表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カササギと恋の話

作者: 橘。

 

 前世というものは実に厄介である。当人が生きているのはあくまで現世だというのに、一見関係のない当人を振り回す喜びや悲しみの記憶。まぁ、実際私が振り回されているのは目の前の友人であって、記憶そのものではないのだけれど。



 *Date:7月1日


「ちっがーう!!」


 青筋立てて怒号を上げる友人に私は冷めた視線を向けた。彼はどうやら今回も私達の血と汗の結晶をお気に召さなかったらしい。

 バラバラと必死に集めた(隠し撮り)写真が床に散らばる。数枚ある写真に写っているのは全て同じ人物だ。


「どうしてこんなアホみたいな格好の女が織姫なんだ!! ちょっと頭使えば分るだろう!! お前らの脳みそはどうなってんだ? 本物の味噌が詰まってのか? あぁ?」


 頭に味噌詰まってんのはそっちでしょうが。……とは口にせず、賢明な私は笑顔のまま写真の一枚を掲げて見せる。


「だってほら、可愛いでしょう? 黒髪サラサラで色白でおめめパッチリ。彦さんが好みだって言ってた通りの女の子じゃない」

「誰がゴスロリ女見繕って来いなんて言ったんだよ!! 俺の織姫に限って服の趣味が悪いなんてことはあり得ない!! 次探してこい! 次!!」


 言うなり、私達はぺっと無情に生徒会室を追い出された。


「もう! 服ぐらいで我侭だなぁ。あ、ぎゅーさんありがとね」


 いつの間にかぎゅーさんの手にはバラ撒かれた写真が握られている。多分彦さんが騒いでいる間に集めておいてくれたのだろう。相変わらず仕事のできる人だ。騒ぐ事しか出来ない彦さんとは大違い。

 私がお礼を言うと、ぎゅーさんは静かに頷いた。


「さーて、次はどうしよっか」


 頭の痛い問題に溜息をつく。するとぎゅーさんの大きな手が私の髪を優しく撫でる。心地の良い感触にしばし癒され、私は再びお礼を言った。


 先程一人で喚いていた私達の友人、彦崎ひこざき一夜かずやはあれでも生徒達の投票によって選ばれたこの高校の生徒会長だ。アイドル並みに長身美形で成績優秀。一見爽やかで人の良さそうな笑顔を振りまいている彼だが、実際は先程ご覧いただいた通り我侭横暴な俺様である。そんな彦さんの理不尽な命令によって私、烏丸からすま美羽みうと、ぎゅーさんこと牛武うしたけそうは生徒会役員に立候補する羽目になり、ものの見事に三人揃って当選してしまった。

 さて、何故私とぎゅーさんが彼に付き合っているのかと言えば、それは三人の共通点にある。私達には同一の記憶があるのだ。それは一般的に前世と言われる記憶。

 日本の伝統行事として定着している七夕。その物語をご存知だろうか?


 天帝には織姫という名の大変美しい働き者の娘がおりました。年頃になった娘にと婿を探していた所、川の辺で牽牛を見つけたのです。彼は牛の世話をしている大層真面目な青年でした。

 天帝が二人を会わせれば忽ち互いに恋に落ち、結婚しました。けれどどうした事でしょう。二人はお互いに夢中になるあまり、機織も牛の世話もしなくなってしまいました。これを知った天帝はとてもお怒りになり、罰として天の川の西と東の対岸に二人を分け、二度と会えないようにしてしまったのです。

 反省した二人は再び真面目に仕事をするようになりました。けれど互いがとても恋しく、牽牛は元気をなくし、織姫は毎日泣いて暮らしました。天帝はそんな二人を許し、カササギを遣わして川を渡らせ、年に一度だけ会えるようにしたのです。


 実はこれ、単なる御伽噺ではない。少なくとも私達三人にとっては。

 牽牛、つまり彦星は彦崎家。牽牛が生涯共に居た牛は牛武家。そして彦星と織姫の架け橋となったカササギは烏丸家。それぞれの家がそれぞれの子孫として伝えられているのだ。


 十五歳の時、私は天帝の下で生活をしていたカササギの遥か昔の記憶を度々夢に見るようになった。それを祖母に話した所、我が家に代々伝わる七夕の話を聞かれたのだ。生涯織姫と彦星に尽力したカササギは天帝の温情により人となることを許され、それが我が家の先祖になった事。そしてカササギは別名勝鴉(カツカラス)とも言い、その名が変化して烏丸という家名になった事。

 ぎゅーさんの家にも似たような話が伝わっており、彦さん家にいたっては彦星の血を引く家系そのものだと云う。そして運命のいたずらか、三人が同じ学年の学生として高校で顔を合わせることになったのだ。

 牛武家は昔から彦さん家に仕える家柄らしく、二人は昔からの幼馴染。そこに私が現れた。互いに自分達以外に七夕にまつわる血を引いた者など居ないだろうと思っていたので、これには三人揃って大層驚いた。だが、彦さんは驚いただけでは済まなかった。ここまで役者が揃ったのだ。絶対に自分の“織姫”もこの学校内に居る筈だ、と騒ぎ始めたのである。

 三人が揃ったことで一種の興奮もあったのだろう。もし本当に織姫がいたとしたら会ってみたい。そんな好奇心が私にもあった。だから彼に協力を始めた。こうして私は現世でも織姫と彦星を結びつける役割を担う事となったのだ。


 織姫を探すべく、私達はまず名前に目をつけた。三人全員前世に関わりのある苗字であったから。そこで生徒の名簿を片っ端から当たったのだけれど、残念ながらそれらしき苗字の生徒はいなかった。次に私達が全員同年代であることを考慮し、最初は同級生達の中から探し始めた。けれどここは私立のマンモス校。同級生の女子に絞ってもかなりの生徒数を誇る。しかも特定する手がかりが無い以上、判断基準は彦さんによる勘だけ。当人曰く運命の織姫を俺が見抜けぬ訳が無い、との事だ。


 だがいくら私達が織姫候補の生徒を見つけてきても、彦さんはあーでもないこーでもないとケチをつけながら頑として首を縦には振らず、三人が出会ってから既に半年が経過してしまった。その間に彦さんはいつの間にか周囲の賛同を集めて生徒会長へと成り上がり、私達もそれに巻き込まれてしまったという訳だ。因みに、生徒会長へ立候補した理由は勿論“織姫探し”に有利だから。

 そして今ぎゅーさんが持っている写真。それこそが“織姫候補”として先程提示し、即却下されたものだった。だが写真だけで違うと判断する辺り、単なる面食いな気がしてならない。


 最近あまりに理不尽に却下され続けるものだから、すっかり私のモチベーションは下がっていた。なのに何故今だ協力を続けているのかと言えば、私自身が織姫に会いたいのと、家同士の関係があるとはいえ、律儀に最後まで付き合うであろうぎゅーさんが不憫だからである。

 学校の女子達をメッタ斬りにしていく彦さんとは違い、ぎゅーさんは本当に良い人だ。まぁ、見た目はちょっと……いや、かなり厳ついけれど。

 身長190cm、体重79kg。スポーツ刈りで肩幅がっしり、筋肉質な体。まるで重量級の柔道選手。さすが代々彦さん家のボディーガードとして仕えてきた家系の跡取り息子。結構な迫力である。彦さんのように口が回る性格ではなく、どちらかと言えば無口なので誤解を受ける事も多い。ぎゅーさんがスーツにサングラスを装備すれば、まるで要人のSPにしか見えないのだから、まぁ、初対面である程度怖がられてしまうのは仕方が無いのかもしれない。


「そう言えば、ぎゅーさんは短冊書いた?」


 隣を歩くぎゅーさんを見上げて訪ねると、彼は首を横に振った。

 短冊とは当然七夕の短冊の事だ。現在季節は梅雨も明けた7月。七夕まで後一週間まで迫っている。そこで生徒会主催で学校に笹と短冊を飾るイベントを立ち上げたのだ。七夕前日までに校内各所に設置されたボックスに自分の願いを書いた短冊を入れる。そして生徒会役員と有志の生徒によって飾り付けを行い、夏休み前に盛り上がろうという企画だ。

 これ、発案者は勿論ウチの生徒会長。しかも生徒達の為の企画ではない。集めた短冊に書かれた願いを全てチェックし、その内容から織姫を探し出そうという魂胆なのだ。


『織姫ならば絶対に俺に逢いたいと書くはずだ!!』


という事らしい。

 ウチの会長様は実は結構なロマンチストである。まぁ、前世の織姫を自分の運命の相手と思って今も探し続ける時点でベスト・オブ・ロマンチスト決定なのだけれど。


「美羽は?」

「私もまだ。もうそれ所じゃないっていうか、生徒会って地味に忙しいよね」

「……そうだな」


 ぎゅーさんが目を細めて私を見下ろす。優しい目だ。あぁ、癒される~~。ぎゅーさんと過ごすこうした何気ない一時は、特別な友人二人とは違って見た目も中身も平々凡々な私の貴重な充電時間だ。


「彦さんの狙い通り、これで織姫が釣れると良いんだけどねぇ」


 これで実は現代の織姫は用務員さん(男)でした、とか言うオチだったら面白いのになぁ、と思ってしまったのはぎゅーさんにも内緒である。





 *Date:7月4日


「あ、烏丸さん」

「はい?」


 七夕3日前の放課後、校内各所に置いてある短冊ボックスから中身を回収していた私は、大きな布製のトートバッグ片手に振り返った。そこには見慣れない男子生徒が立っている。上履きのラインが緑だから同級生だろう。生徒会に用事だろうか。


「あ、あの……。急でびっくりするかもしれないけど」

「はい」

「もし良かったら俺と…………うっ!」

「?」


 急に黙ってしまった男子に首を傾げる。すると彼は急に顔を青くしたかと思うと、慌てた様子でこう告げた。


「あ、やややっぱりいいや。また今度!!」

「はぁ……」


 そしてバタバタと音を立てながらすごい勢いで廊下を走り去る。こらこら。そんなに廊下を走っては先生に怒られちゃうよ。


「美羽」


 あ、この声はぎゅーさんだ。


「ぎゅーさん?」


 後ろを振り向くと、案の定ぎゅーさんが立っていた。私を手伝いに来てくれたのだろう。短冊が入って重くなったトートバッグを持ってくれた。


「ありがとう」


 私達は全てのボックスを見回ってから生徒会室へ戻る。こうして毎日ボックスの中身を回収しているけれど、やはり七夕が近くなるに連れて短冊の量も増えてきた。前日に一気に短冊を確認するのは不可能なので、回収した短冊は生徒会へ持って行き、少しずつ三人でチェックしているのだ。

 生徒会室のドアを開けるなり、私達を出迎えたのは会長様の叫び声だった。


「遅い!!」

「いきなり何!? しょうがないでしょ。校舎は広いんだから……。って、あれ? 彦さん? どうしたの?」


 単なる文句かと思いきや、既に昼休みに回収していた分を先にチェックしていた彦さんは一枚の短冊を手にして震えている。私達が近付くと、持っていた短冊を差し出してきた。私がそれを受け取り、ぎゅーさんも横からそれを覗きこむ。それは女の子らしい綺麗な字で書かれたオレンジ色の短冊だった。願い事は、たった一文。


“彦星に会いたい”


 私とぎゅーさんは顔を見合わせる。次いで同じタイミングで彦さんを見た。ザ・ロマンチスト彦崎は……


「キタ――――――!!! これそうだろ!! 絶対そうだろ!!」


 大興奮していた。

 そんな彼を尻目に、私達はもう一度短冊を見る。けれど、


「やっぱり名前は書いてないかぁ」

「一夜。これどの束だった?」


 ぎゅーさんの問いにやっと黙った彦さんが指差したのは一階東館、靴箱前のボックスに入っていた短冊の束だ。どの短冊がどこの場所から投函されたものか分るように、回収する時には必ずそれぞれ束にして括っていた。


「東の一階。一年生だね」

「何をしているんだ! 宗!! 美羽!! さっさと一年校舎へ行ってこい!!」

「ちょっとちょっと!! 気持は分るけど落ち着きなよ、彦さん。まだ学年が特定出来ただけだし、そもそもこれを書いたのが本当に織姫とは限らないでしょう?」

「アホか美羽!! 織姫以外にこんなことを書く女が居る筈ないだろう!!」

「分んないよ。彼氏が欲しいっていうのを、七夕とかけてこういう書き方しただけかもしれないし」


 すると彦さんはぐぬっと喉を詰まらせた。一理あると思ったのだろう。


「今の所一番可能性がある候補として調べてはみるから。ね?」

「……仕方が無い。それは任せる」

「うん。じゃあ、彦さんは引き続き短冊チェックをお願い。もしかしたらまだ他にもそれらしいのがあるかもしれないし。ぎゅーさんも彦さんと一緒に……」


 言いかけた所で持っていたオレンジの短冊が手から引っこ抜かれた。振り向けば、ぎゅーさんがそれを手にしている。


「ぎゅーさん?」

「これは俺が調べる。美羽がここに残れ」

「……うん。分った」


 反対する理由はないので素直に頷く。一方、ぎゅーさんはさっさか生徒会室を出て行ってしまった。仕方が無いので、私は回収してきたばかりの短冊を広げ、彦さんと共にチェックを始めた。


 一時間程経っただろうか。今日の回収分から他に目ぼしい物は見当たらず、私は片付けを始めていた。その時ふと、ずっと訊いてみたかった疑問が浮かび上がる。


「ねぇ、彦さん」

「なんだ」

「彦さんはさぁ、織姫を諦めようと思ったことはないの?」


 探し始めてもう半年。今まで全く掠りもしなかったのに生徒会長にまでなったり、こうして七夕にかこつけて作戦を練ってみたりと、彦さんは織姫探しに余念が無い。期待すればするほど、駄目だった時の落胆も大きい筈なのに。

 すると彦さんは迷いの無い顔できっぱりと告げた。


「無いな」

「……本当に?」

「無い」

「一度も?」

「無い」


 自信満々どころか私のことを馬鹿にしたようにフンッと鼻で笑う。あ、その顔ちょっと腹立つ。


「その自信ってどっからくるわけ?」

「そうだな。強いて言うならお前らだ」

「え?」

「お前らとは出会えただろう」


 そうだった。私が最初に彦さんのドリーマーな願いに協力しようと思ったきっかけは、彦さんとぎゅーさんに出会った時の喜びが大きかったから。織姫に出会えれば、またこの喜びを分かち合えると思ったから。それは彦さんも同じだったのだ。


「お前らに出会えて織姫に出会えない訳が無い」


 根拠なんて無いのだ。それは自信ではなく彦さんの“願い”だから。それをこうもきっぱりと口に出るのが彦さんの強さなのだろう。こういう時、彦さんが生徒会長に選ばれた理由が分かる。迷い無く断言できる強さは、リーダーとして人を惹き付ける魅力だから。

 あまりに彦さんらしくて私は思わず笑ってしまった。


「おい、何を笑っている」

「私、彦さんのそういう所好きだよ」

「お前、何を今更当たり前な……」


 得意げになっている彦さんに向かって我侭で俺様だけどね、と心の中だけで付け足す。すると不意に彦さんが顔を上げた。


「宗、お前何やってるんだ?」


 その言葉に振り向けば、生徒会室のドアを開けた状態でぎゅーさんが立っていた。


「あれ? ぎゅーさん。お帰りなさい」

「……あぁ」


 あれ、どうしたんだろう。なんだか歯切れが悪い。


「何か分かったか?」

「いや。とりあえず一年の名簿のコピーを貰ってきた」

「筆跡が分かるものがあれば一番いいのだがな。何かないか? 作文とか」

「提出された課題は貰えない」

「まぁ、そりゃそうだな」


 色々と相談を始める二人。私はなんだかそれに口を挟めなかった。それよりも気になる事があったから。


 ねぇ、ぎゅーさん。どうしてさっきから目を合わせてくれないの?






 *Date:7月7日


 七夕当日の放課後。学校の前庭と中庭には計4本の大きな笹が立てられた。当然、笹には今まで生徒達から集められた短冊が飾られている。様々な色の様々な願いが書かれた短冊。それは他の飾りなんかなくても十分に見事だ。


「キレー……」


 私は中庭の一本を見上げてそう呟いた。先程まで一緒に飾りつけと設置を手伝ってくれていた有志の生徒達も緩やかな風に揺れるそれぞれの笹を眺めている。写メを撮る電子音があちこちから聞こえた。

 彦さん達も今頃前庭の笹の設置を終えているだろう。私は無意識にスカートのポケットに手を入れていた。そこには一枚の短冊が入っている。私の願いが書かれ、飾られないままの短冊が。


(ぎゅーさん……)


 結局、ぎゅーさんとはあれからまともに話をしていない。いや、普通に会話はしているけれど、目を合わせてくれなくなった。笑いかけてもくれない。髪を撫でてもくれない。


(急にどうして……)


 私と一緒に居るのが嫌になってしまったのだろうか。ぎゅーさんはいつでも優しくて、無意識に甘え過ぎていたのかも知れない。

 空いてしまった距離に困惑している間に七夕を迎えてしまった。私が余計な事で悩んでいるせいか織姫探しも進まなかった。きっとロマンチストな彦さんはがっかりしているだろう。この日に間に合わなかった事を。


(こんなんじゃ、短冊飾れないな……)


 彦さんが織姫を諦められないように、私にも譲れないものがある。けれどそれは一人じゃ叶えることが出来ない。だからもう、ダメかもしれない。私の願いは。


「美羽」

「彦さん……。お疲れ様。あっちも終わったの?」

「あぁ」


 皆の前では笑顔を見せていた彦さんは、どこか元気がなさそうだった。当然かも知れない。七夕に織姫が居ないのだから。


「残念だったね」

「ああ?」

「織姫、間に合わなくて」


 するとちょっと目を見開いた後、彦さんはバーカと言って私を小突いた。


「いたっ。何?」

「7月7日が人生の内あと何回来ると思ってんだ。七夕は今日だけじゃねーぞ。それよりコレ」


 差し出された手。受け取るようにして手のひらを上にすれば、そこに紙切れが載せられる。小さく折りたたまれたそれは……


「短冊?」

「いーから開けてみろ」


 開いてみれば、それはやはり短冊だった。水色の紙の上に書かれていたのはたったの一文字。


「橋?」


 書道のお手本のような文字。けれど一文字だけはおかしい。願いを書くのが短冊なのに。もしかしてこれはまだ書き途中なのだろうか。首傾げて彦さんを見れば、彼は呆れた顔で嘆息した。


「分からないのか? それ、宗が書いた短冊だ」

「え?」

「七夕に“橋”って言ったら一つしかないだろう。一年にこの日だけに架かる天の川を渡る為の橋だ」


 天の川によって隔たれた織姫と彦星繋いだのは、天帝が遣わしたカササギの橋。それはつまり――


「……私?」


 人になる事を許されたカササギの子孫。それが、そのものがぎゅーさんの願い。なら、もしかしてぎゅーさんは……


「会長~!! 一緒に写真撮ってくださいよ~~!!」


 イケメン俺様生徒会長の彦さんはあっと言う間に女子達に囲まれてしまった。今だ当惑している私に彦さんが告げる。


「宗は生徒会室だ。行け」

「っ!! ありがと! 彦さん!!」


 私は水色の短冊を握り締めて駆け出した。ポケットの中にしまわれたままの、私の願いを叶える為に。






 乱れた息を整えて生徒会室のドアの前に立つ。夏の夕方はまだ明るいけれど、それでもこの時間に電気がついていないのは珍しい。もしかして先に帰ってしまったのだろうか。一抹の不安を感じながら、私はドアを開けた。

 目の前に大きな影。


「……ぎゅーさん」

「…………。美羽?」


 不安は杞憂へと変わる。ぎゅーさんはたった一人、窓辺に立っていた。明かりがついていない生徒会室で、逆光になっているぎゅーさん表情はここからだと分かりづらい。


「お疲れ様」

「……あぁ、お疲れ」


 あ、やっぱり目を逸らされてしまった。どうしてなの?

 私はそれでも怯まずに一歩一歩ぎゅーさんの下へ近づく。そして握り締めていた短冊を差し出した。


「これ、ぎゅーさんの短冊って本当?」


 ぎゅーさんの目に明らかな困惑。


「…ど…して、捨てた筈……」

「彦さんがくれたの。ぎゅーさんが書いたものだって」

「!!」


 ぎゅーさんは眉間に皺を寄せて顔を逸らした。どことなく顔が赤いのは夕暮れのせい? それとも私、うぬぼれてもいいの?


「ねぇ、ぎゅーさん。どうして目を合わせてくれないの?」


 以前は話をしている時、必ず私の目を見てくれた。優しく微笑んでくれていたのに。

 すると、ぎゅーさんは顔を逸らしたまま、大きな体とは真逆の小さな声でぽつりと言った。


「美羽は……」

「うん」

「一夜が、好きなのだろう?」

「………………。は?」


 ちょっとちょっと、さっきまでのシリアス展開はどこへ行った。私が彦さんを好きって何? それギャグですか?


「前に、ここで言ってただろう。だから俺は……」

「ちょ、ちょっと待って!!」


 前にって、彦さんを好きって、もしかしてアレ? アレのこと?


「それって、えーと……、確か私が『彦さんのそういう所好き』とかって言ったやつ?」

「……。そんな言い方だったか?」

「うん、多分そんなだよ。でもそれは違うからね? 彦さんのハッキリした性格を褒めたのであって別に彦さんを男として好きとかそんなんじゃ……」


 一瞬で視界が遮られる。気づけば、目の前にあるのは白いワイシャツ。太い腕が私をすっぽりと包んでいる。女子にしては高い身長169cmの私でも、190cmあるぎゅーさんに抱きしめられると簡単に全身が覆われてしまう。


「ぎゅー……さん?」


 嬉しいよ? こんな美味しい展開嬉しいんだけど、でも突然どうして……


「……一夜を、好きなわけではないんだな?」

「好きなら、ぎゅーさんの短冊持ってここまで来ないよ」

「そう、か」


 腕の拘束が強まる。あ、ぎゅーさんの鼓動が聞こえる。ドキドキと早いリズムを刻んでいる。ねぇ。この鼓動は私と同じ気持ちだと思っていいんだよね?


「ぎゅーさん」

「…………」

「私が好きなのはぎゅーさんだよ?」


 いつの間にか好きになっていた。いつも隣に居てくれる優しいまなざし。落ち込んだ時、疲れた時に髪を撫でてくれる大きな手。安心させてくれる低くて穏やかな声。私達三人を結び付けてくれたのが、ぎゅーさんと出会わせてくれたのが七夕の奇跡なのだと思うから。


「美羽……」


 ぎゅーさんが腕を緩めて私を見下ろす。ようやく目を合わせてくれたね。優しく緩む奥二重の目、大好きだよ。


「好きだ」

「うん」

「ずっと、ずっと好きだった」

「うん……」


 互いの顔が近付き、当たり前のように唇が重なる。ごめんね、彦さん。先に大切な人を見つけてしまって。けれど今日だけは許して。私もずっとずっとぎゅーさんが好きだったんだ。

 ねぇ、ぎゅーさん。後で私の短冊を見せてあげるね。私の心からの願いを書いた、ポケットの中の短冊。



――ずっとぎゅーさんと一緒に居たい。



 二人で、こっそり二枚の短冊を飾りに行こう。願いはもう叶っているけれど。





  END

 

 

tm様。素敵な企画の立ち上げありがとうございます。

詳細をお知りになりたい方はこちらをご参照ください。

 →星企画 http://naroutm.web.fc2.com/


若干季節外れで申し訳ございません。


前世とかって言っているけど、七夕は中国が起源じゃね?

結局織姫出てけぇへんのかい!?


というツッコミは無しでお願い致します(m;_ _)m

最後までお付き合い、ありがとうございました。


 2012/8/20 橘

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのにやにやできたこと。 [一言] もし続編があるなら、次は彦星&織姫の話を読んでみたいです。 短冊のアレがどうだったのかとかその辺をぜひ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ