案山子と私のスカースカ(1/6)縦書き表示RDF


案山子と私のスカースカ
作:eleven-9



0:終了開始+運命始動


 私はよく夢を見る。
 眠りについている時に……ではない。
 起きている時に夢を見る。
 高校の授業中。
 登下校時。
 夕飯の最中。
 お風呂で鼻唄を歌っている時。
 トイレで……なんて時もあったかな。
 兎も角、場所と時間は選ばない。前触れもなく視界が一瞬で白に染まり、直後に暗転。それが夢の開幕を告げるベル代わりだ。
 暗転した視界はそのまま夢の舞台となる。その中を、私は息絶えた子犬を抱えて、涙を流し、走って逃げている。何かを呟いているようだが、私は自分の呟くその言葉を理解できなかった。
 そして、背後から迫る気配に首筋を撫でられ、振り向かなければいいのに、振り向いてしまう。
 すぐそこに三体の怪物たちがいた。
 怪物はとてつもなく速い。ただの女子高生が逃げ切れる相手ではなかった。
 地面に組み伏され、服を剥ぎ取られる。子犬は奪われ、暗闇に放り投げられて見えなくなった。
 いくらわめいても、怪物たちは私を解放してはくれない。
 いつものこと。何度見ても同じ流れ。
 そして、始まる。
 怪物たちのあぎとが、私の肌にめり込むのだ。
 肉を食い千切られ、骨を砕かれ、内臓をむさぼられる。
 でも、いくら食われても私に死は訪れない。痛みと苦しみだけが際限なく魂を蝕み、首だけとなった私は、最後に狂って自我を失うのだ。
 そこで夢は終わる。
 長く苦しいだけの夢。
 現実では一瞬の出来事。一秒もない時間の中で、私は極限まで圧縮された悪夢を体験する。
 もう慣れた。
 最初は恐ろしくてたまらなかったけど、私が小学校低学年の時から、こう何度も同じ内容ばかり繰り返されれば、嫌でも慣れる。
 だから、下校中の今、その悪夢が現れても、私は慌てもせずに溜め息をつくだけだった。
「おんやあ、久那水くなみず。何を溜め息ついてるのよ」
 親友のアーミンが、私の横顔を覗きながら右肩を突いてきた。
「ん。別に。何でもないよ」
 私はいつものように誤魔化した。覚醒時に見る悪夢の話は、誰にもしたことがない。
「久那水ちゃん、たまに大きな溜め息をつくよね。何か悩みでもあるの?」
 左からおっとりした声でツッコが尋ねてくる。私は苦笑し、手を左右に振って否定した。
「悩みなんかないもんな、久那水は」
「ちょっと、それどういう意味、アーミン」
「そうだよ、亜魅ちゃん。久那水ちゃんだって、悩み多き乙女な年頃なんだから〜」
 その言われ方もなんだかなあ……
 それにしても、暑い日だ。勾配のきつい九重坂を歩く私たちは、皆一様に汗の珠を額に浮かせていた。
 私たちの歩く整備された歩道の右側は、片側二車線の広い車道。交通量がべらぼうに少ないにも関わらず、わざわざ二車線もあるのは、ちゃんと理由があったりする。
 左側には、小高い丘。林の向こうに見える九重神社が、このやたら長い坂の名前の由来だった。
 林から降り注ぐ蝉の鳴き声は、体感温度を上げる役目を十分に果たし、熱せられた道路から立ち上る陽炎と、私たちを先導し続ける逃げ水が、今の季節の風物詩らしく強い自己主張を繰り広げている。
 親友三人、私たちはいつもこの道を通って高校に通っている。ただし、登校の時は一緒だけど、帰りは部活の関係もあって、三人揃って下校できることは滅多にない。
 今日、その三人が共に下校できているのは、ツッコとアーミンの部活が休みということと、部活のあった私がずる休みを決め込んで、逃げ出してきたからだった。
 明日から夏休み。今日は半日で学校は終了。
 夏の暑さと解放感に、心も体も浮足立つ。その勢いのまま、久々に三人でアーケード街に行こうという話になって、私は初めて部活をさぼったのだった。
 後ろめたさはあったけど、それ以上に、親友同士で遊べることの嬉しさが、私の胸を満たしてくれていた。
「ま、もしなんかあったら言ってよね、久那水。いじめるやつとかいたら、あたしの胴回し蹴りで……」
「亜魅ちゃん、そんなことしなくても、久那水ちゃんには伝家の宝刀があるから大丈夫だよ〜」
「あ、そっか……ボクシング現役ランカーも一撃でのした、伝説の右があるか」
「こらこらこら。そこ、変な誇張しない。のしたのは、引退したばかりのライト級チャンピオン。現役じゃわないよ」
「……それって、あんまり」
「……変わらないよう、久那水ちゃん」
 うっ、痛い所を突かれた。
 適当に笑ってごまかす。
 返される白い目。そんな目で見るなっ。
 終始こんな感じの他愛もない話をするうちに、私たちは九重坂の頂上にたどり着いた。
 前方には翠玉町。さらに向こうには、日亜新海が見える。
 さあ、後は降りるだけだ。
「暑いね〜、早くアーケードに行って冷たいもの飲みたい〜」
 ツッコの呟きに私とアーミンも同意する。冷たい飲み物で渇いた喉を潤す快感は、なにものにも代えがたい。
 眼下に広がる翠玉町の街並みに目を向け、私は坂を下り始めた。
 矢先だ。
 車道の向こう、反対側の歩道に何かがあった。
 無線電送柱に寄りかかっているそれは、人間に見える。
 いや、人間の『形』に見える。
 人形……?大きな、成人男性ぐらいある……
 何故なの。
 足が動かない。
 目が離れない。
 言葉が出ない。
 なんで、あんなものが、こんなに気になるの?
「久那水?」
「久那水ちゃん?」
 ツッコとアーミンが、遅れをとった私を怪訝な目で見つめてくる。
 それも気にせず、私は奇妙な人形ひとがたに見入っていた。
 突然、足が動き出す。
 ガードレールを乗り越え、駆け足で反対側へ。
 半分、自分の意思ではない。操られているかのようだ。
 次第に近づく私と人形。
 遠ざかるツッコとアーミンの声。
 鼓動が早まる。
 何故か、涙が溢れた。
 胸が苦しい。切ない。
 哀しくて、哀しくて、哀しくて……申し訳なくて、胸が内側から崩れそう。
 私の口が、勝手に動いて囁いた。
「ごめん、ごめんね……ごめんね」
 謝る私。訳も分からず、でも謝らずにはいられない。強烈な罪悪感が魂を締め上げて、私を責めている。
 ツッコとアーミンが叫んでいた。悲鳴に近かった。それがなんだか、音を遮られているかのようにくぐもって、明瞭に聞き取れない。
 ああ……
 陽射しが暑い。
 涙が、それより熱い。
 私は手を伸ばした。
 人形へ。
 そして―――



 いつもと違う夢の始まり。
 体を包む力の強さ。
 暗転。
 閃光。
 誰かが耳元で、こう囁いた。

『ドロシー』

 それは、子供の頃のあだ名だった。
 今はもう―――久那水?変な名前〜。泥水みたいだな。
 誰も呼ばない―――泥水女でドロシーがいいや!
 昔々の―――ドロシー!ドロシー!

『さあ、死のうか。ドロシー』


はじめまして、eleven-9と申します。
現在連載中の小説が終わりが見えてきたので、前から温めていた小説の執筆に取り掛かることにしました。
ちなみに題名のスカースカというのは、ロシア語で「物語」という意味です。何故ロシア語なのかは…おいおいということで(笑)
では、よろしければ、案山子と久那水さんの物語にどうかお付き合いくださいませ。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




TOP | NEXT


小説家になろう