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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

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第四章1【女王と王配と王子と王女】

 一般的に王宮で開かれる夜会には、身分の高い人間ほど後から来場するという不文律が存在している。

 夜会の『主催者』であれば多少はもったいをつけることも許されているが、逆にその主催者が王族の場合には、もうこれは確定的に『一番最後』まで会場に顔を出すことは許されなくなってしまう。
 無論、明文化された違法行為ではないので王族が罰せられることはないのだが、結果として王族より遅れて来場することになる貴族達の恨みを買うことになるので、よほどのことがない限り避けるべきである。

 そして、今宵王宮で開かれる『フランチェスコ王子・ボナ王女歓迎パーティ』は、カープァ王家主催。

 必然的に主催者であり王族でもある女王アウラと、その伴侶善治郎は、最後に入場しなければならない。
 しかし、この世界には現代の地球のような『正確な機械時計』というものが存在しない。日時計を頼りにできる昼間ならばともかく、夜の時間は各自の体内時計だけが頼りだ。

 その結果、善治郎とアウラは、会場隣の控え室で、今夜の出席予定者全員の来場が確認されるまで待ちぼうけを食らわされるのだった。


「ふう……暇だ」

 薄暗い控え室の中、クッションのきいたソファーに腰を下ろしたまま、善治郎の口から思わずそんな本音が漏れる。

 控え室に入った当初は、この後大国シャロワ・ジルベール双王国の王子・王女と言葉を交わさなければならないという事実に緊張しきりであった善治郎であるが、そんな緊張感も一時間以上も維持できるものではない。

「くうぅ……っと、危ない危ない、着崩すところだった」

 緊張が緩み、思わずソファーの上でだらしなく体を崩しかけた善治郎は、自分の服装を思い出し、座り直す。

 現在の善治郎は、赤を基調としたカープァ王国の民族衣装を仰々しく着込んでいる。数日前に行われた『歓迎式典』で着ていた第一正装と比べればまだ可愛い物だが、それでも今着ているこの第三正装も、決して着心地のよい代物ではない。

「ゼンジロウ。つらいのならば、着崩してはどうだ? 私達にお呼びがかかるまではもうしばらくかかると思うぞ」

 対面のソファーに座るアウラがそう言ってくれるが、善治郎はその言葉に甘えるには少々生真面目さが先に立つ性分である。

 現在善治郎が身にまとっている第三正装という代物は、和服のように前を閉じるタイプの服を腰の帯紐で止め、その上からチョッキのような服を重ね着するものだ。
 情けない話だが、今ここで着崩した場合、自分で正しい形に着直せる自信が全くない。ギリギリのタイミングで、忙しいであろう侍女達の手を煩わせるのは、気が引ける。

「いや、やめておくよ。もうそろそろ声がかかってもおかしくないだろうし」

 だから、善治郎はそう言って首を横に振る。
 黙って待っているのは確かに退屈だが、下手なまねをして余計なハプニングを招くのは御免だ。元々アドリブが苦手な自覚のある善治郎としては、計算外の事態は可能な限り避けて通りたい。

「それにしても、暗いな……」

 今更ながらそうつぶやいた善治郎は、行儀よくソファーに腰をかけたまま、テーブルの横に立つ背の高い油皿をにらむ。

 夜会の会場は煌びやかなシャンデリアの上で大量の蝋燭を燃やし、それなりの明るさを保っているが、この控え室はさすがにそうはいかない。

 向かい合う二つのソファーを囲むように立つ四つの油皿の灯りは、お世辞にも明るいとは言えない。向かいのソファーに座る愛妻の姿も、そのシルエットを見て取るのがやっとで、顔の造作など全く分からない。

 とそのとき、ふとアウラの顔が下から明るく照らし出される。

 ソファーに座るアウラが膝の上で、カチカチと何か右手の中で何かを操作していることに気付いた善治郎は、それが何の灯りであるか、すぐにピンときた。

「あれ? アウラ、ここまでもってきてたんだ、それ」

 アウラが右手の中に握り込み、慣れた指使いで操作しているそれは、『携帯用音楽プレーヤー』だった。元は、善治郎が通勤途中の電車の中で、気を紛らわせるのに使っていた代物だ。

 最近は「電話のできないスマートフォン」と呼ばれるくらいに多機能な音楽プレーヤーもあるが、善治郎のそれはそこまで高性能なものではない。もっと小型で、機能の限られたものだ。一応小さいながらもディスプレイがあるので動画鑑賞も不可能ではないが、実質的には音楽鑑賞専用機といえる。

「うむ。退屈しのぎにはもってこいだからな。そなたも聞くか?」

 この一年ですっかりそれの扱いに慣れたアウラは、慣れた手つきで音楽プレーヤーを操作すると、片耳のイヤホンを外し、自分が腰をかけているソファーの隣をポンポンと手で叩く。

「ん、たまにはいいかな」

 暇をもてあましていた善治郎に、その誘いを断る理由はなく、素直に妻の右隣に腰を下ろすと、片方のイヤホンを左耳に差し込んだ。

 その携帯音楽プレーヤーには外部スピーカーもあるので、イヤホンを引っこ抜けばこんなことをしなくても音楽は聴けるのだが、基本的に善治郎の持ち込んだ道具は、後宮以外ではあまりおおっぴらには使わないようにしてる二人である。
 それに、こうして肩と肩を寄せ合い、一つのイヤホンを使って同じ音楽を楽しむというのも悪くはない。

 イヤホンを差し込んだ善治郎の左耳に、明るいピアノの旋律が流れる。

「ありゃ。クラシックピアノか」

 善治郎は少しがっかりしたようにそう不満を漏らした。

 アウラが再生しているその曲は、善治郎は以前にレンタルCDショップの、「袋に詰め放題百円」コーナーでまとめ買いしたクラシック音楽であった。
 CDのパッケージには、「ポリーニの完全なる世界」だの「ショパン夜想曲集」だといった文字が書かれていた気がするが、早々にパソコンに落としてCD本体は廃棄してしまったので、よく覚えていない。

 ともあれ、そうしてさほど愛着を持っていない楽曲が、善治郎お気に入りのポップス音楽よりも妻に受けているというのは、ちょっと寂しいものがある。

「うむ。我が国にも音楽という文化はあるし、王宮では一流の楽士達を数多く召し抱えているが、このピアノという楽器は類似する物がないな。すごく耳に心地よい調べだ」

 善治郎が持ち込んだ多種ある音楽の中でも、クラシックのピアノソロ曲が一番気に入ったアウラはそう言って、口元に笑みを浮かべた。
 カープァ王国の伝統的な楽器は打楽器、弦楽器、吹奏楽器の三種類が主である。
 ピアノが技術的に製造不可能はもちろんのこと、鉄琴・木琴に代表されるような『鍵盤打楽器』もこのあたりには存在していない。そのためアウラにとっては、ピアノの独奏は新鮮に響くのだろう。
 逆に、善治郎の好きなバンドの曲まで行くと、新鮮を通り越して感性が追いつかないらしく、あまり好んでいない。まあ、言葉が分からない異世界の歌よりも、楽器の演奏だけのほうがいいという、もっと単純な問題なのかもしれないが。

 ともあれ、さほど好んでいないジャンルの音楽でも、待ち時間の退屈を紛らわすくらいの役には立つ。

「アウラはピアノ曲が好きだもんね。そういえば、善吉も部屋でクラシックをかけていたときの方が機嫌がいい気がするな」

 何とはなしにつぶやいた夫の言葉を、イヤホンをはめていない左耳で聞き止めた女王は、にやりと勝ち誇るような笑みを浮かべると、

「うむ、どうやらカルロスの感性は私に似ているようだな。ふふふ」

 そういって、挑発的な視線を隣に座る夫に向けた。

 日頃は仲むつまじい女王夫妻も、こと我が子の事が絡むととたんに対抗心がむき出しになる。

「むっ……い、いや大丈夫。俺のお気に入り曲はまだ、PCにいっぱい入っているからね。勝負はこれからだ。バラード曲とかもあるし」

 善治郎は、アウラの隣の腰を下ろしたまま、膝の上で固く拳を握りしめる。

「ほほう、それは興味深い。ぜひ、がんばってくれ。まあ、どのみちそなたの母国語の歌は、カルロスが言葉を覚えるまで聞かせられぬがな」

「うわあ、そうだった! い、いや、カルロスが言葉を覚えてからでも逆転は可能なはず。絶対目にもの見せてやる」

「ほほほ、がんばれ、がんばれ、パパがんばれ。五年後には、カルロスは後宮から出なければならぬのだがなあ」

 後宮における男子禁制の掟は、直系王族といえども例外ではない。例外は、後宮の主である王その人(善治郎の場合は王ではなく王配だが)か、性別がまだないとされる五歳未満の幼児のみである。

「うぐぐ……」

 挑発的な言葉と、闘争心をむき出しにした返答の応酬。だが、その内容とは裏腹に、その声色と表情には、そうして軽口をたたき合うことを楽しんでいる空気がにじみ出ている。

「ええと、あんまりアップテンポなのは受けが悪かったみたいだから、アカペラに近いバラード曲を中心に。いやまてよ? 確かインストバンドの曲もいくつかはあったよな? その辺なら今からでも……」

「ふむ、無駄と分かっていても挑むその心意気は買ってやるぞ」

 肩と肩を寄せあい、一つのイヤホンを分け合い音楽を聴く夫婦の軽口の応酬は、王宮侍女が二人を呼びに来るまで続いたのだった。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆






「アウラ陛下、ゼンジロウ様。ご来場!」

 声高に名前を呼ばれ、会場中の視線がこちらに集中するのを感じながら、善治郎は愛妻の手を取り、ゆっくりと歩み進む。

 夜会の会場は、天井にぶら下がる複数のシャンデリアと、規則正しく立ち並ぶ背の高い燭台の上で燃える無数の蝋燭の炎で、照らし出されていた。

 一つ一つは光源としては頼りない炎の灯りでも、これだけの数がそろえばこの広い会場を「明るい」と言えるまでに照らし出す。

 無論、LEDスタンドライトで照らし出される後宮のリビングルームほどではないが、善治郎がさっきまでいた控え室とは比較にならないくらいに明るい。

 銀と水晶でできたシャンデリアのきらめきに目を瞬かせた善治郎は、衆目の視線を感じつつもさほど動揺をしていない自分に、内心苦笑する。

(さすがに何度も経験すると、こういう立場にも多少は慣れてくる、か)

 アウラと結婚してすでに一年。こうした場数も随分と踏んできた善治郎だ。

 当初は真っ直ぐ歩くのにも苦労していたのに、今では「ああ、見られているな」という漠然とした感想しか抱かなくなった。
 過度な「慣れ」は時として、「油断」につながるので必ずしもよいことではないのだが、緊張のしすぎで妻に歩行補助を受けていた当初よりは成長したと言ってもよいだろう。

(ええと、まずはメインのお客様に声をかけなきゃならないんだよな)

 善治郎は右腕に絡みつくアウラの体温を感じながら、そっと周囲を見渡し、最初に挨拶をするべきターゲットを探し出す。

(いた、あれだな)

 ターゲットは探すまでもなく見つかった。というより、大きな声で善治郎達女王夫妻の入場が伝えられているのだから、彼らが挨拶に来ないわけがないのだ。

 善治郎とアウラは、赤い絨毯の上で足を止めると、足早に近づいて来る一組の男女を、待ち受ける。

 善治郎と同世代とおぼしき金髪の男と、十代の中盤から後半くらいに見える栗色の髪の少女だ。

 主賓である彼らに道を空けるように、会場にたたずむ男女は道を空ける。

 やがて、アウラと善治郎の前までやってきたその男女のうち、代表するように先に口を開いたのは、金髪の男の方だった。

「これは、アウラ陛下、ゼンジロウ陛下。この度は私達のために、このような盛大な祝いの場を設けていただき、誠にありがとうございます」

 そういって、金髪の男は少し芝居がかって見えるくらいに大袈裟な動作で一礼する。

「私からも、厚く御礼申し上げます、アウラ陛下、ゼンジロウ陛下」

 続いて、その斜め後ろに控えていた栗色の髪の少女もそう言って、丁寧に頭を下げた。
 一応数日前、謁見の間で顔を合わせているので、これが『初対面』ではないのだが、入国の儀式を執り行う様を壇上の副玉座に座ったまま、無言で見守っただけの善治郎にとっては、実質的にはこれが初対面のようなものだ。

「陛下」という敬称に、思わずピクリと反応しかけた善治郎であるが、隣に立つアウラが何も言わないのを見て、この場はそのまま流すことに決める。
 カープァ王国初の女王の伴侶という立場のため、善治郎の敬称は『陛下』か『殿下』がまだ定まっていない。そのため、カープァ王国の貴族達は公式にも非公式にもいつも「様」付けで済ませていたのだが、そのような細かな機微を三日前にこの国にやってきたばかりの他国人に理解しろという方が無理がある。

「うむ、両殿下ともゆるりと楽しんでいってくれ」

「お二人に楽しんでいただけたのであれば、この場を設けた人間の一人として、無上の喜びです、フランチェスコ殿下、ボナ殿下」

 アウラに追従するようにそう言いながら、善治郎は目の前に立つ二人の若い王族をつぶさに観察する。

「ええ、楽しんでおりますとも。恥ずかしながら私は、この年にして初めての国外訪問ですので、見る物触れる物全てが新鮮です。ここに並ぶ料理、酒類もどれも初めて口にする物ばかりですよ」

 フランチェスコ王子は、明朗な声と豊かな表情の映える整った顔を持つ、若い男である。

 身長は善治郎よりは高いが、大きく目線が違うというほどではないので、百七十の中盤くらいだろうか? だが、善治郎と比べると随分手足や首が長く、均整が取れた肉付きをしているので、はっと目を引かれるほどスタイルが良い。

 そのため、シャロワ王家の正装である、その濃い紫色を基調としたタキシードと軍服の合いの子のような服も違和感なく着こなしている。

 善治郎が着れば間違いなく、悪い意味で勇気のあるコスプレにしか見えないであろうその服も、金髪碧眼でスタイル抜群のハンサムが着れば、衣装に負けずによくマッチして見える。

(ふーん、なんというか、よく言えば社交的、悪く言えばちょっと軽薄な印象だな)

 異国の王子の第一印象をそう定めた善治郎は、受け答えを妻であるアウラに任せ、そのまま意識を隣に立つ少女――ボナ王女へと移す。

 ボナ王女の印象は、一言で言えば『地味』という少々失礼な物になる。

「はい、音に聞こえしカープァ王国の繁栄をこの目にすることができて、恐悦至極に存じます」

 そうハキハキとした言葉遣いで答えるボナ王女は、姿勢正しく背筋を伸ばし、下腹部のあたりで両手を軽く組んだ体勢で笑顔を浮かべていた。

 ボナ王女のドレスは、フランチェスコ王子の衣装と比べると随分と淡い紫色である。

 これは、色の濃淡で王族としての『格』を現しているのかもしれないが、ことボナ王女の場合はその淡い色合いが良い方向に出ている。

 体つきが華奢で、顔だちもいまいち地味なボナ王女の場合、濃い紫ではドレスに本人が負けてしまう。

 フランチェスコ王子に比べると地味な印象の強いボナ王女の外見で、一番目を引くのはその頭髪だろう。

 色は栗色、長さは肩と腰の中間ぐらいと特筆するほどの物はないのだが、その地味な色合いを嫌ってか、髪に銀粉を塗しているらしく、シャンデリアの灯りを受けてキラキラと髪全体が輝いてみえる。

 髪型も独特だ。元の髪質はストレートなのだろうが、その真っ直ぐな長髪が真ん中あたりから大きくウェーブを描いている。現代のパーマほど洗練されたものではないが、髪に意識的に癖をつけるファッションはこちらの世界にも存在する。

 ボナ王女の髪型もその一種だと思われるが、この会場には同じような髪型をしている女はほかにいない。そのため、塗している銀粉の効果も相まって、女達からは随分と興味の視線を集めている。比較的好意的な視線が多いようなので、もしかすると今後まねをする女も出てくるかもしれない。

 そうして善治郎が、フランチェスコ王子とボナ王女に観察眼を向けている間にも、隣に立つアウラは如才ない受け答えで、会話を続ける。

「ほう、それではフランチェスコ殿下もボナ殿下も、自ら希望して我が国に来たと?」

「ええ、ご存じの通り我がシャロワ王家は、外に出る機会が非常に少ないので、これ幸いと利用させていただきました。渡りに船、という奴ですね。ハハハハハ」

「フランチェスコ殿下ッ。アウラ陛下の御前ですッ。もう少し言葉を選んで下さい。
 申し訳ございません、陛下。ですが、此度の訪問を自ら望み、また楽しみにしていたという殿下の言に嘘偽りはございません。それは、私も同様です」

 緊張のかけらもなく、朗らかに談笑を楽しむ金髪の王子と、その王子の言動にいちいちはらはらしながら、フォローに終始する栗色の髪の王女。

 対応は主にアウラが受け持ってくれるが、この場に出席している以上善治郎も傍観者ではいられない。

「ああ、ゼンジロウ陛下とお会いしたかったというのも、大きな理由の一つです。まことに勝手ながら私、ゼンジロウ陛下には非常に親近感を抱いておりまして」

「それは光栄ですね、フランチェスコ殿下。私も、殿下とこうしてお話しする機会を得て、うれしく思います」

 善治郎は馴れ馴れしいといってもいいくらいにフレンドリーに接してくる金髪の王子に、作り笑顔で対応するのだった。
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