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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

二年目

43/93

第一章1【塩の街道の異変】

「なに? 塩が届いていない?」

 朝議の場で、訴えを聞いたアウラは、玉座にゆったりと腰を下ろしたまま、ピクリと片方の眉毛を跳ね上げ、そう厳しい声で問い直した。

 ここは、王宮の中でも最奥近くに位置する、小さな一室である。
 日差しを取り込む窓も、人の背丈より遙かに小さな所に、格子付きで小さく一つ設けられているだけの薄暗いこの一室では、定期的に国家の行く末を決定する重要な議題が議論される。

 あまり広くない長方形の部屋の中央部には、重厚な作りの長いテーブルが置かれており、前後左右には同じく木製の椅子が複数備え付けられている。
 女王であるアウラが座っているのは当然、上座に当たるテーブルの短辺側である。後ろに控える秘書官のファビオは、入室を許可されているだけであり、席に座るのはもちろんのこと、発言をする権利も有していない。

 この場で椅子に腰を下ろして、発言をする権利を持っているのは、『大臣』か『将軍』のどちらかの肩書きを有している人間だけである。

「詳細を聞こう、ガジール辺境伯」

 アウラに名を呼ばれ、末席近くに座っていた男が「はっ」と短く声を上げて起立した。

 ガジール辺境伯は、初老の男である。カープァ王国人の中でもとりわけ濃いその褐色の肌には、年齢から来る皺が幾つか刻み込まれているが、椅子から立ち上がった淀みない動作や、太い首周りなどを見れば、彼が老いによる衰えを、未だに厳しい鍛錬で退け続けていることが推測できる。

 老いてなお盛んな老戦士は、そのラグビー選手を彷彿させる肉厚な体躯によく似合う、低く良く通る声で報告する。

「一昨日、領地を任せている息子から『小飛竜』が届きました。予定の日を七日以上過ぎてもまだ、今期の塩が届いていないのだそうです。領内の塩の備蓄は、おおよそ三ヶ月分。息子は領主代理として、『塩の街道』へ自軍を送り、原因を取り除く許可を求めております。

 付け加えるのならば、私も息子と同意見です」

 淀みない口調で端的に情報を伝え終えたガジール辺境伯は、起立した時と同じ、老いを感じさせないしっかりとした動作で着席した。

 ガジール辺境伯領は、他国との国境線上にある辺境領だ。海岸線も岩塩の埋蔵地ももたないその領地は、生活の必需品である塩を、全面的に余所からの輸入に頼っている。『塩の街道』とは、その大量に消費される塩を国内の全ての領地へ円滑に運搬するために、数代前の王が築いた『国道』である。

 故に、ガジール辺境伯の言は、全面的な賛同を得られるモノではなかった。

「私は反対です。無論、辺境に塩が届かないのは一大事ですし、街道の安全確保に兵を動かすことに異論はありません。しかし、その役割は辺境伯の軍ではなく、国軍の領分です」

 そう、挑戦的に真っ向から反対意見をぶつけたのは、プジョル・ギジェン将軍である。
 まだ三十代の前半であるプジョル将軍は、この場に座っている面々の中では、女王であるアウラに次ぐ若輩者であるのだが、親子ほど年の離れている辺境伯に全く臆することなく、己の意見をぶつける。

 プジョル将軍の意見は決して、間違ってはない。
『塩の街道』は国道であるのだから、その安全を確保するため軍を繰り出すのであれば、それは基本的に国軍の領分だ。

 しかし、ガジール辺境伯も、引き下がる気配は見せない。

「はい、プジョル将軍が仰るとおり、『塩の街道』が国の領地であることは、私も承知しております。しかし、過去の例を鑑みますと、塩の輸送が滞った原因は、街道沿いに出没する『肉食竜』の増大である可能性が極めて高いと推測されます。

 となれば、街道周囲の森・草原に兵を送り、人を襲う肉食竜を屠る必要がありましょう。そして、街道から外れた森や草原は、我が辺境伯領です」

 そう、正面から若き国軍の大将軍の視線を受け止める。

「…………」

「…………」

 大貴族同士の対立としては希有なことに、分かりやすく正面から相対する若い将軍と老将軍のにらみ合いを上座から見ていたアウラは、表面上は全くの平静を保ったまま、内心溜息をついていた。

(厄介な事になったな。領主貴族が自領に武装した国軍の立ち入り事を嫌うのは、何時ものことだし、プジョル・ギジェンが手柄を求めて軍事行動を起こしたがるのも、いつものことだが……)

 思考を巡らせるアウラは、そう言えばガジール辺境伯家は、先の大戦で息子を二人戦死させていたという事実を思い出した。
 死なせたのは、後継者候補であった長男と、武勇で名をはせた次男だ。
 現在、留守を預かっている『息子』というのは、唯一の生き残りである三男坊のはず。確か、かなり遅くなってからもうけた子で、年齢はまだ二十歳にもなっていないと聞く。

 そこに思い至れば、辺境伯がかたくなに「この一件は、自領軍で決着を付ける」と言い張る理由も推測が付く。

(恐らく、比較的危険の少ないこの事件で、息子に『後継者に相応しいだけの実績』を作ってやりたいのだろうな)

 辺境伯が想像するとおり、塩が届かなかった理由が、街道に現れる『肉食竜』による被害だとすれば、その討伐はそう難しいものではない。

 国営企業とも言うべき塩商人は、商人としては異例なくらいに多くの護衛を引き連れているが、それでもその戦闘力は軍そのものとは比較にならないくらい脆弱なものにすぎない。
 いかに率いるのが実戦経験もろくにない三男坊であっても、辺境伯軍が野生の竜を相手に敗北する可能性は、かなり低いと言えるだろう。

 ようは、手柄を欲する人間から見ると、ほどよい強さの「おいしい」障害だということだ。

 無論、全ては塩が届いていない原因が、彼等が予想するとおりスタンダードな肉食竜被害であることが前提だが、状況証拠はおおよそその推測が正解であることを示している。

 アウラはしばし、考える。

 この一件を、辺境伯軍に任せた場合のメリットとデメリット。国軍を出動させる場合のメリットとデメリット。

 最低限の損得勘定を、頭の中で素早く弾き出したアウラは、にらみ合う二人の将軍を横から声で打つように、張りのある声を発する。

「いいだろう、ガジール辺境伯」

「はっ」

 女王の言葉に、老将軍は、視線をプジョル将軍から一瞬でアウラへと移し、礼儀正しく頭を下げる。

 その白いモノが混ざり始めた老将の頭頂部を見つめ、女王は平坦な声で言葉を続ける。

「卿の言を受け入れよう。卿の責任の下、この一件を解決して見せろ。見事、解決したあかつきには、その功績に相応しい報償を取らす」

 それは、イコール、「必要経費も含めて、全額後払い。万が一失敗した場合は、全ての責任をかぶれ」という宣告でもあったが、ガジール辺境伯としては、大切な要望は全てかなった形だ。

「はっ、はあ! 承知いたしました。必ずや、朗報をお持ちいたします」

 顔の皺を深めるように野太い笑みを浮かべたガジール辺境伯は、覇気の籠もる声でそう言葉を返した。

「…………」

 一方、持論を全面的に拒否されたプジョル将軍は、あからさまに面白くなさそうな顔をしているが、流石に女王の決定に異を唱えるほど礼儀知らずではない。

 プジョル将軍を始め、この場に出席している将軍・大臣級の上級貴族達が見守る中、女王は玉座に座り、豊かな胸の下で軽く腕を組んだまま、頭を下げる老将に告げる。

「ただし、今言ったことは、十分な偵察を行い、ことの原因がそなたが予測したとおり、『肉食竜』被害であると確定した場合に限る。偵察を出し、万が一、原因がほかにあると判明した場合は、必ずや再度王宮に連絡を入れろ。よいな?」

 これは少々厳しい沙汰である。本来、辺境伯という地位は、国の中枢から遠く離れた辺境の大領を安堵する必要性から、軍事的にも相当大きな独自裁量権を許されている。
 アウラの命令は、一時的にせよ、その独自裁量権に枷をはめるに等しい。

 だが、仮にも国家の大事である『塩の運搬』にかかわる事件を、家の内部事情のため、まだ経験の浅い十代の息子に任せようとしている立場を理解しているガジール辺境伯は、異を唱えなかった。

「は、承知いたしました」

 素直に叩頭する老将に、アウラは胸の下で腕を組んだまま、一つ満足げに頷くと、

「うむ。ああ、後、褒賞は功績を挙げた者に私が直接手渡す。ご子息には、王都に来てもらう事になるので、その旨、今から心にとめておけ」

 と、何でもないような口調で付け足した。

 一方、言われたガジール辺境伯は平静を保てない。ピクリと、身体を震わせ、反射的に太い眉の間に皺を寄せる。
 まあ、それも、当然と言えば当然だ。

 女王の意図は見え透いている。この『褒賞』というのは、文字通りの褒賞ではない。討伐で消費された物資や、兵士に払う臨時給金などの必要物資の後払い金も含む莫大な『褒賞』の金額を決定するまで、通常は数ヶ月、場合によっては半年を超える交渉期間が見込まれる。

 となると、その数ヶ月から半年近い期間、ガジール辺境伯の息子は王都に滞在しなければならない。

 独立独歩の気風が強い辺境の領主貴族を、若いうちに王都に招き、王国への帰属意識を高める。それがアウラの狙いなのだろう。

 とはいえ、王家の力が極端に強いカープァ王国の場合、地方領主貴族と言えども、王家とつながりを作っておくこと自体は、決して悪い事ではない。むしろ、家を維持していく上で必要不可欠なことである。

 問題はさじ加減だ。王家に飲まれるほど近づかず、王家に疎まれるほど離れない。そんな絶妙な距離感を、まだ十代の息子が有しているとは、親の欲目で見ても思えない。
 だがその懸念は、ここで女王の提案を突っぱねて、話をややこしくしなければならないほど、強いものでもない。

 それに、息子に王家よりの意識を植え付けようとするのならば、褒賞の払いを渋られる可能性も薄くなる。それは、まだ、先の大戦の戦災から復興途中の辺境領としては、非常にありがたいことでもある。

 ガジール辺境伯は、素早く考えをまとめる。

「……承知いたしました。息子にとっても、王都で学べることは多いでしょう。ありがとうございます」

 結局、ガジール辺境伯はそう答えて、丁寧に頭を下げるのだった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 女王アウラが朝議で重要な決議に決定を下している頃、一人後宮に残った善治郎は、木戸を締め切ったリビングルームの一角で、氷扇風機の冷風に吹かれながら、パソコンのキーボードを叩いていた。

「よし、こんなところかな」

 そう言って善治郎は、パソコンの前に座ったまま、両手を組んで頭上に延ばし、身体のコリをほぐす。

 パソコンのディスプレイ上に広がっているのは、サラリーマン時代から慣れ親しんだ表計算ソフトである。

 キーボードの左隣にのは、アウラから預かっている『今年の税収一覧』の記された竜皮紙の束が乱雑に重ねられている。
 数日前から、そのデータを表計算ソフトに入力し続けて、やっと今、一通り打ち込み終えたところだ。
 この後、最低三回は全体を見直して、打ち間違いがないことを確認する必要があるが、取り合えずは一段落したと言って良いだろう。

 コキコキと首を回して深呼吸をした後、善治郎は改めて今自分が打ち込んだ税収一覧表に目を向ける。

「しかし、凄い赤字のオンパレードだな……」

 前回同様、表計算ソフトの通知は、『多く間違えている数字』を青字で、『少なく間違えている数字』を赤字で表示するようにしている。赤字が多いということは、予定の税収より、実際の税収が少なくなっているケースが多いと言うことだ。

 無論、中には純粋に計算間違いを起こしてるケースもあるのだろうが、かなりの部分は意図的な誤魔化しだろう。

「ん、ついでだから、もうちょっと分かりやすくしてみるか」

 画面を見ていた善治郎は、ふと思いついたアイディアを付け加える。
 さほど難しいものではない。竜皮紙に記載されていた税収額と、表計算ソフトで再計算をした税収額の横に、二つの数値の差額を記す列をもうけ、その差額が十%を超えるところに分かりやすく、▲の印が表記されるようにしただけだ。

 作業はすぐに終わる。一マスに簡単な計算式を打ち込み、後はその枠の右下隅をマウスで掴まえて、一番下まで引っ張れば一瞬で、縦一列に同じ計算式がコピーされる。

 新たに表示されたデータを見て、善治郎は眉をしかめ、唸るような声を上げた。

「うああ、この条件でも▲が付くのがこれだけあるのか。一割以上ごまかしてるのは、流石に単純な計算誤差や、うっかりミスの可能性はないよな」

 と言うよりも、納税額を一割も「意図せず間違える」ようならば、その実務能力の低さは、わざと間違える脱税よりもよほど大きな問題だ。

 去年、アウラが一度ある程度取り締まったのだが、やはりそれだけでは定常化した脱税が減るほど甘いものではなかったらしい。

「アウラも大変だ……いや、俺も他人事だと思ってちゃ駄目なんだよな、そろそろ」

 善治郎はそう自分に言い聞かせる。
 こちらの世界に来てからすでに一年。アウラの代理として、公的な場にも姿を現すようになってきている善治郎である。いつまでも、「ぐーたらしているヒモ」ではない。数は少ないとはいえ、公式の場に顔を出し、社交界で言葉を交わせば、人付き合いという名の絆も生まれる。

 出産を無事済ませたアウラが表舞台に戻ってきたとは言っても、今更善治郎が全面的な引き籠もり状態に戻ることは、難しいだろう。

 もっとも、それを一番許さないのは、善治郎の精神状態かも知れない。

 元々善治郎は、大学までごく普通に学校を出て、その後も大きな問題を起こすこともなくサラリーマン生活を送っていたという事実からも分かるとおり、特別高い『引き籠もり適性』を有している人間ではない。

 確かに、こちらの世界に来ることを決意したあの時は、仕事を辞めてダラダラ過ごす日々にこの上ない魅力を感じていた。
 だが、それは当時の善治郎が残業地獄の泥沼にズルズルと沈み続ける日々に、精神が参っていたからこそ感じた魅力である。
 三年にわたる残業地獄で心身が疲労していたとはいえ、善治郎はまだ二十代の中盤だ。

 身体の疲労など、三日もぐっすり休めば完全回復するし、心の疲労だって一ヶ月も仕事と離れれば、自然と癒える。

 その後もしばらくは、問題なかった。
 異世界に移転、好みのタイプど真ん中の美女と結婚と、大きなイベントがいくつもあったわけだから、時間は跳ぶように過ぎていった。
 さらにいえば、向こうの世界から持ち込んだドラマなどのテレビ番組や、サッカーの中継を取り溜めたDVDも山ほどあった。

 強がりでもなく、純粋な感想として、当初は「寝て、食べて、DVDを見たり、ゲームをやったりするだけのダラダラすごす日々」を『充実している』と感じられたのだ。

 問題は、その状態を定常的に「充実している」を感じられるほど、善治郎の価値観がずれていなかったことだ。

「そろそろ、俺の仕事も増やしてもらうかなぁ。今は、魔法の習得にかなり時間を割いているから、大丈夫だけど、魔法の授業が一段落したら、暇を持て余しそうだ」

 パソコンの前に座ったまま、善治郎は、そう心境を白状する。

 落ち着いて来た周囲の状況。
 すっかり疲労が抜けた自分の、心身。
 それでもなお、以前と変わらぬ、課せられる義務の少なさと、許される行動範囲の狭さ。
 端的に言えば、いい加減身の置き場がなくなってきたのである。

 周囲の人間になにか言われたわけでもないのに、生産的な活動を一切していない自分に勝手に罪悪感を感じる辺り、善治郎の価値観は、結局スタンダードな日本人のそれからそう大きく外れてはいないのだろう。

 仕事が生き甲斐、会社の歯車であることが自分の天職、と言いきれるほどの仕事中毒者ワーカーホリックではなく、かといって、仕事をせずに衣食住が満たされる現状を、何の疑問も持たずに甘受出来るほど、鈍くもない。

「まあ、婿という立場上目立った事は出来ないけど、表向きの仕事は、全部アウラを通せば問題はないだろうし。色々やってみるかな」

 善治郎が今取りかかっているのが、『蒸留酒』の精製である。
 元々、こちらの世界には、極端にアルコール濃度の低い果実酒や穀類酒しかないことを知っていた善治郎は、向こうの世界から家庭用の蒸留装置を持ち込んで来ている。
 熱源はホットプレートで、温度設定も簡単なので、素人でもまず失敗せずに酒を蒸留することが出来る。

 もっとも、所詮は家庭用。一度に蒸留できる量は少なく、現時点では善治郎が自分と妻の舌を楽しませる分ぐらいしか作れないが、アウラも随分と興味を示していた。

 蒸留酒という文化がないカープァ王国だが、酒好きの人間はいくらでも居る。素人の作る味気ない蒸留酒でも、その圧倒的な濃さ、強さだけで興味を示す人間はいる。

 幸い、酒を蒸留する原理そのものは簡単だ。
 水の沸点は、約百度。一方、エタノールの沸点は八十度弱である。
 つまり、ものすごい乱暴な言い方をすれば、水とエタノールの混合液体である酒類を、八十度以上百度未満の温度に長時間さらせば、酒の中からエタノール成分が優先的に気化して出てくることになる。
 後は、その気化したエタノールを逃がさないように集めて、水滴化すれば、そこには極めて濃いエタノールの溶液――蒸留酒ができあがるというわけだ。

 無論、水とエタノールには『共沸』というやっかいな現状が存在するし、そもそも温度計を頼りに素人が温度管理をしただけでは、完全に水とエタノールを分離することは不可能なのだが、それでも蒸留作業を何度も繰り返せば、段々とアルコール濃度の高い蒸留酒ができあがる。

「当面の目標は、着火可能なレベルまで濃度を高めること」というのが善治郎の言だが、それは少々当初の目的から外れつつある気がしないでもない。

 燃料として使用可能なレベルのアルコールなど、濃すぎる上に味も素っ気もないので、普通の人間は飲んだりしない。

 とはいえ、高濃度アルコールの利用価値は十分に高いので、精製方法を確立すれば、国の発展に寄与することは間違いないだろう。

「あとは、やっぱり石鹸かな。いや、石鹸はまだ大丈夫そうだけど、やばいのはシャンプーとリンスだな。ちょっと、髪の長い女の人の使用量を舐めてた」

 考えを巡らせる善治郎は、パソコンの前に座ったまま、腕を組んでそううなり声を上げる。
 善治郎が日本から持ち込んだ代物の大部分は、電化製品を初めとした『繰り返し使えるモノ』である。使えば終わりの消耗品など、個人で持ち込める量はたかが知れているので、これは当たり前の判断だ。

 だが、それを分かったうえで、あえて善治郎が可能な限り持ち込んだのが、入浴関係の消耗品である。

 身体を洗うための固形石鹸。顔を洗うための洗顔石鹸。そして、髪を洗うためのシャンプーとリンス。
 固形石鹸の類はさほど問題ない。元々かなり大量に持ち込んでいるし、使い終わる度に浴室から外に出し、自然と溶けることがないよう注意している甲斐もあり、使い切るのは随分先のことになりそうだ。

 問題は、やはりシャンプーとリンスである。

 善治郎自身、男の中でも髪を短めにしている人間のため、腰まである長髪を誇る自分の妻が、その髪を綺麗に洗うのに、どれだけのシャンプーとリンスを必要とするか、その見積もりがかなり甘かったのだ。

「この調子なら、シャンプーは今年中に使い切っちゃいそうだな。一応、石鹸とシャンプーは手作り方法をネットで調べてダウンロードしてきているけど……」

 シャンプーはもちろん、石鹸も善治郎は作った経験がない。
 その上、ネットで拾ったレシピには大体必要な材料に『苛性ソーダ』だの『市販の無添加石鹸』だの、こちらの世界ではどうやっても入手不可能な代物が記載されがちなのである。

 一応、灰と油から作るもっと原始的な石鹸の作り方も乗っているが、どうやらこちらの方が『苛性ソーダ』を使うものより精製は難しそうだ。
 さらにいえば、この手の手作り石鹸の類というのは、完成したからといってすぐに使って良いモノではないのだという。
 所詮は素人が半端な知識で作った代物だ。洗浄力が強すぎて肌荒れを起こしたり、予期せぬ成分が混入していて、痛みや痒みを伴うようになったりするケースも、数は少ないが確認されているらしい。

 とはいえ、可能な限り贅沢を言わないようにしている善治郎でも、入浴関係だけはレベルを落とすことに耐えられそうにない。

「最初に作る試作品は、手洗い石鹸に使って様子を見るか。シャンプーもまずは動物の身体を洗ったりして、試して……ああ、駄目だ。この世界の家畜は爬虫類ばっかりだ。毛のある家畜がいない……」

 ぶつぶつ呟きながら頭を抱える善治郎の声色は、滅多に聞けないほど真剣みを帯びたものだった。
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