夜の喧騒
1
そうしてたっぷり時間をかけて家に帰る。
だってさ、怖い事はできるだけ後にするもんだろ。ふつー。
はあ、さっきあんな電話があったのが気になる。っつうかさー、何で俺の家に姉さんだけじゃなくて隆貴もいるわけ?
まあ大体想像つくのだけれど。
そうして自分のアパートの二階の部屋に行きドアを開ける。
「ただいまー」
「遅いんじゃこのボケー!」
と、なぜかコブシが飛んできた。
おっかしいなあ……。何で自分の部屋に入った瞬間にコブシがとん……って!
ガッシ、ポカ!
「ぎゃふん!」
そうして、俺は何の反応も出来ずに見事に殴られるのであった。マル。
って殴られた……? 痛った。
そうして突然殴られたわけだからその反動で廊下まで飛ばされる。
ハッ、何事!? ……とアパートの廊下で倒れながら考える。
と、その犯人が出てきた。
「オイオイ零児君よう? ギャフンとはまた古いやられ声だなあ?」
「ってオイ隆貴かよ。いきなり殴るなんて何考えてるんだよ!」
「うるせー! お前が遅いからって機嫌が悪くなった鏡子さんにずっとプロレス技の練習代にさせられてたんだぞ! ソノ痛みに比べれば俺のパンチなんてうんこみたいなモンだわ!!」
う、まあそんなことだとは思ってたぜ。
「ふう、姉さん相変らずだな。まあそれは生贄ご苦労さん。って言うかもう姉さんいい年なんだし。いい加減酔っ払ったときに人にプロレス技かけるのやめなよ」
と、ねえさんは……ふう、もう顔も真っ赤だし服は乱れてるし、かなり飲んだみたいだな。
と……姉さんは酒を呑みながら面白くなさそうに言う。
「いいじゃないよう? お姉ちゃん空手家なんだし最近忙しくて道場いけないから体鈍っちゃって」
いや、空手にプロレス技関係ないし。
「そんなことよりい、早くお姉ちゃんの相手をしなさいよう。まったく零児ったら偶にしかうちに来ないんだもん」
「ははは……それは、ゴメン」
「もうう。お姉ちゃんは悲しいわよう……けろっぴ」
けろっぴ?
「姉さん。もしかして、すごく酔ってる?」
「ううん、酔ってなんか……けろっぴ……いないわよう」
「じゃあそのケロッピって言う妙なしゃっくりはなんなんだよ?」
「こ……こ……れ……けろっぴ……は……あれよ。蛙よ……かえるのケロッピ……よ」
はてな? 何がなにやら。ケロケ○ケロッピのことか? 俺アレ割と好き。かわいいじゃん。
最近はあんまり見ない訳だが。と言うか今の若い人知らないかも知れん。たーぼー並みのレアさかも。
と、見るとすでにビールの空き缶やらチューハイの空き缶やら……げっ、ジンの空き瓶まである。
いったいどんだけ飲んだんだ姉さんは。
あーあ、それに床には裂きイカやらチーカマやらとにかくよくわからんつまみ類が散らかってて。
まったく、片付けるの俺なのに。
ここでぐでんぐでんになってるのは最上鏡子。
一応立場的には俺の姉さんだが、この町にいる最上家の本当の娘なので、立場的には、イトコ……と言うことになっているのか?
でも俺がこの町に着てからは俺の姉さんと言うことで面倒を見てもらって……いや、俺が面倒を見ていた。
俺が高校に入ってからはその家を出て今いるアパートで一人暮らしをはじめたわけなんだが。
こうしてたまに襲撃してくるんである。まあ嬉しくないと言えば嘘になるが……。
姉さんもなあ、見た目は悪くない……と言うか良いのに、こんなことしていないでちゃんとすればモテるだろうになぁ。
でも、俺の少年時代は姉さんのこの性格に救われてきたのも事実。
姉さんのおかげで俺はこの町の最上家に来てから、一応大きく道を踏み外すことなく歩んで来れたんだから。
と、隆貴が歩いてきた。
「まあいいじゃねえか零児。俺の痛みはさっきの一発で俺の気は済んだし、取り合えず飲もうぜ?」
そういって隆貴はウイスキーを瓶からラッパ飲みしている。アホか?
「あのなあ隆貴。俺らまだ未成……」
「いいいじゃねえかいいじゃねえか。って言うか飲まないとやってられねえよ。大体だな、俺が恭子ちゃんとデートしてた所にいきなり鏡子さんが来て俺の襟首掴んで拉致されちゃったんだし。はあ、恭子ちゃん怒ってるかなー、まあいいや、あんな女。なんかさ、前エッチした時に感じたんだけどオッパイでかいけど偽者っぽかったもん」
「あれ? お前まえ美香ちゃんと付き合ってたときもそんなこと言ってたよなあ?」
「ああ、美香も偽者っぽかったな。ああ、俺の理想のオッパイは何処に……」
「知るかよ、このオッパイ星人め」
っつうかなんでコイツといると女の話になるんだろうな。
と、隆貴が思い出したように話し出した。
「あ……そういえば前付き合ってた美香って今付き合ってる恭子の妹らしいぜ。でもホントは妹じゃないってうわさも。でも二人とも苗字は加藤だったな。加藤姉妹だなうひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「そんな情報要らんわ。ふう。言っちゃ何だがあの女の何処がいい? お前には悪いが俺にはお前の女の趣味わからん」
「俺も」
「お前もかよ!」
「うい。俺わかったんだよ。オッパイって大きさじゃないよな」
「はあ、俺は大きさどうでもいいや……」
「なに? おっぱいの大きさがどうでもイイだと!? それは男として生きてる値打ちが無いぞ?」
「いや、お前が今どうでもいいって……」
「大きさはどうでもいい……しかし大きさも重要なんだよ……けぴ……」
はてな? 何言ってるのか良くわからん。コレだから酔っ払いは。
と、見ると奴の足もとにはウイスキーの瓶が空になって落ちている。
これ……さっきまで結構入ってた奴だよな……。
「お前さ、呑みすぎ。体壊すぞ?」
「うぴ? なにが……おっぱいが?」
はぁ、もう泥酔か。まあこんだけ飲めばなあ。
「もうオッパイオッパイうるさいなあ。だから酔っ払いは……」
「うるせいなあ零児。大体お前がおっぱいのよさをわかってないから。いいか? よくきけ。おっぱいとはなあ……」
「おっぱいとは……?」
「愛だっ!」
はあ。なんのこっちゃ。
と、一人で飲んでいた姉さんがこっちに来た。
ふぅ。この人は弱いのに好きだからなあ。
大体最上家の遺伝子は代々アルコールに弱いのだ。
まぁ、姉さんは最上家以外の血も入っているから少しは大丈夫なんだけれど。
「もう隆貴ぃ。零児に変なこと吹き込まないでよう。零児は隆貴みたいなエロエロさんとは違うんだからぁ」
「まあ鏡子さんは自分はおっぱい小さいか……」
ゴキン!
ん……今の音……ってなんだ。姉さんが空き瓶で隆貴を殴った音か。
って、瓶?
「ぴぎゃあーーー! 痛いよう殺されるう」
「煩いわねえ。瓶で頭殴ったくらいじゃあ死なないわよアンタは」
いや死ぬだろ。
「ホントのこと言っただけな……ってひいいぃぃッ! もう言いませんごめんなさいごめんなさいッ!!」
「ふぅ、余計なこと言わなきゃいいのよう。……って。それより聞いて……けろっぴ……よう隆貴。零児がね……零児がね……汚されちゃったよう。なんか女教師に逆レイプされたんだって」
「……って何言っちゃってますかー姉さーん?」
って朝のあの電話のことかよ。にしても逆レイプて。
ただキスされただけだっつーの。
「そうか、零児にもついに春が来たか……お兄さんは嬉しいぞ!」
「いや、俺こんなに馬鹿で出来の悪い兄を持った覚えは無いから」
「なにぽー? いふか……。けぴ。にしても零児。女教師とは……お前が熟女好きだったとはな。しかしお前がいくらマニアックでも友達でいてやるから安心しろ」
「バッ……お前っ!」
と、間に入ってくる姉さん。
「それが聞いてよう隆貴。その女教師まだ……けろっぴ……23歳だって言うのよぅ」
「女教師で……二十三歳……ま……まさか……!」
ギク。そういえば一応コイツは俺と同じクラスだし。
「お、おおおお前が襲った相手って……山園先生なのか!? けぴ」
「って襲ったってなんじゃそりゃー! 逆レイプより酷くなってるじゃねえかよ! 俺はただ先生にキスされただけ……」
ってハッ! マズッた!
「って山園先生とキスだとーー! き……貴様ー! お……お……俺の女にー!」
「は? お前先生と付き合ってたの?」
「そんなわけねーだろ馬鹿野郎! でも俺の幸せ家族計画によると一年後には俺の愛人にしていたはずなのに!」
「はあ。愛人って……恋人ですらねえのかよ。っつうかお前が言うと冗談に聞こえん」
「フハハハハハー当たり前だ。本気で言っているからな! それにしてもくっそー羨ましい奴め! 女の敵めぇ!」
「お前が言うな。って言うかお前に言われるというのは何かとても理不尽な物を感じるぞ?」
「くそぅ。お前に先生を取られるとは……」
「いやね、だからさ、別にそういうわけじゃ……」
と姉さんが抱きついてきた。
「うるさいわよ零児! けろっぴ。言い訳は聞かないわ。とにかくさっさとお姉ちゃんのお酒を呑みなさい!」
「いや、だから俺まだ未成年……」
「キーッ! 女教師のキスは受けてお姉ちゃんのお酒は呑めないというの! そんなの許さないわよーこのムッツリ変態!」
「ムッツリって……だから俺未成年だし、大体俺酒のめない……」
「いいから呑みなさーい!」
そういうと姉さんは自分のもっているジンのビンをラッパ飲みして俺に顔を近づけて来た。
こ、この展開はっ……まさかっ!
「やっ……やめて姉さん、っつうかヤバイって。お、襲われる、奪われるぅ! 助けて隆貴!」
「ふうむ。近親相姦のキスシーンか。えーっと、ビデオビデオ。けぴ」
「びびがらぼねべちゃぼぼさげぼぼびださび(いいからおねえちゃんのさけをのみなさい)」
「いや姉さん。口に酒入ったまんま喋るなって」
とりあえず逃げようとするも姉さんにがっちりホールドされてて逃げられない。
と口に姉さんの口が触れて何かが流しこめれていく。
「ん……んんん〜〜〜〜ッ!!!!」
く……ジンはきついって……俺酒弱いのに……。
しかし止まるわけもなく無理やり押し込まれた酒は食道を通り胃に流し込まれていく。
ぁ……熱い。それにさらに……意識が……はふぅん。
バタン。
何かが倒れる音がした。
あ……俺の体か。
「あー零児が倒れたーおきなさーい零児。けろっぴ」
いや……無理言うなよ。
「起きないと襲っちゃうぞー。わーい!」
「や……やめ……」
そこで俺の意識は途絶えた。
そうして意識が途絶える前に最後に俺の目に映ったものは俺の服に手を伸ばそうとする姉さんと、嬉しそうに何故か持っているビデオカメラを回している隆貴の姿だった。
2
らっせらーらっせらー悪いごはイネがー!
いかしてえええええひいいぃぃん……。
もっと……もっと……いい……いいわ!
まっつりーだまっつりだーぴっぴっぴー。
あ……すごっ……私もうダメ……。
そう、そう、そうよそうよーーーイク……イク……イクわ!
こんな快感初めて……赤毛さん……もっと……壊して……壊すくらいに……!
「だああああぁぁっ!! うるせええ!!」
そうして目が覚める。頭の中で声がする。これは……強い感情。快感、か?
感情の発信源は遠い。なのに俺の意識に引っかかるとは、相当強い快感だな。
コレだけ強い快感となると、セックスかドラッグ。あるいは……。
とにかくそうして身体にかけられていた毛布をはがし起きる。
暗い室内。能力は開かれている俺に見えない物はない。
床は散らかっていて俺以外に「知らない」美女と「知らない」長身の長髪金髪男が雑魚寝している。
はあ、何があったんだ?
まあいい。いい女だから犯してもいいが、どうも俺はこの女に対してそんな気にならない。
もしかすると、と言うか恐らく「俺」が大事に思っている人なのだろう。
俺は俺の欲望にだけ従う。だから俺は「俺」の悲しむことはしない。
らっせらーらっせらー逝きたい奴はイかしてやるぜーらっせらー。
赤毛さん……わたし……わたしも……ああっ……いい……。
こんなの……あはぁん・・。
相変わらず頭の中では強烈な感情が聞こえる……というか「解」かる。
ふぅ、寝るにしろなんにしろ煩いな。コレが黙らないことには寝るに寝れんだろう。
とにかく発信源に行こう。これは……耳ヶ崎の方か。
しかし体が重い。何か毒が入っているような、これは……アルコールか?
とにかく体のアルコール分解作用を理解し……開放。
そうして自分の脳にも不調を伝えないようにコントロールする。
調整終了。
ふう、取り合えずしんどいのは直った。
とにかく窓を開ける。二階か。問題なし。
そうして窓から飛び降り着地する。耳ヶ埼までなら今の俺の脚なら二分って所だな。
夜の道を走る。うん、調子はまあまあ。
そうして耳ヶ埼に到着。
感情の発信源は……この店か。
その店は良くわからないがバーのようになっている所で、店は地下へと続く階段の先にあるらしい。
そうして階段を降り店に入る。
そうして入った店の中は……まさに酒池肉林だった。
薄暗い照明に照らし出された汚い店のか、誰もが正気を失った目をして快楽に身を浸している。
あるものは人目も気にせず交尾にふけりあるものは強そうな酒の瓶を一気飲みして。
しかしその中でも異様なのが店の奥。人が群がっている。
俺にはプロテクトがかかっているから影響は無いがそこから強い快楽信号が出ている。
それを受けた人間共は皆よがり、ある女ははは白目を向いて倒れて失神し、ある男は泡を吹き痙攣しながらもその快楽にすがり、さらにある女はただだらしなく唾液を垂らし失禁しながらもその快楽の信号を発信している「電波塔」の足にしがみついている。
そうしてその電波塔役割を果たしているのは……若い赤毛の男だった。
あれ。コイツは確か……。
「らっせらーらっせらー逝きたい奴はイかして……って。グヒ。やっと来たか。くぴひひ」
「お前は、昨日合ったか。にしても俺が来ることが解かっていたのか」
「当たり前だぜ。それだけ強い能力を撒き散らしながら近づいてくりゃあ赤子でも判るぜ。今は能力全開って所か……相変わらず凄え純度だなあ。見てるだけでイきそう……ウッ!」
「そうか。それはいいが、何をしている?」
「いやなに、ここにいる奴らが気持ちよくなりたいって考えて酒呑んでたからな……俺が快感を出すのを手伝ってやったらこの有様だぜ。くぴひひひひ。どうした?」
「いやなに。コイツらはこの後どうなるんだ?」
「知らねえよそんなこと。まあ脳のリミッターは軽く超えた快楽容量を送り込んでやったから、回線が焼ききれて廃人くらいにはなるかもな。くひ? どうした? また止めるのか?」
「いんや。こいつらがどうなろうが俺の知ったこっちゃ無いさ。好きにしろ。大体コイツらは好きでやってるんだ。流されるのも何するのも自己責任だ。大体快楽などの物をとったときの罪はその人間の罪はその快楽により齎される身体および精神の損傷以上であってはいけないんだぜ?」
「うへへ? そうか? 意味わからん。じゃあ何しにきたんだ?」
「いや、貴様のせいで煩くて寝れなかった。それで「俺」の意識が落ちてたから俺が出てきたわけさ」
「そうか……煩かったか。じゃあ、俺でも殺して止めるのか……?」
「ふ、別に寝たかった訳でもなし。別に構わんさ。貴様をここで殺すのも面倒だしな」
「うひょひょー、そうか。しかしお前が俺と同じことをすればもっと楽しいことが出来るのに」
「面倒だ」
「ふひひひ。つまらねえ」
と……奴の足元にいた女が奴の足元に縋り付きながらねだって来た。
「ねぇ、赤毛のおにいさぁん……もっとぉ……もっとイかせてぇ……」
「ふひひいいひ……ほぅら……!」
「はああぁぁぁん!」
そうするとその女は涎を垂らし失禁しながら失神して倒れた。あ……白目剥いてらぁ。
「あーあ、今のは強烈だったぜ? こいつはもう普通には生きられんかもな……っつうか多分もう廃人かもしれないな」
「くぴぴぴ……俺は無理やりやってるわけじゃないぜ? 頼まれたからやってやっただけなんだし……あーなんていい子なんでしょうボクちゃん……くひ……くひははははっ!」
と、赤毛野郎も狂ったように笑い出した。
「というかさ、お前もいい加減狂ってるよな」
「ぐふふふ……ありがぁとよぅ、嬉しい、嬉しいなあお前に褒められてっ!」
「にしても……この部屋、臭いな。アルコールやら小便やら精液やら体液やら……色々混ざって最悪だな」
「くぷぴ? そうか? いいじゃあねえかよぅ兄弟! 気にすんな」
「そうか。まあ俺は嫌だ。どっか行くわ」
「おう、もう行くのか。じゃあな!」
と、その時……ドアが何者かに蹴破られた。
俺と赤毛野郎だけがそちらを見る。と……。
そこにいたのは髪の毛をポニーテールにしたややツリ目気味の美女だった。
肩には……なんだアレ。木刀い入れのような布の袋を引っ掛けて。
こいつは、能力者……か。
と、その女と目が合った。
その瞬間、脳にフラッシュバックする風景。
竹刀が彼女の頭部を貫通し血と脳漿を撒き散らしながら死んでいく。
残った目も色を失い口からも血が吹き出す。
地面に倒れた彼女は片目がつぶれ血の海は次第に広がっていく。
そんな風景。
俺は……コイツを……知っている?
でも今の風景によると死んだはず。何故生きている?
しかし生きているならもう一度してやろうか。今のは最高に気持ちよさそうだぜ。
と、女のほうも俺を見て固まっている。
そうして俺に詰め寄ってきた。
「最上零児! こんな所で何をしている?」
「は……誰だよお前? 俺に用か?」
「何を言っている! 私は武田由里香だ。昼間一緒に……」
「しらねえけど何様だよ。あんた」
「記憶が無い……いや人格が入れ替わっている……のか? しかしこの感覚。やはり零児も能力者か。でも昼間の動きからすると肉体強化型……か? 私にはわからないが。にしてもこの惨状……零児。まさかお前の仕業か?」
「ちげえよ。コイツがやったんだよ」
そう言って赤毛の男を指差す。
「そうか……お前はちがうか。で、この男が情報のハッカータイプの若い赤毛か」
「ハッカータイプ? 何それ? 何言ってるんだ? アンタ」
「それにしても零児! 貴様はコレを見ていて止めなかったのか?」
「はあ? 何故俺がそんなことをしなくちゃならんのだ。アホかお前」
「何故って、この女性は……この人も……この人も……みな、廃人に……壊れてしまっているではないか!」
「俺には関係ない。うるさい黙れ」
「なッ! 人を助けるのが……お前の、信条ではっ!」
「知らないなあ!」
「くっ、どうしてなのだ! 零児!」
ああ、煩い女だぜ。
こいつの言葉は一々心に刺さる。それは能力とか云々の問題ではなく心に来る。
その時頭の中でかすかに蘇る古い言葉。
「ただ、あくまで私の気持ちとしては君にはその力を、君自身が正しいと思うことに使って欲しい」
うるさい。
「私にはそれが出来なかった。だからこそ憧れた」
うるさい…………。
黙れ……黙れ……父さん? 違う違う煩い煩い黙れぇッ!
「心の底からそれを君自身の正義を通して使用して欲しいと願う……」
うるさいうるさいうるさい煩い五月蝿いウルサイ!!
違うんだ黙れよオイホント容赦しないぞクソやめとけこれ以上はそれがお前のためだ!
本当に……
あまりにうるさすぎると
殺 し てしま いそ うにな る
幕間1
武田由里香SIDE
場所は少し時間をさかのぼった耳ヶ埼。
私こと武田由里香は夜のこの治安の悪い道を歩いている。
肩には木刀と真剣を一本ずつ入れた袋をかけて。
さっきこの辺りから確かに能力の匂いがした。
政治家でもある父様の命令でよくわからない研究所でこんな能力を持たされてから一年。
それから父様の命令で欲望のままに動く特性を残している能力者を狩っている。
最初は嫌だった。でも……沢山の事件を見て、沢山の理不尽な悲しみや奪われた命を見ていた。
欲望のままに生き、動物のように生きる彼らは、それだけで悪だ。
だから、それによって引き起こされる悲しみを少しでも減らせるなら、私に出来ることをするだけ。
だから今も私は自己中心的で人に害を与える能力者を狩っている。
本来能力者は能力者を感じることが出来るらしい。
さらにハッカータイプは、人の心を読んだり書き換えたり出来るらしい。
ちなみにハッカータイプとは研究所で名づけられた、人の心に進入するタイプの能力者の総称だ。
しかし純粋な肉体強化型の私にはそんなことは出来ないし能力者を感じたりする力も無くはないが弱い。
しかし能力が使われたとき聞こえたり見えたり感じたりといったはっきりとした感覚はもてない物の、匂いとしては判る。
能力が使われるとその能力が匂いとして空気に乗るのだ。
基準としては弱いが、使えなくは無い。
そして今夜はかなり強い匂いが出ていた。少し甘い感じの。
それはまるで理性を溶かすような快楽の甘い蜜。
私は能力者だから耐性があって大丈夫だが、普通の人間なら恐らく近ければ一発で快楽の虜になってしまうであろうような、そんな強い力。
その匂いはどんどん近くなる……ここか。
そうしてたどり着いたのは地下にある小汚いバーだった。
間違いない。ココだ。
という訳でドアを蹴破る。
中は……酷い状態だった。この人たちはもう治せないかもしれない。
許せない。多分やったのはこの町にいるといわれているハッカータイプだろう。
と、その時意外な人物と目が合った。アレは……零児!?
そんな馬鹿な、なんで彼がココに……まさか彼が?
今出ている命令は赤毛のハッカータイプの捕獲または駆除だけど、もしコレが彼の仕業なら零児と入っても放っておけない。
だから問い詰めることにする。
「零児! こんな所で何をしている?」
「は……誰だよお前? 俺に用か?」
あれ、私を知らない? 人違い……じゃない、な。
「何を言っている。私は武田由里香だ。昼間一緒に……」
「しらねえけど何様だよ。あんた」
この言葉遣い……零児じゃない?
「記憶が無い、いや人格が入れ替わっている……のか? しかしこの感覚。やはり零児も能力者か。でも昼間の動きからすると肉体強化型……か? 私にはわからないが。にしてもこの惨状……零児。まさかお前の仕業か?」
「ちげえよ。コイツがやったんだよ」
「そうか……お前はちがうか……で、この男が情報のハッカータイプの若い赤毛か」
零児がやったのではないと知って、少しだけ安心する。
「ハッカータイプ? 何それ? 何言ってるんだ? アンタ」
む……ハッカータイプという言葉を知らない能力者はいるのだろうか?
研究所にいるものは皆自分が何をされるかはわかっているらしいから知っているはずなのだが。
その時足元の人が目に入る……コレは酷い。
そうしてコレを止めない零児に対して怒りがわいてきた。
「それにしても零児! 貴様はコレを見ていて止めなかったのか?」
「はあ? 何故俺がそんなことをしなくちゃならんのだ。アホかお前」
なっ……なにを、だって。
「この女性は……この人も……この人も……みな、廃人に、壊れてしまっているではないか!」
「俺には関係ない。うるさい黙れ」
「なッ! 人を助けるのが……お前の、信条では」
「知らないなあ!」
「く……どうしてなのだ! 零児!」
昼間あったとき、馬鹿な奴だとは思ったけど、実は先生と光が好きになってしまったって言うのもわからないでもなかった。
でも、今の零児は……。
わかっている。初期に精製された能力者は欲望に忠実で、殺戮を好み、人間の敵だ。
でも、頭ではわかってはいても……いや、本当には頭ですらわかっていなかったのかもしれない。
零児は違うって思ってた。私と同じで能力だけ獲得しているか、能力者というのが勘違いだとか。
とにかく先生や光も悲しむだろうし零児と戦うなんてことはなんとしても避けたかった。
だから……だから、零児の口からだけはこんな言葉だけは聞きたくなかったのに……。
と、その時、突然頭に流れ込む感情。
同時に凍る空気。
「殺 し てしま いそ う 」
その空間をも侵食する感情は……殺意。
空気は毒をもち身体を突き刺していく感覚に襲われ身体は自由を失い呼吸もままならない。
その感情の瘴気はただ一人の人間から発せられている
殺気の主は、零児だ。
享楽に明け暮れていた人たちさえ静まりその主を凝視する。
空気全体が殺意で埋め尽くされていて誰も身じろぎ一つ取ることすらかなわない。
物音一つしなくなった空間の中、誰もが凍っている。
動けば殺される。そんな絶対的強者を前にしたときに感じる本能としての恐怖。
言葉が出ない。
その時何となくわかった。私はココで殺されるんだって。
そうしてその静寂の中、零児は立ち上がり、ポケットから折りたたみのナイフを取り出して開いた。
私は動けない。ああ、もうダメかも。
足が動かなくて逃げることすら出来ない。あはは、能力者から人を守ろうって意気込んどいて……いいザマだな。
零児がこの惨状の主だったら零児すら倒そうって思い上がっていたのに、実際彼は違ったけど、でも、私はココで殺される。
だいたい彼を倒せるなんて思っていたこと自体が間違いなんだから。
ふう、大体こんなことが長続きするとは思ってなかった。
人を守るために能力者を殺したこともある。その能力者を作ったのが誰かを考えないようにして。
だからココで能力者の彼に殺されるのは正しい結末。まさに因果応報。
そうして零児がナイフを振りかぶる。その切っ先に視線が行く。
あ、明日はそういえば光と一緒に遊びに行く約束してたのに……約束果たせないな。
私が死んだら……光は悲しむかな。
ゴメン。光。
心残りがあるとすれば……そんな何気ない日常のことだった。
でも身体は動かない。視線だけがかろうじて動いてそのナイフの切っ先を追っている。
そうして
ナイフは
振り下ろされた。
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