お母様の方も準備が出来ていた。
大きめのショールを頭から被り、バスケットから私にもとショールを取り出す。
「さ。おひさまよけもかねて、ちゃんとかぶりましょうね。シェンテラン家の者だって事がばれてしまわないように変装いたしましょう」
「はい」
素直に頷いて従ったものの、これくらいで変装のうち入るのだろうかと思った。
もっとも、今日は二人とも思い切り軽装にしている。
いつもお父様がうるさいのだが、今日はおおよそ「ご領主様の妻子」という出で立ちからは遠い。
スカートだって少しだけ短いし、飾りと言えば胸元のリボンだけ。
それもショールで隠れがちだ。
重ね着なんてもっての外だという気分だったもの。
お母様にいたっては、お父様を泣き落として承知させたという、庭仕事用の作業着としているお仕着せだ。
色も控えめな灰色で、いつもの華やかさは無い。
でもお母様がいつにも増して、若々しく見える。
綺麗に着飾ったお母様も魅力的だけど、この気安い感じだってとても素敵だ。
わたしのお母様は、本当に何を着てもよくお似合いだ。
わたしは子供なので、たくさん泥んこになっても良いという服が用意してあるから、それを選んだ。
色は薄い緑の布地で、袖口がふんわりとしていて一番気に入っている。
ニーナ達とお揃いの、ポケットがついた前掛けもしてきた。
ぎゅっとリボンを結べば、これからお仕事をしに行くのだ、わたしはもうお父様を頼らずやってみようという気持ちが固まった。
こういうのを準備ばんたんと言うのだと思う。
でも、ばんたんって何だろう?
お母様はしばらく歩くと、通りかかった荷馬車に手を上げて、乗せて下さいと交渉しだしたのには驚いた。
知らない人について行ってはいけないのでは無かったかしら?
ドキドキした。
「何だい、どこぉ行きたいんだい?」
「街までです。途中でもいいのですが、ご一緒させていただけませんか?」
「ああ、いいよ。小さい子も一緒じゃ、歩きじゃあ、きついだろ。乗りな、乗りな」
おじいさんは快く請け負ってくれたから、ほっとした。
それから屋根もない馬車の荷台に乗せてもらった。
砂ホコリが結構すごい。
ガラガラ・ガラガラという車輪が軋む音も結構すごい。
初めて乗る荷馬車というものに、心が弾んだ。
ドキドキとワクワクとで声が出てこない。
遠ざかるシェンテランの館に、そっと手を振っておく。
「何だい、ご領主様ん所の通いさんかい?」
「ええ。今日はお暇を少しいただいたので、里帰りしてこの子の顔を見せてこようと思いまして」
「そりゃあ、いい。ご両親も喜ぶよ。お嬢ちゃん、いくつだい?」
急に話題を振られて、慌てて答える。
「えっと。七つです」
「名前は?」
「エキ、です」
「そうかい、そうかい。わしの孫もエキちゃんと一緒くらいだな。お嬢ちゃんも珍しい髪の色なんだなぁ」
あんまり自分の事を聞かれても、答えない方がいいのでは……?
そう心配して口をつぐむと、すかさずお母様が声を上げた。
「まあ。お孫さんはどちらに?」
「それがなぁ、山向こう二つ越えた所のクェールトの方でなぁ」
「まあ!」
お母様はおじいさんに色々質問して、話題を上手くこちらに向かせないようにしてくれた。
そんなお母様の物慣れた様子に、密かに感心した。
町が近づいた辺りで、おじいさんとはお別れした。
「ありがとうございました」
「ありがとう、ございました、おじいさん」
「いんや。どうってことないよ。またなぁ、エキちゃん」
手を振っておじいさんを見送って、お母様と二人で町に続く道を歩きだした。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:
るんら・るんら・るんるん~
お母様がいつものように、適当デタラメに歌っている。
歌いながら、てくてくと歩く。
「楽しいですわねぇ、エキ」
「ええ。お母様。でもちょっと浮かれすぎではありませんか?」
「エキはもうちょっと、はしゃいでもいいのでは?」
お母様は、ぶんぶんと勢い良くつないだ手を振り回す。
なるべくしっかりと握り返した。
気を付けないと、お母様が迷子になりかねない。
わたしが、しっかりしないと。
町に着くと、たくさんの人が行き交っていた。
道の両端には布の屋根だけのお店がたくさん、出迎えてくれた。
露店、というのだとお母様がこっそり教えてくれる。
それにここが市場だと言うことも。
たくさんのお花が売られているお店や、山積みの果物のお店がいくつもいくつも並ぶ。
お魚や、生きた鳥や、他にも綺麗な布がはためくお店が、ずっとずっと続く。
いい匂いも漂ってきて、わたしのお腹がぐぅーっと鳴った。
そういえば朝に食べたきりで、おやつも今日は食べていない。
「お腹が空きましたねぇ、エキ」
「はい、お母さ……ん」
お母様とは呼ばずに、お母さんと呼んでくださいねと言われていた事を思い出す。
母ちゃんでもいいですよ、と言われたが、ちょっと言いにくいし、第一お母様に似合わない気がするのでやめておく。
「おいしそうなパンが売られていますね~。食べたいですか、エキ?」
「はい!」
「でも残念でした。お母さまっと、違う、お母さんもエキもお金を持っておりません」
「!?」
お金。
そうだった。
何かをいただく、すなわち「買う」には「お金」が必要なのだ。
なのに子供のわたしはもちろんの事、お母様もお金を持っていない何て!
どうしたらいいのだろう?
お腹が情けない鳴き声を上げる。
いきなり浮かれた気分から、突き落とされた気分だった。
お母様は歩みを止めず、ただひたすら真っ直ぐ進む。
どこかを目指しているみたいに。
「お父様は、私たちにお金を持たせませんのよ。まったくもうったら、もう。ご領主様ったらもうですよ。見てらっしゃいですわ。ね!」
お母様はどういう訳かお父様に対して、対抗心を燃やす。
何故なんだろう。
勝ちたいと願う理由がわからないでもないが、理解できない。
「エキ。お金が必要な時はどうすればいいか知っていますか?」
お母様が楽しそうに言った。
『エキルナびより通信。』
何それ、な仮タイトルです。
一年前に本編完結したよ記念日が今日だったな、と。
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