天然少女の冒険
「代々神官の家系で守ってきた、神の加護が込められた宝珠が盗まれた。捜索しても何の手がかりも得られず、困ったすえに占い師に頼ると、召喚すればすべて上手くいくと言われて召喚した。で、貴方は見たところ、田舎の人間のような風貌だが、何が出来る? 魔法は? 属性は?」
「特技? 虫取り!」
起きたら知らない場所にいた。すぐ近くにかっこいい男の人二人がいて、そのうちの一人――サビクさんというらしい――がこう言ってきたので、テンション高く正直に答えた。
特技といえば私、虫取りなら得意! 小四の時には夏休みの自由研究が昆虫採集! 小五の林間学校では部屋に出たGを丸めた新聞紙でやっつけてティッシュにくるんででポイして数日間勇者になったよ! 近寄ってもらえなかったわけじゃないよ! 英雄とは孤高の存在なんだよ! 虫取りの成果か、ゲーセンで反射神経を要求されるゲームはオール満点だったよ!
「宝珠探しに必要なスキルなのかそれは……。うう、宝珠がないと、何時まで経っても継承の儀が行われないというのに……」
サビクさんはそう言って呆れていた。もう一人の男の人――アルゴルさんというらしい――は笑っていた。何となく、見た感じ堂々とした態度のサビクさんが偉い人で、控えめながらも凛とした感じのアルゴルさんがその従者みたいな印象だけど……。
「サビク様、もういいでしょう。何もこの場所で疑問をすべて解決することはありません。……数十年行われなかった召喚を敢行して、簡単な掃除しかしていない部屋にいつまでもいなくてもいいと思われます」
アルゴルさんは念押しするようにそう言っていた。気づかなかったけど、ここそんな部屋なの? クラスの女の子なら叫びそう。私は平気だけど! 異世界にも虫はいるのかな? いるならどんな虫かな? わくわく。
「まあ、それもそうだな。続きは城のほうで……ってアルゴル、お前、肩に虫……」
「!? う、うわああああ!!!」
アルゴルさんは虫が苦手系男子らしい。虫を払うためにファラオのポーズになったり飛んだりしてる。サビクさんも虫は苦手なのか右のほうだ、あ、そっちじゃない俺から見て右、と言うだけで助けはしない。……見てて可哀相になったから取ってあげよう。
「ちょっと動かないでくださいねー……はい、取れましたよ」
蜘蛛のような生き物を摘まみ、殺さないで壁に戻しておく。これからは人に見つからないように生きなさい。
「え……」
「大丈夫ですか? さあ出ましょう」
落ち着かせるために笑顔で促す。似たようなことを何度もクラスメートにしたものです。
その時と違っていたのは、アルゴルさん何か顔赤かったことかなあ。暴れて血色良くなったんだろうか。男の子だもんね。
◇◇◇
それからというもの、私こと藤城真弓は王城でお世話になっている。主に……。
「真弓様、朝食をお持ちしました」
あの時のアルゴルさんに。
「美味しいですか?」
「はい、とても」
目の前でニコニコする虫嫌いのアルゴルさん。しょっちゅう私の部屋に来てくれるから暇なのかと思ったら、何と神官様だった。神官っていうと、法王様みたいな? 色々お仕事忙しそうなイメージだけど。
「歴代の神官に比べれば暇なほうなのでお気になさらず。そもそも私がこの地位にいるのは……いえ、とにかく貴女様が心配なさることではありません」
よく分からないけど、大丈夫みたいならいいとしよう。ところで、私が呼ばれたのはお仕事があるかららしいけど、私この数日間、ここで事実上ニートしてるだけですが、いいんでしょうか。
「老女の言う事を鵜呑みにして、拉致同然に連れてきてますからね……。遠慮する必要はありません。それと、あの王子――サビクに気を遣うこともありませんよ。何か言ってきても無視しなさい」
あの時最初に声をかけたサビクさんは王子様だったらしい。それにしては、イメージがこう……。
「粗暴な方でしょう? 間違っていませんよ。彼は……同じ世界の人間として、身内の恥を晒すように言いにくいのですが、亡き母上が身体の弱い方で、双子を妊娠後、出産に耐え切れずに……しかも双子のうち、兄のほうは死産だったとか。父である王は、後継者争いで兄弟を全員亡くしている上、母以外は娶らぬと宣言したものだから、子はあの王子、サビクだけ。生まれてすぐ母を亡くし、唯一の後継者。我侭放題に育ちました」
それはそれで、重圧が大変だろうなと私は思った。でもアルゴルさんはそう思っていないのか、怖い顔、というより憎々しげな表情でそう言っている。……?
◇◇◇
朝食が終わり、アルゴルさんからお誘いをされた。「これから遠出しませんか? ずっと城にいるのも退屈でしょう。今日は暑いけれど、風があって気持ちいいですよ」 嬉しいし興味あるけど、そのお金はどこから出てるんだろう。この今着ているひらひらスカートとかも高そうだし……。何となく遠慮していると、廊下の向こうから大量の紙を抱えたサビクさんが現われた。
「真弓、宝珠の資料を持ってきた。何か参考にしたいのがあったら……」
おお、仕事! ニート脱出! と思ってサビクさんのところに行こうとした、ら、アルゴルさんが「……今日は本当に暑いな」 と近くの窓を全開にした。空中を舞う大量の資料。
「なっ!?」
驚きながらも、資料を集めようとするが飛んでいるのは手に負えず、下に落ちたものから膝をついて拾い集めるサビクさん。どうしたものかと迷っていたら、後ろから――アルゴルさんから冷めた声が聞こえた。
「王族が膝なんかついて……みっともない」
それを聞いた途端、ぐっと悔しそうな表情をするサビクさん。
そうなんだ。そうか、偉い人には面子とか建前っていうのがあるもんね。ならサビクさんが拾うのはまずいとして、アルゴルさんも地位ある人……私が拾えばいいのか!
反射神経と動体視力を駆使して、空中を飛び回る資料を掻き集める。ものの数十秒で全ては終わった。その場にはあっけにとられるサビクさんとアルゴルさんがいた。
背後にいたアルゴルは顔を真っ赤にして真弓に向かって訴えた。
「……白! じゃくて、何をしているんです! 角度的に私にしか見えなかっただろうからいいようなものを……じゃなくて、貴女は客人なのですよ!」
あれ、怒られた。あ、そうか、この場合の正解は誰かお手伝いさんを呼ぶことだったのかな。思わず自分でやっちゃった……。日本の古典にもご飯を自分で盛っただけで下品って思われるって話があったもんね。上流階級のマナーを知らないで失敗しちゃった……。
でもまあ、次気をつけるとして、とりあえず集めた資料をサビクさんに渡そう。
「これで全部ですか? 足りないものないですか?」
資料を渡されたサビクさんは、少し驚きながら、戸惑った顔で尋ねてきた。
「あ、ああ。お前、本来なら崇められる身分なのに、あんな……」
「??? 庶民やってたのでそのへんがよく分からないです。迷惑でした?」
「そんなことはない、けど」
「なら良かったです。困った事があったら頼っていいんですよ! 私に仕事ください」
サビクさんは何も言わずに俯いた。何となく、顔が赤かった気がする。風に当てられて風邪ひいたかな。洒落じゃないよ。
◇◇◇
その日から、交互にサビクさんとアルゴルさんの二人が部屋に来るようになった。談笑するだけで、やっぱり仕事はない。もしや私って、役に立たなそうって思われてる……? 反射神経や動体視力も品がないって思われたら確かに役に立たないよ自分……。
お金をかけることは控えようと思い、二人に誘われても城内を歩くだけに留めた。せめてお城を覚えてからにする。そんなある日、アルゴルさんと一緒の時に、中庭で綺麗な女の人と歩くサビクさんを見かけた。サビクさんは驚いた顔をしたあと、気まずげにして、女の人はちょっと難しそうな顔をしていた。それをアルゴルさんだけが楽しげにしていた。
「おやこれはこれは……。真弓様には知る権利がありますね。真弓様、こちらのお嬢様はサビク様の婚約者であられる、ミルザ様ですよ。そうそう、最近真弓様の部屋にいらっしゃいますが、ミルザ様がお可哀相では? サビク様」
そんな人がいたんだ……いや、普通いるよね。王子様だもんね。とにかくミルザさんに挨拶しようとすると、サビクさんが何故か怒った。
「違う! ミルザとの婚約なら破棄された!」
「ああ、捨てられたのでしたね」
「何でそんな言い方する! 合意だ!」
「王族とは面倒ですねえ。どっちにしろ、仲良く歩く男女の邪魔をするのは無粋というもの。向こうに行きましょうか、真弓様」
「あ、はい」
事前にどこか深刻そうに話していたサビクさんとミルザさんの様子もあって、私は速やかに場を離れることにした。それにしても、ミルザさんと楽しげに話すサビクさん……ちょっともやもやする。何でだろう。
◇◇◇
「……真弓様、でいらっしゃいますか?」
その夜、部屋をノックされて出たら、あのミルザさんが立っていた。あれ? 夜になるとサビクさん達でも遠慮して来ないのに、何でミルザさんが。
「門番してる侍女にはお金を握らせました。ついでに申し上げますと、サビク様との婚約も父が金にものを言わせてしたようなものです。私の本意ではありません」
!? ……!?
「父には呆れているのです。次期王のまたいとこという身分を利用し、金持ちと次々に結婚、離縁して慰謝料で金儲け。その金で娘に婚約者の地位を買ったのです。見苦しい。そんな自分の娘が王妃の器と思えるのもおめでたいこと」
「え、ええっと、それで、その話が何か……」
「私には、サビク様と出会う前からお慕いしている方がいます。だからこの婚約は無かったことにしてもらいたくて。今日見たら、どうも貴方がたは両想いのようですし、丁度いいと思ったのです」
「……えっ!?」
そう、なのかな? そうだったらいいなあ。何か私にばっかり都合よくて信じられないけれど……。
「真弓様は、サビク様を選ぶべきですわ。そりゃあ、色々足りないところもあるお人かもしれませんが、おそらくアルゴル様よりマシでしょう」
「え?」
「陰口なのは百も承知で申し上げます。私はアルゴル様が好きではありません。色々よくない噂も聞きますし、それに……宝珠だって……誰も何も言わないけれど、アルゴル様がお一人で見ている時に無くなっています。貴女が無意識下でサビク様を慕うのは、本能がちゃんと機能している証拠でしょうね」
それだけ言うと、ミルザさんは頭を下げて去っていった。宝珠は、まさかアルゴルさんが?
◇◇◇
「私の部屋に用があるなんて、珍しいことを仰る」
アルゴルさんが訪ねてきた時に、貴方の部屋に行きたいと強請ってみた。宝珠……私がここに来た原因。サビクさんが王子様から王になれない原因。
「何もない部屋で申し訳ないのですが。少し待っててください、お茶を持ってきます」
アルゴルさんの部屋には本当に何もなかったか。せいぜいベッドと机くらい。服は……私みたいに衣装部屋で着てるんだろうな。さて、ここで隠し物といったら……。
ほとんどネタのような気持ちで、ベッドの下を探る。何か箱が出てきた。開けると肌色率の高い本が出てきた。慌てて仕舞おうとしてピンとくる。本をどかすとそこには……きらきら光る不思議な玉。もしかして、これが? なるほど。さてここまで来たら。
お茶を二人分用意して戻ってきたアルゴルさんが、机を見てお盆を地面に落とした。
本……綺麗にまとめて机の上に置いておいたから……。いや、ここまで来たら定番にしないといけないような気がして。彼はゆっくり振り返って言った。
「……見ましたね?」
「中の宝珠までバッチリ」
「二重三重にショックですよ!! ……男の部屋でこういうことするからには、どうなるか覚悟は出来ていますか?」
とアルゴルさんが言ったところで、サビクさんが兵を連れてドアを盛大に壊して乱入してきた。
「アルゴルを捕らえよ!」
「あの、待ってください、私なら何もされてないし、むしろ今一番可哀相なのはアルゴルさんだと思います!」
「いやいい、真弓、君の手にある宝珠を見れば大体分かる。……宝珠がここにあった時点で言い訳は通用しないんだ。情状酌量の余地はない。答えろアルゴル、何故こんなことを!」
サビクさんは凄まじい形相でアルゴルさんを睨んだ。机のものには一切触れないその優しさプライスレス。本当に目に入っていないのかもしれないけど。もしくは同類とみた。その意を汲んでか本気か知らないけれど、アルゴルさんが動機を言ってくれた。
「正当後継者がそれを持って何が悪い……。兄は死産? 馬鹿馬鹿しい! 過去の争いを気にして排除するのは兄のほうなど……生き残った末っ子の父上らしい」
◇◇◇
宝珠は異世界の少女によって発見、王子が取り返し、元凶は独房へ。そしてこの功績で、私はサビクと結婚できることに。なったのは、いいけど。
アルゴルさんにはよくしてもらった上に最後がアレだったから、後味悪すぎる。何とか助けたいような。
「真弓、仮に君がいなくても、どっちにしろこうなった。むしろ君がいなくなったら長引いて、最悪死者すら出たかもしれない。あの占い師は間違ってなかったな」
「でも……」
「処刑は明後日だ。ミルザが最後に立ち会うらしい。どうも、君がいない時はミルザに当っていたらしいなやつは。……バカな、兄だ」
その一言に万感の思いが込められているような気がして、私は何も言えなかった。
◇◇◇
サビクと真弓の結婚式の日、ミルザは二人に「おめでとう、自分の結婚式にも来てくださいね」 と開口一番言った。あの夜以外に会っていなかった真弓は、恐る恐るミルザに聞いた。
「アルゴルさん、何か言ってました?」
「……怒ってはいたけれど、支離滅裂で私には聞き取れませんでした」
「そう、ですか」
「王制な以上、王の決めたことに反抗したら、それは犯罪以外の何者でもありません。真弓様が気にすることではないかと」
「……」
ミルザは思った。真弓は、変なところが繊細だと。
忘れればいいのに。じゃないと、自分が想い人と結婚できない。真弓が自分が恵まれすぎていると感じているようだが、本当に恵まれているのは、向こうから婚約を破棄という形に出来た上、その結果長年の想い人と結婚できる自分のほうだ。真弓が来なかったら出来なかった。
『想い人がいる? 不安要素だな』
『ギリギリ貴族のくせに』
『金目当てか?』
その血統を絶えさせる目的だったのか、毎日嫁いびりをするように文句を言ってきたあのアルゴルにも復讐してやれた。
『やはり教育がしっかりしてる人が伴侶であるべきだ』
『後から出てきた女と仲良くとか、貴方もさぞかし気分が悪いでしょう?』
真弓が来てからは素晴らしい手の平返しを見せてくれた。こんなことを言われて――。
『真弓に自分の気持ちを伝えてほしい。そうすれば優しい真弓はサビクと結婚しないかもしれない』
聞くわけないだろう。自分が立会人を名乗り出たのは、弟の元婚約者の縁からではない。自分の目的を邪魔しないか見張るためだ。真弓が結婚しない? そうしたらこっちにお鉢が回ってくる、冗談ではない。
「もう悲しまないで。アルゴル様も、今となっては弟の幸せを望んでいることでしょう」
「そう、かな。うん、そうかも」
単純な真弓は強く言われてすぐ納得してくれた。そのまま、花婿に連れられて歩く。
「……寝取ってくれてありがとう」
誰に言うでもなく呟いた。ちらりと自分の指にはめられた婚約指輪を見る。身分ゆえに最下層だけど、騎士の端くれになった彼からの贈り物。
あいつに悪役を押し付ければ、皆幸せなの。