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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

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幕間5【妻の要請、夫の要望】

 幕間5

「……よって、シャロワ・ジルベール双王国、正確に言えばシャロワ王家は、付与魔法の血統を受け継ぐそなたを放っては置かぬであろう。何度も前言を翻して悪いが、そう言うわけで、そなたに側室を付けるわけに行かなくなった。

 すまぬが、しばらくはそなたの周りが騒がしくなるが、協力を頼みたい」

 その日の夜、夕食と入浴を済ませたアウラは、後宮の一室で善治郎と向かい合い、昼間に届いた書状の中身と、そこから推測される情報、そしてそれに対するこちらの対応に付いて、事細かく説明したのだった。

 百五十年前、カープァ王国の王子と異世界へ駆け落ちを果たした女は、シャロワ王家の王女であった可能性が高いこと。

 その子孫である善治郎は、カープァ王家だけでなく、シャロワ王家の血も引いていると思われること。

 そのため、時空魔法の適正が表面化している善治郎自身はともかく、その子供には、付与魔法の適正が表に出る可能性があること。

 よって、シャロワ王家をいたずらに刺激しないため、しばらくは善治郎に公的な側室は迎えられないこと。

(ただし、俺以上に濃いカープァ王家の血を引くアウラとの間の子は、カープァ王家の血にシャロワ王家の血が押しつぶされるだろうから、問題視されない、というわけか)

 今一実感がわかないまま、頭の中で聞いたばかりの情報を一通り整理し終えた善治郎は、ソファーに深く腰を掛けたまま、テーブルの上から砂糖と果実の汁を混ぜた水の入ったグラスを取り、口元へと運んだ。

 グラスを傾けた拍子に、コップの中の氷がクルリと回り、跳ねた水滴が善治郎の顔にかかる。

「うわっ」

 ひょっとして、自分で思っている以上に動揺していたのかもしれない。

「大丈夫か、ゼンジロウ。それは目に入ると、洒落にならないくらいに痛いぞ」

「うん、大丈夫。顔にかかっただけだよ」

 アウラの言葉に、善治郎はばつが悪そうな顔で、ズボンのポケットから白いガーゼのハンカチを取りだし、自分の顔を拭った。

「でも、そうなるとどうなんだろう? 正直、俺がこの国にいる事って問題があることにならない?」

 率直に尋ねる夫に、妻は口元に笑みを浮かべ、きっぱりと首を横に振る。

「いや、確かにそなたの血筋は少々問題だが、今の我が国の立場を考えれば、そなたがいないほうがよっぽど問題だ。だから、気にする必要はないぞ」

「ああ、うん、大丈夫だよ。別段、俺がどうこうしようと考えた訳じゃないから。俺もそこまで、自己犠牲が強い殊勝な人間じゃないし。ただ、もし客観的に見て、俺の存在が王国にとって不利益を生じさせるようなら、貴族達の中には色々アクションを起こす人間を出るじゃないかなって、考えてさ」

 善治郎はそう答えて、自らの想像に恐怖心を刺激されたのか、ブルリと身体を震わせる。

「ふむ……」

 思っていた以上に、冷静でシビアな夫の言葉に、アウラはしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「いや、おそらくその心配は無かろう。そもそもそなたがシャロワ王家の血を引いているという情報は、今のところ向こうとこちらの王家のみが知る極秘情報だし、もしその情報が表沙汰になったとしても、我が国の貴族が、短絡的にそなたを害する可能性は低いはずだ。

 今私の腹に後継者がいるとは言っても、そなたが数少ないカープァ王家の血筋であるという事実は変わらないのだからな。どう考えても、そなたがいることで生じる不利益より、そなたを失うことで生じる不利益が勝る」

 だから、現実的に気をつける必要があるとすれば、やはりカープァ王国の貴族ではなく、シャロワ・ジルベール双王国の動向だろう。
 シャロワ王家にとっては、現状の善治郎は間違いなく『邪魔者』である。何とかして、秘密裏の交渉で、戦争を起こしてまで、排除するほどの邪魔者ではない、と納得させる必要がある。

 無論、そう言った論理的な部分を度外視して、暴発的に善治郎排除に走る人間は、カープァ王国にも双王国にも出没する可能性はあるが、その辺りまで考慮に入れていては、一切身動きが取れなくなってしまう。そういう、予想が難しい危険には、対処療法的に当たるしかないだろう。

 そこまで言った後、アウラは少し、眉をしかめて言葉を続ける。

「ただし、今言ったとおり、そなたがシャロワ王家の血を引いているという事実は、極秘事項なのだ。つまり、側室を断る際、その事実を表に出来ぬ。この意味が分かるか?」

 アウラの問いに、少し視線を天井に向けて考えた善治郎は、自信なさげに答える。

「ええと、つまり、事実とは別に、俺が側室を断る表向きの『言い訳』が必要ってことかな?」

 善治郎の答えに、アウラは首肯した。

「ああ、そうだ。だが、以前にも言ったとおり、今のそなたが側室を娶らないというのは、政治的に考えて、かなり不自然なのだ。はっきり言えば、貴族達の反論を許さない理由付けは難しい。

 だから、すまないが、対外的には側室を断る理由を、そなたの我が儘、と言う形で押し通してくれぬだろうか?」

「我が儘? どういう事?」

 首を傾げる善治郎に、流石に恥じらいが理性に勝ったのか、わずかに視線を逸らしながら、はっきりとしない言葉でアウラは答える。

「以前そなたが側室の話を聞いたとき述べた感想を、そのまま吹聴してもらえればよい。その、私との二人きりの時間を邪魔されたくない、とか。私と子供のことで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕がない、とかな」

「あ……ああ! そう、そういうことね、はいはい」

 言われた善治郎も、動揺を隠せない。顔が熱くなるのを自覚しながら、しどろもどろに言葉を返す。思えばあの時は、随分と恥ずかしいことを言ったものだ。
 嘘は一つもないが、事実だからといって言葉の恥ずかしさが薄れるモノでもない。

「うむ。そなたの血筋を発表できぬ以上、貴族達を納得させうるだけの筋道だった言い訳は存在しない。ならば、ここは強引にそなたの感情論を盾に取り、押し通してしまうのが一番無理がないのだ。……すまぬな、結局そなたに泥を被ってもらう事になる。今後しばらくはそなたは、『一人の女におぼれて、政治的な判断を見誤った愚者』というレッテルが貼られることになるだろう」

ソファーの上で膝を揃え、小さく頭を下げる妻に、善治郎は無言のまま向かいのソファーから立ち上がると、アウラが座るソファーの隣に座り直した。

「ゼンジロウ?」

 アウラの隣に座った善治郎は、アウラが膝の上で組んでいた左手を取ると、横からアウラの顔をのぞき込むようにして言う。

「でも、それが最善なんでしょ? なら、構わないよ。どのみち、俺の場合、後宮から出る事がほとんどないわけだから、人の噂なんて早々耳に入るモノじゃないし。実害がないレベルの悪名なら、かえって変な神輿にされづらくなる分、好都合なんじゃないかな。

 それに……実際、その噂、全面的に真実だしさ」

「ゼンジロウ……」

 善治郎に左手を握られたまま、アウラはフワリと微笑み、右手を善治郎の顔へと延ばす。そして、

「そなた、顔が真っ赤だぞ」

 と、指摘した。
 羞恥心に耐えて、妻を慰めていた夫は、非常に珍しい怒りを露わにして、大声を上げる。

「う、うるさいな! 人が恥ずかしいの我慢して告白してるのに……!」

 顔を真っ赤にする夫の様子に、すっかり笑顔を取り戻した女王は、右手で愛おしそうに夫の頬を撫で、笑い声混じりに謝罪の言葉を口にする。

「すまん、すまん。つい、そなたの献身的な言葉が嬉しすぎて、茶化してしまった。ありがとう、この礼は必ずする」

 善治郎は紅潮した頬に、ひんやりとした妻の指の感触を感じながら、声のトーンを落として言葉を返す。

「いいよ、礼なんて。実際、日頃世話になっているのは、全面的にこっちなんだからさ。今の生活を維持するために必要な労力と思えば、なんてことないよ」


 善治郎の言葉に、今度はアウラも悪びれず素直に答える。

「そうだな。私は女王という立場上、あまり悪名を被るわけには行かぬのだ。戦場での苛烈さや、外交上での冷徹さに付随する悪名ならば、使い道もあるのだが、色恋沙汰の悪名はな」

 女王の伴侶が「女王に夢中で、側室を拒んだ」と噂されても、せいぜい「政治にうとい馬鹿なヤツ」ですむが、女王が「伴侶に夢中で、伴侶に側室を入れるのを阻止した」と噂されれば、一気に「あの女王を玉座に座らせておくのは、不安がある」という声が上がる事だろう。

 善治郎とアウラ、どちらかが『色ボケ』という汚名を被らなければならないのだとしたら、善治郎が被るのは必然と言える。
 しばらくの間、手を握り、頬を撫でられていた善治郎は、やがて愛妻の手をふりほどくと、再び真面目な表情を作り、話を始める。

「それで、実は俺からもお願いがあるんだ。こっちも前言を撤回して悪いんだけど、今後は俺ももう少し後宮から外に出る活動を増やしたいと思うんだけど、駄目かな?」

 善治郎の言葉に、アウラの緩んでいた表情が一瞬で引きしまる。

「そなたが? 何故だ?」

 女王の鋭い問いに、善治郎は怯むことなく柔らかな口調を保ったまま、答える。

「うん、この一月、明らかにアウラに掛かってる負担、大きいよね? だから、難しい判断がいらない、俺で代役が務まる行事は、俺が変わろうかと思ったんだ。もちろん、そうすることで、俺にすり寄る貴族が出たりして、危険なのは分かるけど、今のアウラを見てると、アウラの健康の危険のほうが問題だと思う」

「む……」

 我が身を心配してくれる夫の誠実な言葉に、アウラはしばし沈黙した。
 確かに、妊娠が確定してからこの一月、業務に支障をきたしているのは事実だ。女王の決断は最低限でも国が回るくらいには、人材も法も整備してあるつもりではあるが、名代を務めてくれる王族がいれば、随分と楽になるのもまた事実である。

「うむ、そなたの申し出は嬉しいが、そうなると周りが相当うるさいぞ?」

 念を押すアウラに、善治郎は笑って頷く。

「それは、覚悟しているよ。っていっても、こっちの想像以上なのかも知れないけど」

「間違いなく、想像の遙か上だ。そなたが後宮外で活動を始めれば、うるさくなるのは、野心家の貴族達だけではない。私に忠誠を誓ってくれている腹心達も、そなたに懐疑の目を向けることになる」

 後宮から積極的に打って出る、女王の伴侶。国内の野心家達にとってその存在が、奇貨であるのと同様に、アウラに忠誠を誓う腹心達にとって、その存在は脅威となる。
 アウラの右腕であるファビオ秘書官などは、間違いなく善治郎の一言一行動に懐疑の視線を向けることだろう。

 アウラの返答に、善治郎は少し難しい顔をして、言葉を返す。

「もちろん、アウラに迷惑を掛けることになるなら自重するけど……」

「ふむ……」

 アウラは、しばし考えた。確かに当初は、「政治に一切口出しをしない婿」を求めていたが、「こちらの権限を揺らがさないように考慮した上で、影から助力してくれる婿」ならば、それに越したことはない。
 今日までの付き合いで、善治郎にこちらを出し抜いて権力を握るような邪な意思がないことは確信しているが、海千山千の貴族達を相手に、言質を取られずに乗りきるだけの話術や交渉術があるか問われると、疑問が残る。

(だが、確かに私がこの様では、今後の国政に多大な影響を及ぼすことは確かだ。妊婦というのが、ここまで行動を制限されるものだとはな)

 当初の予定では、しばらくは『年子』の子供を産み続ける腹づもりであったアウラだが、現状を鑑みるに、その選択肢は非現実的と言うしかない。
 妊娠から出産までの時間は、ぞくに『十月十日』という。一年は十二ヶ月、閏月のある年でも十三ヶ月だ。毎年子供を産んでいれば、一年の六分の五を身重で過ごすことになる。
 政務に支障を来すのは間違いない。

(やはり、『国母』と『女王』を同時にこなすのは、負担が大きいか)

 少なくとも、これまでのように、元帥も宰相も置かずに親政を行うのは、非現実と言わざるを得まい。しかし、元帥と宰相を設ければ、アウラの負担が減るのと比例して、権限・権力も目減りする。
 今度は今まで以上に、有力貴族達とのパワーバランスに苦慮する事になるだろう。

(そう考えると、能力的には頼りなくても、人格的には信頼の置ける高位の味方がいる意味はあるか)

 アウラは、善治郎に視線を向ける。

「…………」

 善治郎は、アウラの視線を正面から受け止めたまま、黙ってアウラの決断を待つ。
 至近距離で見つめ合う、沈黙の時間。やがて、表情を緩めたアウラは告げるのだった。

「分かった。確かに、このままでは私の負担が大きすぎるからな。そなたに助けてもらえるのならば、ありがたい。ただし……」

「うん、分かってる。かえって迷惑を掛けていると『アウラが判断』した場合は、『俺の意思』でまた後宮にひっこむよ」

 アウラに最後まで言わせず、善治郎は笑顔でそう請けおった。
 例え女王といえども、夫の自由意思を妻が阻害するようでは、悪評が立ってしまう。その辺に関するこの国の価値観は一通り教えられている善治郎である。

「ああ、すまないが、頼む。そういえば、そなたは騎士ナタリオ・マルドナドの忠誠を受けるために、後宮外に出る予定になっていたな。その際に、私の腹心であるファビオを付けよう」

 予想通り、全面的にこちらの立場を配慮してくれた返答を返す夫に、女王は柔らかな笑みと共に言葉を返す。
 ファビオ秘書官ならば、善治郎に的確なアドバイスをしてくれるだろう。そして、考えたくはないが、万が一、善治郎が野心に目覚めたとしても、いち早く察知して『的確に対処』をするに違いない。

「では、私はそろそろ寝室に下がるよ。少々早いが、眠りが途切れる分、時間を長めに取っておかねばならぬのでな」

 アウラはそう言うと、ゆっくりソファーから腰を浮かせる。
 毎日ではないが、最近のアウラは、気持ちが悪くなって夜中に目を醒ますことがあるのだ。そうでなくても、ミシェル医師からは、出来るだけ睡眠は多く取った方が良いと言いつかっている。
 そもそも、善治郎が持ち込んだLEDスタンドライトのせいで、すっかり夜も活動する癖が付いてしまったが、それ以前の生活習慣ならば、今頃はとっくに寝ている時間だ。

 アウラの言葉に、棚の上に置いてあるデジタル式の電波時計に目をやった善治郎は、アウラの後を追うようにソファーから立ち上がると、そっと妻の手を取った。

「うん、それじゃ寝るとするか」

「別にそなたまで、私の早寝に付き合うこともないのだぞ」

 素直に夫に手を引かれながら、アウラはそう断る。

「いや、どのみち茶の間には侍女の人達が待機することになるからね。ここにいても、落ち着かないよ」

 アウラの言葉に、善治郎はそう答えて首を横に振った。
 現在身重で、つわりの症状も出ているアウラの異変に対応するため、後宮では侍女達が夜番を決め、対応することになっている。アウラが寝室に下がった後は、寝室に繋がる唯一の部屋である、ここ――リビングルームに侍女達が控えるのだ。

 日頃は侍女達をプライベート空間に招き入れる事を嫌っている善治郎であるが、愛妻の安全の為を思えば、そんな小さな我が儘は言っていられない。
 おかげで最近は、隣室に侍女達が控えていても、あまり気にならなくなってきた善治郎である。

「そうか、では一緒にお休みなさい、だな」

 アウラはそう言うと、善治郎の腕に自分の腕を絡める。

「うん、お休み」

 現在寝室のベッドは二つ。部屋は同じでも、別の床に入る妻と夫は、名残を惜しむようにしっかりと腕を組んだまま、ゆっくり寝室のドアを潜るのだった。
+注意+
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