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奇跡のように美しい人 作者:月宮永遠

3章:決意

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29

 群青の夜に、幸をもたらす流星が走った。
 女神の御印だ。
 工房で星詠の統計をまとめていたレインジールは、天文鏡から視線を外して、息を吐いた。
 佳蓮が塔を去ってから、もう三年になる。
 いつもと変わらない星空のはずが、あの夜から精彩を欠いて見えてしまう。星屑を散りばめた闇のとばりが、虚ろな闇のようだ。
 窓硝子に映りこむ己の顔は、味気ない夜空よりも更に酷かった。色の薄い真っ直ぐな髪、没個性の、石膏のように白い細面に、通った鼻筋。こんな顔を始終見せられたら、どんな女も眉を顰めるだろう。
 でも、佳蓮は違った。
 彗星のかがやきを纏う女神は、決してそんな素振りは見せなかった。奇跡のように美しく、優しいひとだった。
 この髪に躊躇いもなく触れて、日向に咲いたような笑みをくれた。
 女神の美しさを口にする度に、困ったような顔をされたけれど、どんな星よりも煌めいて、まさしく月光のような人だった。
 降るような満点の星空を仰いで、想う。彼女も同じ空を見ているのだろうか……

「長官」

 淡々とした声に我に返った。振り向くと、書類を手にリグレットがやってきた。

「浮かない顔ですね」

「大きなお世話です。なんです、そんなもの明日で良いでしょう」

 文句を垂れると、リグレットは小さく笑った。

「傍を通ったものですから。星詠の成果はありましたか?」

「いいえ。いつもと同じです」

 息を吐くと、リグレットは面白がるような顔をした。

「若き天才もそうしていると、只の恋する男ですね」

「悪いですか?」

「いいえ。素晴らしいことだと思いますよ」

「心にもないことを。不平があるという顔をしていますよ」

「長官をここまで骨抜きにするとは恐ろしい。あの方は、神秘であり魔性だ」

 咎めるようにレインジールは睨んだが、否定はしなかった。
 彼女の為に身を投げ出す者の名を挙げていけば、夜が明けるだろう。
 そこら中に熱烈な信奉者がいるのだ。あのシリウスですら心を奪われている。佳蓮がその気になれば、この国を影から操ることなど造作もないだろう。

「奇跡のようなひとですから……」

 左手に刻まれた流星痕を撫でながら、レインジールは呟いた。片翼の形をしていた流星痕は、今では完全な双翼をしている。

「聖杯は、まだ満ちないのですか?」

 成長しきった流星痕を見て、リグレットはいった。

「私は間に合わないでしょう」

「……ハスミ様に知らせないのですか?」

「苦しめるだけです」

 彼女の幸せだけをねがって、どうにかぎりぎりのところで手放せたのだ。

「長官は、それでいいのですか?」

「私のことはいい。あの人が、笑ってくれるのなら何でもします」

「自分がどうなっても?」

「愚問です。私は聖杯契約者ですよ」

 この手で幸せにできないとしても、残りの生を侘しく一人で過ごすことになろうとも、どこかで笑っていてくれるのなら、それでいい。胸が張り裂けそうなほど苦しくても、己の感傷より、佳蓮の方が遥かに大切だった。

「盲目な若者に、何をいっても無駄ですね。恋愛と悲劇は、昔から紙一重と相場が決まっているのでしょうか」

「恋をすれば、貴方にも判ります」

「おや、私には判らないと?」

 冷静な眼差しの奥に、秘めた想いが覗いていた。淡々とした男の垣間見せた表情に、仄かな嫉妬を覚えた。

「リグレット……」

「ふ。彼女に惹かれない男が、この世にいるでしょうか。そんな顔をするくせに、よく手放せましたね」

 からかう口調だが、声には崇拝の響きが滲んでいた。気分が悪くなって顔を背けると、面白がるような笑声が聞こえた。

「心配せずとも、明かすつもりはありません」

「当たり前です。佳蓮に迫るような真似をしてご覧なさい。この身が朽ちたとしても、八つ裂きにしてやりますからね」

「怖い怖い。実現できそうなところが……」

 不機嫌そうに口を噤むレインジールを見て、リグレットはふと瞳を和ませた。

「これでも、心配しているんですよ」

「お構いなく」

「後継も決めていないのに、貴方がいなくなったらどうするのです?」

 にっこりと笑うレインジールを、リグレットは心底嫌そうな瞳で見た。

「まさか……私を当てにしないでくださいよ。オルガノ様のように、隠居するのが長年の夢なんですからね」

「夢を持つのは自由ですよ」

 清々しい笑みを向けると、リグレットは嫌そうな顔をした。
 ささやかな仕返しに満足しながら、彼の語る夢も悪くないと頭の片隅に思った。佳蓮がいなければ、レインジールも最終的にはそうしていただろう。いつか、師の軌跡を辿るように、辺境の土地に雲隠れしていたかもしれない。

「会いにいかなくて、いいのですか?」

「オルガノ様が傍にいてくださるなら、心配は要りません」

「それで、彼女は幸せといえるのでしょうか?」

「あの人は、もう充分に自分を責めて、傷ついているんです。これ以上苦しめたくありません」

「ハスミ様は聖杯契約の末路を知らないのでしょう。後から知れば、傷つくと思いますよ」

「最後まで明かすつもりはありません。リグレットも、余計な真似をしないでくださいよ」

「いいませんよ。ですがね、どっちにしても、長官がいなくなればハスミ様は哀しみますよ」

「……それだけが心残りです。オルガノ様には話してあります。リグレットも、佳蓮を支えてあげてください」

「はぁ……長官も報われませんねぇ」

 レインジールは微笑んだ。

「一生に一度の恋をしました。もう充分、報われていますよ」

 一瞬、リグレットは歯痒そうな顔をしたが、何もいわずに部屋を出ていった。



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