表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/125

『バイオレンスジャック』:永井豪(漫画)

 デビルマンに続く、永井豪の傑作長編漫画。タイトル通り、どこのページをめくっても暴力暴力暴力の嵐であり、登場する女キャラクターは10ページ以内に全裸になるという法則を忠実に守ってある。全体的に暴力とエロスに煮詰めたスプラッター要素をふりかけてカリッとこんがり焼き上げたような作品に仕上がっている。

 ただし、決して低俗なだけの作品ではない。ちゃんとギャグ的な要素もあるし、人間の良心とは一体何なのかという、デビルマンからのテーマを引き継いで、群像劇としてしっかり描いているのだ。まさに傑作と言える。

 この漫画は作者が作中で明言してあるとおり、群像劇である。“地獄震災”で本州から隔絶され、無法の荒野とかした関東での話だ。まず、この地獄震災という響きに感心した。今ならこの初っ端のシーンで自主規制ものだ。M8.9の地震らしいが、この先見性には脱帽する。ジョジョにも9.11テロを予言したと言われるシーンがあるが、神がかった作家というのは時として未来をも予言してしまうのだろうか。とにかく、この地獄震災を辛くも生き延びた拓馬竜が、善の勢力を代表する主人公となる。2mを超える超常的な巨漢、ジャックも、最初はぼかしてあるがこの善の勢力である。このジャックこそが、作中でバイオレンスジャックと呼ばれて、いく先々で暴力の嵐を引き起こすことになる。ただ、これは無秩序な暴力ではなく、むしろ暴力でしか解決できないときに、良心に従って暴力を振るう、基本的にはそんな描かれ方をしている。

 それに対して、悪の勢力の代表がスラムキングだ。というか、ほとんどスラムキングが悪役であり、かつ主役であると言ってもいいくらいだ。それほどスラムキングは強く、インパクトがあり、それ以上に悲哀に満ちた悪役といっていい。三国志で言う呂布、あるいは項羽に近いポジションかもしれない。

こちらも2mを超える巨漢であり、また常人では重さに耐え切れないような鎧を常に着用している。これはスラムキングの筋力が以上に発達して自身の体を押しつぶしてしまうために、その力を外へ常に向けておくために着用している。お風呂はどうやって入っているのか非常に気になるところだが、どうやら皮膚が擦り切れてなくなっているようなので、そこらへんは深く考えないようにしよう。ていうかウンコはどうしているんだろうか。もしかしたら鎧の一部がジッパーみたいになっていて、そこからうまく放出するのだろうか。ていうかお尻はどうやってふくのだろう。考え出すと夜も眠れなくなるが、そこらへんはフィクションのお約束なので置いておくとしよう。防具だけでなく、武器もすごい。竜殺し並の長さを持つ斬馬刀を軽々と使いこなす。文字通り、馬を一刀両断する刀である。自分の気に入らない人間は、この長刀でバサバサ斬り殺してゆく。それもただ単に切り殺すだけじゃなく、マニアック縛り+両手両足切断とかいう鬼畜すぎる処刑方法……

 「もし生き延びることができたら人犬として使ってやるぞ!」という鬼畜を絵に描いたような台詞。ちなみに人犬というのは、スラムキングが飼っている人間ダルマのことだ。この人犬はスラムキングの気に入らないことをしたために、両手両足を落とされ舌を引っこ抜かれ、さらに首輪につながれて飼い殺しにされている。作中登場するのは男女の二頭だけだが、作中の行動から察するに他にももっといたのだろう。生き延びた、あるいは描写されているのはこの二頭だけだった。

 また、スラムキングは所持している軍事力も凄まじい。ドラゴン軍団という名前で、全員戦国時代の武田の騎馬隊のような格好をしている。スラムキング自身の武力もあってか、ドラゴン軍団を率いて瞬く間に荒野と化した関東に一大勢力を築き上げる。ただ、その勢力は関東一強大だが、関東全土には及んでいないようだ。一部には超能力使いや旧警察、ヤクザの勢力がいて簡単に手を出すことができないのもあるが、要するにスラムキングの性格で、君臨することはできても統治することはできないからだと思われる。ドラゴン軍団も治安の維持、国防というよりも略奪団に近い。だから、結局はきめ細やかな統治をする逞馬竜によって勢力を削られてゆくことにもなったのだろう。まさに混沌の権化であり、戦乱の世を加速かせる梟雄だ。

 そんな悪鬼のごときスラムキングだが、かつては人間の心を持っていた。

 元々、スラムキングの出生からして悲哀に満ちている。強すぎる筋力のため、母親のお腹を突き破って爆誕。むろん赤ん坊のことだから、このことは意図してやったわけではない。それでも、自分が母親を殺したという罪を背負うハメになってしまった。それからは異常な筋力が災いして、土倉に鎖でつながれ監禁されることになってしまう。この頃はまだ地獄震災前であり、平和な世の中ではスラムキングの活躍する場はなかっただろう。また、この監禁は本人の性格形成にもかなりの影響を及ぼしたと考えられる。生まれてから18年間、こうして監禁されていた。人間として当然身に付くべき感受性、良心、道徳など、身につくはずもない。よく「俺が悪いんじゃない、環境が悪かったんだ!」という言い訳があるが、スラムキングの場合はそれが言い訳ではなく、本当に当てはまる。環境さえあれば、スラムキングもスラムキングにならなくて済んだかもしれないのだ。

 ただ、そんなスラムキングにも救いが訪れた。家の雇った女教師が、必死になって人間の脆さを教えたことによって、スラムキングは一時期人間としての心を取り戻す。だが、それを取り戻したが故に、スラムキングはさらなる修羅道へ堕ちてゆくのだが……

 この人間としての心が、まだかすかに残っていることが、彼の悲哀をより一層際立たせる。スラムキングは、特に裏切りに関しては絶対に許さない。それもここから来ているのだろう。

 この漫画に悪役はたくさん出てくる。ていうか、一部の善人を除き、ほとんど悪役だらけと見ていい。北斗の拳と同じく、人口の70%くらいは略奪者なのではないかと疑いたくなるくらいの数だ。もちろん、北斗の拳よりバイオレンスジャックの方が先だが。

 この最大最強にして悪の総本山たるスラムキングと、バイオレンスジャックとの闘争を軸にして、様々な登場人物が様々な理由で戦う。自由のため、尊厳のため、野心のため、金のため、復讐のため……そしてただ生き延びたいために。中には簡単に善悪の判断ができない戦いもある。

 この作品は、永井豪の思考実験とも言えそうだ。『デビルマン』では「人間こそ悪魔」だったが、『バイオレンスジャック』では「人間は極限状態でどんな行動をするのか」という疑問が提示され、それがいろんなキャラクターを通して多元的に描かれている。ある意味、群像劇でしか描き得ない物語だろう。当然、法の支配がなくなれば、暴力の荒れ狂う混沌の時代になる。同じようなテーマとしていろんな終末モノが挙げられるが、バイオレンスジャックはそれらに先んじた先駆者であり、先駆者であると同時に早くもそれを極めてしまったとも言える。北斗の拳ではラオウが悪役だったが、スラムキングを知るとラオウも悪の権化としては一等席を譲らざるを得ない。ラオウの悪はただの悪であり、人間の本質として悪がある、というところまで踏み込んで描いているのは『バイオレンスジャック』の方だ。

完全版が全部で20巻近くあったと思うが、読んでみるとそこまで長さを感じない。話自体はやや断片的だ。連作短編、といった感じだろうか。だが、読み進んでいくとそれが実によくできていることがわかってくると思う。また、各種永井豪作品も関連して登場しており、『バイオレンスジャック』は永井豪版『ダークタワー』とも言えるだろう。(もちろん、ダークタワーより先なのだが……)

ラストはとんでもない方向へ向かってゆくが、それは読んで確かめて欲しい。あまりここでネタバレしても意味がないことだし、こんな感想を長々読むよりさっさと『バイオレンスジャック』を読んだほうがいいだろう。

 抗議が多そうだが(実際に「内容が暴力的すぎる」として多かったらしいが)、そんなもの関係ない。フィクションの良さはそういうところにあるのだから、わかる人だけ楽しめばいい。魅力的で圧倒的な暴力の渦を、体感してもらいたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ