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萌える闘魂
作:イクチ=オステガ


「あ、あ、待って、まだいかないで! あと少し……あっ、いく、いくいく、いっちゃう、ああ、あ、あ、あっ、あーーーーーーーーっ!!…………はぁ、はぁ、はぁ、…………いっちゃった」

 

 

 賢明な諸君ならお気づきだろう。そう、彼女――アザカは通学電車に乗り遅れてしまったのだ。

「もう……、キミカズが遅いから」

 よほど全力で走ったのか、怒っていてもその声に力はない。

「あざか、俺のことはお兄ちゃんと呼べといったろう」

 対するキミカズは余裕しゃくしゃくだ。電車に遅れたことなどなにほどのものか、と言わんばかりの態度である。生意気な。

「お兄ちゃん? ……なんで?」

「萌えだから」

 親指をぐっとたてて笑顔でウインクするキミカズ。

 意味がわからない。キミカズはいつもそうだ。

 アザカは一度大きく息をすって、最大級のため息をこぼした。キミカズはそれを幸せそうに吸い込む。

「――っ! キモいわ! くぬっ! くぬっ!」

 アザカは顔を真っ赤にしてキミカズを殴った。普段から殴り馴れているせいか、殴り方も様になっている。それでもキミカズはノーガードで殴られながら『キャッキャ』と喜んでいた。ここまでくるとむしろキモい(キモチいい)。

 

 

 キミカズとアザカは幼なじみだ。現在はとある高校の同じクラスに在籍している。

 キミカズは小さい頃から運動、学問あらゆる分野に秀でていて、神童と言われていた。おまけに美形。すこぶる美形。描写できないくらい美形だった。だが悲しいかな。この世に完璧な人間などいない。

 キミカズは先天牲の変態(末期)だった。

 そしてアザカはというと、アザカいわくその奇人の後をよちよちついてくる愛すべき(哀すべき)存在だった。

 そう、幼なじみにありがちなように、アザカはキミカズのことが好きだったのだ!

 例えキミカズがどんなに変態で、どんなに奇人で、どんなに下種で(以下自主規制)〇〇でピーなくそみそ野郎でも、好きになってしまったものはしょうがない。塩がない。しょうゆもない。マヨネーズでいいか。

 ただ、キミカズを好きなことと変態を好きなことは違う。断じて違う。そこがアザカの悩みどころであった。

 

「萌えピンクだ」

 ホームルーム時に、先生が紹介していた転校生を一目見て、キミカズがもらしたセリフである。

 遅刻してきたやつの第一声がそれだ。まったく、せちがらい世の中だ。

 萌えピンクの意味はわからないが、なるほど、転校生――アイラはとてもかわいらしい少女だった。

 キミカズが女性に興味を示すことは珍しい。というか、アザカを除けば初めてではなかろうか。アザカは心の中に暗いものを感じた。

 休み時間になると、転校生であるアイラの回りにわらわらと集まる有象無象(生徒たち)……ゾンビさながらである。

『なんでこんな時期に?』

『どこからきたの?』

『ご趣味は?』

『ハァ、ハァ』

 好き勝手に質問するゾンビども。心なしか、アイラは脅えているように見える。これは助けが必要だ。――とそこに、

「おまえらちょっと黙れ」

 し〜んとなる教室。

 アイラは救いを求めるようにその声の主を見て、驚いた。この世のものとは思えないほど整った容姿の男がいたからだ。そう、我らがキミカズだった。ハンサムボーイキミカズはそのままアイラに近付き、

「俺のこと、お兄ちゃん……って呼んでみて」

 やはりキミカズは変態だった!

 しかしながらアイラは、初めてキミカズを見た女の子がかかる病気、『恋の病』にかかってしまったようだ。ぽ〜っと熱にうかされたような目でキミカズを見ている。
 やがて思い出したかのように、

「お、お兄ちゃん」

 どうやら、キミカズの要求は覚えていても、その内容までは把握していないようである。アイラはきょとんとした様子で小首を傾げ、椅子に座っているため上目使いとなりながら言った。

 効果は抜群だ。

 変態キミカズは恍惚とした表情で『こりゃええ、こりゃええわ』と頷き、もじもじとした後、なにも告げずに自分の席に戻っていった。

 なにがしたいんだか。

 その光景を見て、大半の生徒は呆気にとられていた。そんな中、

『なによ? なによアレ?』

 アザカはギュッと唇を噛みながら足をゆすっていた。

 キミカズの方から、アザカ以外の女に話し掛けるなんてことは今までになかった。

 これまでにもキミカズの外見に騙されて告白してきた女性は上は90歳から、下は4歳まで数多くいたが、そのいずれもキミカズは躊躇なく無慈悲に一刀両断してきた。クラスの女子が勇気を振り絞って話し掛けてもそっけなく『別に……』と言うのが常であった。

 キミカズは興味を抱いた人にしか優しくないのだ。そしてアザカには優しい。キミカズのクラスの女子への態度に憤慨しながらも、あたしにだけは特別なんだと嬉しく思っていた。なのに……。それなのに……。

 アザカの不安にもかかわらず、2人はどんどん仲良くなっていった。何を話してるかは分からないが、はたから見るとまるで付き合っているかのようだ。実際、そのような噂は校内中に流れていた。

 キミカズと登下校中、アザカは何度もキミカズに『アイラのことが好きなの?』と尋ねようとした。呼びかけるといつも無邪気な笑顔をキミカズは向けてくれる。でももしも、その笑顔のままで肯定されたら……。もしもその一言で、キミカズがアイラを意識してしまったら……。

 言い出せないまま1ヶ月が過ぎた。キミカズは相変わらず変態で、相変わらずアザカには優しくて、アイラとの仲も相変わらずだった。今も、仲良さそうに2人でしゃべっている。

 限界だった。

 アザカはがたっと勢いよく席を立った。間にあった机も、椅子も、人も蹴っ飛ばして一直線にキミカズとアイラの話してるところに突っ込んだ。茫然とするキミカズに向かって幼稚園児が見たらトラウマになりそうな形相でアザカは叫んだ。

「好きっ!」

 その一言は教室の時を止めた。

 後に出席番号19番、田中一郎(仮名)は言った。

『あ〜あれね、獣の咆哮かと思ったよ。いや、マジでマジで』

「好き、好き、大好きっ! 愛してるのっ! 好きなのっ! この変態っ! あたしがっ! 言ってんだよぉおおっ! ああああぁああっ! あっ! あっ! 好きだああぁぁあああっっっ!!!」



 キミカズの胸倉をつかんで揺さぶるアザカを、一匹の獅子を、止められるものはいなかった。

 アザカの壮絶な告白が終わったとき、キミカズは白目を剥いて泡を噴いて痙攣していたため、救急車で病院に運ばれた。


 肋骨が2本折れていた。

 

「私がモエレンジャーのピンクに似てるって、キミカズ君言ってた。モエレンジャー大好きなんだって。私もモエレンジャー好きだったから、話がはずんだの。似てるっていうより、似せてたのよ。萌えピンクは憧れだったから。それからいろんな話をしたわ。知ってる? 『萌』って漢字にはね、光を象徴する太陽と、闇を象徴する月と、我らが地球を示す緑が含まれてるのよっ。こんな素晴らしい漢字ってないわっ。……ああ、ごめんなさい。そう、あなたの話もしたわ。キミカズ君、あなたのこと好きだって。でも今の関係を壊すのは怖いって。私はアドバイスをするという名目でキミカズ君に迫ったわ。いつか、私を見てくれるんじゃないかって。でもあの告白を聞いてとても敵わないって思った。いや、マジでマジで」

 そう言ってアイラは去って行った。病室には気絶したままのキミカズと、アザカだけがいた。キミカズが気絶した原因は病院側には獣に襲われたと報告してある。嘘はついてない。

 窓からは夕日が差し込み、キミカズの顔をほんのり照らしていた。キミカズが身じろぎする。そしてゆっくりと目を開け、その瞳にアザカが映った。

 アザカは見る人によっては恐怖を、悪寒を、そして愛情を感じる笑みを浮かべて言った。

「お兄ちゃん、おっはよ〜〜〜〜っ☆」

 キミカズはくわっと目を見開いて、ガバッと身体を起こし、折れた肋骨もなんのそので、天に向かって叫んだのだった。

「萌えぇえええええっっっ!!!!」














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