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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

一年目

15/94

第二章4【野心家の元婚約者候補】

 善治郎が扇風機で涼を取りながら、一人でDVD鑑賞会を楽しんでいる頃、その妻であるアウラは執務室で女王としての責務を果たしていた。

 国のトップであるアウラの職務とは、その大半が会議と面談だ。
 今のカープァ王国には政治のトップである宰相と、軍のトップである元帥がいないため、アウラは極めて多忙な日々を過ごしている。

 会議や面談の間に生じる隙間時間は、提出されたる報告書に目を通すだけで過ぎ去っていく。
 竜皮紙(走竜の革をなめして作った獣皮紙)の束を乱雑にめくり、目を通していたアウラに、傍らに立っていたファビオ秘書官が声を掛ける。

「陛下、そろそろ時間です」

 細面の中年男に声を掛けられ、アウラは竜皮紙に落としていた目を上げる。

「ああ、もうか。次は誰だ?」

 現代日本のように正確な時計がないぶん時間にはルーズなこの世界であるが、それでも王宮内では最小で一時間の四分の一――十五分刻みで時間を計るくらいには、時間に対して精度を持っている。

 業務の大半が昼間の日が昇っている時間帯に済ませなければならない分、日中の女王は現代日本の政治家なみに忙しい。

「はい、次の面会予定者は、騎士団のプジョル・ギジェン将軍です」

 秘書官の告げた名前に、アウラはあからさまに顔をしかめた。
 それは、善治郎が召喚されるまで、アウラの婿としてももっとも有力視されていた二人のうちの一人の名前である。

 先の大戦では、若くして数々の武功を上げた有能な軍人であることは間違いないのだが、いかんせん野心が強すぎるため、女王の婿としては不的確な人物だとアウラは見ている。
 手が届くところにあった『女王の夫』という立場を、ギリギリで訳の分からない異世界人に奪われた野心家が、果たして何を言いに来たのか?

 想像しただけでアウラは思わず溜息が漏れる。

「陛下、将軍級の軍人と、大臣級の文官は、国王に直言を申し出る権利を有しています。プジョル卿は自らが持つ正当な権利を行使しているに過ぎません」

 冷静すぎる秘書官の言葉に、アウラは一層苛立ちを募らせる。それでも、理性ではファビオ秘書官の言葉が正論であることは理解している。

「分かっている。もう良いぞ、入れてくれ」

 苛立ちを吐き出すように深呼吸した後、アウラはいつも通りの威厳のある表情と声でそう命ずる。

「はっ」

 中年の秘書官は、アウラに一礼すると、待合室に続くドアへと向かい、正確な歩調でカツカツと歩いていった。





「アウラ陛下。まずは、改めて、お祝い申し上げます。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう、プジョル卿。お前にそう言ってもらえると、少し心が軽くなる。私とお前の間には、男女の縁はなかったようだが、主従の縁は今後も大事にしていきたいものだ」

「……はっ、勿体ないお言葉です」

 王の執務室で、向かい会って座るアウラとプジョルの会話は、白々しいまでの社交辞令から始まった。

 プジョル・ギジェンという男を簡単に言い表すのならば、それは『典型的な武人』という言葉になる。

 女としては大柄なアウラと比べても頭一つ大きい体躯。掘りが深く、精悍な顔立ち。半袖の裾から覗く両腕には複数の傷痕が刻まれており、そのグローブのように大きな両手の平には、固く大きな剣ダコが見える。

 善治郎とプジョル。見た目の上ではどちらが、アウラの伴侶に相応しいかと聞けば、恐らく百人中百人がプジョルと答えるだろう。
 赤髪に小麦色の肌のアウラと、黒髪に褐色の肌のプジョルが並べば、視覚的には収まりがよい。身長も女としては長身のアウラと、男としても長身のプジョルでちょうど均整が取れている。

 優れた武人であり、有能な将軍であり、先の大戦では若くして多くの武勲を上げた英雄。

 女王の伴侶になり損なった英雄は、忠誠の対象である女王に向かい、単刀直入に言うのだった。

「して、陛下。ご存じかと思いますが、私には十歳年下の妹がいます。私と同程度の薄いものではありますが、王家の血も引いており、魔力も高く、人格・教養も人前に出して恥ずかしくはない程度には整っております。

 いかがでしょう。王家の血を増やす意味でも、妹をゼンジロウ様の側室に加えて頂けないでしょうか」

「…………」

 唐突で単刀直入な野心家の申し出に、アウラはキリキリと痛む頭を抱え込みたい衝動を、必死に堪えた。

 これだ。このあからさますぎる野心があるから、この男はどれだけ武人として有能であっても、女王の伴侶としては極めて不適切だったのだ。
 アウラ自身、夫の傀儡に甘んじる性格ではないため、もしアウラとプジョルが婚姻を結べば、カープァ王国はかなり高い確率で、女王派と王配派に分かれ、内部分裂を起こしていたことだろう。

 それにしても、結婚式を済ませたばかりの新妻に、いきなり側室の話を持ちかけるとは、配慮もへったくれもあった話ではない。
 アウラは、悠然とした表情を崩さず、問い返す。

「ふむ、興味深い話ではあるな。して、当人である妹自身は何と言っているのだ?」

「? ギジェン家の家長は私ですが?」

 アウラの問いに、プジョルは心底不思議そうに首を傾げた。
 女の婚姻先を決めるのは、家長の仕事。プジョルはこの国の伝統に従った常識的な判断を下しているだけである。
 むしろ、典型的な女王気質を保ったまま今の年まで生きてきたアウラが、カープァ王国の常識から外れている。

 とはいっても、大多数の男は、ある程度娘や妹の意思も考慮して嫁ぎ先を決めるものなのだが、このプジョルは、全面的に自分の都合だけで妹の嫁ぎ先を決める気でいるようだ。そして、そうすることを自分の正当な権利であると、信じて疑っていない。
 話の持って行き方を間違えたことに気づいたアウラは、余裕のある微笑を浮かべたまま、話を次に続ける。

「そうか。だが、婿殿はこの世界に転移してきたばかりで、まだ心身に余裕がない。今のところ、私の相手だけで手一杯と仰せだ」

 きっぱりとしたアウラの拒絶に、プジョルはその鋭い目元をスッと細ませる。

「……それは、誠にゼンジロウ様ご自身のお言葉でしょうか?」

 不敬とも取られかねない、女王の言を疑う配下の問いに、アウラは必要以上に胸を張って答える。

「無論だとも。まさか、疑っているのか?」

「いいえ。失礼しました。しかし、私も一人の王国貴族として、新たに主君となったゼンジロウ様にご挨拶に窺いたいというのは、率直な本音です。

 私がそう言っていたと、ゼンジロウ様に『間違いなく』、伝えて頂けないでしょうか」

「……分かった。『一言一句違えることなく』、必ず婿殿の耳に入れるとしよう」

「お願いします」

 最後にプジョルは、右拳を左肩にそえる騎士風の礼をして、女王の執務室を後にした。

 ドアの向こうに野心家の将軍が去ったことを確認して、アウラは大きく溜息をつく。

「まったく、自分の婚姻が失敗したら、次は妹を送りこむとはな。相変わらずの、剥きだしの野心。いっそ清々しいわ」

 そこの言葉とは裏腹に、忌々しげに吐き捨てる女王に、それまで彫像のように立ち尽くしていたファビオ秘書官が、平坦な声で答える。

「しかし、プジョル将軍は率直である分、貴族全体の動きを予見するのに、非常に役に立ちます。恐らく、同様の申し出が近日中に殺到することでしょう。それをさきほどのようなお言葉で断り続ければ、『陛下が、妻の身でありながら、自らの権力を守りたいが故に夫の自由をないがしろにしている』という噂が立つことは必然です」

 相も変わらぬ単刀直入で耳に痛い秘書官の言に、アウラは顔をしかめて、反論する。

「後宮に閉じこもって出てこないのは、他ではない、婿殿の意思だぞ。私は何も言っていない」

「はい。私は、存じております。あの方は、聡明で、今のところは善良で、表面上は陛下に極めて協力的ですから。しかし、そのような陛下とゼンジロウ様の関係すら、後宮に引きこもったままでは、王宮貴族には伝わらないのです」

 いちいちもっともな秘書官の言葉に、アウラは溜息をつくしかない。

「となるとやはり、ある程度は婿殿にも王宮に出て来て頂いて、直接婿殿の口から、私との夫婦関係がうまくいっているとアピールして貰うしかない、か。

 なんだか、婿殿には迷惑ばかり掛けている気がするな」

 あれだけ誠実に愛情を向けてくれる伴侶に、予定外の苦労を押しつけるのは、少々気が引ける。
 なんだか本当に、自分が権力のため、夫の自由を束縛する悪女になった気分になる。

 だが、そんな女王の憂鬱など気にもとめない秘書官は、細面の鉄面皮をピクリとも動かさず、話し続ける。

「仕方がありません。実際、プジョル将軍が仰った、『ゼンジロウ様が側室を持つ』という案は、王家の血の存続を考えれば、極めて妥当な提案ですから」

「まあ、それは確かに、な」

 その言葉の正当性は、アウラとしても認めざるを得ない。
 アウラと善治郎、一夫一妻のままでは、どれだけ熱烈に愛し合っても、生まれてくる子供の数には限りがある。まして、アウラは女王という激務の身。そうちょくちょく出産の為に、引きこもるわけにもいかない。

「実際、お前はどう考えてる? やはり、プジョル将軍の申し出は受け入れるべきだと思うか?」

 アウラは、ふと思いついたように、そう秘書官に問いかけた。
 この中年の秘書官の冷徹なまでに効率だけを重視した意見は、全体の指針としては非常に参考になる。
 アウラの問いに、ファビオ秘書官は珍しく少し肩をすくめると、

「私なりの意見はございますが、それは聞きようによっては王家への侮辱と取られかねないものです。陛下のお耳に入れてよいものなのか、判断が付きかねます」

 そう、頭を下げた。
 だが、アウラは取り合わず、ヒラヒラと手の平を振ると、続けるように促す。

「かまわん。元々、慇懃無礼が貴様の取り柄であろうが。怒ることはあっても、罰することはないから、気にせず話せ」

 女王の許可を得た秘書官は、「かしこまりました」と一礼すると、話し始めた。

「まず、結論から申し上げますと、私はゼンジロウ様の側室にプジョル将軍の妹姫を入れる事には反対です」

「ほう?」

 予想外の結論から入った秘書官の言葉に、アウラは興味を引かれたように身を乗り出す。

「ゼンジロウ様の側室に、貴重な王家の血を継ぐ貴族を入れる。そうすれば一見、次代の王族が増えて王家の未来が安泰になるように見えますが、実際には、次々代の事を考えれば袋小路です。

 なにせ、王家の血を色濃く引くものが全員、ゼンジロウ様の異母兄弟姉妹となるのですから」

「ああ、なるほど」

 アウラは得心がいったように頷いた。確かにそうだ。いかに王家の血を引く者の人数を増やしても、その全員が一人の父を持つ異母兄弟姉妹では、次々代の婚姻政策が極めて困難になってしまう。

 カープァ王国では、異母兄妹、異父姉弟など婚姻は、禁止こそされていないものの、あまり推奨もされてない。

「ですから、単純に王家の血の存続だけを考えるのでしたら、プジョル将軍の妹姫は、陛下のもう一人の夫候補であった、マルケス家のラファエロ卿辺りに嫁いでいただくのが最善でしょう。

 また、同時にゼンジロウ様には、魔力に恵まれた女魔術師か、適当な貴族の娘を側室に迎え、血の薄い王家の分家を作って頂けたのなら、言うことはありません。ああ、無論、陛下とゼンジロウ様との間に、本流となる御子が生まれることが大前提です」

 淡々と語るファビオ秘書官の言葉に、アウラは口元を引きつらせたような笑みを浮かべた。

「貴様に掛かれば、王家と貴族の婚姻政策も、まるで『走竜』の交配並の話になってしまうな」

 女王の皮肉にも、細面の秘書官は全く動じない。

「ですから、最初に無礼を申し上げるとお断りしました。そもそも、これは『時空魔法』の継承者を存続させるという方向からだけ見た話です。婚姻には人心というものが絡みますし、下手にギジェン家とマルケス家のような有力貴族同士が婚姻で結ばされれば、王家にとって有力すぎる国内貴族が誕生するという弊害も生まれます」

「分かっている。それらの状況を見て、最終的に判断を下すのは私だ。……だが、いずれにせよ、婿殿を多少は貴族共の矢面に立てなければ、私への不審は増すばかり、か。

 ファビオ、婿殿が後宮に引きこもったまま、どれくらいの期間であれば、貴族達の不審を抑えていられる?」

 アウラの唐突な問いに、秘書官は淀みなく答える。

「そうですな、最短で一月、最長で一月半といったところでしょうか。それより長くなるようでしたら、その後例えゼンジロウ様が何と言おうと、『陛下が言わせている』という風評がぬぐい去れなくなるでしょう」

「一ヶ月、まあ、そんなところか。よし、分かった。幸い、婿殿の方から、『この世界の礼儀や常識を学びたい』と申し出てくれている。婿殿に家庭教師を設けよう」

「家庭教師、ですか。後宮は男子禁制ですが……?」

 探るような秘書官の言葉に、アウラは意味ありげに微笑み答える。

「無論、家庭教師候補は女に限る。ついでに魔術の基礎も教えてやって欲しいから、魔術師である方が望ましいな」

 魔力の高い女の家庭教師。それだけを聞けば、アウラ公認の側室候補にしか聞こえない。しかし、アウラは釘を刺すように付け加える。

「もし、『適切な候補』がいないようであれば、お婆様にご足労願う。軽率な行動に出る奴がいないことを祈るばかりだ」

 お婆様とは、アウラが信頼する筆頭魔術師エスピリディオンの妻にあたる、パスクアラの事である。すでに七十歳を超える老女である彼女が『家庭教師候補』だと聞いてもまだ、家庭教師候補として、妙齢の未婚の女を推薦する者がいれば、それはアウラの意図も読めないぼんくらか、女王の要請より己の権力拡大を優先する野心家のどちらかだ。

 中年の秘書官は、困ったように小さく肩をすくめて、女王に忠告した。

「陛下。臣下をあまり露骨に試しすぎると、人心が離れていきます。くれぐれもご注意を」

「分かっている。しかし、お前が言うとおり、将来のことを考えれば、婿殿には側室を迎えて分家をつくる可能性も無視するわけにはいかないのだ。ならば、早いうちに『危険な側室候補』をつまはじきにしておく必要がある」

 実際、今のところ新妻として特殊な新婚生活を円滑に回しているアウラとしても、少々不本意な話ではあるのだ。
 政略結婚は王族の義務とはいっても、王族にだって恋愛感情も独占欲もある。

「まったく、少しは水入らずの新婚生活を楽しませてくれても罰は当たるまいに」

 アウラはそう言って、面白くなさそうに肩をすくめるのだった。
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