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ぼそっとエッセイ
作:春晴秋明



THE 熟成! 二人も熟成するのだ!


『セツナサ』とは、どこから生まれてくる感情なんだろう。


辛くて、感じたくないよ。

ほかほか、幸せを感じてたいよ。


それが、正直なところ。


だけどね、その反面で、もう一人の私が言うんだ。


「でもさぁ、幸せほかほかばっかりだったらさ、それがずぅっと続いたとしたら、その幸せほかほかを感じることができなくなっちゃうんじゃないの〜?」

って。


「そうだね、そうなんだよね。『セツナサ』や、『辛さ』や、『哀しさ』があるから、幸せほかほかが、倍増して感じれるんだよね。」


そう、納得するんだ。



梅酒だったり、レモン酒だったり、カリン酒とかさ、果実のシロップや果実のお酢漬けとかさ、時間が経てば経つほど美味しいでしょ?

ワインもウィスキーも、焼酎も、老酒だってそうでしょう?


そら、ワインの新酒もフルーティーで美味しいけどさ、熟成ってのは時間とその間に起こり得る様々なことが味となって表れるんだと思うんだよね。


カレーもさ、二日目が美味しいでしょ?
お肉や、野菜の旨みが熟成されるからさ。 シーフードだったら、魚介類は硬くなっちゃうけどね。旨みは出てるよ。

そんなことは、余計だね。

糠漬けなんて、糠床長いこと生きるじゃん。

焼き鳥屋さんとかさ、鰻屋さんとか天婦羅屋さんも、タレをずーっと足し足しするって言うもんね。 それって、何度も食材がタレに旨みを足しているから美味しくなるんでしょ。

・・・どうしても、食べ物に喩えてしまう私もどうかと思うけど。




人も、『セツナサ』とか『辛さ』とか『哀しさ』とかのスパイスと、『幸せ』や『楽しさ』や『嬉しさ』などの甘〜い調味料が混ざって、熟成されていくのかもしれないね。



あなたと、ただただ一緒にいて、ただただ幸せ感を感じていたいけど、一緒にいられない時間は、それだと思って楽しむことにするよ。


寂しさは、今度思いっ切り一緒にいることができたときの幸せを感じるためのフレーバーだ!

虚しいような、無理くりの理論で私は乗り切るのだ。




そしてね。

いつかね。


『こんなおじいちゃんとおばあちゃん、どーよ!』


って、二人で笑いたいよ。

いつものように。












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