夜の静寂
1
ああ、そうだよ。いつもそうだ。
俺は、自由なのに、俺が何かすると頭の中で声が響くんだよ。
正しく正しくって、うるせえよ。
それだけじゃなくこの女まで……いい加減にしろってんだよ。
だから、殺す。
殺すんだ。俺は。
ナイフを振り上げる。女は動かない。ただ目線がナイフを見ているだけだ。
そうして……振り下ろす。
「あまり殺してしまうと言うのは気分の良い物では無いからな」
クソ、また聞こえた。
そうして右手がギリギリで止まる。まただ。またこの声だ。
いい加減にしろって言うんだよ。俺はコイツを殺すって決めたんだから殺させろよ。
でも……手は動かない。
というか、動かす気にならないのだ。
だからこの女の目の前までナイフを振り下ろした状態で止まっている。
女もなぜか動かない。じっと切っ先を見ている。
力を入れるも心がすでに殺す気じゃなくなっている。なんなんだあの言葉は。
そのまま静止した時間が流れる。何分経ったんだろうな。
ふう、ま、結局は……。
「ああ。やめたやめた。興がそがれた。つまらん」
ナイフを引く事になる。
「へ、れい……じ?」
「ん、なんだよ?」
「君は、わたし……を……殺すんじゃ?」
「ああ、やめた。それ。つまんない」
「へ……どうして? 能力者は欲望に忠実で……殺戮を好んで……。だから……零児は……私を殺すはず」
「はあ? うるせえなあ。俺の欲望……っつうか心が殺したくないって思ったんだから殺さないんだって。もうそんなことどうでもいいじゃんかよ。俺は好きにやってるんだから」
「そう、か……」
「それよりもこの赤毛野郎追ってるんだろ? ならさっさと捕まえねえとヤバイんじゃねえの?」
「あ、そう……だな」
と、赤毛野郎は俺を見て呆然としながら話した。
「オイお前、そこまでやってなんで殺さない? それでも能力者かよ。その上俺まで売るって……。いぴ、い、今なら許してやる。だから一緒にコイツを狩ろうぜ?」
「うるさい奴だな。さっさと黙らないとこの女がお前を狩る前に俺が殺すよ?」
「く……クソッ! どいつもコイツも俺を馬鹿にしやがって……俺が一番巧く能力のを使えるってのによう。あの黒コート野郎も俺を認めない。原典って奴らはみんなムカつくっ、クソ!」
はて? 黒コート? 何のことだコイツが言ってるのは。まあいいか。
武田は……まだボーっとしてやがる。このノロマが。
「おい! 武田とかいったか? さっさとこのヤカマシイ赤毛野郎を捕まえるなり殺すなりして黙らせてくれ」
「あ……ああ。えーっと赤毛男。研究所に戻る気はないだろうが一応聞いておく。戻るんならここで実力行使には出ないでやる。さあどうする?」
「アアン? テメエ馬鹿かよ? 戻るわけねえだろ? このグズボケ! 一遍死んでこいやこの腐れ女? 犯すぞコラ!」
うわあ、ひでえ言葉使い。
「そうか。ならば取り合えず殺しはしないが腕がなくなる覚悟くらいはしてもらおうかッ!!」
そうしていつの間にか手に持っていた木刀で殴りかかった。
それを赤毛男は……。
「チエェイッ!!」
腰に刺してあった特殊警棒を抜き受け止める。
居合いの容量で伸ばしながら抜いた警棒は、奴に当たる直前の木刀をガチッと言う音をたてて受け止めた。
あーあ、木刀に警棒って……二人とも物騒なもん持っちゃって。
まあナイフを持ってる俺が言えた口じゃないが。
「フンッ!」
「ヘタァッ!!」
ガキバキッ!
火花が散るように激しくぶつかり合う警棒と木刀。
二人ともなかなかいい勝負になっている。
しかしいくら赤毛の奴が精神干渉型で相手の軌道が計算できるとは言ってもやはり圧倒的にスピードが武田に負けている。
どうも赤毛の奴は俺のように自分の能力のリミッターを外して戦うことは出来ないらしい。
と、いうことは自分の能力で自分のプロテクトを突破することは出来ないって事か。
ならば勝負は見えてる。こうしている間にも形勢はどんどん赤毛野郎が追い込まれている。
やはりセメントの場合には肉体強化型に分があるか。
あーあ、こりゃあ長くはもたねえな。
と、その時……。
「コレでどうだぁツォエ!! くっ、くく狂えぃっ!」
赤毛男が右手を武田のほうに突き出して叫ぶ。
む、何かをした。コレは……能力?
赤毛野郎が能力で武田の脳に侵入しようとしたらしい。が……。
「フッ! 効かんな! そこッ!!」
武田の右袈裟懸け斬り。
振り下ろされる木刀が奴の腕に当たり、ボキッと言う音を立てる。
「ヒ……ヒグゥッ!」
赤毛男は左腕でガード。しかし勢いは強くどうやら骨折したらしい。
そうだ。能力者は皆能力に対しての抵抗がある。だからそれを突破するには強い力が要る。
どうやら奴は武田のプロテクトを突破できなかったらしい。わかりそうなモンなのに。馬鹿な奴だ。そうして……。
「コレで……決まりだぁッ!」
武田の渾身の一撃。
しかし。
「ホタァッ!」
赤毛男は警棒を武田に向かって投げつける。
「なッ! 武器を捨てるだとっ!」
そう叫びながらも飛んで来る警棒を野球選手のように器用に叩き落す武田。
しかし、その時に一瞬隙が出来た。
「馬鹿めぇッ! その武器を叩き落すだけの隙があれば十分だ。チエェイッ!!」
そうして赤毛男が何らかの能力を発動。む、こ、コレはっ!?
「オイ武田! 後ろだ!」
「何んだとッ! こ、コレはぁっ!」
なんと店中にいた人間ほぼ全員が武田に襲い掛かってきている。
「じゃあその隙にボクは帰るから、バイバイキ〜ン!」
「な……ま、待てッツぅ!」
しかし追いかける暇も無く操られている人間の攻撃を木刀で受ける武田。
武田は追おうにも周りの人間が邪魔をしているので追えないのだ。
その隙に、遠くへと逃げていってしまう赤毛。
「くっ、クソッ、逃げられたかっ」
そう言いながらも邪魔をしている人間どもの攻撃を受け流す武田。
その時、ふと気づいたのだが、武田の動きにさっきまで程のキレが無い。
どうやら武田は相手が一般人だからか肉体強化はしていないようだ。
「しかし零児! コレはいったいどういう事なんだ!」
「わからねえのかよ。アイツがこの店の客全員の精神に侵入してお前を襲うように仕向けたんだよ」
「くっ、そんな!」
悔しそうに唇を噛みながら戦う武田。使えばいいのに能力を使わないもんだから徐々に不利になって行ってる。
「おい、さっさと能力使えよ」
「いや、私はみんなを守るために来たんだっ、傷つけるためじゃ……クッ!」
「はーあ。そうですか。じゃあ勝手にしろ」
「ああ、勝手にするさ、チィ!」
「ウグリアアァアァァッ!!」
迫り来る前後左右からの矢のような攻撃を能力を使わずに純粋な技術と身体能力で防いでいる。すげえなコイツ。
しかしコレじゃあ一発でも誰かの攻撃が当たって体勢が崩れたら終わりだな。まあ全て終わり、総崩れになることは目に見えている。
と、そんなことを思っていたその時。遠くにいる奴が武田に向かって酒の瓶を投げつけるのが見えた。
アレが当たったら……終わりだな。俺には関係ないが。
教えても打ち落とす余裕は……無いか。
そのまま武田のほうへと飛んでいく瓶をスローになった視界と研ぎ澄まされた思考で見やる。
チィッ! 気にくわねぇ! 俺が殺さなかったのに誰かに殺されるなんて。
なら如何すれば良いか、簡単だ、助ければ良い。
ああ、きっと理由はそれだけ、ここで俺が助けようとする理由はそれだけだ。
そうして瓶を観察する。
放物線を描いて飛んでいく瓶は衝突まであと一秒。
投げられる前なら精神に進入してでも止められたが投げられた物は無理だ。衝突まであと0.8秒。
武器は無いか。出来れば飛び道具。
衝突まであと0.6秒。
ポケットにナイフが三本。一本は自作。一本は山城から取り上げたスティレット。あと一本は子分から取り上げた安そうなゴミナイフ。
衝突まで0.4秒。
獲物を一番重い安物ナイフに決定。刃を開く……必要は無いからそのまま狙いを定める衝突ポイント計算完了。
衝突まで0.2秒。
最適な力配分瓶が割れるだけの力を乗せて投げる……間に合えぇぇッ!!
衝突まであと0.1秒。
パリィンッ!
間に合ったッ!!
「なっ!」
割れた瓶の方を見る武田……てっ、なんて迂闊なッ!
その隙に襲い掛かる凶器攻撃。チィッ! 面倒な。
ポケットからスティレットを取り出し刃を開きその凶器を持った手に投げつける。
ザクっ!
「ギイイイイッ!」
「へ?」
またそちらを見る武田。隙ができる。襲い掛かる凶器攻撃。ああもう見ちゃおれん!
そうして自分のナイフを抜き刃を開きダッシュ。今、武田に攻撃を仕掛けているのは四人。
一人目。武田の後ろから襲い掛かる椅子攻撃を右手のナイフで受け止め左手でボディーブロー。
二人目。ナイフを握った手でのナイフを使わないパンチを顔面にあて沈める。
左に二人。パンチの反動をつけて一回転し、そのまま回し蹴りで倒す。
「へ、零児が、なんで?」
「馬鹿野郎! だからよそ見するんじゃねえ! 死にてえのかよ!」
「あ、ごめ……」
「ゴメンじゃねえ! さっきからキョロキョロ余所見ばっかりしやがって。見てられないから手伝っただけだ。他意はねえからな!」
「ぁ、ああ、ありがとう……」
「っ、まあ、アレだ。とにかく俺が背中を預けるんだからその分くらいは働けよ! いいな!」
「へ、背中を、私にか?」
「ああ。とにかくまずは退路……は作れなさそうだから全員片付けるぞ! いいか!」
「う、うん。やってみる」
「ッしゃあっ! ばっちこいやーッ!!」
そうして、俺は、気合を入れた雄たけびを上げて、狂ったように暴れる人波へと飛び込んでいくのだった。
幕間
「ふう。まさか本当に全員大怪我もさせずにこちらも大怪我はせずに気絶させることが出来るとはな……」
「んー? そうかー? コレくらい軽いだろ」
そういう零児は確かに余裕っぽい。私は普段から鍛えているのに結構疲れているのに。
だっておかしいじゃないか。さっきまでの零児の戦いっぷりと言ったらそれはもう鬼神の如き強さだった。
まあ彼は能力を開放しているからだろうけど、でも力加減は普通の人の感じだったな。
「本当に人間か? 零児」
「……おう。まあ多分な」
「そうか……まあいい。それより聞きたい事があるんだが」
「ああ、聞いてもいいぜ。だが、取り合えず……ここ出ようぜ? 臭い」
「ん、そうだな確かに。何かは良くわからないが、確かに悪臭が」
「ああ。小便やら精液やら血やらアルコールやらの匂いがカオスとなってもう最悪」
「うっ…………」
「どうした、何か変か?」
「いや、何でもない。いこうか」
本当はなんでも無くないのだが。というか、私だって年頃の女なんだからその目の前で精液だ小便だという言葉を言って欲しくない。
まあいいか。確かにここは何か臭い。さっさと出よう。
しかしあの赤毛の男を逃がしたのは痛かったが、ここを抜けられただけでもよしとするか。
「おーいなにやってる。俺に話があるんだろう?」
「あ、あぁ。すまない。すぐ行く」
そうして表へ出る。ふう、空気がおいし……くは無いな。
何しろここは治安の悪い耳ヶ崎だ。なんていうか硫黄臭いし生ごみ臭いし、なんでこういう所ってこんなに臭いんだろう。
わかる人にはわかると思うけどなんかこう独特の臭さ。しかも日替わりで臭さが違ったりするのだ。
と、零児が話しかけてきた。
「おい、話聞いてやるけど何処にする? どっか良い場所あるか?」
「ぁ……そういえばここは耳ヶ埼か。うん。良い場所あるぞ? ちょっと来てくれ」
「ん、わかった」
・
そうして、その場所へと、私たちだけの場所へとやってくる。
ザアアアッ……と言う波の音だけが支配する砂浜へと。
「へえ、この町の海に砂浜なんてあったんだ」
「ああ、良い場所だろ。なかなか知られていないレアな場所なんだ。私の……私の秘密の場所なんだ」
ちなみに、この場所はまだ光にしか教えたことは無い。
空には満天の星空。月が出ているが別に晴れていて朧月にはなっていないので星もよく見える。
光源は、星と月しか存在しない世界。
海は黒く、星と月だけを映すためのスクリーンとなっている。静かに砂浜に打ち寄せる波の音。
波は今、引いているのだろうか、それとも満ちているのだろうか。それは私には解からない。
でも、そんな私たちの思惑にも何のかかわりも無く、ただただ月へ引かれた波が、規則正しく、寄せたり引いたりしている。
そんな最高の舞台。
その最高の舞台を二人だけの観客で独り占めできるのだ。
二人なのに独り占めとはコレはいかに。
「へえ。綺麗な場所じゃん。よっこらしょっと」
そう言って砂浜に座りこむ零児。
「よっこらしょって、おやじ臭いではないか」
「うるせーいいだろ別に」
「うん。まあ良いんだけどな」
そういって零児の隣に座る。
「ふう、で聞きたいことって何さ」
「ああ、気になっていたことは沢山あるんだけど、まず最初に」
そうして一番重要なことを聞く。
「零児は、零児なのか?」
「は?」
「いや、すまない。言い方が悪かった。私が言いたかったのは、その、つまりだ。今の君は昼間の最上零児とは別人格……なのかな本当に。なんだか確かに口調や性格は違うんだけれど、何処と無く同じ雰囲気が……」
「ふう、それに気づいたか。鋭いな」
「って、てことは、やはり零児は零児なのか……? じゃあなんで私のこと知らないフリなんて」
「いや、俺は本当に君を知らない」
「へ、だけどお前は零児なんだろ?」
「ああ、俺は彼と同じ人格さ。でも君のことは知らない。君に会うのはさっきで初めてだ」
「?」
よく解からない。
と、彼は私のその顔を見てクスリと笑って、話し始めた。
「よく解からないって顔だな。良いよ、説明してやるさ。所謂俺、つまり今お前と話している、この「俺」はだ。君らの知っている最上零児の意識が落ちているときに強く能力に反応すると出てくる人格なんだ。それは、別に寝ている時だけでなくて、最上零児自身の意識不明の危機や、或いは月が満月に近くなると出てこれる時もあるんだけれどな。まあ、簡単に言うと俺は、最上零児の記憶が抜け落ちた、ある時に、作られた人格なんだ。だがな、ただ別に別人って訳じゃあない。普段の最上零児の換わりに出てきても脳の中で行動原理として使われている所は同じさ。ただ違うところはその記憶と一般常識が抜けて、本当に最上零児のやりたい事をやるというだけさ」
「むう、記憶の無い、零児と言うわけか。でも、それが零児と同じ人格ととっていいのか?」
「ああ。人格が記憶の積み重ねと定義するのならば確かに俺と彼は別人だが、ただ働いている場所は同じさ。根源的に見れば同一人物だろ?」
「あ、ああ。そうだな。なんとなくだが、わかった気はする。で、まだ聞きたい事があるんだが……」
「なんだ?」
「零児は能力者で零児自身も言うようにやりたいようにやるんだろ。じゃあ、なんで私を殺さなかった?」
能力者は、殺戮を好む傾向があるのに、と言うその言葉は、なんとなく飲み込んでおく。
「それは、わかんね」
「は?」
思わず呆気に取られる。
だが、そんな私に構わずに零児は話し続ける。
「いや、わかんねえんだよ俺も。殺す気はあったんだけどな。わかっただろ?」
「ああ、凄い殺気で一歩も動けなかった」
「ハハハ、情けねえなぁ。まあいいや。それは俺がわかったら教えてやるよ。で、他には?」
「ああ。一番聞きたいのはなんで私を助けた? 零児は能力者なのに」
「別に……。ただ何となく見てられなかっただけだ」
「そうか。と、言う事は特に他意は無いんだな?」
「ああ」
「そうしたいから、そうしたって事?」
「おう、そうなるな」
「そうか。零児は、いいヤツなんだな……」
「は? なんでそうなる?」
だって、当たり前じゃないか、記憶も何にも無く、そこにあった最上零児の純粋な心は、私を助けたいと思ってくれた。そんな善人なかなか居る物ではない。
でも、その、言葉は教えないで置く。なんとなく悔しいし。
それに、意識しないで動ける、そのままの零児で居て欲しいから。
だから。
「まあいいじゃないか。褒め言葉だ。受け取っておいてくれ」
そう、誤魔化した。
「う、ああ。まあいいが」
納得いかなそうにしながらも、そう答える零児。
うん、こんなもんかな。零児に聞きたいこと……ぁ、そう言えば。
「あと聞きたいのは、零児は普段は能力は……」
「あ? 知らねえよそんなこと。でも、俺はいつも全開だが、脳の状態から行くとお前の知っている普段の最上零児は閉じているみたいだぜ」
「ふぅ、そうか。あと聞きたいことは……」
「なんだ……まだあるのか。随分沢山俺に聞きたい事があるんだな?」
少しドキッとする。
「だ、ダメかっ?」
「いんや、別に構わんよ」
なんだいいのか。
「ああ、それじゃあ遠慮なく聞くけど、零児は研究所から逃げてきたのか? それとも私みたいに国に能力を使った仕事をさせられているとか……?」
「またそれかよ。何だよ研究所って。俺そんなとこ行ったことないよ?」
「な? そんな訳無いだろう? 研究所へ行かなければ能力者にはならないはず」
そう、全ての能力者はその力を研究所で与えられるはずだ。
「は? よく言っている意味がわからないが……俺は生まれたときから能力者だぜ?」
「なっ! そんな馬鹿なッ! だって、そんなこと……」
父様は言っていなかった!
「ん、ああ。そう言えばあの赤毛の野郎は前会った時俺のこと「原典」とか言ってたな」
「げん……てん?」
なんだろう、原典って。凄くその話はいやな気がする。ものすごく知りたくない事実が隠れているような……。
「まあいいじゃねえか。俺が何者かなんてさ」
「う、うん」
どうでもよくはないがこれ以上この話はなぜか聞きたくない。でも……。
今は知らなくても、きっと近いうちに、その真実を知る日が来る様な、そんな気がする。
何となくなのだけれど。
と……。
「綺麗だな」
零児が突然口を開いた。
その言葉に、少しドキリとする。
「へ?」
「綺麗だよ、この景色は、さ」
「あ、あぁ。景色か」
「俺さ、いつも思うんだ。いや、多分俺だけじゃない。俺じゃない最上零児も必ずいつも感じているはずのことがあるんだ」
「それは、何を……?」
「世界ってさ、綺麗だってこと。俺はさ、いつも思ってるんだ。この美しい世界に生きていられて、それを自分が感じられる存在であるということはとても幸せなことなんだって。」
「そ、そうなのか?」
「ああ、俺は今、この時代、この美しい時代のこの場所に生きているってことを心の底から幸せだと思っている」
「そう……か。随分とロマンチストなのだな零児は」
「う、そうか?」
「ああ、でも悪くないと思うぞ。私は」
「ん、そうか。ありがとな」
そうしてまた二人で並んで海を見る。
「ふふっ」
知らず笑いが漏れる。
「ん、どうかしたか?」
「いや、大した事ではないんだがな。この状態を先生や光に知られたら凄く羨ましがられるかなーって思って。もしかすると恨まれるかもしれない」
「ひかり、せんせい? 誰それ?」
「ああ、君は知らないか……まあいいじゃないか。それより綺麗な景色が、目の前には美しい世界が広がってるんだ。零児流に考えるんなら見なければ勿体無いぞ?」
「あ、あぁ。そうだな」
「ふふふっ」
そうして、また視線を零児から海へと戻す。
ザアアアッ……と言う、潮騒だけが響く……そんな静かな夜。
二人でただ海を見続ける。
空には宇宙の歴史を一面に敷き詰めた星々と、その中に確かに質量を持って存在している少し欠けた白く輝く月。
そして、その全てを映して、美しく揺れ続ける黒い鏡。
潮は引いているのだろうか。それとも満ちているのか。
私にはどちらかはわからない。
ただ、光り続ける星を写して、水面は夜光虫のように何処までも美しく動き続ける。
人は隣に一人だけしかいない。だからこそとても強く人を感じる。
すべての物は無窮の彼方へ流れていく。そんな時間の中。
だけど私はこの星と月とだけが支配していた二人だけの時間をいつまでも覚えていられる。
そんな気がした。
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