設けなければならないのか?」とまた考え込み、「それは自分がこの場に来る前に、フランチェスコ王子が人に聞かせられない機密情報を善治郎の耳に入れたから」という推測に行き着き、絶望したというわけだ。

 内心同情する善治郎であったが、立場上その感情を行動に移すわけにはいかない。むしろ、その失言につけ込んでこちらの利益を引き出さなければならない立場にある。

(とはいえ、やり過ぎて双王国の反感をかってもまずいだろうし、俺の立場を考えればへんな手柄も立てるべきじゃないし……ちょっとめんどいなー)

 善治郎がそんなことを考えている間に、ファビオ秘書官の命を受けた侍女が、飲み物の入った銀杯と菓子を乗せた木皿をテーブルの上に並べ終えた。

 銀杯はもちろん、木皿も木目の詰まった上質な木材に精密な模様が彫り込まれた、逸品である。

 銀杯に口をつけ、のどを軽く潤した善治郎は、対面に座る金髪の王子と栗色の髪の王女を均等に見据え、口を開く。

「フランチェスコ殿下。先ほど殿下が呟かれた「透明な宝玉」があれば魔道具作成に関する時間の問題は解決する、というのはどういう意味なのでしょうか? 具体的なやり方をお聞かせ願えないでしょうか」

 ここは単刀直入に切り出した方が良いという判断であったが、その言葉はボナ王女の劇的な変化を引き出した。

「フッッ!?」

 全く取り繕う余地もなく思い切り吹き出したボナ王女は、顔だけでなく全身で『驚愕』を露わにする。不幸中の幸いは、飲み物を口に含んでいなかったことだろう。

 もちろん、万が一のことを考えて、ボナ王女が冷茶を嚥下するのを確認してから切り出したのだが、そんな善治郎の気遣いが功を奏した形である。吹き出した本人にとっては、何の慰めにもならないだろうが。

 しかし、今のボナ王女にとっては他国の王族の前でさらけ出した淑女にあるまじきリアクションよりも、そのリアクションを引き出した爆弾発言の追求の方が遙かに重要であった。

「フ、フランチェスコ殿下ッ、まさか話してしまわれたのですか!?」

 その声量が通常と同じくらいに絞られているのは、ボナ王女がギリギリで残した理性の発露か。だが、その顔は比喩ではなく『蒼白』と呼ぶしかなく、青紫色に血の気が引いた唇から発せられた声は、悲鳴を通り越して『断末魔』に近い。

 だが、そんな王女の心境など知らぬとばかりに、

「うん、そういえばさっき言っちゃったかも。結構小さな声だったんだけど、ゼンジロウ陛下には聞こえていたんですね。アハハハ」

「……笑い事じゃないです、フランチェスコ殿下。それってシャロワ王家の秘伝ですよっ!」

「ああ、そういえばそうだったね。ゼンジロウ陛下、そういうわけですから、このことは内緒にして下さい」

 まさに今気がついたと言わんばかりの表情で、口元にピンと立てた人差し指を当てて、声を潜めるフランチェスコ王子に、ボナ王女は激昂する。

「ゼンジロウ陛下に内緒にしていただいてどうするんですか! 陛下に知られた時点で終わりです!」

「まあ、ボナ殿下落ち着いて。私の立場でこのようなことを言うのも何ですが、フランチェスコ王子のつぶやきは非常に小さなものでしたので、対面に座っていた私以外誰も聞き取れなかったはずです。
 ここは、もう少し建設的な話をしましょう」

 そうなだめつつ、善治郎は内心「若いなあ」と苦笑する。もし、善治郎の最初の言葉がただのはったりだったりしたら、むしろボナ王女のこの反応こそが、致命的な情報源となっていることに、本人が気付いていない。

 とはいえ、ボナ王女はまだ十六歳。日本ならば高校生だ。いかな王侯貴族の生まれでも、この年でポーカーフェイスやアドリブでの交渉術が実践レベルで身についている人間は、少数派といえる。そこまでをこの真面目そうな少女に求めるのは、酷というものだろう。

「あ、はい、申し訳ありません。見苦しいものをお目にかけました……」

 自分の言動を振り返り、今度は一転赤面したボナ王女がぺこぺこ頭を下げる一方、

「そうだね。すんでしまったことは仕方がないし、どうせならこれをいい方向に進めるように努力をしましょう。
 いかがでしょう、ゼンジロウ陛下。陛下がお持ちだというその宝玉をお渡しいただければ、魔道具の作成時間を大幅に短縮できるのですが」

 フランチェスコ王子は、まるでそれが最初から既定路線であったかのように、分厚い笑顔でそうねだる。

(ああ、これは……やっぱり、ただの馬鹿じゃない、かな?)

「なるほど、大まかな事情は分かりました。しかし、分からないのは、なぜビー玉――あの宝玉でなければならないのでしょう? 宝石の研磨技術に関して双王国は南大陸一だと聞いております。
 その技術で、水晶を球形に磨いたものではだめなのですか?」

 自然と高まる警戒心が表情に出ないよう、努めて笑顔を取り繕いながら、善治郎はできだけさりげない口調でそう問い返した。

 フランチェスコ王子は、陰りのない笑顔のまま大袈裟な動作で首を横に振ると、

「とんでもない。それは、少々我が国の宝石加工技術を買いかぶりすぎてます。

 確かに、我が国は大陸でも指折りの宝石加工技術を有しておりますが、透明な素材をあそこまで見事な真球に磨き上げることは不可能です。ねえ、そうだよね、ボナ?」

 話を振られたボナ王女は、しばしの間葛藤を続けていたが、やがて観念したのか、大きく一つ溜息をつくと、話し始める。

「はい、正確には現在の双王国には、それを可能とする技術者は一人もいない、です。宝石の研磨は職人の腕次第ですから、過去には水晶を実用可能な球形に研磨できる職人もいました。
 もっとも、そんな卓越した職人でも、成功例は非常に少なく、時間もかかるので生涯に三つか四つ残すのがやっとだったみたいです。それほどの職人が、真球作成だけに職人人生を費やしてくれる訳でもないですし」

「なるほど」

 善治郎は感心したように頷いた。

 実際、地球の歴史でも、固い鉱物を真球に磨くことが可能になったのは、かなり後の時代である。

 善治郎は知らないが、鉱物を真球に磨くというのは、それだけ高い技術を必要とするのだ。

 それに比べると、ビー玉の真球を作るのは遙かに簡単である。水晶級などと違い、『真球に磨く』のではなく、最初から真球に作り上げるからだ。

 おおざっぱに言えば、粘度の高い液状のガラスを適量切り取り、プールの滑り台のような螺旋状のスロープを転がり落とせば、下に落ちた時にはちょうどいい具合に冷えて、球形になっている。

 無論、こんなおおざっぱな作り方では、大半は真球とは言えない歪んだものになるが、そこは数で補い、成功品だけを抽出すればいい。

 頭の片隅で、そんな高校生の頃修学旅行で行ったガラス館で見た『ビー玉の作成手順』をおぼろげに思いだしながら、善治郎は相づちを打ち、話を進める。

「それは確かに貴重品ですね。しかし、実際そうした宝玉を使うと、どれくらい効果があるのですか?」

「それは……」

 この期に及んでもまだ情報の全公開に抵抗があるらしく、ボナ王女が言いよどむが、隣に座る金髪の王子様には、そんな殊勝な心構えなどない。

「ええ、それはもう全然違いますよ。以前、イザベッラ様にお譲りいただいたあの宝玉ならば、一般的な四大魔法の付与は一日ですんでしまうでしょうね。魔道具を付与する対象として重要なのは『色』と『形』なんですよ。

 ねえ、ボナ? そうだよね?」

 どこまでしゃべり続ける気なのか。全く、止まることを知らないフランチェスコ王子の喋りっぷりに、元からあまりポーカーフェイスのうまい方ではないボナ王女の表情があからさまに引きつる。

 もうこれは、フランチェスコ王子の口を閉ざしたければ、護衛の兵士達に命じて物理的な手段に訴えるしかなさそうだ。

 そう悟ったボナ王女は、決意を固める。こうなった以上いっそ自分の口から説明することで、この場の会話の主導権を少しでも奪い、何とか一方的な情報提供状態から、何らかのギブアンドテイクの形にもっていくべきだ。

 そんないじましい決意を固めたボナ王女は、善治郎と視線を合わせるとあからさまに取り繕った表情で頷く。

「……はい。『色』は無色透明に近ければ近いほど、付与時の魔力の通りが良いとされています。無色透明とまではいかなくても透明度の高いものであれば、そうでないものと比べて魔力の通りは良いですね。付与対象として宝石が珍重されるのは、実はこのためです。
 あと形は……あ、申し訳ありません。つい夢中になって一人で話してしまって。
 こうした話には、ゼンジロウ陛下も興味がおありですか?」

 ある程度情報を公開したところで、少しわざとらしく栗色の髪の少女はそう言って言葉を切った。

 善治郎はそれだけで、ボナ王女が暗に言わんとしていることに気付く。

(ああ、なるほど。ここで俺に「興味がある」と言わせたいんだな。そう言質が取れれば、最低でもここから先は、「フランチェスコ王子が勝手に話した」という形から、「こっちが興味を示したから話した」という形に持って行けるからな)

 向こうの意図に気付いた以上、ここで乗ってやる必要はない。
 とはいえ、ここであまり追い詰めすぎても、シャロワ・ジルベール双王国との関係にヒビを入れることになりかねない。

 素早く考えた善治郎は、少し大袈裟に笑い、答えた。

「いえ、非常に興味深いお話です。ですが、だからこそ私の耳に入れるのは少々怖いですね。恥ずかしながら私はこの年でやっと魔力視認能力に目覚めたくらいに、魔法には疎い人間ですから、とんちんかんなことを言って、お二人を失望させてしまいそうです。
 アウラ陛下ならば、そんなこともないのでしょうが」

 意訳をすれば「私の立場では、これ以上の情報をもらっても対価は約束できませんよ? そういう話は、女王であるアウラにお願いします」と言っているのだ。

 とっさだったため、さほど分かりづらい暗喩ではなかったのが功を奏したのか、善治郎の言外の言葉を正しく聞き取った栗色の髪の少女は、少しホッとしたように笑みを深める。

「そうですか。それでしたら、この話の続きは、アウラ陛下も交えて後日、ということでよろしいでしょうか?」

「ええ、私の方から陛下にそう伝えておきます」

 どうにか話がまとまった。安堵の色を隠せないボナ王女の前で、ポーカーフェイスを保つ善治郎も、内心では目の前の少女大差ないくらいに緊張とプレッシャーにやられている。

 それをかろうじて、表に出さずすんでいるのは、少しばかり経験を積んでいるからに過ぎない。

「…………」

 一方、フランチェスコ王子は、それまで無駄口から一転、行儀良く一言も口を挟まずに、ニコニコと邪気のない笑顔で、善治郎とボナ王女の対話を見守っていた。
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