湾の竜騎兵(下)
しかし陸地へ戻るといっても、口でいうほど簡単な仕事ではなかった。火山に触れて熱くなった水が海流に流され、こちらへ押し寄せてくる可能性があったのだ。それをさけるために、私たちはかなりの遠回りを強いられることになった。
海図を眺め、海流の様子を調べたが、安全と思われるルートはとてつもない大まわりになり、帰りつくのに数時間かかってしまいそうだった。だが選択の余地はなかった。方位磁石をたしかめ、私はチビ介に方向を指示した。
あれだけ大変な目にあわせてしまったのだから、無理を言って、速く泳がせる気にはならなかった。水面の少し下をゆっくりと行かせ、私はときどき水温計に目を走らせたが、異常は感じられなかった。
とうとう夜が明けはじめた。休憩するために水面に浮上し、もう一度海図を眺めることにした。
私たちは、陸地から数十キロ離れた場所にいた。振り返ってももう火山の煙は遠く小さく、無害な入道雲のようにしか見えなかった。思わずため息が出たが、海図の上にある物を見つけて、あっと声が出た。知らない間に、私たちは『岩山の機雷船』のすぐそばにまできてしまっていたのだ。
機雷というのは戦争で用いる爆弾の一種で、ボールのように丸い形をして、風船のように海中をふわふわとただよっている。下部にはクサリがあり、これで海底からつながれているのだ。敵船が接触するとドカンと爆発し、撃沈することができる。
機雷船とはこれを敷設する船のことで、あちこちの海域に設置してまわる作業に使われる。前の戦争のときにも用いられていたが、敷設作業の最中に一隻が敵潜水艦に発見され、魚雷を二発くらって沈没してしまった。そうやって横たわったのが岩だらけの海底の丘の上だったので、この沈没船にはそういう名がついたのだった。竜騎兵の間ではよく知られていて、まだ見たことはなかったが、私も噂で聞かされてはいた。
おもしろいのは、沈没したときにちょうど敷設中だった機雷が1個、まだクサリでつながれたままになっているということだった。クサリは、沈んだ船の甲板からまっすぐ上を向いて伸び、その先には機雷がくっついたままになっている。
もちろんこの機雷はまだ生きていた。戦争が終わって何年もたっているのに、船が接触すれば今でも爆発することだろう。だが深さ100メートルの海中なのだ。誰も気にしてはいなかった。商船はもちろん、味方の潜水艦航路からも遠く離れていた。
チビ介に合図を送り、私は機雷船へ向かって針路をとらせた。ここまで来てしまったのだ。ちょっと見物していこう。
機雷船はすぐに見つけることができた。朝日を受け、海底に影を落としている。だが、おかしなことに気がついた。船体が横倒しになっているのだ。
そっと置かれたかのように、機雷船はまっすぐに立っていると私は聞かされていた。それが今は右側を下に、なぜか横向きになっているのだ。サビにつつまれた船体はもろく、大きな裂け目がいくつもできている。
チビ介の足を止めて眺め、もう一つおかしなことに気がついた。機雷の姿がないのだ。クサリにつながれ、まるで風船のようにまっすぐ水面へむかって伸びているはずだった。だが影も形もない。
合図を送り、私はチビ介を船に接近させた。船腹に入っている裂け目はまだ新しく、できたばかりであるかのように見えることに気がついた。海草やサンゴの生え方でわかるのだ。目の前にある断面は鉄が露出し、海草などカケラもない。
甲板へ近寄り、私は機雷のクサリを探した。これはすぐに見つけることができた。半分ほどにちぎれ、海底にだらりと横たわっていた。クサリの断面を確かめると、これも真新しかった。
振り返ってチビ介の目を見つめ、私は考えをまとめようとした。だが、考えられる可能性は一つしかなかった。
戦争中から沈んでいるのだから、船はさび付き、もろくなっていたに違いない。距離があるとはいえ、そこへ海底火山が爆発したのだ。強い衝撃が海中を走り、船体を押し倒したのだろう。同時に、機雷をつないでいたクサリも切れてしまったのだ。波に押されてふわふわと、機雷は海中をただよっていったことだろう。クサリを失って軽くなり、今は水面近くに浮いているに違いない。
はっとして時計を見た。火山の爆発から何時間たっているのだろう。海図には海流のだいたいの速さも記入されていた。流されていった方向も見当がつく。チビ介に指示を出し、私は機雷を追いかけ始めた。
☆
神経を使うが、変化のない仕事になった。私たちは海流に乗り、スピードを出した。
何分かおきに立ち止まり、海流の方向を確かめた。自分のいる場所を海図の上に記入していったのだが、だんだんと航路に近づきつつあることに気がついて、あせりを感じないではいられなかった。
この国の首都はヒトリ湾に面していて、大きな港もある。出入りする船舶も多い。一日に百隻は軽く越えているだろう。それらの船が利用する航路へむかって、機雷は流されていきつつあったのだ。私と同じように疲れ切っているに違いなかったが、チビ介をせかして、スピードを上げさせるしかなかった。
チビ介はよく言うことを聞き、たまたま見かけたイカをつかまえてほお張り、そのあと2時間ほど眠った以外は、ずっと泳ぎ続けた。私もくたくただったが、機雷をほっておくわけにはいかなかった。
機雷を見つけることができたのは、ほんの偶然からだった。水面に浮かび上がって何度目かの休憩を取っているときだったが、青い空に鳥の群れがいるのが目に入った。低い空にとどまり、ぐるぐる旋回しながら、しきりに水面を気にしている様子だ。チビ介に合図を送り、すぐにそこへ向かわせた。
するとそこにあったのだ。直径数メートルある金属製の球で、まっかにさびた表面はデコボコになっているが、敵船に触れたときに点火するための棒状の装置が何本も突き出しているのが見える。ちぎれたクサリの残りが下部に数メートル、まだぶら下がっている。
そういう姿がきっと、大型のクラゲのように見えたのだろう。日影を求めて小魚がその下に集まり、群れを作っているのだ。海鳥たちはそれを目当てに集まっていたのだろう。
小魚たちは平気な顔をしているが、私は近寄りたいとは思わなかった。チビ介の足を止めさせ、眺めていた。波が穏やかなので、機雷はゆっくりと上下に揺れている。いかにも平和そうな風景だ。だがそうしながらも、海流に乗って運ばれているのだ。
水兵のはしくれだから、私も機雷の型は見分けることができた。これは装甲の分厚い戦艦を沈めるために作られた強力なもので、一般の客船や商船ではひとたまりもないだろう。
水平線のかなたにいつ船が姿を見せても不思議はない状態だったのだが、私は決心がつかず、だらだらと考え続けた。しかしとうとう心を決め、ヘルメットのネジをゆるめ始めた。
水中でヘルメットをはずすと、泡がぶくぶくと大きく立ち昇った。私は潜水服からぬけ出し、身軽になってチビ介の背中に取り付いた。空気パイプを接続装置から引き抜いた。クサリをはずすと、まだ内部に残っていた泡を引きずりながら、潜水服は海底へ向かってゆっくりと沈んでいった。
クサリを手に取り、チビ介を水面まで行かせ、自分もときどき水上に顔を出して息を吸いながら、私は作業を続けた。予備のクサリも持ってきてつなぎ、長さを二倍にした。チビ介は離れたところで待たせておいて、クサリのはしを持ち、私はおそるおそる機雷に近寄っていった。
機雷の下部にぶら下がっているクサリの先端に、私はチビ介のクサリを結びつけた。私に気づいて、小魚たちはとっくに姿を消していた。チビ介のところへ戻り、その背中に乗り、私はゆっくりと機雷をけん引させはじめた。海流に逆らって、航路から少しでも離れたところへ移動させようとしたのだ。
そのあと機雷をどうするかなど、何か考えがあったわけではない。だがとにかく、航路を行く船を撃沈してしまうことだけはさけようと思った。
機雷は重く、なかなか動かなかった。だがチビ介が何回か水をけると、ゆっくりと移動を始めた。潜水服を捨てたのは、チビ介にかける負担を少しでも減らすためだった。おかげで私は水中で呼吸することができなくなってしまったが、やむをえなかった。私の緊張が伝染したのかもしれない。チビ介も神妙な顔で、機雷を引いていた。
そのまま一時間以上けん引を続けたが、正直に言うと、私は頭をかかえていた。これで航路から引き離すことはできたわけだが、このまま陸地まで引き続ける体力はチビ介にもないだろう。かといって、機雷を処理する方法もない。
チビ介をできるだけ浅く泳がせ、私は背中に乗り、空を見上げ続けた。太陽はすっかり高くなり、じりじりと照りつけてくる。手をかざして日差しをさえぎりながら、私は見回し続けた。そして、とうとう見つけることができた。
エンジンが一つしかない小型のものだったが、飛行機には違いなかった。私は身を乗り出し、両手を大きく振った。
はじめは遠く、小さくしか見えなかったので、気づいているのかいないのかも、なかなか判断がつかなかった。だがついに高度を下げ、旋回を始めたときにはうれしくて、思わずチビ介の背中をぽんとたたいた。
近寄ってくると、空軍の飛行機だとわかった。小型の偵察機だ。幸運だったのは、細長いバナナのような形をした浮きをつけた水上飛行機だったことだ。水の上にも着陸することができる。
水上飛行機がいったん遠ざかったので、あれあれと思っていたのだが、すぐにUターンして戻ってきて、着水態勢に入った。高度を下げ、水しぶきを上げて浮きをぬらした。だいぶ通り過ぎていってしまったが、まるでアメンボのような格好で速度をうんと落とし、こちらへむかって水の上を滑ってきた。
50メートルほどのところでエンジンを止めたので、チビ介の背中から飛び降り、私は泳いでいった。そばへ行って浮きにつかまると、ドアが開いてパイロットが姿を見せた。
こんなに小さな飛行機にどうやって乗り込んだのだろうと思えるような大男で、口のまわりにはタワシのように濃いヒゲが生えている。半そでのシャツを着て、毛だらけの腕を見せている。そのかわり髪の毛は薄い。「おまえは誰だ?」と男は言った。
「海軍の竜騎兵よ」
私は事情を説明した。機雷という言葉を聞いて男はぎょっとした顔をしたが、円を描いてゆっくりと泳ぎ続けているチビ介の背後、15メートルほどのところで波間にわずかに顔を見せているものを目にして納得したのだろう。すぐに表情を変えた。「それで、オレにどうしてほしいんだ?」
「海軍の司令部に連絡してほしいの。あの機雷を何とか始末しないといけないわ」
ヒゲの先を指で引っ張りながら男は少しの間考えていたが、やがて答えた。「ああ、そうだな」
「この飛行機にも無線機はあるんでしょう?」
男はマイクロフォンを手にし、ヘッドフォンを耳にあてた。「竜騎兵、おまえの名はなんというんだ?」
「竜騎兵訓練校4年、ジャネット・スミス」
無線機のスイッチを入れ、男は司令部と話し始めた。だがやがてスイッチを切り、私のほうを向いた。「竜騎兵、おまえは死んだはずだと司令部は言ってたぞ」
「冗談じゃないわ。このとおりピンピンしてるわよ」
「そのようだな。それで機雷だが、司令部のお偉方は、オレとおまえで何とかしろとおおせだ。海底火山のことで手いっぱいで、機雷なんぞにかかわる余裕はないとさ」
「噴火で大きな被害が出たの?」
「いいや」男は首を横に振った。「津波は起こらなかった。せいぜい火山灰が降って洗濯物が汚れたぐらいだな。だが念のため、湾内全域に警戒警報が出ている。だからオレもパトロールに出されたんだ」
「そう」私は少し安心した。「でも、あの機雷はどうするの?」
「でかいのか?」
「大型よ。戦艦にだって穴を開けることができるわ」
「それはすごいな。クサリをはずして、おまえとクジラは離れていろ。安全な距離だけ離れたら、手を振って合図をくれ」
「どうするの?」
「まあ見てろって」
男はドアを閉め、飛行機のエンジンを始動させた。黒い排気ガスが噴き出し、プロペラが回転を始めた。私は水に飛び込み、チビ介のところへ戻った。飛行機はすぐに離陸した。クサリを切り離し、ゆっくりと泳がせながら、チビ介の背中に乗って私は眺めていた。
このときになって、飛行機には小型の機関銃が装備されていることにやっと気がついた。ここから見るとミツバチの針のように細いものでしかないが、操縦席の下からぐいと突き出しているのだ。
やがて十分な距離をとることができたので、伸び上がって、私は手を振った。了解のしるしに飛行機は翼を少し振り、返事を送ってきた。
機体を斜めにしてゆっくりと旋回を始めながら、飛行機は機雷に近寄っていった。機首を下げ、ねらいを定めているようだ。
引き金が引かれても、タタタと意外なほど小さな音がしただけだった。それでも水面にはいくつもしぶきが上がり、一列になって機雷へ近寄っていくのが見えた。
命中したように見えたが、一瞬の間は何も起こらず、失敗だったかという気がした。だが爆発が起こったのは、そのときのことだった。
音やしぶきよりももっと強烈だったのは、その閃光だった。水中で強力なフラッシュでもたいた感じだ。
音は少し遅れてやってきて、海全体がズンと揺れたような気がした。爆発音には慣れているはずのチビ介もビクリとふるえたほどだ。私はすぐに水に飛び込み、顔を見せて、目の下をなでて落ち着かせた。私の耳にも、水中ではじけ続ける泡の音はまだ聞こえていた。
しかしこれで機雷の処理はすんだわけだった。私は飛行機の姿を探した。もう一度ぐるりと旋回して、こちらへ戻ってくるのが見えた。
あの飛行機には拡声器も積まれていたらしい。割れてガラガラしていたが、パイロットの声が聞こえてきた。「竜騎兵、おまえはゆっくりと基地へ帰れ。あせることはない。司令部に連絡して、むかえの船を呼んでやるよ」
わかったというしるしに、私はもう一度手を大きく振った。進路を変え、飛行機は南の空へ姿を消した。ほっと息をつき、私はチビ介のベルトにつかまりなおした。西へまっすぐに進むように指示を出した。
(終)
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。