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拍手が止むとき


 「授業が終わったら、すぐに帰るべきだったかな」
 私は、鉛色をした空から無数に落ちてきている水滴をあおり見ながら、そんな独り言をつぶやいた。
 朝、家を出るときは快晴といっても差支えないほどに青空が広がっていたのに、それがお昼休みの頃には雲が青空を包み込んで、放課後にもなるとその包み込んでいた雲は白色から灰色へと変化していた。
 でも、放課後を迎えたばかりの、2時間半前の私は、どんよりという言葉の雰囲気が似合う薄暗い空を見ても、早く帰ったほうがよさそうだ。なんて思いもしないで、図書室へと歩みを進めていた。そして、2時間半後の現在の私は下駄箱のある玄関口でぼんやりと、降りしきる雨を眺めて途方にくれていた。
 一応、上履きから外靴へと履き替えて玄関口まで来てみたけれど、やはり雨は降り続いていて、雨を降らしている雨雲は、しばらくは降らせますよ。と、断言しているように空に覆いかぶさっていて、実際に雨が止みそうな雰囲気はなかった。
 ドアのすぐ横にあるコンクリートの柱に背中を預けて、私はこれからどうするかという事を考えた。完全下校まではまだ1時間ほどあったので、もう一度図書室へもどる事も思いつたけれど、何故だか、まあいいや。という気持ちになって、結局、ここでしばらく雨が止むのを待つことにした。
 雨が降る気配を敏感に察知したのか、校舎に残っている生徒は少ないようだった。私が玄関で雨を眺め始めて15分ほど経過していたけれど、玄関を通って行った人は一人もいなかった。雨音が耳に残るので気づかなかったけれど、放課後の学校とは思えないほど、ひっそりとした空気がこの玄関を包んでいる。耳をすましてみても、運動部の掛け声も、吹奏楽部の演奏も聞こえてはこなかった。聞こえてくるのは、空から降り注ぐ水滴が校舎や地面に当たる音だけだった。いつの間にか、私は目を閉じて、じっと雨音に耳を傾けていた。止むことのない雨音は、まるで、素晴らしい演劇へ送られる鳴り止まない拍手のようだった。



 「――さん?大丈夫?」
 雨音の拍手以外の音を久しぶりに聞いた気がした。突然だったので、うまく聞き取れなかったけれど、それは音ではなく、私に発せられた声だった。瞼を開けて、声のした方に顔を向けた。
 「柏木……さん?」
 目の前にいるのは、クラスメイトの柏木雪乃さんだった。彼女とはクラスメイトであるというだけで、特に親しいという訳ではなかった。高校に入ってそろそろ2カ月が過ぎようとしていたけれど、たぶん、面と向かってちゃんと会話をするのは今が初めてだと思う。自己紹介の時、きれいな名前だな、と思ったのを覚えていた。
 彼女は私と同じでクラスでは静かな人というよりおとなしい人という印象で、彼女がクラスメイトと楽しそうにおしゃべりしているのを見た事がなかった。今も、決して楽しそうではなく、むしろ、なぜだか不安そうな顔を浮かべている。すると、彼女はもう一度話出した。
 「なんだか、目をつぶって俯いていたから、大丈夫?保健室行く?」
 彼女の不安げな顔の理由が理解できた。私はなるべく明るい声で大丈夫だという事を伝えた。
 「ああ、大丈夫だよ。ちょっと、なんていうか、考え事してたの。ごめんね。心配かけちゃったみたいで」
 そういうと、彼女から不安そうな顔色は消えて、そうなんだ。見かけたとき、ちょっとビックリしたよ。と言って、彼女は笑って見せた。その笑顔は初めて見る顔で、とても愛くるしい子猫のような笑顔に感じた。
 「傘、持ってないの?」
 彼女はそんなことを言って、私の周りを見渡していた。そんな彼女の左手には少し大き目のビニール傘が握られていた。
 「うん。朝晴れてたから持ってきてなくて」
 「天気予報では昼過ぎから崩れるって言ってたよー」
 「そうなんだ。そういえば、今日の朝はテレビ見てないなぁ。いて座何位だったか知らないし」
 「そこ基準なんだ。しし座だったら私も覚えてるんだけどなー残念」
そう言って、彼女は、ははっと笑った。そして、私と彼女の間に、先ほどまであったよそよそしさが無くなっている事に気がついた。
彼女は、ふぅと一息ついて、私に提案を持ちかけてきた。
 「相合傘、する?」
 そう言って笑う彼女の顔はやはり、少し年齢よりも幼くみえて、とても可愛かった。



 「たまにね、登校途中で見るんだ。榊さんの後ろ姿。あ、あの人、同じクラスの人だ。って思って、覚えてた」
 相変わらず、雨は降り続いていて、川の土手沿いを走る県道の歩道に人影は無く、たまに、大きなトラックが小さな水しぶきを上げて通り過ぎていくだけだった。
 「そうだったんだ。今まで全然気づかなかったよじゃあ、家、近いのかな?」
 「近いよー榊さんが家から出てくるのも見たことあるしね。榊さんの家から10分くらいかな?」
 そういって、彼女は傘を持っていない方の人差し指を口元に持って行って考えるそぶりみせながら答えた。傘を持ってもらって悪いから、と私は彼女の通学かばんを持たせてもらっていた。
 「そうなんだ。じゃあ、同じ学区だよね?中学……は同じじゃないよね?私立とか行ってたの?」
 「ちがうよ。私、3月に引っ越してきたんだ。いわば転校生なんだよ。ただ、高校入学と同時だったから、転校生って紹介されなかっただけなのですよ」
 「そうなんだ!全然しらなかったよ。前はどこに住んでいたの――――――――」
 そんな、本来ならば4月の最初の方にしているような、会話を、6月の梅雨に差し掛かろうとしている時に話をしているのはなんとなく、おかしな気分だった。
 他にも得意な科目、苦手な科目、好きな音楽や映画、そんな質問をお互いに繰り返した。それにそんな初対面の会話を相合傘をしながら行っているというのが、変な気分でおもしろい。そう伝えるとと、彼女も、だね。と言って笑ってくれた。
 いくら大きめのビニール傘といえど、いくら小柄な女子高生二人といえど、大人二人を完全に雨から守る事は出来ないみたいで、私の右肩と、彼女の左肩はほんのりと雨にぬれていて、その事を謝ると彼女は笑って、それが相合傘のだいご味だよ。と言ってくれた。
 しばらく、土手沿いの道を歩いていると、河原に芝でおおわれた広場が見えてきた。テーブルとイスが土手側に等間隔に配置されていて、晴れた日ならば、それなりににぎわっている場所なのだが、今日は、さすがに人の姿は見えなかった。土手沿いの歩道から広場におりる階段のちょうど真横で、彼女はふいに歩みを止めた。
 「拍手が止まった」
 「え?」
 一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。聞き返すと彼女は真上にさしていた傘を正面に向けて答えた。
 「ほら、拍手が止んだ」
 続けて彼女は言う
 「雨音って、大勢の人が拍手しているように聞こえない?ほら、なんだっけ、あれ、そう、スタンディングオベーションしているみたいに」
 そういって彼女は少し照れたようにはにかんだ。
 いつの間にか、雨が止んでいた。



 「ねぇ、下に行ってみない?私、実はこの広場、行ったことないんだ」
 「うん。いいよ」
 私は今にも走りだしたくなるような嬉しい気持ちをぐっとこらえて言った。すると、彼女はよし!といって、ふいに私の手をつかんで、階段を駆け下り始めた。階段は舗装されておらず、駆け下りるたびに泥が跳ねた。でも、ちっともいやな気分にはならなくて、気づくと私は笑いながら彼女と一緒に走りだした。
 雨に濡れた芝生は光を反射して輝いていて、流れる川は泥を含んで、いつもよりも水かさが少し増えている代わりに淀んでいた。
 「あっ」
 まだ、傘を開いたままの彼女が遠くを見て声を出した。つられて彼女の視線の先を追いかけると、どんよりという言葉が似合う、薄暗い雲に隙間が出来ていて、その隙間から光が差し込んでいた。暗い世界に明かりを灯す一筋の光明。そう言ってしまっても、差支えないくらいに、きれいで神秘的な光景だった。



 彼女は、私が地図帳でしか見たことのない、遠い所から引っ越してきた。数学が苦手で、現代文は得意。部活動には参加していなくて、洋楽が好き。SF好き。ホラーは苦手。2カ月も同じクラスにいたのに、私は彼女の事を何も知らなかった。彼女も私の事を知らなかった。でも、今は彼女の事をたくさん知っている。これから、もっと彼女の事を知る事ができるにちがいない。
 彼女は雨音を拍手みたいだと言った。
 雨が降って、途方にくれていた日、私は、彼女と友達になった。
初投稿作品です。

こんにちは、作者です。
今回、小説家になろうに登録させていただいて、初めての投稿になります。
しかし、この作品は書きおろしではありません。書きおろしでちょっくら書いちゃおうと思っていたのですが、ちょっと時間が無くて(気力が無くて)既存のモノでお茶をにごすべ。とか思ってしまったのです。
でもまぁ、自分がどんな作品を書くのか、これでだいたいわかってもらえたんではないかと思います。
たくさんの人に読んでもらったり感想をいただければ嬉しいなと思います。
では、また次の投稿でお会いしましょう。

ちなみにこの作品はとある雑誌の表紙からインスパイア(便利な言葉ベスト4)された作品だったりします。わかる人にはわかるかなと思います。
ではでは。
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