挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

50/93

幕間1【的確な判断】

 上空を飛び去る飛竜に気を取られている隙を突いた、群竜達の奇襲。

 本能で生きている竜種とは思えないほどに、狡猾な奇襲を成功させた群竜達は、最初の一撃で複数の兵士達をその爪にかけることに成功していた。

 なるほど、これほど見事な奇襲をやられれば、塩商人達が護衛の兵士ごと、為す術もなくやられてしまったのも理解できる。

 若き指揮官であるチャビエルが、真っ白になった頭の片隅でそんな暢気な事を考えてしまったほどだ。

 だが、いくら塩商人達の護衛が凄腕だったとしても、専門の騎士ほどではないし、その数もそう多くはない。

 塩商人達を駆逐した群竜の奇襲攻撃も、チャビエル率いる地方領主軍百を、纏めて屠れるはずもない。

「……ッ、全軍迎え撃て! 盾を持つモノは森に向かって盾をかざし、槍を持つモノはその後ろから攻撃! 弓兵は円陣の内側から射撃! 荷竜車に群竜を近づけるな!」

 正気を取り戻したチャビエルが、擦れる声でそう命令を飛ばす。

「ッ了解!」

「はいっ!」

「解りました、輜重兵! 矢の補充、頼む!」

 指揮官の声を受けた兵士達は、己が役割を今更ながら思い出したように、徐々に本来の動きを取り戻す。

 群竜の奇襲から始まった戦いは、徐々にその様相を変えつつあった。




 チャビエルが率いてるのは、竜を討伐するために編成された、純粋な武力集団である。奇襲の衝撃から立ち直れば、そうそう後れを取ることはない。

「盾兵、壁を作れ!」

「槍兵、前に出るなよ! 攻撃よりも牽制に気を配れ!」

「弓兵、撃て! 倒れた味方を襲っている奴を優先的に狙え! 誤射を怖れるな! どのみち、森に引きずり込まれたら助からん!」

 気を取り直したチャビエル達が、組織的な反撃に移ると、戦況は膠着状態に陥った。

 街道の両わきに、短槍や木製の大盾を構えた兵士達が並び、素早く森の中まで下がった群竜共は、木々の隙間からその長い首を伸ばし、ギャーギャーと耳障りな鳴き声を上げている。

 後方で短弓を構える弓兵達が、時折隙を見て矢を飛ばすが、樹の枝や、茂る木の葉に邪魔をされて、群竜の身体に突き刺さるものはほとんどない。

 まれに、木々の防御壁をくぐり抜けて、群竜の身体に突き刺さる矢もあるが、所詮は短弓から放たれた威力の弱い矢だ。

 中型とはいえ、分厚い皮と、頑健な骨格を併せ持つ竜種を、一矢で仕留めるほどのゆんぜいはない。

「ギャアア!」

 運悪く身体に矢を突き立てられた群竜が、傷口から赤い血を流し、悲鳴を上げるが、致命傷にはほど遠い。

 チャビエルは、森と街道の境界線上でにらみ合う、群竜と部下達に視線を向けたまま、横で弓を構える騎士に声をかける。

「ジョゼップ。何人やられた?」

「確実にやられたのは、まだ一人だけです。先ほど、生きたまま、森に引きずり込まれました。他には、最初の奇襲で重傷を負った者が五名。戦闘不能状態ではありますが、即座に命を落とす危険はありません。現在は、五人とも輜重隊の荷竜車の上に、避難させています」

 騎士ジョゼップは、弓矢の切っ先と、鋭い視線を木陰の群竜に向けたまま、そう淡々とした口調で、言葉を返した。

 歴戦の騎士であるジョゼップの武器は、使い込まれた『竜弓』である。

 大きさこそ弓兵達が使っている短弓と変わらないが、その威力と射程は、短弓どころか長弓にすら勝る、逸品だ。

 入射角と当たり所さえよければ、群竜を一矢で仕留めることも不可能ではない。

 事実、現在街道に転がっている群竜の死体のうち一体は、ジョゼップがその矢で射殺したものである。

 チャビエルも、自分の持つ弓矢を構えたい衝動にかられるが、理性でその衝動を抑え込み、周囲の把握に努める。直接的な攻撃に転じるということは、最低でもその瞬間は意識を、ターゲットとなる一匹に集中するということだ。

 チャビエルのような経験の浅い指揮官では、そうした視野狭窄が、部隊に致命的な損害をもたらすことがある。

 チャビエルはただひたすら、現状把握に努める。

(戦力の低下は、死者、戦闘不能者を合わせて六名。まだ、戦闘行動に支障を来す程の損害ではない。防御陣形はすでに、構築済み。陣形構築後は……膠着状態)

 現状、チャビエル軍は、森に引き下がった群竜を撃ち減らすことが出来ずにいるが、群竜もまたチャビエル達に有効な攻撃を加えることが出来ずにいる。

「状況次第では、森に踏み入るつもりで、装備を調えてきたのだが……」

 膠着状態に焦りが沸いてきたのか、チャビエルは思わずそんな言葉を漏らす。

「賛成できかねますな。これだけ統率のとれた群竜共を相手取るというのは、想定外です。奴等のテリトリーである森の中での戦闘となると、負ける、とは言いませんが、被害が許容範囲を大きく割り込むことは、間違いないかと」

 しかし、隣に立つ歴戦の騎士は、そう若い指揮官の呟きを切って捨てる。

 チャビエル自身も、自分の発案が危険だという認識はあったのだろう。

 騎士ジョゼップの返答に、「そうか」と短い言葉を返しただけで、自分の思いつきを投げ捨てた。

「だが、そうであれば、どうする? このままでは、膠着状態は動かん。矢玉にも限りはあるぞ」

「とりあえずは、しばらくは現状維持でよろしいかと。異常なほどの数と統率であることは確かですが、限界はあります。膠着状態が続けば、下っ端が先走るのは向こうが……」

「ギャワッ!」

 先でしょう、と続けようとしたその最中、まるでジョゼップの期待に応えるように、一匹の群竜が、短槍に噛みつこうと、森の中から大きく首を伸ばし、その顔を街道の端にさらす。

「ハッ!」

 その隙を、騎士ジョゼップは見逃さなかった。素早く引き絞られた竜弓から放たれた一矢が、その群竜の頭部に吸い込まれる。

「ギャッ!?」

 地面と水平に飛来した、銀閃のごとき矢は、見事、群竜の顔の革と頭蓋骨をぶち破り、深々と突き刺さった。竜種の脳は、人間のそれと比べると比較にならないくらいに小さいため、頭部の貫通傷も、一撃必殺とならないことが多いのだが、どうやら今回は運が良かったようだ。

 騎士ジョゼップの矢を頭部にくらったその群竜は、クタリと木陰から上半身をはみ出させるようにして崩れ落ちた。

「おおお!」

「ジョゼップ様、流石だッ!」

 膠着状態に入ってから、久しぶりの戦果に、兵士達の士気も眼に見えて上がる。

「良くやった、ジョゼップ。狡猾かと思えば、随分と迂闊な奴もいるものだな」

 お褒めの言葉をくれながら、首を傾げて疑問を口にする若い上官に、騎士ジョゼップは、素早く背中の矢筒から次の矢を取りだして構えつつ、ニヤリと野太い笑みを浮かべる。

「所詮は、竜種って事ですよ。ボス一匹がどれだけ狡猾でも、下っ端共は本能優先の獣です。いくら怖いボスの命令であっても、そういつまでも『待て』の命令を遵守できるはずもない」

「なるほど、な。膠着が続けば、向こうが先に崩れるというわけか」

 戦闘が始まって以来の明るい報告に、チャビエルは少しだけ眉の間の皺を緩める。

 少し落ち着いた眼で森の様子を伺うと、確かに先ほどまでと比べて、木々の隙間に身を潜めている群竜達の影が、心持ち街道寄りに立ち位置をずらしているようにも感じられる。

 そうしているうちに、また一匹、こらえ性を使い果たした群竜が、大きく開いた口から、ヨダレと怒声を漏らしつつ、街道へとその身を躍らせた。

「ギャアア!」

 だが、一匹だけで街道に姿を現す群竜など、待ち構える兵士達にとっては、獲物でしかない。

「今だッ!」

「くらえ!」

「それっ!」

 弓兵隊が、構えた短弓から雨のように矢を降らし、トドメとばかりに、一番近くにいた槍兵が、至近距離からその右手に持つ短槍を思い切り投擲する。

「ヒギッ……!」

 迂闊な群竜は、全身にハリネズミの様に矢を突き立てられ、最後に胴体深くに投げ槍をくらい、絶命した。

「よしっ、その調子だ!」

 思わず、チャビエルの口からもそんな賞賛の言葉が漏れる。

 この調子で、膠着状態にじれた群竜が、少しずつ街道に飛び出してきてくれれば、格好の各個撃破が成り立つ。

 チャビエルの脳裏に、そんな楽観的な希望がよぎる。しかし、その希望の絵図をかき消すように、森の奥から大きな鳴き声が街道に響き渡る。

「グォオオオ!!」

 その鳴き声は、ただ大きいだけではない。ただの獣の遠吠えとは、一線を画する、明確な意思と命令の意味が込められた声だ。

「チャビエル様、右です!」

 歳若い従者アンドレスの言葉に、反射的に右手の森に視線を向けたチャビエルは、森の奥にその影を見た。

「大きい……な」

「はい」

 木や木の影が邪魔になってはっきりとは見えないが、そのシルエットだけで『それ』が尋常な存在ではないことが見て取れる。

 街道ギリギリまで近寄っている他の群竜達よりも、ずっと後ろに控えているはずなのに、一見するとその大きさは、他の群竜と同じか、下手をすると僅かに大きく見えるほどだ。

 通常、群竜のボスというのは、一般的な群竜より頭一つ大きいとされているが、あれは一般的なボス群竜よりさらに、頭二つぐらい大きいのではないだろうか。

 群竜は、本来『中型肉食竜』に分類されるのだが、この大ボス群竜は、中型と呼ぶには少々大きすぎる。『小さめの大型肉食獣』と言われれば、納得してしまいそうなサイズである。

「グゥルウィイイ!!」

 チャビエル達が、巨大な群竜の影に眼を奪われているうちに、その巨大な群竜はもう一度、大きな吠え声を辺りに響かせた。

 すると、次の瞬間、街道脇の木陰ギリギリまで鼻面を出していた群竜達が、一斉に後ろに下がっていく。

 退却するのか? 思わず緊張を弛緩しかける兵士達に、チャビエルは半ば反射的に声をかける。

「油断するな! 各員、警戒態勢続行!」

 チャビエルのその指示自体は、決して間違っていない。新米指揮官でありながら、部隊の緊張の緩みを瞬時に感じ取り、間髪入れずに鞭を入れたその判断は、むしろ賞賛に値する。

 しかし、幸いと言うべきか。その後の警戒は、徒労に終わった。

 ガサガサという下草と、樹の枝をゆらす音が、全周囲から段々と遠ざかっていく。

「…………」

「…………」

 その音が完全に聞こえなくなってから、ゆっくり十を数えるくらいの間を置いた後、チャビエルは確認を取るように、横に控える騎士ジョゼップと、ひげ面の狩人に問う。

「……これは、本当に退却した……か?」

 騎士ジョゼップと、ひげ面の狩人は揃って首を縦に振った。

「はい、気配は全て遠ざかりました」

「さっきの遠吠えは、撤退の合図ですね。群竜は基本的に、一度諦めた獲物をすぐにもう一度襲う事はないはずです」

 騎士と狩人。戦闘のプロと、竜種の専門家のお墨付きに、チャビエルもやっと肩の力を抜く。

「そうか。全軍、警戒態勢解除。負傷者の治療をおこなった後、被害状況を報告せよ」

 チャビエルのその言葉に、百人から僅かに人数を減らした兵士達は、へたり込むようにして緊張を解くのだった。




 太陽が大きく西に傾き、赤みを帯びた日差しが照りつける中、チャビエル一行は戦後の処理に追われていた。

 特に大変なのが、負傷者の治療だ。

「よし、流すぞ。ちょっと我慢しろ」

「アグッ!?」

 負傷した兵士の服を破り、露出した傷口を大量の水で洗浄し、清潔な布を巻いて止血。

 骨折している者は、数人がかりで押さえつけて骨接ぎの後、添え木と共に布で縛って固定。

 この場で施してやれる治療は、その程度のものだ。だが、その程度の治療でも、時と場合によっては、死ぬべき運命を生へと引き戻す一因となり得る。

 やがて、負傷者達に一通りの処置を施しおえた輜重隊の責任者は、チャビエルの所へ報告にやってくる。

「チャビエル様。負傷者の治療が終わりました。とりあえずは、すぐに命の危険がある者はいません。後は、今後の経過次第ですが」

 輜重隊の責任者の言葉に、チャビエルは「ご苦労」と返した。チャビエルの表情には、あからさまな安堵の色が浮かんでいる。

 何はともあれ、負傷者の傷が致命傷ではなかったというのは、朗報だ。

 無論、輜重隊の責任者が言うとおり、予断は許さない。竜種の牙や爪で傷を受けた者は、後日高熱を発することが多い。負傷して弱っている兵士にとって、発熱は十分に死因となり得る。

 負傷者達を見舞いたい欲求にかられたチャビエルであったが、今の自分には他に優先すべき事があると思い直し、会話を続ける。

「荷竜車の方はどうだ? 修理は可能か?」

「はい。幸い、やられたのは車輪に爪を立てられた一台だけですから、予備の車輪でとりあえずは、動かせるようには出来ます。まあ、町に着いたら、車軸ごと交換する必要がありますが」

 チャビエルの問いに、責任者そう答えて、頭をかいた。

 輜重隊とは、単に物資を運搬するだけの存在ではない。いざという時の備え、壊れた荷竜車や、武器、防具の即席修理が出来る人間も含んだ、一種の技能集団である。

 ある意味、今回の戦いにおける最高の殊勲者は、彼等輜重隊の面々とも言える。

 なにせ、群竜の群れに包囲された状態で、荷竜車を引く『鈍竜』達を暴走させないように、ずっと制御していたのだ。

 騎士達の騎獣である『走竜』をなだめていた、従者達も同質の苦労をしていたのだが、彼等と比べても荷竜車の御者の苦労はその比ではない。戦闘を前提に訓練を受けている騎士達の『走竜』と、単純労働力としての訓練しか受けていない『鈍竜』とでは、戦場に対する対応力が桁違いだからだ。

 後で何らかの形で、彼等の労苦に報いる必要がある。チャビエルは、忘れないように頭の片隅にその事を止めてつつ、輜重隊の責任者に問う。

「分かった。荷竜車の修理が済み次第、出発する。すまないが、急いでくれ。現状で、他の竜種が血の臭いをかぎつけてやってきたら、眼もあてられん。ああ、それと、負傷者をそのまま荷竜車に乗せて運んでもらいたいのだが、問題ないか?」

 チャビエルの問いに、輜重隊の責任者は、しばし黙考した後、首肯する。

「はい、大丈夫でしょう。元々、荷竜車の運搬能力にはまだ余裕がありましたし、幸いと言ってはまずいですが、今、ここで、大量に水を消費して、荷が軽くなってますしね」

「そうか、水の問題もあるか。……分かった、では荷竜車の修復と負傷者の運搬に関しては、お前に一任する。適当にやってくれ」

「ハッ!」

 輜重隊責任者は、大きな声でそう返答すると、駆け足で荷竜車の方へと戻っていった。




「…………」

 走り去っていく輜重隊責任者の背をしばし見つめていたチャビエルであったが、やがて視線を正面に戻す。

「ジョゼップ」

「はっ」

「我等だけで山狩りは無謀、だな?」

 問いかけと言うより、確信している認識の確認に近いチャビエルの問いに、熟練の騎士は、小さく首を縦に振る。

「はい。すでに敵の素性が知れている以上、十分な用心を重ねて踏み入れば、ある程度の成果は出せるでしょうが、確実に被害が許容範囲を超えるでしょう」

 森の中は、竜達のテリトリーだ。百人弱の兵力で、統率の取れた五十匹からの群竜を屠るというのは、少々難易度が高い。

 故に、チャビエルは無念さに下唇をかみしめながらも決断する。

「……分かった。私の討伐は失敗だ。王都に援軍を要請する」

「了解しました」

 賢明なご判断です、と付け加えようとしたところで、騎士ジョゼップはその言葉を呑みこんだ。

 ギリギリの所で無念を呑みこみ、理性的な判断を下したこの若い指揮官に、その言葉は嫌みにしか聞こえないかも知れない。

 例え本心からの賞賛の言葉であっても、相手にその意図が曲がって伝わる恐れがあるならば、この場では口にしない方が良い。

 ジョゼップが口を噤んでる間に、チャビエルは街道の向こうを強く見据えたまま、言う。

「荷竜車の修理が完了次第、行軍を再開する。すぐに動けるように準備を整えておいてくれ」

「了解です。折り返して領都に戻るのですか?」

 ジョゼップの問いに、チャビエルは固い表情のまま、首を横に振る。

「いや、逆だ。このまま街道を抜けて、王領に入る。その方が早く、負傷者達を医者に診せてやることが出来る」

「なるほど」

 若い指揮官の判断に、熟練の騎士は内心の思いを表情に出さず、素直に感心したような声を上げた。

 実際、チャビエルの言っていることは、なにも間違ってはいない。

 単純に一番近い人里にたどり着くだけならば、ここでUターンした方が早いが、『一番近い、医療技術者のいる場所』という条件ならば、このまま真っ直ぐ街道を進んで、王領の端までたどり着くのが一番だ。

 王領の端には、それなりの規模の軍施設があり、カープァ王国では、一定以上の軍施設には、最低一人は医療技術者を配属させている。

 そうした負傷者への配慮が、チャビエルの内心の多くを占めていることは間違いないだろう。

 だが、同時にジョゼップは思う。

(王都が出動させる援軍は、必ず、その軍施設に立ち寄る。チャビエル様は、そこで援軍と合流して、自分も再度出撃したいのだろうな)

 次期ガジール辺境伯領領主という、チャビエルの地位を考えれば、援軍の指揮官の格次第では、チャビエル自身が援軍のトップに立つことも、あり得ない話ではない。

 恐らく、チャビエルはまだ諦めていないのだ。自分が、この戦況で、明確な戦果を上げることを。

 そんなチャビエルの行動は、熟練の騎士であるジョゼップには少々危なっかしくも見えるが、戦果と名声を求めるその姿勢は、父や領民が自分に何を求めているのか、十全に理解している証とも言える。

「負傷者が心配だ。彼等の身体に障らない範囲で、行軍を急がせたい。ジョゼップ、足の止まった歩兵達を、私達の騎竜の後ろに乗せてやりたいのだが、問題があるだろうか?」

 一生懸命、自分に課せられた使命に最善の結果を出そうと、あがく若い指揮官の姿に、ジョゼップは、あらためてこの若者を支えてやりたいという、強い感情を覚える。

「まあ、問題ないでしょう。厳密に軍法に照らし合わせれば、歩兵を騎竜に乗せるのは、違反行為なのですが、広義の意味では今も戦時ですからね。戦時は、軍法よりも、現場の柔軟な判断が優先される事は、暗黙の了解ですよ」

 騎士ジョゼップは軽く首肯すると、そう言ってチャビエルの提案を肯定した。

 チャビエルやジョゼップといった騎士達が駆る『走竜』という生き物は、一般的に重馬と言われる馬と比べても、二回り以上大きな体躯を誇り、倍近い力を持っているとされている。

 能力的には、完全武装の人間を二人ぐらい、常時運搬しても、全く問題はない。早駆けをさせず、餌と途中の休息に気を配れば、三人乗りも可能なくらいだ。

「分かった。ならば負傷者達に負担がかからない範囲で、可能な限り急いで、『塩の街道』を抜ける。夜番、水くみ、休息の計画を再度練り直す。任務に失敗した以上、一刻も早く失敗の報告と、援軍要請を入れる義務があるからな」

 チャビエルは、赤みを帯びてきた西日に照らし出される『塩の街道』の向こうを、強く睨みながら、そう言い放つ。

「了解しました」

 騎士ジョゼップは、強がりにも聞こえる若い指揮官の言葉に、そう短く、誠実な声で答えるのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ