「フリーマーケッとおっ!」in グラインドハウス
浪費癖の激しい悪妻――いやいや、『千枝子様』が衝動買いしたものを溜めに溜めこんた部屋がひとつ、『開かずの間』という名の倉庫と化している。
『開かずの間』の中で一番多いのは何といっても衣類だ。
試着もせんとホイホイとコートやらワンピースやらジャケットやらなんやらとバーゲンで買い込んでは、結局家で着てみたらば、みーんなサイズが小さ過ぎて体に合わないという始末。
見事なまでに自分のボディーラインを無視し、着れやしないサイズばかりを懲りもせず買うなどというあきれた見栄っぱりさを展開させてる馬鹿――いやいや、千枝子様ですね、はい。
その千枝子様のお買いになったほぼ新品の衣類の山と、それを着る為にだとかほざいて購入したダイエットグッズやら、健康器具やら美容セットやら……。
正直ふざけんなっちゅーのっ!!
大体なー、痩せたいならソファーでトドみたいに寝ころんで菓子食いながらテレビ観るのはやめて、犬の散歩がてらウォーキングでもしろや! と何度腹の中で叫んだことか。
あ、そういやあ、ウォーキングするとか言って有名ブランドのスポーツウェアも買ってそれも放置してあるな…。
つーかよ、何で仕事から疲れて帰ってきた俺が犬の散歩を毎日毎日させられるのか、全くもって意味がわからん。
今月、3キロ体重が落ちた。なんで俺ばっかりがどんどん痩せていくんだよ!
大体、あの犬――ベルだってなあ、お前と香代がちゃんと責任持って飼うからって、クソ高い血統書がついたトイプードルを勝手に買ったんじゃねーか!
しかも、俺には事後報告て、毎っ回、毎回! 何でも事後報告てっ!!!
本当にあのクソオンナ――いえいえ、千枝子様ですよ、千枝子様(笑)は、本当に無駄な金ばかりを使うのが大好きでございましてねー、ええ。
そんなてめえの存在が一番無駄な千・枝・子・様wが、先週いきなり俺にこう言いましたよ。
「ねえ、『あの部屋』で使わなくなったもの、フリーマーケットで売ってきてよ」
とな。
(いやいや、使わなくなったモノじゃないだろ、その言い方は完全に間違ってるだろ)
『…つーか、何で俺がそんなめんどくさいことをしなくちゃいけねーんだよ!
お前が勝手に買いこんだもんばっかなんだからお前でやれや!』
「は? なによ。その目。は…? 何? 嫌なの?」
うわっ! ヤバイ!
千枝子様が拳を固めて睨んでる!
うわわっ! ゴリラと対峙するより十倍怖ぇえっ!
「いえいえいえっ! 勿論喜んでやらせて戴きますよっ!」
キリッと敬礼する勢いでゴリラーマン――いやいや、千枝子様に忠誠心を見せる俺…。
ちきしょう、恐妻に全く頭があがらぬとは男子としてなんと情けないことか…。いやっ、仕方ないんだ。命はひとつしかない大切なものだからな。
…そして俺は、大切な大切な休日を一日潰して、フリーマーケット出店という無駄なストレスと労働を与えられたわけである。
品物の運び出しからブースのセッティングから売り子から何から何まで一人でやれってクソ千枝子様の命令でな……。
◇◆
『ぶっちゃけひとりじゃ無理です! 誰かっ! 助けてくださいっ!』
そう世界の中心――じゃなく、フリマ会場のやや隅っこのほうで叫びたいと切に願う……。
だいたい無謀にもほどがある。まずもって俺はフリーマーケットなんてもの自体初体験で未知なる世界なのだ。
俺はとりあえず、市が主催する市民まつりの会場の一角である大浜公園へと到着し、受付をしてブースの確認と荷物の運びこみをする。
荷物はデカイクリアケース6個! クソ重えーんだよバカヤロ!
それでも、家の開かずの間は半分ほどしか荷物が減ってないというホラー。さすがは千枝子様。ベスト無駄買いニストなんて賞があったらば、お前は必ず殿堂入りできるぜ。
ビニール紐で仕切りがしてある場所にブルーシートをひいて、まず思う。
(品物並べるのが面倒だ…つーか、どうやればいいんだ?)
俺はとりあえず両隣に交互に目をやり、段取りを観察した。
(へっ…? 何? 何?)
すげーな。右隣はコートやワンピースなんかをちゃんとハンガーにかけて、鉄棒みたいなのにかけて段ボールにカラフルなマーカーで『ALL500円』とわかりやすくディスプレイしてあるし、バッグなんかはポールにかけてあったりと中々綺麗に商品がセッティングされている。……そんな方法があったとは。
俺はただ、適当に並べて売りさばいてけばいいと思ってたから、驚いたわけだ。
(参ったぜ…、ちきしょう……)
始める前から途方に暮れてうなだれたその時、
「何かお困りですか?」
右隣のお姉さんが俺の視線に気づいたのか、声をかけてくれた。
「あ、…いや、あの…、じ、実は……」
俺はフリーマーケット初体験で何もわからないことを説明して苦笑いした。
「フリマ出店はひとりじゃ絶対大変ですよ。私、セッティング終わって手が空いてるから、お手伝いしますよ♪」
柔らかい笑顔で俺に救いの手を差し延べてくれたちょっとかわいいお姉さん。
き、キタ━━━━!!!
フリマ天使降臨っ!
ヤル気ゲージMAXを余裕で振り切ったぜ!
常日頃、悪妻千枝子と氷のように冷たい娘に虐げられてる俺に、お姉さんの優しさは心に染み過ぎて…、あ、…なんか目からなんか出そうだ。
「ありがとうございます」 深々と頭を下げたら、
「いえいえ♪ 困った時はお互い様ですよ♪ 楽しみながら沢山売っちゃいましょう」
ええ娘や…、なんてええ娘なんや……。
感動してる俺の横で、お姉さんはてきぱきと品物を出して
「衣類が多いから、良いものはたたんで並べて、まとめ売りするものはクリアケースに入れたままで、ケースに値段の紙を貼るといいと思いますよ」
自分のブースから厚紙とマジックとテープを持ってきて「値段はいくらにします?」と尋ねてきた。
「どれくらいがいいですかね…?正直全然わからなくて」
「うーん、そうですねぇ…なるべく早く売りさばきたいなら、500円くらいかな? 売れなければ徐々に値段を下げていけばいいと思います」
「なるほど、じゃあ500円でやります」
俺は厚紙に『ALL500円』と書いてクリアケースに貼りつけた。
靴は手前に並べて、美容器具類は服の隣に並べてなんとか店っぽい形になった。
「おおぅ! すごい、なんか店っぽくなりましたよ」 ちょっと感動してる俺を見てお姉さんは、
「もし、お店を離れなきゃいけない時は、遠慮なく声かけてくださいね♪」
「すみません…、あなたも出店してて忙しいのに…」 あまりにも親切なお姉さんに、俺は段々申し訳なくなってきた。
「いいんですよ。私のブースは仲間4人でやってますから」
まぶしい。笑顔がめっちゃまぶしいぜ!
色々と話を聞けば、お姉さん――名前をマリさんといい、小学生のママ友達と品物を持ち寄り、毎回まつりのフリマ出店をしているらしい。
なるほど、どうりで手慣れてるわけだっひとり納得していると、あれよという間に人がどんどん集まってきた。
おうっ! ヤバいですよ。俺、接客の経験などほとんど皆無な人間ですよ!
「ねぇ、これもっと安くならないの?」
ババアの図々しい値切りの声に若干イラっとした。『つーか、この品物はほぼ新品だぜ! 定価1万を1500円て格安提供してんだぜ! ふざけんなよ! クソババア!』
そう言って塩でも撒いてやりたいのは山々だが、俺はそんな勇気ある男ではなく、
「い、いや…ちょっとそれ以上は……」
苦笑いするしかなく。
「ふーん、じゃあいらない」
不機嫌な顔で立ち上がり踵を返した。
『バーカ、美顔器具なんぞお前にゃ宝の持ち腐れじゃ! おとといきやがれ!』 めーいっぱい毒を吐いた。…心の中でな……。
「あのぅ…、このスポーツウェア、もう少し安くなりませんか?」
『まーた値切りかよ!』
ん…? と客の顔をみたら、おぅふっ♪ かわいいネエチャンだっ♪
「じゃあ…、300円おまけして1200円でどうですか?」
えーえー、俺はそういう人間ですよ。
「私ぃ、あんまり予算がないんですぅ…。でもいいなぁ、これ…。でも定価で買ったら高いものだし、新品みたいに綺麗だからこれ以上は無理ですよねぇ…」
…かわいい娘の甘えた声って素敵だよね?
「んーーっ、じゃあ1000円でいいですよ」
当然そうなるよな。
「うわあっ♪ 嬉しい~っ♪ ありがとうございま~す♪」
か~わ~い~い笑顔♪
おっちゃん、超癒されるなぁ~。値引きの価値アリだ。
「ねえ、これもうちょっと安く――」
「すいません、なりませんね」
即答だ、コノヤローっ!
俺は千枝子みたいな匂いのするクソババアには、びた一文値引きしません!
はっはっは♪
『うわっ! なんかスゲー楽しくなってきたぞ♪』
ふんっ、と悔しそうに踵を返したババアのたるんだ背中を見て、俺の心は爽快感に包まれていた。
かわいい娘には格安提供から更に値引き。図々しいクソババアには毅然とした態度で値引きお断り。つーか一層図々しいババアお断りの立て札置きてーな。
俺が店主なんだから、俺が正義なんだぜぃ♪
なーんて浮かれてたら、
「ちょっとお…、何で若い娘にだけサービスしてんのよ」 噛み付きガメみたいな顔したオバハンがギロリと睨みながらクレームをつけてきた。
きたな、悪質クレーマーめ……。
「いえいえ、別に若い娘にだけというわけでは…」
「じゃあ私にも安くしなさいよ」
噛み付きガメが手にしていたのはコートとワンピース(しつこいようだが未着用で商札までついてる)
札の値段をちらりと見たら、合計2万ちょい。
ふ ざ け ん な!
一着1500円という格安で売ってやってんだぞ。今時流行りのファストファッションでさえもそんな値段じゃコートやワンピースは新品では買えねーはずだろ!
「いやあ、未着用ですのでこれ以上値引きは無理ですね」
「ほら、やっぱり若い娘にひいきしてるじゃない! 不公平で失礼な店ねっ!」
引き下がらないオバハン。
「いや、そんなこと言われても…」
うぜーババアだな。さっさとどっか行けよ。
「こっちは買ってあげるお客様なんだからね! 態度を考えなさいよねっ!」
んまーーーっ、なんじゃこのしつけーババアはよーーーーっ!!!
「こっちも商売なんですよね? 別にボランティア活動してる訳じゃないですから」
悪いがてめえにゃびた一文安く売らねーぞ!
にこやか~に笑ってやったら、隣で若い娘が(買わないなら私が買う!)というオーラを放ち、オバハンの手に持つコートとワンピースをじっと見ていた。
「…もういいわよ…」
「はい?」
「…買うわよ。ふたつではい、3000円。こっちは全然損じゃないし……」
 
おほっ♪ ババア、折れやがったよ♪
「ありがとうございま~す」
俺はお金を受け取り紙袋に服を入れてオバハンに渡した。
むふふ。ちょいと悔しそうな顔のオバハンを見たら実に気分爽快♪
(いやあ~、フリマって最高っ!)
俺は超ノリノリですよ。無敵ですよ! 自信満々にイケイケですよっ!!!
品物の状態が良いせいもあってか、午前中で6こあったクリアケースの中身は4つ空になった。
『ちょ、結構な売り上げだな! これっ!』
金庫を見たら野口さんがいっぱい。いやいや、千枝子が浪費した元値を考えたら微々たるもんだが。しかし、目の前の現金をみたらやはり心が踊るぜ。
『……売り上げ、ちょろまかしてやるか』
千枝子は値段は俺に任せるからと適当に丸投げしてるから、一万くらいちょろまかしたとて、バレねーだろ。つーか、バイト代なんて絶対払ってくれないだろうから、ここはひとつ労働者として当然の権利は得なきゃダメだろ。もちろん絶対に内緒でな……。
「それにしても…、喉渇いたし腹へったなぁ……」
そういえば、隣のブースのマリさんが困ったことがあったらと言ってくれてたな…。
右側をちらりと見たら、マリさんはブースの後ろに座りおにぎりをほおばってた。
(休憩中か…じゃ、しょうがないな…)と諦めようとしたら、
「もしかして、お昼用意してないんですか?」
俺の視線に気付いたマリさんは立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。
「すいません…、俺、本当に段取り悪くて…」
苦笑いする俺にマリさんは、
「仕方ないですよ。初めてなんですから。それにしてもよく売れましたね♪」
「いやあ、マリさんのご指南のお陰ですよ。本当にご親切にありがとうございます」
「私、お昼終わって手が空いてますから、よかったら露店で何か食べ物を調達してきたらどうですか?」
マリさんはにこやかに微笑んだ。
なんて性格の良い娘さんなんだ。ちきしょう、うらやましいぞ、ご主人っ!
「ありがとうございます! ではお言葉に甘えて」
俺は、マリさんに店番をしてもらい露店へダッシュした。
焼きそばとペットボトルのお茶とマリさんにお礼としてマリさんの仲間の分も入れて、たい焼きを8つ買いブースへと急いで戻った。
「お帰りなさい、早かったですね」
ただいま、マイハニー…じゃないや。いかんいかん、可愛らしい笑顔の出迎えについつい…。
「マリさん、ありがとうございます! これ、お礼にしちゃ安いけど、たい焼き、皆さんとどうぞ」
たい焼きの袋をマリさんに差し出すと、
「うわあっ♪ 嬉しい~っ! たい焼き大好きなんですぅ~っ! ありがとうございます、いただきます♪ みんなに声かけてきます♪」
嬉しそうに顔をほころばせて自分のブースに戻ったマリさんは、仲間達に「お隣さんにたい焼き貰っちゃったよ♪」と声を弾ませた。すると仲間達が、
「ありがとうございま~す♪」「いただきま~す♪」と俺に向けて和やかな笑顔を放った。
俺は思った。
『フリーマーケットバンザイ♪♪♪』
と。
◇◆
午後からの売り上げもぼちぼち良好だった。
持ち帰りの荷物を極力減らしたいなら、どんどん値段を下げたほうがいいというマリさんのアドバイスもあり、俺はラストスパートでクリアケースの中身を全て半値で売り出した。
品物は勿論飛ぶように売れた。うーむ、千枝子様恐るべし。自分じゃ全然着れない残念さはあれど、ファッションだけに関しては中々の目利きができるようだ。さすがは腐っても女子だな…。
俺は日が少し傾いたフリーマーケット終了の午後4時、少しオレンジが混じった清々しい秋空を見上げて、心地よい疲労感と充実感に包まれていた。
親切なお隣さんに、素晴らしく目の保養になったかわいい女の子のお客さん達。ありがとう、ありがと~う♪
ウザくて図々しいババア連中よ、へへんっ、ざまあみやがれ。結局貴様らの一匹たりとも値引きなんぞはしてやらなかったぜ! どうだ、参ったか!
ヤバい、ヤバい!
フリマ、超イイっ!!!
こんないい気分になれるなら、また出店したいぜ♪
俺はマリさん達にありがとうと手を振り、空っぽになったクリアケースと共に車に乗りこみ、会場を後にした。
マイ財布の中には売り上げからちょろまかした野口さんが5枚、樋口さんが1枚。あったかい、財布があったか~い♪
俺は車の窓を開けて秋風に吹かれながら、鼻歌混じりで運転して家路を走った。
◇◆
「たっだいまぁ~♪」
かなり浮かれて玄関のドアを開けると、千枝子様は綺麗なお召し物を纏い待ってましたとばかりに玄関に駆けてきた。
「はい、全部売れました。これ、売り上げです」
俺が千枝子様に金庫を渡したらば、中身の札と小銭をバッグに突っ込み、
「ちょっと私、これから香代と二人で出掛けるから。香代~っ、支度できたぁ~っ?」
二階へ向けて声を発した。
「え……、どこへ行くんですか?」
そう尋ねた俺に、
「臨時収入で焼き肉食べに行くのよ」
「は??」
「……何か文句ある?」
千枝子様はギロリと睨む。うわぁぁぁ、めっちゃ怖えー……。
「あ、いや、俺…は?」
「ベルの散歩よろしくね」「へ???」
「それから、冷蔵庫に昨日の残りのカレーがあるから」
はああああ? マジかよっ!! 俺は連れてかないってか!
「……」
千枝子様は俺の顔をじっと見つめて
「財布をお出し」
唸るような低ーい声を吐いた。
『ギクッ!!!』
背中に嫌な汗をかく俺を見て、
「さっさとお出し!!!」 ぎゃあああっ! ゴリラが拳を振り上げたっ!
「ひぃいいっ! ごめんなさいっ!!!」
俺は財布を差し出してひたすら謝った。
「…ふんっ…」
ゴリ――いや、千枝子様は俺の長財布を開けて野口さんと樋口さんを数えて強奪――――じゃなく、な、なんと自分のバッグから樋口さんを1枚取り出し、俺の財布にいれたではありませんか! マ、マジですか?
「い、いいんですか?」
いろんな意味で声が震える俺に、
「無駄使いしないでよね」 と小さく鼻を鳴らした。
『どの口が言うんだ、どの口が……』と思ったけど、まさか千枝子様がこんなに優しくしてくれるとは想定外だったから、驚きのほうがデカくて、
「あ、ありがとうございます!」
と頭下げちまったよ!
二階から香代が降りてきて、
「あ、お帰り」
とそっけなく一言。
「さ、香代~っ♪ 行こう♪」
千枝子様は声を弾ませた。
「特上カルビが待ってるぜぃ♪」
香代も意気揚々でおー! と右手を上げてブーツを履き、母娘共に揃い、玄関のドアを開けて、
「ああ、そうそう。お父さん」
千枝子様はドアを閉めるギリギリで振り返って、
「誕生日おめでとう」
ニッコリと笑みを浮かべた後にドアがパタンと閉まった。
「……」
ひとり玄関で震えること数秒。
叫びたい。叫ぶよ。イっちゃっていいっスよね?
「おめでとう言うなら焼き肉連れてけやっ!!!」




