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Dさんから聞いた話

作者:杉町猶太
 私はO市に住むサラリーマンです。先日、友人のDさんから面白い話を聞くことが出来ました。Dさんが住んでいるのは最寄駅から徒歩10分以内にある古いハイツ。そこには管理人も立ち入ることが出来ない部屋があって・・・まあ読んでみてください。
 Dさんは70を2つ超えたばかりの年金生活者だ。JRエヌ駅からやや北東の方角にある古いハイツに20年ほど住んでおり、自称「ハイツの生き字引」だ。そんなDさんと 知り合ったのは、半年前。私が通っている区役所主催の中国語講座でのことだ。その日はたまたま、予定が混んで夕方のクラスを受講したことが切っ掛けになった。

私が座った席の隣に座っていたのがDさんだった。気さくで親しみやすい性格の人で、私達は、すぐに打ち解けた。本当によく喋る婆さんだが、私には寂しさを紛らわすためにわざと多弁を装っているように思えた。

Dさんは独り暮らしだった。長年連れ添った5歳年下の夫は2年前に突然の事故で他界。毎年楽しみにしていたマラソンの練習中に公園で心臓発作を起こし、そのまま病院に運ばれたが、そのまま帰らぬ人となった。

息子が一人いたが、この息子も仕事の都合で海外に転勤し、そこで現地の女性と知り合い、結婚したことを切っ掛けに移住し、日本にはほとんど帰ってくることはなかった。仕事の都合もあったが、それ以上に、息子の父親、つまりDさんの夫が外国人女性との結婚に猛反対したからだった。仲の良かった親子が、ついには口を極めて互いに相手を罵りあい、掴み合いにまで発展し、絶縁状態になったのだ。

息子とは壮絶な親子喧嘩の後、絶縁状態になったが、息子は父親が仕事の関係で北海道に出かけて留守にしている間に、一度帰ってきたことがあった。その際に連れてきた娘。異国の血が入った青い目の幼い娘。Dさんにとっては孫に当たる幼子だった。

大切な1人息子を奪い、親子の絆を断ち切った憎い他人の産んだ娘とはいえ、Dさんにとっては、半分は息子の血を引いた娘だ。夫のいないこの時が、和解の最後のチャンスに思えた。それに、初めて訪れた異国の祖父母の家で、不安な表情を浮かべる自分の血を引いた孫が不憫に思えたのだ。

「よく来たねえ」満面の笑みを浮かべてDさんは息子一家に呼びかけた。Dさんだけは、結局、息子夫婦と和解したのだ。言葉もあまり通じない異国の若い嫁や孫と精いっぱいのコミュニケーションをとり、腕によりをかけて作った料理を振る舞い、精いっぱいのおもてなしをした。その時にかわいい孫と撮った写真が残った。現在も大事に持ち歩いている色褪せたカラー写真である。

彼女にとっては、これが息子一家の唯一の遺品となった。それから数年後に起きた過激派のテロによって、息子一家は殺されたのだった。あの青い目の孫もその時に死んだ。テロリストの非情な銃弾が、修復されかけた家族の絆を永遠に断ち切ったのだった。その惨劇の舞台となったショッピングモールは、中東の某国にあった。とても足繁く通えるような場所ではない。

この事件を知った後、夫は泣き崩れた。追い出したとはいえ、やはり、彼も血を分けた息子のことは常に気にかけていたのだった。そして、一度も会うことのなかった青い目の孫の事を思い、たどたどしい英語で綴った手紙を、息子の嫁の両親に送った。

 その手紙には、淡々と今回の悲劇に対するお悔やみ、そして息子の嫁、つまり相手方にとっては自分達の娘に対する、これまでの冷酷な仕打ちに対する心からの謝罪と悔悟の念が書き綴られていた。その後、相手の方から手紙の返信があり、2つの家族の間に文通を通した交流が続いたが、それも夫の死と共に終わった。

夫が亡くなった後、頼れる身内もなく、定期的に振り込まれる僅かな年金に、夫が残した長期国債の利子と、息子夫婦の残した雀の涙ほどの外貨建て預金など僅かな遺産を生活の糧にDさんは細々とした生活を送ってきた。贅沢が出来る生活ではなかったが、食べていくには、困らない程度の経済力はあった。

しかし、人はパンのみで生きる者に非ず。70を少し過ぎ、家族とは死に別れて、他に身寄りもなく、経済的余裕もないDさんに残された人生の唯一の楽しみは世間話だった。一週間に一度開催される区の格安中国語講座に出て、クラスに友人を作っては家に呼んで、お茶を飲み、世間話に花を咲かせるのが、半ば、日課となっていた。

そんなDさんだから見かけによらず、交友関係は広く話題も豊富だった。そのため、街の噂話から国際情勢まで、幅広く語ることが出来る「物知り博士」となり、ついには友人の人生相談までするようになったほどだ。

そんなDさんが声を潜めて、私に話してくれたことがあった。彼女が住んでいるOハイツの事である。Dさんによれば、この築30年の老ハイツはDさんの部屋も含めて現在、住民は5人。そのうちの2人は30代の共働きの夫婦で、実際には4つの部屋を使う人間がこのハイツには住んでいることになる。

Dさんが「使う人間」と言ったのはこのハイツの102号室の住人。Dさんによれば、おそらく年齢は40代前半くらいで痩せぎすの長身の男。Dさんが聞いたハイツの管理人の話から推測すると、恐らく無職であろうこの男が、明らかにただ単に住んでいるとは思えないことであった。

といっても四六時中、家にいないかと思えば、その逆で全くと言っていいほど外出せず、Dさんがハイツの管理人から聞いた話によれば、この得体のしれない住人は毎年、年末の2日ほどは留守にしているようだ。どこに行っているかは、管理人も知らないそうだ。ただ、本人が外出しない割には人の出入りが激しく、ほぼ毎日のように客が来て、たまに何日も泊まり込む者もいるそうだ。

 週に何度か設備の点検や掃除の為に、管理人が廊下を通りかかると、人のうめき声やらお経のような呪文を唱える声が聞こえてきたそうだ。何度か、部屋をノックして開けてもらうと色の青白いきわめて不健康そうな40男が出てきて、めんどくさそうに管理人とやり取りするだけだった。押し問答はするのだが、玄関から先には入れてもらえなかった。

チラリと見えるリビングには得体のしれない本、おそらく洋書だろう、が積み重ねられてタワービルを作り、壁一面には、これまた得体のしれないお面やお札のようなものが貼られていたり、掛けられていたそうだ。管理人の話によれば、「オカルトおたくの薄気味悪い部屋だった」そうだ。部屋の中には得体のしれないお香が焚かれているようでドアを開けた瞬間からずっと、甘い香りが部屋中に満ちていたそうだ。管理人にとっては、薄気味悪い住人だったが、素行に特に問題があるわけでもない。家賃はきちんと指定された期日に口座に振り込まれているし、特に近隣トラブルがあったわけでもない。

ただ、この不健康そうな40男からは生活の匂いが感じられなかったそうだ。例えば、Dさんや、この男の住むハイツの周りには10分以内の距離にJRの最寄り駅やコンビニとコインランドリー、郵便局などがあるが、そのあたりで、この男の姿を見たことは一度もなかった。管理人は、住み込みではなく、通勤でハイツに通っているので、毎日必ずハイツの住人の誰かとは、ハイツの外で顔を合わすのだが、これまでに、あの40男とだけはほとんど外で顔を合わせることはなかった。

唯一の例外は年末の2日間だけ。この時期には、あの男が出かけていく姿を確認できた。それも女連れだったり子供連れだったり、時にはどこから集まったのか、10人以上の大人数で出かけることもあった。それも幅広い年代の人間とである。年寄りもいれば、子供もいる。中には、どう見ても日本人に見えない風貌の人間も混じっていた。この顔触れは毎年変わり、一人として同じ人間を次回に見かけることはなかった。全く謎の男であった。しかし悪い意味で興味のある男であった。

数年前に、実は一度だけ、本当はやってはいけないことだが、ある年の12月の31日に適当な理由を作り、本人が出かけたのを見計らって、無断でカギを開けて部屋の中に入ったことがあった。どうせ元旦までは帰ってこない。そう高を括っていたそうだ。ドアを開けると、いつぞやの甘い香の匂いはせず、驚いたことに部屋の中は空っぽでゴミ箱一つなかったそうだ。カーテンは締め切ったままの状態だった。 もっとも、この部屋の住人は、年がら年中、カーテンのドアは締め切った状態にしており、管理人の知る限りでは、今まで一度も開けていたところを見たことがなかったそうだ。

 「あれ?夜逃げか?」一瞬そう思った。ゴミ箱一つない部屋の中は綺麗に掃除された状態で、とてもつい数日前まで人が生活していたとは思えない状態だったそうだ。管理人によれば「生活感が全く感じられなかった」そうだ。とはいえ、夜逃げなどされては堪らない。そう思い、管理人はすぐさま、管理人室に戻って、登録されている連絡先を調べて、電話を掛けた。しかしというか、やはり繋がらない。聞こえるのは「この番号は現在、使用できなくなっております」というアナウンスだけ。

 「野郎、夜逃げしやがった」と途方に暮れたが、こんな状態ではどうしようもないと半ば諦めて、大家に報告しようとした時、後ろから「勝手なことされては困りますよ」聞き覚えのある中年の男の声と共に首に強烈な圧迫感を覚えた。どうやら後ろから首を絞められているようだった。絞められている首のあたりを掴んでも指は空を掴むばかり。そうこうしている間にも首を絞める力はどんどん強くなっていく。

 苦しさのあまり、首を動かし、身体を揺さぶり続けた時、管理人は見たそうだ。窓に映った自分の首を絞める黒い異形の者の影を。その後、急速に遠のいていく意識の中、管理人は聞いたそうだ。「いいですか?今度同じことをしたら?」中年男の怒った声を。

 意識が戻った時、首に強烈な痛みを感じたそうだ。急いで管理人室のトイレに駆け込み洗面台の鏡を見ると、やはり首を絞められた箇所が赤く腫れていた。明らかに誰かが自分の首を絞めたのだと分かった。首の痛みが恐怖に変わっていく瞬間、後ろから何者かに首の両側を撫でられた。鏡には、先程見た異形の者が映り込んでいた。「先程は少しやりすぎました。すいませんねえ。ちょっと、かっとなったものですから。」聞き覚えのある声が耳に囁く。これだけ近くで囁いているのに、なぜか男の顔は見えない。見えるのは黒い影だ。

 「痛かったでしょう?今、治しますね。」異形の者が首の両側に手を当て、優しい手つきで前から後に撫でると、今まであった痛みと腫れは嘘のように退いていった。同時に意識も再び遠くなっていき、気がついた時には、管理人室のデスクで携帯を握ったまま椅子に座っていた。電話から声が聞こえた。「いいですか?今度同じことをしたら」聞き覚えのある声だった。それだけ言った後、電話はプツリとも言わずに切れて、静寂が辺りを包んだ。携帯を見ると、なぜか携帯は起動していなかった。後から分かったことだが、電源がオフになっていたのだ。もちろん、あれだけ赤く腫れ、痛みを感じた首も赤み1つなかったそうだ。

 それ以来、管理人が102号室を訪れることはなくなった。管理人によれば、住んでいるもの、おそらく生きている人間ではないだろう、は現在も使用しているらしく、家賃の振込みだけは現在も指定の日時に行われているという。

 「管理人も、それ以降は、すっかりあの部屋には行かなくなったって話さ。まあ、客が来ていたって、特に近所迷惑になるほど騒ぐわけでもないし、掃除もきちんとしているようだし、何より、家賃も毎月きちんと振り込んでるようだから、管理人も大家も放っておいた方がいいと判断して放置してるんでしょうよ」Dさんが意味ありげな笑みを浮かべながら言った。 妖しい輝きをみせる、やや茶色の瞳は、私の姿と、その後ろにいる黒い人影のようなものを映し出していた。
今回も夏のホラーに応募させて頂きました。ご意見、ご感想などお待ちしております。

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