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幸せ屋さん
作:陣内翔


 いやぁ君、本当にありがとう、シアワセを買いに来てくれて。今じゃシアワセを買いに来る人なんて滅多にいないからさ、この通り、閑古鳥が鳴いている始末でね、こっちは商売あがったりなんだよ。
 戦後の頃は良かったなぁ、みんなシアワセを求めていたからね、一日だって僕らに休みは無かったさ。それくらいみんなの心は(すさ)んでいたし、暗い時代だったんだよね、戦後はさ。だからこそ僕らは儲かった訳なんだけれど。
 えっ、無駄話をしないでくれ? いや、少しだけシアワセの値段負けてあげるからさ、僕の話を聞いておくれよ。もはや僕らなんか頼りにしなくてもみんなシアワセだからね、愚痴を聞いてくれる人も来ないんだよ。だからもう少しだけ、ね?
 そんな戦後の時代を吹き飛ばすみたいに、高度経済成長期に入った訳だ、その頃から僕らはゆっくりと死滅していったんだよ。
比喩とかじゃなくて本当に消えていったんだ。もうその頃からみんな個人でシアワセを創ったり掴んだりするようになったから、僕らみたいにただシアワセを売るような奴らは自動的に消えていったんだよ。だってそうだろう? 働けばお金も手に入ってシアワセも手に入るんだ、わざわざお金を出してまで買う奴なんていなくなって当たり前なんだよ。
 誤解しているかもしれないけど、僕は君を悪く言うつもりは無いからね。
あの頃の時代と今の時代じゃ、シアワセの価値観が違うんだよ。
昔は、お金イコールシアワセだった。けどね、今の時代にそれがそのまま当て()まる訳じゃあないんだよ。今はシアワセも十人十色だからね、ある人はお金イコールでも、別の人にとっては家族の団欒(だんらん)がシアワセなんだ。君は後者の人間っぽいから、僕の所へシアワセを買いに来た。そうだろう?
 そうそう、バブルの時は本当に困ったよ、お金イコールの人間しかいなかったからね、僕らはもう、自然に消えていくしかなかったんだ。僕は仕事の斡旋(あっせん)もやっていたから生き残ったけど、周りの同業者はみんな廃業しちゃったよ。地方の同業者はどうか判らないけど、たぶん僕みたいに兼業じゃなかった奴らは消えたんだろうなぁ。それほど辛い時期だったよ、あの頃はね。
 その後はバブルがはじけて、やあようやく稼ぎ時だ、なんて意気揚々としたけれども、その頃にはもう――君もそれで知ったんだろうけど、もはや僕らの存在なんて都市伝説と化していたんだ。都市伝説になった存在はね、大々的に宣伝したところで、変人扱いか嘘吐き呼ばわりされるのがオチなんだ。だからもう細々とやるしか、僕に生きる道はなかった訳だよ。
 でも、こうやって店を開いているとね、君みたいに噂につられてやって来る人もいるから、未だにシアワセを売り続けている訳だよ。
 さぁ、君も苛立った顔になってきたし、いい加減にシアワセを売るとしようかな――念のため訊いておくけど、手持ちはいくら? さすがに慈善家業じゃあないからね、お金は貰うよ。で、いくら持っているんだい?
 五千円? 君、よくそんなお金でシアワセを買いに来ようと思えたね。さすがにそれじゃあシアワセは売れないよ。
 君にシアワセの価値観が変わったっていうのは話したよね? 価値観が変わったのと同時に、シアワセの価値そのものも変わったんだ。昔は今の価値に換算しても千円かそこらだったけど、今はシアワセも質が変わってきたんだよ。一番安くても、君の財布の中身に一桁足した数字だもの、僕も生活がかかっているからね、君にどんなに(にら)まれても売れないって。
 でもなぁ、確かに君も長話に付き合ってくれたしなぁ、一割程度なら負けられるんだけどねぇ、九割も負けるとなると……うーん、どうしようかな?





 ありがとう。紺色の背広を着た白髪混じりの男は、笑顔でそう言った。彼の首には、僕がくれた、ネックレスが下がっている。ネックレスには赤土色の玉が付いていて、丁度彼のネクタイの上にきていた。
 本当にありがとう。彼はまたにこやかにそう言うと、薄暗い部屋を出ていった。僕は彼が出ていった余韻を十二分に味わった後、静かに溜め息を()らした。
 シアワセなんて形の無いものを、どうして欲しがるんだろう? お金の方がよっぽど判りやすくて良いのに。
 僕は椅子の背もたれに寄り掛かり、ジーパンのポケットから先程の物を取り出した。手には適当にたたまれた、五千円札一枚と壱万円四枚が握られている。僕はそれを綺麗に開き、一枚いちまい恍惚になりながら眺めた。
 なんて楽な生き方だろう。人にシアワセなんて偶像を売って、お金を得られるなんて。
 しばらくして不意に、ドアを叩く音がした。僕は慌ててポケットにお金を戻して、どうぞ、と言った。
 ドアを開けて入って来たのは女性だった。赤いセーターを着て、タイトのスカートを穿いている。髪は肩まで伸びていて、茶色のカチューシャを付けている。手には革のハンドバッグを持っていた。
「あの、幸せ屋さん、ですか?」
 またカモか、と僕は心の中で嘲笑しながら、はい、と応えた。
「いやぁ君、本当にありがとう。」
――わざわざ騙されに来てくれて――














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