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百物語

煙々羅

作者: 灰色


 他に好きな人ができた。


 ことの発端は彼女が言ったそんな一言だった。


 ずっと浮気されていたことは知っている。浮気相手がかなり頻繁に変わっていたことも知っている。


 それでも自分は本命なんだと思っていた。浮気はあくまでも浮気で、最後は自分のところに戻ってきてくれるのだと信じていた。


 そんな根拠なんて、どこにもないというのに。


 彼女と別れるなんて嫌だ。彼女が自分以外の誰かと恋仲になるなんて嫌だ。そう懇願した。よく覚えていないけど、泣いてすがってしまったかもしれない。


 ありきたりと言えばありきたり。メロドラマや愛憎小説にしてもチープでつまらない。


 しかしこれは現実だ。小説よりも奇なりと言わしめる現実。


 読書とは現実の予行練習なのかもしれないと思ってしまう。こんな状況、僕の人生では初めてのことなのにありきたりな感が否めない。


 もしも読書を予行練習だとするのなら、僕の教科書は法治国家としてはあまりよろしくなかったかもしれない。僕が好む推理小説では、恋人を一方的にふってしまうような人物は、男であれ女であれ、その相手に殺されてしまうのだから。


 殺されてしまうのだから。


 僕は過去に示されてきた例に則ってしまったのだ。


 虚構を現実にしてしまったのだ。


 この手で、愛する女性を殺してしまったのだ。


 どうやって殺したのか、よく覚えていない。絞め殺したような気もするし、殴り殺したような気もする。毒殺や轢殺ではなかったような気がするが、それも気がするというだけで実際は轢き殺していたかもしれない。


 なんにせよ、僕が彼女を殺したのは事実だ。僕が彼女を殺して、僕が彼女の死体を埋めた。穴を掘る感触も、穴を埋める感触も、彼女の虚ろな目つきも全部覚えている。


 だからこれは、夢や幻ではなくてれっきとした殺人事件だ。刑事事件だ。


 何年かの懲役刑? いくらかの罰金刑? 時効が25年ということしか知らない。僕のこれからの人生は、捕まるまで逃げて捕まったら刑務所で、刑務所から出たら殺人犯として生きる。


 転落人生もいいところだ。社会的な意味で言えば、僕の人生はここで終わったと言ってしまえるだろう。


 それでも僕は、全く後悔していない。


 タバコをくわえて火を点ける。ろくに吸い込むことなく口から離し、淡い灯から昇る細い煙を見詰める。細いが見つめてくる。


 彼女が、僕だけを見てくれている。



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