Fly like a bird
幕間1
思考を切り替えろ。零児は死んだ。それはどうしようもない真実。
本当に許せない。そんな状況に追い込んだあの宗全とか言う男も許せなければ、他人の為に自らの命を投げ出した零時も許せないし、何よりあの状況で何もできなかった自分が許せない。
だから、私は今度こそは、せめて後ろの二人だけは助けないと、それこそ零児に合わせる顔が無くなってしまう。
そう、だから最後に血の海に倒れている零児のほうを見て、そして覚悟を決めて、自らの命を賭するつもりで真剣を抜き放ち、敵に相対した。
「ほう、真剣を持った肉体強化型の能力者か、コレはなかなかに厄介かも知れんな、くくく」
「そう言う割には対した余裕っぷりじゃないか。宗全とか言ったか、あの二人には手は出させない」
「ふむ、私としては、後はお前さえ殺しておけばあの二人には用は無いのだが、しかし赤毛の奴がそうも言うまい。取り合えず、だ。国の狗のお前は生かしておくわけには行かない。死んでもらおう」
「くっ、来るかっ! 二人とも、早く逃げて!」
「え、でも……」
「異論を聞いている暇は無いんだ。どれだけ持つかは解らないけど、できるだけ時間は作るから」
「ほう、いい心掛けだな、ならば……来いっ!」
「応ッ! オオオオオオオオッッ!」
そう気合を入れ渾身の力で斬りかかる。
しかしそれを敵は紙一重でかわす。
かまわず次の動きへと繋げて行く。敵はそれをも構わずにみな紙一重で避けていく。
が、こちらが一綴りの動きで攻撃している所為か敵も反撃できずにいた。
「む、流石だ、思ったよりも早いな。素晴らしい。お前はおそらく上級の能力者なのだろう。それにその日本刀の間合い、思ったより厄介かも知れんな」
そう言う割りに奴は余裕の表情を崩さない。
そう、何より奴が余裕なのは私自身が一番わかっている。純粋に速さで言えば奴はおそらく私と互角くらいだろうか。しかし、その見たことも無い動きに私が対応できないのと、その無駄の無い動き。間違い無い。おそらく私と奴では戦士としての強さの桁が違う。
しかし、そんな泣き言さえ今は言っている余裕は無い。
「く、オオオオオッ!」
渾身の一撃で袈裟懸けに敵をなぎ払う。
しかし、その瞬間視界からストンと影か消えた。
何が起きたのかと見れば奴は地面に手が着くほど低く体制を取りこちらの攻撃をかわし、そのまま地面に着いた手を軸にしてその異常に長い足でこちらの脛に強烈な蹴りを放ってきた。
「なっ!」
そうして、気がつけば脛に衝撃が走り、足から力が抜けて前のめりに膝をついていた。
「くっ、脛打ちとは卑怯な!」
そう言いながらも敵を近づけないように闇雲に刀を振り回す。だが……。
「無駄だ」
そう声が聞こえたと思ったらいつの間にか間合いの中に入られていたらしい敵に刀を握った右手の手首を握られていた。
そして力を込められる手首。あまりの握力に骨のきしむ音が聞こえ、痛みから思わず刀を手放してしまう。
何とか握られた右手首を離させようと左手でその手を取りに行った瞬間……。
「ガフッ!」
思わず空気の抜けるような間抜けな声が出た。見れば、敵は空いた右手で私の首を握っていた。
そして、私が両手でその手をつかんで振りほどこうとするも、奴は気にした風も無く片手で私の首を握ったまま、立ち上がり私を持ち上げた。
「ぎ、ぎさま、ばっばなぜ」
喉が潰されてまともに声も出ない。
「ふむ、やや滑舌が悪いのではないか? それではよく聞こえんな」
「グ、グゾッ!」
「そう言えばだな……」
「グッ……」
「貴様が脛を狙うのを卑怯といったが……」
「な……」
こんな時にこいつは何を言っているんだ。せめてなにを言うにしても私を降ろしてからにしてくれ。と言いたかったが潰された気道はすでに声が出せる状態ではなかった。
そんな私の真意を知ってか知らずか奴は私の首を握り、ぶら下げたまま話し続ける。
「確かにそれは言いえて妙かも知れんな。脛打ちと言うのは初見ではほぼ避けるのは不可能であるし、解かっていても避けるのは難しいそうだ」
「が、ががぐっ……」
「古来、柳剛流と言う剣術があったそうだ。それはひたすらに脛を狙うことだけに特化した剣術でその意外性から初見ではほぼ必殺と言われ、名のある剣道家もかなりの数が敗れ去ったそうだ。一時期は興隆したのだが、しかし後にその見た目の不恰好さや、ひたすらに汚く脛を狙うその汚さを気にしてか流行らなくなったそうだ」
だからこいつは何を言っているんだ。
「確かにな、すべての道と言うものはそう言うものだ。剣道、柔道、茶道、華道。実用性よりも其処にあって自らを高めようとする、その過程、その美しさを重要視する。その結果、剣術や柔術、そういったものにあった如何に相手を殺すかと言う実用性は低くなってしまったところもあるだろう。しかし、私はそんなものには、興味は無い。私にあるのは如何に相手を殺すか、如何にして勝ちを手に入れるか。それだけだ。正しくとかそんなことは下らんと思わんか? 古来より勝ったものが正義、負ければ悪だ。だから私は正しく、私に刃向かい負けたお前は悪だ」
「ぎ、ぎざっま……」
だめだ、もう話せない、言葉を話そうとするだけで口から泡が飛ぶのが解かる。だんだん意識を保つのさえ難しくなってきた。
「お前は剣道家としては正しく、そして強力であったが、それこそが貴様の敗因であったのかも知れんな」
「グ、グ……」
「さあ、無駄話は終わりだ。どう殺してほしい。このまま気道を閉じての窒息死か、首の骨を折るか、首の中の脊椎を損傷させて首から下が不随で生きていると言うのでも良いがな」
「ど……」
どれも嫌だ!
「む、ほう……。そんなお前に朗報だ、面白いものを見せてやる」
そう言うと奴は私の首を持ったまま大きく振りかぶり、そして……。
「ふんっ!」
野球選手がボールを投げるように軽々と私を投げ飛ばした。
まさか自分がこんなに飛んでいることを実感できるとは、と言う謎の実感を持つ暇も無く。
「がふぐっ!」
床に叩き付けられた。
「ガグフッ、ガフッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲ、オゲッ、グ……」
久々に開いた気道が必死で空気を求め、それと同時に登ってくる吐き気を必死で飲み込む。今は嘔吐なんかしている暇なんて無い。少しでも長く逃げている二人のために長く時間を稼がないと。
と……。
「武田さんっ!」
「ユリちゃんっ、大丈夫ッ!」
「な……」
な、な、な、な、な、な、な、な、
「何で二人がまだ居るんだーっ!」
「だ、だって、あんな状態の武田さん見ていくら何でも……」
「そう、そうだよぅ。ユリちゃんを置いてなんて……」
「で、でも二人が居ても何の役にも立たないことぐらい、足手まといだって解からなかった訳じゃないだろう!」
「ご、ごめんね、ごめんねぇ……解かってたんだけど、でも、でもぉ……」
そう言って泣き出してしまう光。
「あ、そ、そ、その、泣かないで光、お願いだから」
「ご、ごめんねぇ、ユリちゃんごめんねぇ」
「あ、ワカタ、解かったからもう泣かないでくれお願いだから」
そうして泣き出した光を抱きしめてなだめる。まったく、こんな状況で何をしているんだ私たちは。
でも、こんな風に人を思いやれる優しい光だから私は大好きだったんだ。ああ、今思えばもう戻らない人生最高の時間。
もっとも輝かしい時間。
ああ、酸素不足で胡乱になった頭でもわかる。如何に私がここ最近の生活を大切に思っていたかという事が。
大好きな光と、物分りのいい先生、よき練習相手で何だかんだ言って優しかった零児。
こんな風に平凡で楽しくて、充実していた、最高の時間。
だからこそ、守りたいと思った、この身を犠牲にしてでも。
でも、みんなが一緒なら、ここで殺されてしまっても、それも良いかも知れない。二人には悪いけど、私の力じゃもう守りきれないし、流石に逃げなかった二人の自己責任だろう。
プラス思考の女なんだ、私は。
まったく、零児にも困ったものだ、赤の他人なんか助けずに協力していれば或いは全員無事で逃げ出すことぐらいはできたかもしれないのに。
零児にとって私たちの存在というのはそこらへんの他人十数人の命程の価値も無い物だったのか。
私だったら、友達だと思った人間のためになら他人は何人死んででも助けたいと思うものなんだけどな。
そんな嫉妬みたいなものを持って諦めとともに最後に、近くで血の海に倒れている零児を見た。
倒れている零児は自分の血で赤黒く染まった学生服を着て、目には何も写していなくて……。
1
気がついたら知らない荒野に一人で立っていた。
荒野、そう、まさに荒野としか表現のしようの無い場所。
見渡す限り岩肌しか見えなく空は毒々しいまでの紅い夕暮れ。夕暮れの逆の空にはすでに濃い群青色が広がり夜が近いことを教えてくれている。
地面の岩肌は、岩と砂しかない世界。例えるのならば、一番近いのは、火星の表面のような、そんな世界。
ああ、そうして周りを見渡すも、何もない。目につくものは荒涼とした地面に転がる岩ばかり。
何処まで見ても稜線すらなく、地平線が見える。つまり、山も何もない土地。
「歩くか」
知らずそんな言葉が出る。歩くのは嫌いじゃない。この異様な光景の中、出来る事と言ったら歩くことぐらいだ。
どの程度、歩いただろうか。数十分も歩いたような気もするし、数分しか経っていないような気がするし、いやむしろ、今歩き出しただけのような気もする。
よく解からない。解からないんだけど一つ解かった事は……。
「俺は、一人だ」
また言葉が出た。そう、独りだということだけはひどく実感できる。体験したことが無い程の強烈な孤独感。
大勢の中にいて一人孤独を感じることはあっても、世界の中で自分だけが一人取り残された、自分以外の存在しない、真の孤独を味わったの初めてだった。
そんな孤独の中で、ここは何処だか知らないけどできることと言ったら。
「歩くか」
やっぱり歩くことぐらいだった。
どれだけ歩いたのだろうか、もうずっと歩いている。数時間以上歩いた気もする、しかし数分しか経っていない気もするし、やはり今歩き出しただけのような気もする。
周りには何も無く、空を見上げれば、相変わらずの毒々しいまでの血のように紅い夕暮れ空、逆の空には濃い群青色。
そして、その赤と青の境目、比率はさっきとまったく変わっていなかった。
コレではまるで止まった時の中を歩いているような、そんな……。
いや、違う。俺が止まった時の中を歩いているのではなく、俺に時間の感覚が無いのだ。
いや、俺にではない、この世界、此処に措いては「時間」と言う概念は存在しない。つまり。
「あ……」
そうか、俺は。
「死んだのか」
思い出した、いや、元から知っている。この世界では起こるべき事はすべて決まっていて、そして俺はそれをすべて知っている。
死因は能力による負荷のかかりすぎにより発生した脳卒中。しかし脳卒中でさえ能力さえ使えれば俺にとっては死因とは成りえないが、直接の死因はに脳卒中により能力の行使が途絶え、それによって今まで能力で持たしていた体内の傷から溢れ出た血液を吐血することによって齎される出血多量、か。
長い死因だな。全く。まあ、何はともあれ。
「俺は死んだんだ」
「ああ、そうだな」
ふと、誰もいないはずの後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこには学生服を着た、黒髪の身長170そこそこ位だろうか、どこにでもいそうなありふれた男が立っていた。
俺は、この男の事を、よく知っている。気がする。だって、見覚えがあるのだ、この顔には。どこで会ったか、それが思い出せない。
「アンタは死んだ。それは紛れも無い事実だ」
「そうか」
「それもただの死じゃない。肉体から来る死は、外部からの手段や能力によっては、あるいは生き返ることが出来るかもしれない。それは例え脳から来る死であってもだ。でもアンタのは違う。アンタ自身が死を認めた。魂の死だ。だから、すぐに消滅するだろう」
「そうなのか」
あまり、実感は沸かないがやはり俺は完全に死んだらしい。でも、ならば。
「ならさ、俺は何なんだ、俺が俺と認識するこの俺自身は、何なんだ? ここはあの世みたいなモンで、ここで俺はずっと暮らすのか?」
「いや、違う。死とは、即ち無だ。完全に消滅し、自我なんてものは無くなる。もちろんあの世なんて、そんなものは存在しないんじゃないのか? 詳しくは俺も知らんがな」
「そうか、ならさ、やっぱり俺は何なんだよ?」
「それは、まあアンタは、魂の残り滓みたいなモンさ。死を認めて魂のほとんどは流されていったようだが、しぶとく残った部分がアンタだ。種類としては、未練とか、そんなモンなんじゃねーの? 容量としては、元の魂の半分も残ってはいないが、まあ、存在できない量じゃなかったんだろうさ」
「そうか。それで、ここは何処だ。死後の世界への途中下車駅とか停留所とか停車駅とかそんなもん?」
「いや、違う。ここに存在できるのは今のところ俺とアンタだけだ」
「なんでだ?」
「それは、アンタが能力者だからだ」
「能力者だから? 何で能力者だとこんな世界に」
「なに、ジキに解かるさ」
「そ、そうか」
つかみどころの無い男だ。
「それよりアンタ、今死んだみたいだけどさ、生きたいとは思わないのか? 思うよなぁ、何しろお前はお前の魂の中の生きたいと願う「未練」の部分なんだからな」
「まあ、それは、思わなくも無いかな」
「かーっ、ハッキリしねえなあ。で、だ。アンタがそれを願う理由は何だ?」
「それは……危険の中に残してきてきてしまった三人を守りたい」
「はい駄目ブーっ! 失格、嘘は駄目だな」
「なんだとっ!」
「あー、怒った? すまん、嘘は言い過ぎたわ。それも未練の一つではあるだろうさ。でももっと、本当に生きたい理由が、もっと根源的な理由があるだろう?」
「あ、そ、それは……」
「正直に言いな。俺に嘘をつくな」
「それは」
「おう」
「こんな停まった世界じゃなくて」
「ああ」
「あの移り行く美しい世界の」
「うん」
「その世界の変節をこの目で見守りたかった」
「ああ」
「だって世界は、あんなにも美しくて、輝いているんだから」
「はーい、よく出来ました。それが正解。なにしろこの俺もそう思っているんだから。でもな、俺、アンタが最初に言ったみたいなすぐに他人を気にする偽善者っぽいところも嫌いじゃないぜ」
「ムッ、偽善って何だよ。ってかさ、大体お前誰なの?」
「は? アンタ俺の事解かって無くて今まで話してたの? 頭大丈夫かよ最上零児」
「頭大丈夫かと言われても……俺は死んでるからな」
「ハハハ、それもそうだな。でもアンタ本当に俺の事わからないのか?」
「あ、ああ。見覚えはあるんだが、と言うかしょっちゅう会っている気がするんだが」
「ああ、その感覚は間違いじゃない。ずっと一緒にいたからな。意識が無いときや満月が近づくと俺も良く出てこれるようになって、あんたの体を借りたもんだぜ」
「ま、まさか、お前は……」
「そう、俺は「最上零児」だ。アンタ意識の落ちているときに強い感情や能力に反応すると出てくる俺。まったく、自分の顔忘れるかフツー。顔覚えるの苦手ってレベルじゃねーぞ?」
「なんで、お前がココに?」
「まあ細かいことはどうだって良いじゃねーか。答えとしてはここがそう言う「場所」だからってこった。そんなことよりっ!」
そう言いながら最上零児は俺のほうにズズィッとよって来た。
「な、何だ?」
「アンタ、まだ生きたいんだろ? そう言っただろ、言ったよなぁ、なあ、なぁ?」
「あ、ああ」
「ならさ、俺と一つになればいい。幸いお前の流れた魂の部分は肉体や能力の行使、生命維持に必要な部分なんかだ。そして俺はそういったものを持っている。だから、アンタの未練や記憶と、俺の肉体の使用の記憶。足せば一人前の魂の出来あがりって訳だ。まあ、人格がダブるけど、元は一人の人間だ。多分大丈夫だろうし、悪い話じゃないだろ?」
「あ、いや、それは願ったり叶ったりなんだが、何でお前がそんなに生に執着する?」
「バッカおめー、そりゃあ俺も生きたいからに決まってんだろ? アンタが世界を美しいと思ってその変節を感じたいと思うのと同様に、いや、きっとそれ以上に俺は同じことを願ってるんだぜ? まだ死んで堪るかよ」
「そ、そうなのか? でもそんなこと可能なのか、いまさら生き返るなんて」
「あったりめーよ。お互い利害も一致して、願いも一緒で、そしてオレタチャ能力者。大丈夫、俺に任せろ」
「あ、ああ。でも……」
「まーだグダグダ悩んでるのかよ。急ごうぜ。俺も武田由里香とは面識があるし、なんとなくあいつには死んでほしくないとも思うしな。さあ、願え」
「願う……」
「そう、願うだけで良いんだ。お前の望みは何だ?」
「俺の望みは……」
「俺の望みは?」
「生きている、移り行く美しい世界の」
「そう、正解。その世界の変節を?」
「この目で見守りたい」
「そう、それが」
「例えどんな結末になろうとも、人の世が終わろうともずっと」
「この世の行く末を」
「流れ行く無窮の時の流れの中で」
「感じていたい」
幕間2
覚悟を入れるために零児を見る。
倒れている零児は自分の血で赤黒く染まった学生服を着て、目には何も写していなくて……。
って、あれ?
今の零児の目の色、あれは死人の色か? なんか普通に生きている人間の目のように色を写していたような、いや、そんな訳は無いか。宗全に首絞められて放り投げられて頭でも打ってついに視覚にキたのか。
まあいい。いつまでも光を抱きしめて慰めてもいられない。せいぜい目一杯、無駄な足掻きでもするとしようか。
そうしてふらつきながらも光をほどいて立ち上がる。と……。
「もう、もう良いよ、もう良いから、お願いだからこれ以上無茶しないでぇ!」
光が抱きついてきた。
「もう、最上君もいなくなって、ユリちゃんにまでいかれたら、私……」
「光、気持ちは嬉しいけどコレは意地みたいな物なんだ。どうか放っておいてくれないか?」
「でも、そんなぁ……」
「すまない、光。それから、守ってあげれなくてごめん」
そうして改めて敵を見据える。
と、宗全ではなく、赤毛の男のほうが出てきた。
「おうおう、フラフラじゃねーか、武田さんよう!」
「む、いたのか、チンピラ」
「は、相変わらず強気なのな、良いねぇ、実に良いねぇ、ほれっ!」
そう言うと赤毛野郎は警棒で殴りかかってきた。
思わず止めようと手を出すも、手に当たった警棒の衝撃で押し倒されて腰をついてしまった。
「はっ、ざまぁねえなぁ、うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「ぐ、クソッ!」
と……。
「もうやめてっ、お願いします!」
そう言って光が私を庇う様に抱きついてきた。
「私はどうなっても良いから、お願いですから、ユリちゃんだけは助けてくださいっ!」
「なっ、光っ、何を言っって……」
「もう嫌なのっ、ただ守られているのは!」
「ほ、ほうほう、面白いこと言う娘さんじゃうひゃひゃひゃうひゃ、それじゃあ何される覚悟も出来てるって言うんだな?」
「はい」
「じゃあ、ナニもか?」
「う……は、はい」
「ほう、何とナニの発音の違いで意味の違いがわかるのか、この、エッチめ、うひゃひゃひゃひゃ!」
「う、ぐぅ……」
「あーら、真っ赤になっちゃって、かーわいいんだー、うひひひひっ!」
ぶちっ!
「き、貴様ァッ! 光を侮辱した、ゆ、許せんッ!」
「オー怖い怖い、全く、コレぐらいでヒートアップしちゃってよぅ、美しい友情だよなぁ!」
「ク、クソッ!」
今の私にはこいつらに対抗できるだけの力は無い、ただ悔しがることしか出来ない。
我ながら、なんて、無力。
と……。
「ああ、本当に……な」
後ろから、聞こえるはずの無い声が聞こえた。
場が静まる。そして、集まる視線。
そう、さっきまで零児の死体があった場所。そこに、相変わらず零児は倒れていた。
でも、さっきまでと決定的に違う所は、その目が確かに色を、世界を写していると言う事。
そして、零児は倒れたまま右手を上げて目の前に持っていって開いたり閉じたりニギニギしだした。
「ああ、俺も、本当にそう思うぜ」
まだにぎにぎしてる。
「本当に片山さんと武田の間には、美しい友情があるって」
にぎにぎ。
「だから……」
そこまで言うと零児はにぎにぎをやめてその手をグッと握った。
「守りたいと思ったんだ」
2
「守りたいと思ったんだ」
そう、それは心の芯から出た純粋なる願い。
「だから」
願いは、叶える為にある。
「俺が」
だから俺がその願いを叶える。
「守る」
そこまで言って、血が足りない体に鞭打って根性で立ち上がった。
立ち上がった瞬間にクラッて来た。正直血が足りなすぎて、普通の人間なら戦闘どころか生命維持ですら儘ならないであろう程に少ない血液量。
だが、泣き言を言っている暇は無い。
そして立っているだけで襲ってくる猛烈な吐き気。
それを抑えるために、そして自分に虚勢を張るために床に唾を吐く。
唾は赤かった。血が混じってやがる、口の中で血の味がする。不味い。
そして口の周りの血を学ランの袖で拭いながら改めて辺りを観察した。
あたりは静けさが支配している。みんな在りえない者を見るような顔で、幽霊を見るみたいな顔で俺のことを見やがる。
まあ、当然か。あれだけの血を吐いて生きているなんて普通はありえないからな。何より俺が信じられない。
だが、生きている、体はヨレヨレだが何とか動く。それだけで上等だ。
近くで何だかんだでよれてる大切に思っている三人の女を見る。三人とも呆然として俺を見ている。何が起きたかまだ理解できていないのだろう。
マズい、それにしても三人の白い首筋を見てたら何だか無性にむしゃぶりつきたくなった。アイツと一つになった所為かどうも強い欲望が俺に襲い掛かってくる。
そう、その無防備な白い首筋にむしゃぶりついて犬歯を立てて首の肌、血管を破って中の血をごくごくと飲み干すんだよ。
そしたら欲望も劣情も解消できてついでに血液不足も解消、って俺天才じゃね?
違う違う、そんな吸血鬼みたいなことをするために生き返ったんじゃない。
守るべきものを自分で壊してちゃ駄目だろうがアホ。
それよりも敵を観察だ。
敵の赤毛のほうは相変わらず状況がつかめていないらしくその表情からは呆然と、わずかな怯えが伺える。
そして、宗全を見る。
宗全は、今日はじめて見せるであろう驚愕の表情を浮かべていた。そして、良くは解からないのだが、その表情の中に僅かな歓喜の様な物が伺えた。
なぜ、この状況で喜ぶところがあるのかは解からないが……。
と、なぜか宗全は突然手を叩きながら言った。
「す、素晴らしい。まさかこれ程とは。最上の血族というのが生き汚いのは知っていたが、あれだけの出血から蘇るとは、たいした物なのだな、最上家の能力とは」
「へへへー、そうだぜ、参ったか」
本当は違うけど、本当の情報を教える必要も無いだろう。存分に悔しがらしてやるぜ!
「ああ、恐れ入った」
「ああ、そうだろうそうだろ……クッ!」
突然の猛烈な頭痛、ちくしょう、やっぱり人格が一つになったときに容量が増えてやがる、やや負荷がかかったか。
「お、どうした? 先ほどまでの威勢は?」
「うるせえよノッポオヤジ。あとお前の声は鬱陶しいからこれから発声禁止な」
「は、威勢が良いのだけは相変わらずか」
と、後ろから話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、片山さん?」
「何ですか先生?」
「なんか今の最上君今までと雰囲気違わない? 床にツバ吐いちゃったりなんかもしたし」
「そうですよね、妙にワイルドって言うか……」
「はーっ、二人とも、こんな状況でよくそんな事を……突っ込み所は色々あるが、零児はもともとあんなモンですよ?」
「あら、武田さん。最上君についてずいぶん詳しいのね?」
「先生、今はそんなこと言ってる場合じゃないですよ」
全くだ。
さて、今の状況を整理すると、武田はおそらく戦闘不能。二人はもともと戦力外。俺は血液不足で生きているのが精一杯。敵は二人とも無傷
最悪の状況だ。だからこんな時は。
「オイ、聞いて驚け物部宗全。この最上零児にはいまだ使っていなかった必殺技がある」
ハッタリだ。
「ほう。それはどんな物なのだ?」
「おう、聞いて驚くなよ? コレはジョースター家に伝わる……ゲフンゲフン。もとい最上家に代々伝わる必殺技で……あーっ、もう。家名を汚すのはいやだ。止めだ。この最上零児の最終兵器と恐れられる究極の攻撃方法でな?」
「ほう」
「俺はそれを使うから、俺にはお前は倒せんっ!」
「零児、違う。逆だってば逆!」
「あ、そうか。お前には俺は倒せんっ!」
まったく、間違えて本音を言ってどうするよ俺。
「ほう、面白いな、それで、どんな攻撃方法なのだそれは?」
「ああ、見せてやるからちょい待ち。タイムな」
「タイム?」
ふふふふふ、小学生みたいな意見だが、こういうときは守ったら負けだぜ。堂々と言うのがポイントだぜ。
しかしタイムとかいったのマジ小学生以来かも。
そしてそれを律儀に守っている宗全を尻目に武田に近づく。
「なあ武田。ゴニョゴニョゴニョゴニョな」
「何だと零児、よく聞こえないぞ?」
「バッカお前。宗全何だか滅茶苦茶耳よさそうだろ? だから聞こえないように小声で言ってんだよ」
耳が本当に良いかは知らないけど。
「もう一度言うぞ、俺が先生でお前片山さんな?」
「あ、ああ。何のことかは全く解からないが了解だ。それより零児、体のほうは大丈夫なのか?」
「正直ぜんぜん大丈夫じゃない」
「ならっ!」
「心配すんなって。これからやる必殺技は別に身体に祟るような物じゃないから」
「そうか、そうなのか。本当だな?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言うわけで宗全に向き直り言い放つ。
「待たせたな、準備完了だぜ」
「ああ、待ったぞ。それでは見せてみろ」
「ああ」
そう言って堂々と先生のところに歩いていって……。
「え、ちょっと、も、最上君っ?」
なんか言ってる先生を無視して抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこって言う奴だ。
「おい、お前もやれよ?」
「あ、私もか。あ、ああ」
そう言って武田も片山さんを抱き上げる。
これで準備完了。
「さあ、見せてやるぜ俺たちのジェットストリームアタックを」
「ふむ、だからさっさとしろと言っている」
「俺の必殺技って言うのは……」
そうして大きく息を吸って、そして吐いて。
「逃げるんだよおぉぉっ! チイィックショオオオオオオォォォォッ!!」
真横にあった扉にタックルして職員室に逃げ込んだ。
「なっ!」
後ろから武田の狼狽した声が聞こえる、頼む、着いてきてくれよ、
大丈夫だ、武田なら、武田ならやってくれる。
そうして後ろを振り向くことなく両手が塞がっているので足で近くにあった椅子を蹴り上げて窓ガラスに当てて割り、そこに自ら飛び込む飛び込む。
もちろん窓ガラスで先生の顔や肌が切れないように窓に突っ込むときはやや抱きしめるような形になってしまうが、役得だと思って喜んでおくことにする。
だが、此処は二階な訳で窓から飛び降りれば当然……。
「きゃ、きゃああああぁぁぁっ!」
落下するわけで、腕の中の先生がなんか悲鳴を上げているが当然無視。
そうして着地。
足首にズシッと重い衝撃が来るが躊躇っては駄目だ。おそらく数瞬後には同じ場所に武田が着地する。
だからすぐに前へ飛び出す。と、その瞬間。
「ひゃ、ひゃああああぁぁぁっ!」
ちょうど俺が着地した場所と同じ場所に、武田が片山さんの可愛らしい悲鳴を伴って落下してきた。
そして華麗に着地。
それを確認する事もせず、学校の裏庭をフェンスに向かってダッシュ。
振り向く暇があったら走れ。少しでも早く。
そして裏庭を駆け抜け約二メートルのフェンスを先生を抱えたまんま飛び越える。
武田もコレくらいの高さはおそらく片山さんを抱えたままでも余裕で飛び越えられるだろう。
と、後ろから声が聞こえた。
「なあ、零児、何処まで逃げるんだ?」
「耳ヶ崎の方に知っている空き倉庫があるんだ。そこまで飛ばすぞ。いいな。着いてこれるか?」
「ああ、勿論だ」
そこで初めて振り返って見た片山さんを抱きながら走っている武田の顔は、なぜかとても嬉しそうだった。
幕間3
そうしてこの惨状を見てるわけだが。ブチ破られた職員室のドアに、その向こうに見えるのは俺が割った窓と最上によって破られた窓。
床には気絶した警官隊たち十数人。そして最上が倒れていた辺りにある血の海
立っているのは宗全、そして赤い頭の俺。ちなみにいつになったら俺に名前がつくんだろうかね?
と、宗全がつぶやいた。
「ふむ、予想外だったなコレは」
「まあ、気にスンナよ。こんなダッセエ手、ふつう食らわないから、今回は逃げられたのもしょうがねえって」
「む、何を言っているのかよく解からんが、まあこんな手であることは解かってはいたぞ?」
「またまたー、意地張っちゃってー」
「考えても見ろ。奴らには所詮逃げるくらいしか手は無かったんだ。正しい手段がそれしかないのならそれを選んだ最上零児は正しいし」
「ほー、さいですか」
ほんとうかね、コイツ基本的にええカッコしいだから、何でも解かっていたとかそう言うセコイこと言うかもしれんからな。
と、心の中で言っておく。口には出さない。怖いから。
「予想外といったのはその事ではない。最上零児の能力の高さだ」
「うん、まー確かにあそこで生き返ったのは予想GUYだったZE」
「そうだな」
「あんだけ血ィ吐いて生きてるって、本当にありゃ人間か?」
「全くだな、それも疑わしいところだ」
「それよりどうするよ? 今回は撤収だろ」
「ああ、そうだな」
「で、その後は?」
「安心しろ。逃げられた場合の手はすでに打ってある。今夜には決着がつく」
「ほー」
流石にコレだけ自信満々にいうからには何か手があるんだろう。
となると、さっき言ってた最上が逃げるのはわかっていたって言うのもあながち嘘じゃないかもな。
まったく、恐ろしい男だぜ。
「ふむ、お前には、今晩は役に立ってもらうからな」
そういって、奴は俺を見て薄く笑った気がした。
始めてみるかもしれない奴の笑顔は何だかとても不気味で……。
嫌な予感で背筋が凍るのを感じた。
全く、最上が美人三人とつるんでるのになんで俺はよりによってこんな恐ろしい中年の男と組んでるんだろうかね?
世の中不公平だと思うよ。全く。
あー、やだやだ。
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