What can I say
1
潮風が頬をなでる。そろそろ海が見えてきた。まだ距離がかなりあるのだが視界が高いせいで港のほうが良く見える。
そう、視界がすっごく高いんである。何しろ俺は今先生を抱いて建物の屋根の上を走っているのだから。
なぜそんなことが可能かというと、海に近いこのあたりには大体二階建てくらいの建物や倉庫くらいしかなくて屋根から屋根への高度差がそんなに無いので、屋根から屋根への移動もそれほど難しくないのだ。
じゃなくて、それ以前になんでそんなねずみ小僧のようなことをやる必要があるかというと、実際地上ではあまりに目立つからだ。
事実学校出てすぐのところで包囲していた警官隊の一部に囲まれたし。確かに血まみれで女を抱いて走っている学生服の男って言うのは不審極まりない物だろうけどさ。でもまあそのときには能力で軽く眠らせて逃げたんだけどね。
誰かに能力で操られてしまった人間をさらに操るのは、元の能力者以上の強力な能力が必要になるから難しいんだけど、ただの人を操るなんてことは造作も無いことなんだよな。
そう言うわけでそれから武田に一言言って屋根の上に飛び乗って屋根から屋根へと飛び移って目的地まで移動しているわけなんだよ。
と……。
「ひゃあっ!」
あ、また先生が腕の中で悲鳴をあげた。無理も無いな。今の隣の屋根までは少し距離があったから結構スピード出して跳んだしな。
「しかし、何でわざわざそんな、耳ヶ崎なんかの倉庫へ行くんだ? 私たち誰かの家で良いんじゃないのか?」
ん……武田か。ちゃんと着いてきているな。関心関心。武田のことだから片山さんも絶対に無事だろう。
「それはさ、アレだよ。奴は俺を追っていたらしい。そして俺が通っている学校や、お前のことまで調べたくらいだ。俺やお前の家の所在が割れている可能性も見ておくべきだろう。それに片山さんや先生の家って訳にもいかないだろう? もう手遅れかも知れんが、だからと言ってコレ以上巻き込むわけにもいかんし……」
「む、それもそうだな。しかし、その倉庫とやらまだなのか?」
「ああ、あと少しだ。安心しろ。次の次の建物の所を右の細い路地のほうへ飛び降りるぞ。裏道があるからな」
「ああ、了解だ」
そうして二回屋根から屋根への八艘跳びをして、それから路地のほうへ着地。腕の中で先生がまた悲鳴を上げたが勿論黙殺。
後は路地裏の人目の無い細い道を選んで地上を走る。そうして……。
「ここだ」
着いた。潮風を受けて錆びまくった空き倉庫の前に。
別に港沿いでは無いのだが、やはり耳ヶ崎一帯は鉄の腐食が早い気がする。ホントどうでもいが。
「先生、立てますか?」
「ん、あ、うん。多分」
そう言ったので先生を降ろす。
先生は降りたその瞬間こそ僅かにふらついたけど、すぐに持ち直した。何とか無事みたいだな。
と……。
「この倉庫か。零児」
片山さんを降ろした武田が片山さんを付き添わせてやってきた。
「ああ、そうだ。少し待ってろ。確かこのドアが……」
そう言って倉庫右側にある扉を開く。扉は錆びてはいるが、金属音を鳴らしながらもスムーズに開いた。
そうして中に入ると埃っぽいながらも広いスペースが出迎えてくれた。
「ほう、なかなか立派な物じゃないか」
「ああ、電気や水道も通っているし、少しの間でも隠れるのにはうってつけの場所だぜ」
「ああ、そうだな。先生、光、大丈夫だ。入ってきてくれ」
なんだ、まだ入ってなかったのか。
「へー、なかなか広いじゃない」
「本当、しかも二階建てだね」
「ああ、そうだぜ……って、あれ?」
なんか急にフラフラして来た。しかも体の感覚が殆ど無い、あれ、床が、近い気がする、って、うわ!
そうして気がついたらバタリと大きな音を立てて碌に受身も取れないまま床にうつ伏せで倒れていた。
そうだ、忘れてたよ、と言うか気が張っていたせいで生命活動をなんとなく続けていたけど、魂の欠損は埋めたとは言え、肉体はいまだ死に体だったんだ。何より血が足りなすぎる。
「って、零児!」
「大丈夫、最上君!」
「ちょっと、どうしたのいきなり!」
「あーどうしたもこうしたも、体に水分とか鉄とか、とにかく血が足りなすぎる。武田、悪いんだけどちょっとコレで」
そう言ってうつ伏せに倒れたままポケットを探り財布をおそらく武田が居るであろう方向へ向かって適当に放り投げる。
「どこか自販機とかあるだろう。探して適当に買い漁って来てくれないか?」
「あ、ああ。飲み物だな。でもそんなことでいいのか? すぐにでも病院に行って輸血を受けたほうが……」
「バカ、そんな必要はねえよ。説明すると長くなるけど必要な素材さえ体内に入れれば後は俺の肉体が俺を死なさないようにと勝手にやってくれるから余計な気を使うな。それよりも一刻も早く頼む。本当にあと少しの間で体に水分が入らないとおそらく俺は……」
そう、今度こそ死ぬ。
「あ、ああ、解かった。すぐに買ってくる。すぐに戻るから何とか持ちこたえておいてくれ」
「うい、頼んだ」
そこまで言うと武田が猛烈な勢いで倉庫を出て行った。あの様子ならすぐにでも買ってきてくれそうだな。
いい奴だな、武田。
でも、そこまで考えた時点でだんだんと視界が黒く塗りつぶされてきた。
あ、コレは本格的にヤヴァイかも。そろそろ限界かも。
そう感じたのを最後に、だんだんと重くなる瞼を前に、俺はその欲求に抵抗するのをやめた。
幕間1
今日は本当に解からない事だらけだった。一時は本当に最悪の事態も覚悟したけど、何があったのか何にもわからなかったけど、と言うか今でも解からないけど、取り合えず最上君が復活してからは何とか全員無事に逃げ出すことが出来て、こうして全員無事に倉庫に着いたわけだ。
こんな状態で言うのもなんだけど正直最上君にお姫様抱っこされていた先生が少し羨ましくもあったけど、でも私を抱いて走ってくれるユリちゃんがすごく優しく私に衝撃がこないように抱いてくれていて、そんな所にも、ユリちゃんの優しさを感じて何だか嬉しかった。
そうして今また、ユリちゃんは、その優しさを示すように最上君に投げられた財布も取らずに、すごい勢いで倉庫から出て行った。
なんて言うか、ユリちゃんって本当にいつも一生懸命で、なんか、良いよね。
私はいつだって、ユリちゃんと一緒に居ると、ユリちゃんの友達であることに誇りを感じられる。だから、そんなユリちゃんだから私は大好きなんだよね。
と、そう言えばさっきのやり取りを最後に沈黙した最上君のほうを見てみる。
何だかうつ伏せに倒れてピクリとも動かない。大丈夫かな……。
ちょっと声かけてみよう。
「ねぇ、最上君、最上君、大丈夫……?」
「……」
返事なし。って大丈夫かな!
「ちょっと、最上君、大丈夫?」
そう言って軽く揺すってみるも反応なし。
あれ、コレちょっと本当に拙いんじゃない?
と、今の様子を見てた先生も拙いと思ったらしく、最上君を抱き上げて頬をペシペシし始めた。
「ちょっと、大丈夫なの最上君!」
「あ、あぁ、先生……?」
あ、意識が戻った。
「しっかりしなさい。寝たら死ぬわよ!」
「あ、ああぁ、そう……です、ね」
「ちょっと、ホントしっかりしなさいって。何か必要な物ある?」
「血が、ぅ、……み、水……」
「ちが、う、み、みず……違うミミズ!?」
「いや、先生、今はそんなベタなこと言ってる場合じゃありませんって! アレだけの血液を失ったんですから、最上君は水が必要なんです」
「わ、わかってるわよ。こんな状況で冗談なんか言うわけ……ハッ! そうじゃなくて、えー……っと、場を和まそうと少し渾身のギャグを言っただけよ、うん。そうよ」
今の天然だったんだ、この現代国語の教師……恐ろしい人!
「とにかくっ、今必要なのは水。どこかに水は、えーっと……」
そう言ってあたりを見渡すと、壁沿いに小さくて汚い水道があった。コレが生きてればいいんだけど……。
そう思って水が出るように捻って見ると、シャアアアアという音と共に蛇口から中々の勢いで真っ赤な水が出てきた。
ああ、そうか。こんな古そうな倉庫だからすっかり水道管が錆びちゃってたんだ。
そうして、しばらく様子を見てみるも赤水がやむ様子は無く、錆びの根は深いようだった。
「ふぅ、だめそうだね、管が錆びちゃってるみたいで……」
「て、鉄、み、み、水ぅ……ッ!」
「って、ひゃっ!」
ビックリした。振り向いたら其処に音も無く突然最上君が立っていたのだから。
そしてさらに、最上君は赤水が出ている水道を虚ろな目で見つめた後、おもむろに其処から出ている錆びた水にむしゃぶりついた。
「ちょ、ちょっと、最上君!?」
「ど、どうしたのよいきなり!」
そうして異変に気づいた先生と二人で止めようとするも。
「み、水ぅ、さ、錆び、ああ、ああぁ、う、うみゃい!」
すっかり水道にしがみついて離れようとしない。
「ちょ、ちょっと、やめなさいよ、そんな水が美味しい訳無いでしょ!」
「そうだよ、身体に悪いよ」
「ばか、これがあぁ、良いんだよ、さび、それに死にかかってるんだ、これ以上なんか、が、がぶがぶがぶ!」
うわあ、なんと言うか鬼気迫りすぎて止められない。
と、凄い勢いで扉が開いて両手にペットボトルを大量に持ったユリちゃんが飛び込んできた。
「待たせたな、買って来たぞ零児!」
「あ、まったああぁっ!」
すごい勢いでユリちゃんの方へ行く最上君。
「ああ、待たせて悪い。吸収率の高い「ポ○リ」と「アクエ○アス」と「アミノバ○タル」を買ってきたぞ。ちなみに私は「エネ○ゲン」が好きだ。最近見ないなぁ、エ○ルゲン」
「ええい、そんなことはどうでもいい、くれぇ」
「ほれ」
そう言って買ってきた2リットルのペットボトルを投げて渡すユリちゃん。そしてそれを受け取った最上君は跪く様な体制で蓋を取って浴びるように飲み始めた。
って、うわっ、凄い。もう2リットル飲みきった。すぐに次のに手を伸ばす。
そしてその新しく開けたアミノバ○タルもすぐに飲み干してしまう。凄いペースだよ。
「零児、いくら水分が足りないとはいえあまりにも急な水分摂取は身体に毒だ。最悪死に至るんだぞ?」
「うるひゃい、う、うみゃ、が、がぶがぶごぶごぶがぶ!」
まさに聞く耳持たず!
「が、がぶがぶごぶごぶがぶ……ふ、ふう、ふう、ふぅ」
あ、飲みきったみたい。
「だ、大丈夫、最上君?」
「あ、ああ、だい、じょう、ぶううぅぅぅぅ……!」
そこまで言い切ると最上君はそのままうつ伏せに倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫なの!」
「あ、ああ、大丈夫だよぅ、本当に、後は肉体の方で勝手に治癒してくれるから」
「そ、そうなの? よく解からないけど」
「ああ、へーきへーき」
そう言いながら最上君はうつ伏せのまま後頭部のあたりで手を振っている
と、それを見たユリちゃんが最上君の方へ歩いていき最上君を仰向けにひっくり返し聞いた。
「零児、本当に、こんなことで大丈夫なのか? すぐにでも病院に行った方が……」
「平気だって、俺は少し寝るから、じゃ」
それだけ言って本当に寝てしまう最上君。
「おい、零児、起きろ、起きろってば」
「ね、ねぇ、本当に寝かしちゃって大丈夫なの、武田さん」
「ちょっと待ってください」
そう言って最上君の胸に耳をくっつけたり顔の近くでいろいろと指を当てたりしているユリちゃん。
何してるんだろ。
「ふぅ、どう言う訳か本当に呼吸も深くて安定してるし、脈もしっかりしてるんで大丈夫そうですね」
「そ、そうなんだ。なんか……凄いね」
「全くだ。能力者だからといって、説明できる状態じゃないぞコレは……」
「う、うん。どう言う事かよく解からないけど、アレだけの血を吐いたら普通は助からないよ」
「ああ……」
本当に、今日は何から何まで解からない事だらけだよ。
混乱しすぎて何がわかってないのかすら解からないくらいに、何にも解からないや。
と、今まで静かにしてた先生がズズィッと出てきた。
「さぁて、最上君の方も一段落したみたいだし、どう言う事か、説明してくれるんでしょうねぇ、武田さん?」
幕間2
う、よりにもよって零児の寝ているこのタイミングで聞きますか先生。
「な、ななにを……私に?」
「だってそうでしょ? 最上君がどういう状態なのか武田さんはよく解かっているみたいだし。あと今日のあなた達の異常な運動神経とか、あの男たちは誰だったのかとか、後今日廊下で起こった数々の謎の現象の正体とか、何故貴女が日本刀なんかを持ってたのかとか、そもそもなんで最上君と貴女があの現場へ居た、いや、行く必要があったのかとか、そう言ったモロモロの事をマルっと丸ごと説明してもらいましょうかっ!」
そこまで言うと先生は大見得を切るようにズビシィッとこちらに指差してきた。
ううぅ、ここは私の必死の説明フェイズに入るしかなさそうな空気。流石に誤魔化せないか。
「ふぅ、どうやら本当のことを話さなくちゃならないみたいですね」
「ええ、そうよ。話して頂戴」
「解かりました」
ふぅ、いつかは光には話そうとは思っていたけれどまさかこんな機会に話す事になるとは……。
ええぃ、ままよ。これも運命か。
「光、先生。聞きたいんですか、超能力って信じますか? よくテレビでやったりしてるあの如何わしい、まあつまりは、人の限界を超えた在りえない力を持った人たちの事です」
そう、超能力。言葉にすればこんなにも陳腐で簡単なこと。それが今こんなにも私たちを振り回している元凶。
「え、まぁ、そりゃあ、ね」
「えーっと、うん。前はどちらかというと懐疑的な立場だったんだけどね」
「そうですか。それなら話は早い。私と零児は一言で言えばその、所謂超能力者って言う奴なんです」
よし、遂に言った。ええい、どんな反応でも受け止めよう。
と……。
「ふう、まあ、そんなところよね」
「そうだよね。やっぱりそうなんだ」
あれ……?
「二人とも、もっとこう、なんていうか、驚くかと思ったんだけど」
なんて言うのか、こう、なんだってー! って言って固まるとかそう言ったリアクションをとると思っていたんだが。
「だって、ねぇ、先生?」
「ええ、今日アレだけのことを目の前で見せ付けられたらねえ? 私は鬼だとか吸血鬼だとか実は人間じゃないって言われても信じるような状況だったわよアレは。正直今日の動きは超能力者とかそういった答えでもないと納得できる物じゃないし、妥当な答えね」
「う……そうでしたか。まあ、でも本題はここからなんです」
そう、大事なのはコレから。二人は超能力者。ハイ終わり。バンザーイバンザーイって話ならばどんなに良かったか。
「それで、まず光、私の父が政治家である事は知っているだろ?」
「あ、うん、確か良くテレビで見る武田義正さんってユリちゃんのお父さんなんでしょ?」
「ああ。その父も係わっている話なんだが……」
そこまで言って深呼吸をする。ここからは話してはいけない事なんだが……。
「まず言っておく事があって、ここからは政治的な問題も絡んでくる極秘の国家機密だから、私も話した事がバレれば只では済まないだろうし、二人にも迷惑をかけるかも知れない。それでも二人は聞きたいですか?」
「え、ええ。ここまできて聞かないなんて流石に目覚めが悪くて……」
「うん、そうだよ。話して、ユリちゃん」
ふぅ……。
「それじゃ話すが、あ、ここから話す事は二人を信用して、この二人だから話すんであって当たり前だけど絶対に他言無用だからな」
「あ、当たり前じゃない。他では話さないわ」
「うん、判ってる。だから話して」
「ああ。まず、私たちみたいな力を持った人間の事なんだが、国の方でも勿論その力については把握していて呼称も決まっている。呼び方は単純に「能力者」と。そして、そのタイプには大きく分けて二つある。純粋に力が強くなって、能力の行使してる間は身体能力が劇的に上がる肉体強化型と、もう一つは他人の精神に侵入して他人の心を読んだり書き換えたりする、精神干渉型。通称ハッカータイプと呼ぶ。ちなみに私は肉体強化型。私以外は零児も含め皆ハッカータイプのようだな」
と、ここまで言い、もっとも大事な事を言ってなかった事を思い出した。
「そうだ、光に伝えるべき大切な事があった」
「え、私に?」
「そう」
そうだ、コレはとても大切で、そして私にとってはとても怖い、でも避けては通れない事。
「光、私は君に謝らなければならない」
「へ? 謝るって、何を?」
「ああ、この事なんだが、いくら父からの命令の国家機密とは言え、光に隠し事をしているというのは、その、なんと言うか気まずかったんだ。いや、勿論いつかは打ち明けるつもりだった。でも、それがなかなか出来なくってこんな事になるまで黙っていた私を許してくれ」
そう言い切って思いの丈を全て籠めて頭を下げる。
と、突然光はあたふたと慌てながら詰め寄ってきて言った。
「あ、いや、そんな事で謝られても、ほら、全然気にしてないし、頭を上げてよ。そんな国家機密クラスの事なんか話せなくても当然だよ。私はユリちゃんのその気持ちだけで凄く嬉しいから」
「いや、私はダメな奴なんだ。勿論極秘事項なのは嘘ではないが、そんな物は建前だったんだ。光が秘密をすぐに外に漏らしたりする性格じゃないのは良く解かっていたし、だから光にならどんな機密だろうと話しても大丈夫だって事も解かっていた。でも、それ以前に私は人とは違うから、ほら、今までだって私には光と出会うまで友達と呼べる人は居なかった。やっと出来た初めての友達の光に、私が人とは違った「能力者」とか言う良く解からない者だって言う事で、光が離れていってしまう事が怖かったんだ。だから、今まで光にこの事を話していなかったのは、私の使命とかそんな事じゃなくて、殆どは私のエゴなんだ。本当にすまない。光。許してくれとは言わないが、この通りだ」
そう言い切って、正直な気持ちを乗せてまた思いっきり頭を下げる。
正直、頭を上げるのが怖い。光はどんな顔をしているだろうか。
ああ、やはり、この時間は、凄く、怖い。
許してくれとは言わない。そう言葉にはした物の、やはり絶交するとか言われる事を考えると覚悟を決めた心が折れそうになる。
でも、今の気持ちは、怖い気持ちと共に、今まで言えなかった事が遂に言えたせいか心の中の淀みを取り去ったような達成感も僅かながらあった。
と……。
「はーっ、ユリちゃんは、全くどうして、もぅ、こうハッキリと……」
という、少し呆れた様な光の声が聞こえてきた。
「ユリちゃん。良いから、頭を上げて」
「う、うん」
そうして恐る恐る頭を上げて光の顔を見る、と、光は何故か頬を紅くして少し照れたようにこっちを見ていた。
「あのね、ユリちゃん。ユリちゃんは確かに人とは違うかもしれないし、今まで私にその事を隠してきたかもしれない」
「う……」
その通りだ。
「でもね、今こうやってハッキリ言ってくれた。それにそんなふうに真剣に私たちの友情について考えてくれていた。それだけで嬉しいから、その、なんていうか、ね」
「あ、ああ」
と、光はもじもじしながらツインテールの髪の先っぽをこねくり回しながら私の方を見て言った。
「その、ユリちゃんはその事以外はいつも思った事を正直に言ってくれてたでしょ?」
「ああ、勿論だ。だって、光は友達だから」
「う、うん。そう、そういうユリちゃんの真っすぐな所がね、その、なんて言うか、私は凄く好ましく思っているというか、その、そうそう! 今日だってそう言うふうに真っ直ぐに言ってくれて、正直で、そして優しくて、とにかくそう言うユリちゃんだから友達なんだから、だから唯の人だろうと、能力者とか言う物だろうと、ユリちゃんはユリちゃんだから私は大好きなんだよ!」
そう言いきると光は「あーもぅ、恥ずかしいなぁ」と言いながら紅い顔のまま目線をそらしてしまった。
なんと言うか、嬉しかった。言葉が見つからないほど。でも、それをも越えて最初に思った事があった。
それは、光が、その、か、可愛い。とんでもなく。
正直胸のあたりが苦しくなるくらい、光が可愛くて愛おしい。
も、もしかすると私は自覚が無いだけでそのケがあるのだろうか?
ええぃ、そんな事はどうでもいい。
「え、ええぇぇっ!」
光が驚いた声を上げる。
そう、何故なら気がつけば、思いっきり私が光に抱きついていたから。
「ありがとう光っ! そう言ってもらえて、私は、今、とても嬉しい」
「あ、ああ。そ、そそそそう? それは、よかったにょつっ!」
あ、慌てすぎて噛んでる。可愛いなあもうっ!
「ふふふふふ、やはり私は光に謝らなくてはいけないな。光ならこう言うふうに言ってくれるって少し考えれば解かる答えだったのに、ついつい臆病になってしまっていたんだ。すまない」
「え、ええええっ、いいよそんな事。私もユリちゃんが友達で凄く嬉しいよ、だからこの体勢はそのちょっとね、恥ずかしいかなーなんて」
「いいじゃないかいいじゃないか。ああもうっ、やわらかくて気持ちいいなぁ、光は!」
「ええええっ、えええええええっ!?」
ふふふふふ、驚いてる驚いてる。そんなところも可愛いなあもう!
「はいはい。二人が仲が良いのは解かったけど、私も聞きたい事があるし、話を進めてもらえないかしら。私を置いて二人の世界を作られてると正直着いていけないんだけど」
む、先生か。今は良い所なのに。
まあ良いか、光の感触も堪能したし、話を続けないとな。
「解かりました先生。光も十分堪能したし、話を進めます」
「ええ、そうしてくれると助かるわ」
ふぅ、それでは続きを話すか。そう言うわけで説明のターン。
光もしっかりと聴くモードに入っている。と、言うわけで、説明再開。
「で、先生。質問はなんですか?」
「能力者には二つのタイプがあるって事までは解かったわ。でも、国がそれを把握しているといったけど、国としては能力者をどのように見ているの?」
「どの様にと言うのは、その、難しい問題ですね。そもそも能力者というのは国が作っている物ですから」
「えっ、そうなの? そこら辺にいる超能力者みたいなものとは関係ないの?」
「先生、テレビに出ているああ言った者は基本的にインチキやトリックです。私たちの呼ぶ能力者というのは国が研究に研究を重ねて作り上げた者です。人間が使っている脳の領域がホンの一部分という話は知っていますよね?」
「え、ええ。良く聞く話よね」
「その脳の普段殆ど使っていない「ある部分」を使うようにする事で、そのちょっとした「ある部分」の脳の使用している容量の違いでに人間は人並みはずれた力を手にしてしまうものなんです。その脳のある部分の回線を開いている者の事を能力者と呼ぶんです」
「でも、人工的に作るって、そんな事が……あ、それなら貴女も?」
「はい。私も一年前に父の命令で研究所に連れて行かれて能力者になったんですが、数週間に渡って入院状態になりながらの、ある薬物の投与と、あとはすでに居るハッカータイプの能力者による催眠術が主な方法でした」
「そんな事で、そんな簡単に能力者になれるの? それだけの能力なんだから、副作用とかは……」
「私の場合は副作用はありませんでした。それに勿論適正があって、能力の強さはまちまちで、全く発現しない者もいます。それに、今でこそほぼ100パーセント副作用無しで能力者を作る行程を行えますが、初期は酷かったそうです。能力を得る確率も低く、また副作用としては精神の錯乱や廃人になるなどのの副作用。最悪は発狂して自殺に走る者。あるいは脳が破壊され死亡する者などがおり、また初期に精製された全ての能力者は皆「理性が消えて欲望に正直になり、歯止めが効かない」と言う副作用があったそうです」
「ちょ、ちょっと、それってつまり完全な人体実験じゃない!」
「ええ。そうですね。だから、初期の殆どの能力者は国内外の死刑囚や重度の犯罪者などが使われていて、今でも厳重に隔離されています」
「そ、そんな事って!」
「だからこそ、こう言った人権を無視した事実だからこそ、極秘の国家機密なんです。私は二人を信用して話しました。二人は、この事実を黙っていてくれますか……」
「う、そ、それは……」
と、黙っていた光が口を開いた。
「ユリちゃん。私は黙ってるよ」
「ええぇっ! ちょ、ちょっと、片山さん!」
「だって、これ程の裏があるのに、私たちを信用して話してくれたんです。それに答えないわけにはいかないと思います」
「でも、片山さん、こんな倫理を無視した話を……」
「じゃあっ! 先生は、ここでこの話を外に漏らしたとして、何か良い事が起きるんですか! なにより、ユリちゃんは、ユリちゃんは何も悪くないんです。国のトップの人たち、仮にユリちゃんのお父さんを含めた政治家たちが係わっていたとしても、ユリちゃんは命令とかに従って能力者になって、そして極秘の命令を破ってまでも私たちに話してくれたんです。その信頼を裏切るわけにはいきません」
「わ、解かったわよ。話さないわ、話さないわよ! 約束だから仕方ないわよね。秘密は守るわ」
「二人とも、ありがとう。それでは話を続けます。私に課せられた使命は稀に起こる能力者による研究所の脱走。その脱走した能力者の捕獲または処理です」
「え、処理って、それってまさか……」
「はい。手に負えない場合は、殺せとの命令が」
と、少し震えて話しかけてくる光。
「ねえ、ユリちゃん、ユリちゃんは今までに処理を……その、能力者に人たちを殺した事が」
「う……。ああ、光に嘘はつけない。そうだ、私は今まで何人もの脱走した能力者を、その……ああ。そうだ。手にかけた」
と、今日初めて光がうろたえた表情で私を見て震える声で言った。
「だ、ダメだよ。間違ってるよそんなの。国の都合で人体実験してそれで都合が悪くなったら殺すなんて!」
「でも、命令だったんだ」
「命令だなんて、命令だからってユリちゃんは人を殺すの? そんな、そんな、ユリちゃんがそんな……」
そこまで言うと光は私を見て脅えたような、そんな表情をした。
その表情を見た瞬間に胸が軋んだ。痛い。胸が、痛い。
光の視線に呼応するように起こる妙な感覚、初めての感覚、胸の中で痛みと共に何かがのた打ち回るのを感じる。
「ユリちゃんが、人を、殺して……」
ああ、ショックを受けるのはわかる。
でも、お願いだから私をそんな目で見ないで。他の誰にどう見られてもいい。例え零児だろうとほかの誰だろうと、世界中の人が私を軽蔑してもいい。
でも、お願いだから、光だけは、そんな目で私を見ないで。私を恐れないで。私を軽蔑しないで。
「そんな、殺人だ、なんて、ユリちゃん……」
そこまで言って一歩後ずさる光。
お願いだ、お願いだ頼む後生だから、そんな、私を、私を私を汚い物のように見ないで!
お願いだから私から離れないで、私を捨てないでっ!
何か感じた事の無いほどの感情の激流が胸を痛めて、そして胸に収まりきらなくなった感情が溢れて喉からせり上がって来るのを感じて、気づけば……。
「仕方なかったんだッ!!」
言葉となって形を持ち、そう叫んでいた。
「私だって……ッ、私だって、人なんか殺したくなかったッ!」
「ゆ、ユリちゃん……?」
そう、殺したかった事なんか無い。でも、誰かがやらなきゃいけなかった。
そうしてリアルに手に蘇る、初めての殺人の感覚。
今でも偶に夢に見て眠れなくなるその感触。
溢れ出す感情は止まる事が無く、人前では絶対見せないように、気づかれないように隠して、隠して隠して隠して、ずっと押し込めておいて表に出さないつもりだった言葉を紡いでいく。
「でも、仕方なかったんだッ! ああ、今でも良く覚えている、初めて人を斬った感触を。命を奪うと言う事の、同族を、私たちと同じような重さの心を持った「人」を殺すと言う事の重さを。手に感触が残って何日も寝られなかった! 感触が戻る度に、その風景を思い出す度に自分の汚さに泣いて、喉が擦り切れて血が出るまで吐いた! 返り血の付いた身体が、血の臭いがいつまでも取れない気がして、風呂場で裸になる度に返り血の付いた場所の肌が擦り切れて肉が見えて血が出るまでこすり続けても匂いが取れない気がして、気が違いそうだった!」
そうして言うつもりの無かった、逃げの言葉を話す。
「でも、どうする事もできなかった。父さまは私の言葉になんか耳を貸すわけも無くて、そして目に入る現場は全て地獄だった。光は、光は知らないだろうっ! 人智を超えた力を持った者が、欲望の、暗い欲望のままに動いた時にどんな惨状が起こるかをっ!」
気づけば視界がぐにゃりと歪んでいる。
まともに物が見えない。
「無関係の、ただの人たちが、力のままに犯し、殺されるのを見てきたっ! 何人も、何人もを楽しみのためだけに殺す奴を見てきたっ!」
視界が歪んだ正体を探り、そして、なんとも単純な自分の状態にようやく気づく。ああ、そうか。
「奴らによって頭を乗っ取られて、心を乗っ取られて壊されて狂わされて、思いのままに痴態を演じ、そして殺されたり、殺し合いをさせられたりする無関係の人をいつも見てきたっ!」
私は、泣いているのか。
「いくら、その状態になったのが彼らのせいでは無いとは言え、欲望のままに振る舞い、そして人を弄ぶ彼らは、悪だっ!」
ああ、激情しすぎて何故か頭の何処かが冷静に今の自分を感じている。なんてアンバランス。
それにしても激高して人前で叫びながら泣くなんて、我が事ながら、なんて情けない。
「だからっ、だからッ、私が、殺したっ! 原因が誰に在るかを必死に考えないようにしながらっ!」
それにしても、人前で泣くなんて、いつ以来だろうか。いつも夜のベッドで一人で泣いていたけれど、人前ではポーカーフェイスを貫いてきたつもりだ。
「そう、私が、殺したッ! 躊躇いのせいで余計な被害者が増えないように、最初は手足を折って、それでも抵抗する者には速やかに死を与えたッ! 私がっ、この手でッ!」
そうして殆ど視界のない目で、両手を見る。その手は酷く汚く感じた。当たり前だ。人殺しの手なんだから。
それにしても、我ながら良くこれ程泣ける物だと驚く。涙は尽きる事が無い。
「そうして、その度に、一つの命を私が奪い、数人の命を救った! でも彼らにとっては、私は化け物だった。当然だ。彼らにとっての恐怖の象徴である能力者にそれを超える力を持って死をもたらす者が私だ。いつも、いつもいつもいつもいつも私が現場を救おうとする度に彼らは私を死神のような物として見たっ!」
思い出す彼らの視線。何処においても、私は畏怖と恐怖の象徴で、理解された事は無い。
「何度も繰り返すたびにいつも心が折れそうだった! でも、事件は起こる。その度に現場を見つけ、惨劇が起きて、何とか止めたくて、そして殺したっ! そうだ、殺した、殺した、だから、だからだからだから私は人殺し!」
そう、所詮は私は人殺し。それは揺るがない事実。
「そう、私は殺人者、殺、殺、殺し、殺人、殺人。ああ、そうだ。やっぱり私は人殺しで、あああああああぁぁぁっ!!」
「もう良いっ、もう良いよッ!」
そうして身体に走る衝撃。
何か暖かい物が身体を包んでくれるのを感じる、
溢れた涙でぐにゃぐにゃに歪んで殆ど用を足さない視界の中。
ぼやけて映るのは必死で私に抱きつく光の姿だった。
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