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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

一年目

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プロローグ1【半年ぶりの二連休は異世界で】

「ようこそ、婿殿。まずは断りもなく貴方をこの世界、我が宮殿に招いた無礼を謝罪したい。どうか許されよ」

 赤い髪と小麦色の肌を持つ迫力のある美女が、こちらに向かってそう艶然と笑いかける。

「…………は?」

 美女に微笑みかけられた男――山井善治郎やまいぜんじろうは、全く状況がわからないまま、間の抜けた声を上げた。

 いったい何がどうなっているのだ?

 善治郎の記憶が確かならば、今日は半年ぶりの休日出勤がない土曜日のはずである。
 社会人になってから滅多に味わっていない二連休を満喫するため、わざわざ平日と同じ時間に目を醒ました善治郎は、朝食を取るため近くのコンビニまで自転車を飛ばした。そこまでは、しっかりと記憶がある。
 事実、今も善治郎の尻は自転車のサドルの上に乗っているし、善治郎の両手は自転車のハンドルをしっかりと握っている。
 前のカゴには、コンビニで暖めて貰った『鳥唐揚げ弁当』と、500㎜のお茶のペットボトルが収まっている。

「…………」

 善治郎は、自分の正気を確かめるべく、自転車に跨ったまま、右手でカゴの中の弁当とお茶を触ってみた。
 弁当は暖かく、お茶は冷たい。このリアルな感触は、どうも夢ではなさそうな気がする。ついでに言えば、弁当は冷めておらず、お茶もぬるくなっていない。知らないうちに気を失わされて、どこか遠くに運び込まれたというわけでもなさそうだ。
 だがそうだとすると、なぜ、ついさっきまで日本の関東圏で、自転車を漕いでいたはずの自分が、このような薄暗い石作りの密室で、ど迫力の美女に微笑みかけられなければならないのだろうか?

 善治郎は思わずマジマジと、目の前に立つ美女を凝視する。

 年の頃は二十代の中盤くらいだろうか? 二十代中盤にしては、異常なくらいの迫力と落ち着きを醸し出しているので、もしかするともう少し上かも知れない。少なくとも二十四歳の善治郎より年下ということはなさそうだ。
 胸元がV字に開いた扇情的な赤いドレスを身に纏っているが、そのスタイルは決してその派手なドレスに負けていない。
 V字から覗かせる胸の谷間は、巨乳を通り越して爆乳と呼ぶに相応しい大きさを誇っており、それとは反比例するようにウエストは細い。腰から下のラインはロングスカートに覆われているため分からないが、この分ならば十分に期待が持てそうだ。
 肩幅が広く、若干いかり肩のその体型は、好みによっては否という男もいるだろうが、少なくとも善治郎には、十分に女らしく魅力的に見える。
 実際、現状が夢であるという確信さえもてれば「生まれたときから愛してました!」と、飛びつきたくなるくらい、善治郎のストライクゾーンど真ん中の美女である。

「陛下、あまり時間がありません。『召喚』に成功した以上、早めに説明を始めた方がよろしいかと」

 善治郎が赤髪の美女に目を奪われていると、美女の右隣に立つ革鎧を着た若い男が、抑揚のない声で、美女にそう進言した。
 その発言で、善治郎は初めて、この石作りの密室に、自分と美女以外の人間がいることに気づいた。
 慌てて善治郎が周囲を見渡すと、今発言をした男と同じ、革鎧を着て槍を持った男が合計四名、自転車に乗る善治郎を取り囲むようにして前後左右を固めているのが見える。
 さらに、美女の左隣には、紫色のローブを纏った年老いた男が、長い杖を突いて立っている。
 これだけ周りに人間がいて、今の今までその存在に気づかなかったのは、善治郎がとりわけ鈍いというわけではない。
 それだけ、正面に立つ赤髪の美女の存在感が大きいのだ。よく見れば、周囲を固める武装した男達は中々の体格をしているし、顔立ちもそれなりに整っているのだが、美女と並べばどうひいき目に見ても、『女王様とオマケ一同』にしか見えない。

「分かっている。さて、婿殿。恐らく婿殿は、何故今自分がこの様なところにいるのか、何も分かっておらぬであろう? 一連の状況について、私に説明と弁明をさせてもらえぬだろうか?」

「え? あ、は、はい」

 善治郎は、言葉の意味を理解したというより、美女の迫力ある笑みに押されるようにして首を縦に振った。
 善治郎の素直な答えに、美女は笑みを深める。

「よかった。では、婿殿。この様な薄暗い場所で長話も何であろう。場所を変えたいので、ついてきて戴きたい」

 美女はそう言うと、大きく波打った赤い髪を翻し、歩き出す。

「その乗り物はこちらでお預かりします」

「あ、う、うん。お願いします」

 何がなにやら分からぬまま、自転車を降りた善治郎は、半ば無意識のうちに、自転車のスタンドをたて、ズボンのポケットから取りだした鍵を掛けると、入り口でこちらを振り返る美女の背中を、早足で追いかけていった。
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