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ぼそっとエッセイ
作:春晴秋明



神様がもしいるならば


神様がもしいるならば。


もし、と書いていながら、私はいると信じている。


とは言え、私は無宗教だ。

無宗教とは言え、葬儀の時には、○○宗などと、両親の宗派に従って葬儀に参列したりするのだけど。

だから、カテゴリーは、『仏教徒』になるのだろうか。

でも、熱心に、何かをしたという記憶はない。

仏陀は好き(好きなどと言う表現はどう?)だし、興味もある。

いつか、インドに行きたいと思うし、聖書も読んだ。イエス=キリストにも大いに興味がある。 


だけど、宗教には属さない。

属さない意味も持たない。


だからと言って、否定するものでもない。

宗教の自由は、憲法でも認めるところだし、何より信じるものがあるのは、悪いことではないだろう。

強いて言うならば、宗教と政治の関わりは認められない、日本の憲法において、公明党ととある宗教の関わりはどうなのよ?

ぐらいは、ちょっぴり思う。

だけど、それも承知の上の国民多数ならば、良いのかもしれないな。


選挙になると、その熱心な信徒が家に訪れる。


「この方に一票お願いします」

と。

公明党の方だ。


だけど、それも仕方ないのだろう。



とか書きながら、政治に対して、国に対して、宗教に対して書きたいわけではない!と、気付いた。


神様がいるのなら、もっとスムーズに事が運んで欲しい。

そう願ってしまう、勝手な私がいる。

だけど、そうは行かないこともわかっている。


意地悪か?と言えば、そんなこともない。

神様は、グッド・タイミングで彼と出会わせてくれた。


その後、どうなるのか?

神様に聞いてみたい。


だけど、それは無理なのだろうな、って思うんだ。


神様は、みんなに平等に、みんなの中にいるものだと思うから。


だから、きっと、その後のことは、それぞれが考えて決めるしかないんだもんね。



彼と私の中の神様が、いつかきっと。












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