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理想のヒモ生活  作者: 渡辺 恒彦
一年目
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プロローグ4【あまりにうますぎる話】

 思わぬご先祖様の秘密を知り、顔を引きつらせる善治郎に、アウラはニコニコとさも嬉しそうに笑いながら、詰め寄る。


「やはり、ゼンジロウ殿こそ、私の求める伴侶ということであるな。どうだろうか、ゼンジロウ殿。急な話で混乱しているだろうが、私と婚姻を結び、この世界で生きるという選択肢を、真剣に考えてはもらえないだろうか?」


 一転、真面目な表情でそう切り出してくるアウラに、善治郎は少し冷静になった頭で考える。

 目の前の美女と結婚をする。それ自体は、決して悪い話ではない。先にも行ったとおり、アウラの外見は、善治郎のストライクゾーンど真ん中だし、こうして話をしている感じでは、その人間性も悪くなさそうだ。

 もっとも、女王などという腹芸を求められる職をこなしているのだから、これまでの態度だけでその人間性を推し量るのは危険だが。

 だが、それ以上に問題なのは、これはアウラの嫁入りではなく、善治郎の婿入りの要請であるということだ。

 この提案に首を縦に振った瞬間、善治郎は地球とおさらばすることになる。いかに目の前の美女が好みのタイプだとは言っても、仕事や友人、地球でしか楽しめない娯楽や食文化といった全てのモノと引き替えに出来るかというと、流石にそこまでは踏ん切りが付かない。

 まだ、頭の片隅で「これは夢じゃないのか?」と思っている善治郎の働かない脳みそでも、即答は出来かねる問題だ。

 そこまで考えたところで、善治郎はふと一番大事な問題に触れていないことに気がついた。


「あ、あの。そもそも私はこうして、もうこの世界に来てしまっているのですが、もし、もしですよ。あくまで仮定の話ですけど、アウラさんとの結婚を拒んだら……どうなるのでしょうか?」


 恐る恐る、尋ねてくる善治郎に、アウラは安心させるように努めて笑顔で答えた。


「その場合は無論、責任を持って私が『送還魔法』で善治郎殿を元に世界にお返しいたす。最初に申したであろう? 『ゼンジロウ殿の意にそぐわぬというのであれば、全てを元通りに戻す』、と。


 ただでさえ、こちらはゼンジロウ殿を断り無く、この世界に引きずり込んだ身。断られた場合、全てを白紙に戻す程度の分別はある。ゼンジロウ殿は安心して、己の心のおもむくまま、返答して下さればばよい」


「あ、そ、そうなんですか……」


 アウラの答えに、善治郎は拍子抜けしたように、安堵の溜息をついた。

 漫画や小説での『異世界召喚』というのは、召喚は出来ても送還は出来ないケースが多く、呼ばれた人間は本人の意思に関係なく異世界で生きることを強いられるものなのだが、善治郎を襲った現実は、そこまで滅茶苦茶ではないようだ。

 何はともあれ、返してもらえるというのは、幸いである。その言葉に、頭の中が沸騰寸前の善治郎も、少し冷静さを取り戻した。


「逆に、この話を受けて頂けた場合も、一度は元の世界へとお返しするつもりだ。元の世界と決別するのであれば、ゼンジロウ殿にも別れを告げたい人もおられよう。召喚・送還の魔法は、星の並びに左右される故、いつでも自由に使えるモノではないが、幸い今回の星の並びは明日の夜まで続く。

 さらに、一月後にはもう一度、召喚に適した星の並びになる。

 つまり、この話を断るというのであれば、明日お帰りいただきそれで終わり。受けていただけるのであれば、明日一時帰国し、一月後もう一度改めて、お呼びするという形になる」


「へー、召喚魔法ってそんなに頻繁に出来るんですか」


 暢気な感想を述べる善治郎に、アウラは苦笑して首を横に振った。


「いや、これは今が特別星の並び恵まれていると言うだけだ。げんに、一月後を逃せば、次のチャンスは三十年後までない。無駄に怖れる必要はないが、あまり楽観的に構えていられる話でもない」


「げっ、三十年後かよ」


 アウラの答えに、善治郎は思わず敬語を忘れ、素の声を上げた。

 流石に三十年は長すぎる。やはり、この結婚話を受け入れてしまったら、地球とおさらばすることになるのは間違いないようだ。

 だが、結婚を断れば、明日にでも元の世界に返してもらえると分かった善治郎の精神状態は、さっきまでとは、比較にならないほど改善している。

 人間の心理とは不思議なモノで、「絶対に帰れない」と言われれば、「何としてでも帰りたい」と思うのに、「その気になれば帰れる」と言われれば、「別に帰らなくても良いのではないか?」という思いもわいてくる。


(実際、アウラさんが言っていることが全部本当だとしてたら、かなり美味しい話だよな。元々俺、親もいないし、恋人もいないし。仕事は……まあ、それなりにやってるけど、月平均百五十時間の残業の職場に未練はないしなあ)


 思えば今日は、半年ぶりに土曜が休みの日だった。

 平日の帰宅時間は深夜零時を越えるのが当たり前、土曜は原則出勤日。日曜も月に三回は出勤。残業手当は、ごまかさずに働いた分だけ出してくれるのがせめてもの救いだが、その金を使う暇もない日々。

 家に帰っても自炊をするだけの気力もなく、平日の夕飯は決まってコンビニ弁当か外食。考えてみれば、仕事と買い物以外で女の人と会話を交わしたのは、半年ぶりではないだろうか?


(か、考えて見たら、マジで未練ないなあ、あっちの世界の生活……)


 向こうの世界。恋人もいない、仕事仕事の毎日。

 こっちの世界。爆乳美女と結婚。

 改めて比べてみると、この提案はひょっとして善治郎にとっても「渡りに船」というヤツなのではないだろうか?

 一瞬そんなことを考えた善治郎であったが、元来の臆病さが暴走しかける善治郎の心理にブレーキを掛ける。


(いやいや、まてまて。もし、これまでの話が全て本当だとしても、まだ聞いていない部分があるだろう。アウラさんは女王様だぞ? 女王と結婚して、何の仕事もしないですむはずがないねぇ)


 王族というのは、生まれついての政治家だ。よく、放蕩者の王子様が漫画や小説に出てくるが、それはごく一部の例外であり、王族としての義務を真面目に果たしているものは、同情したくなるくらいに忙しい日々を過ごしていると聞いたことがある。

 そんな生活をするくらいなら、元の世界でブラックサラリーマンをやっていた方がいい。


 善治郎は、気づかれないように細く何度も深呼吸をして、結論を急ぐ己の心を落ち着かせた。

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