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九年後の番外編
シェンテラン家のエキルナちゃん ①
「そ・そうですか。それは全く気が付きませんでした。そうですか〜」
 何やら感慨深げに黙りこんでしまったお母様は、おそらくご自身の思考を調節中なのだろう。
 よくあることだ。
「お母様。自信をお持ちになって良いと思います。だってあんなに気難しくて小難しい、将来偏屈じじぃまっしぐらのお父様のお相手が出来るのは、お母様だけですわ」
「そうなのですか?」
「絶対的にそうです」
 七つになったわたしエキルナという、実の娘に諭されるお母様は二十七歳。
 その年の差、二十。
 わたくしはふ、と思わず息をついてしまった。
 お母様に対する落胆の為ではない。では、何にかと問われれば噂の偏屈じじぃ候補の……実のお父様に対してだった。

 お母様は、その、お母様なのだ。
 わたし、エキルナ・シェンテランの。
 頼りないといえばソレまでだが、自立心は煽られるように思う。
 期待しないで置いた方がいい、というのがわずか齢七年にして導き出した答えだ。
 誤解しないでいただきたいが、何も親らしい事をという意味ではない。
 愛情はもちろん、お母様からはたくさんのものをいただいている。
 そうではなくて、お母様に世間一般の感覚を求めないといった点でと言う事だ。
 改めて言葉にすると何やら視線は遠くをさ迷う。

「そう。やっぱり、ご領主様は偏屈おじぃじ候補でしたかー」
「ええ! そうに決まっていますわ・っじゃなくて!!」
 ばしばしぃ!と思わずテーブルを叩いて注意を促がしてしまった。
「やっぱり違うのでしょうか?」
「〜〜〜〜そうではなくて! お母様、今の話の要点、注目すべき点はそこではありません! わたしが言いたいのは『お父様の相手が勤まるのはお母様以外おりません、ですから自信をお持ち下さい』っという点です!」
「そうかしら? どうして? エキルナはそう思ったのでしょう?」

 話が。話がずれて行く……。

「そうねぇ。お母様とエキルナとで生きて行きましょうか」
「お母様」
「でもね。そうしたらお父様はお一人では生きて行かれませんよ? 必ずやけを起こされてご自分を追い込んだ挙句、早死になさるわよ。それこそ偏屈おじぃじ様になる前にね。言いきれますよ。それでもエキは平気なのでしょうか?」

 お母様はにっこりと笑う。
 いつもそれが悔しいと思う。
 何にって、ほっとする自分が。
 お母様はお父様と違ってわたしの事をなじったり、怒鳴ったりなさらない。
 本当はお母様だって……。
 泣きたかったり、怒りたかったりすると思うのに。
 お母様は辛抱強く、お母様であろうとしてくれているのだと思う。
 困らせたくないのに、困らせるような事ばかりしてしまう。
 自分がとても嫌になる時がある。

「エキはお利口さんですね。お母様にはちょっぴり難しい事も、よく知っていますものね。だからこそ、皆のためになるように知恵を使わねばなりませんよ。お母様の言いたいことは伝わっておりますか? エキや」
「はい。お母様」

 ぎゅ、と抱きしめてもらえて安心する。
 お母様はみんなから大人気なのだ。
 そんなお母様が、わたし、エキルナのお母様でとてもとても嬉しいと思う。

 ―――思うのに。

 ああぁ―――ん!

「あらあら。カリィデがお目覚めのようですよ、お姉さま?」
「……。」

 この春、生まれたばかりの弟の泣き声がお母様を呼んでいる。
 行って欲しくなくて、お母さまに強く抱きつく。

「エキや。カリィデはまだおしゃべり出来ないし、自分の事は何にも出来ないけれどお姉さまの事が大好きですよ」

 ちゅ、とお母様の唇が優しく頬に触れる。
 でも、わたしは黙ったまま、何の返事も出来なかった。

「エキ、一緒に……。」

 言いかけたお母様の言葉を見事に遮って、扉がノックも無く開いた。
 そんな事をするのはこの館で一人しかいない。
 密かにため息を付いた。
 あらあら、まぁまぁとお母さまは笑う。

「リューム! 何をしている! カリィデが泣いている」
「はい、ご領主様。只今、参ります」
「……。」

 お父様はいつも偉そうだ。
 すぐに怒鳴るし、少しでもイタズラが過ぎると容赦なく叱るし、おっかないったらない。
 わたしにだけ、だったらまだ解る。
 ご一緒にお母さまの事まで叱るのだ。
「おまえが甘やかすからだ」だの「おまえが行き届かないからだ」だの。
 そんなの、聞きたくない! たくさんだ!
 お母様のせいにする、お父様なんて大嫌いになる。

 それなのにお母様はいつもにこにこしている。
 だから、お父様を付け上がらせるのだと思う。

 正直、お父様はいつも苦手だ。

 ぎゅ、と胸元の布地を握った。

 さっきも、叱られたばかりだった。

「エキルナも来なさい」

大きな手をふり払って、精一杯大きな声を出した。

「いや! お母様がいい!!」

 だからいつもお母様に抱き縋る。

「まあまあ、エキ。甘えん坊さんですね。お母様は赤ちゃんが二人もいるみたいよ」
「お母様が、いいの!」
「エキルナ。わがままもいい加減にするように。さっきからどうした? 聞き分けの無い」

 赤ちゃん呼ばわりされても構わない。
 お父様なんて大嫌い!

 本当は……お母様も。

 二人とも、生まれたばかりのカリィデに夢中なんだから!

「ぅ……うぇえ、お母さまがいいの! お父様はイジワルだから嫌ぁ!」

 本当に我ながら子供っぽいと思うが、涙が止まらなかった。
 それなのにお母さまときたら!

「あらあら~? お父様にあんまり、わがまま言ったらいけませんよ~」

 そんな間延びした声で歌うように話されるのだ。

「エキルナ。あまりお母さまを困らせないように。近頃おまえはわがままが過ぎる」

 二人から「わがままだ」と言われて、わたしはものすごく傷ついた。
 ひどい!
 わたしは、わたしの思うように言ったり、しているだけなのに!
 それが「わがままだ」って言うの? 
 カリィデだって、泣きたい時に泣いてお母様を困らせているのに。
 赤ちゃんだから、許されるなんて、ズルイんだから!

 お父様も、お母様も、大っキライ!

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 だから覚悟を決めた。

 このシェンテラン家を出て行ってやろうって。

『おひさしぶりでございます』

みなさま、お元気でいらっしゃいますか。

リュームも、ご領主様も、新しく訪れたコ達も元気です!

そんな調子で始まりました。
 

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