俺の憂鬱、女王様の決意 俺と女王様3(10/10)PDFで表示縦書き表示RDF


俺の憂鬱、女王様の決意 俺と女王様3
作:金本ちはや



エピローグ されど試練の夏は続く


 夏の空には、今日も太陽が輝いていた。
 光の粒のような飛沫を弾いて笑う人々。砂の上に刻まれた足跡を、打ち寄せる波があっという間に消していく。だが陽気な喧騒は絶えることなく、それどころか熱気となって広がっていくようだった。
 もうすっかり見慣れた光景だ。この数日のうちに日常となりつつあるそれが、なぜか愛しい。
 ここにいるだれもが同じ時を分かち合い、それぞれの夏を過ごしている。まるでひとつの物語を織り成すたくさんのエピソードのように。
 俺も、彼女も、友人たちも。
「なぁににやけてるのかなぁ?」
 含みを感じる声とともに、長谷が肩に手を置いて顔を覗きこんできた。おまえのほうこそ笑顔がにやにや言ってるぞ、とツッコみたい。
「昨夜の甘〜い逢瀬でも思い出しちゃってるの? いやらしいなぁ、本原ってば」
「違ぇよ! なんで断定形なんだよ!?」
「照れない照れない。で、結局どこまでいったの? まさかキス止まりなんてことはないよね?」
「デリカシーもプライバシーもない質問だな! 断固黙秘する!」
「うわぁ、ABCのAで満足しちゃったの? やだやだ、これだから初心者は」
「おまえら絶対覗き見してただろーッ!?」
 あまりのありえなさに割腹かっぷくしたくなった。だれか、だれか出刃包丁を持ってきてくれ……!
 最悪だ最低だ、と地面にめりこむ勢いで落ちこんでいると、ふ、と長谷が軽い吐息を洩らして笑った。
「でもまぁ、これでようやく安心できたよ。百点満点にはほど遠いけど、なんだかんだがんばってたと思うよ」
 手のかかる教え子を見る教師のような目で、そんなことを言う。
 鼻の奥がツンとするような切なさがこみ上げてきて、俺はわざとらしく鼻をこすった。
「だれかさんたちにさんざんケツを蹴っ飛ばされたからな」
「そうでもしなきゃ動かないようなヘタレだったからね」
 くすりと喉を鳴らす長谷は余裕そのもので、俺は素直に降参した。
「……感謝してる」
 どんなに馬鹿でも情けなくても見捨てずに、最後まで手を差しのべて背中を押してくれた。
 彼らにめぐり会えたことは、俺の人生における最高の幸運のひとつに違いない。
「ありがとな」
 長谷はくすぐったそうに目を細めた。
「僕らは、僕らにとっての当たり前のことをしただけだよ。……でも、その気持ちは受け取っておく」
 大切にしてね。
 最後に続いた言葉に、俺は力をこめて頷いた。
「ああ」
 はっきりと口にはしない。だがそれはまぎれもない、俺と長谷との――彼女を思い、俺を思ってくれる彼らとの約束だった。
「……おや。噂をすればお姫様のお越しだよ」
 何かに気づいたらしい長谷に促されて振り返ると、波打ち際からこちらへ向かって駆けてくる彼女の姿があった。
 お姫様というよりも、女王様と称するほうがふさわしい――俺の恋人。
 そう呼べることが叶えられた、今までもこれからもただひとりの、俺の好きな人。
「また水着だけだし……」
「これから苦労するねぇ」
 肩を叩く長谷の生ぬるい笑みが心に痛い。
「ふたりとも、せっかくの半日休みなのにそんなところで何してんのよ!」
 再びポニーテールに結い上げた髪を弾ませながらやってきた彼女は、降り注ぐ陽光よりもまぶしかった。まっすぐ俺の傍らに寄ってきた時点で、頭のねじが二、三本ゆるんだ。
 しかし、それでごまかされてはいけない。
「おまえなんで上に羽織ってねぇんだよ? あれだけ注意しただろうが」
「だって海に入んのよ? 塩水に濡れたら、洗濯してもべたべたになっちゃうもん」
「四の五の言わずに着ろ! あーもーいい、取ってくる!」
「ちょ、なんでそんなにうるさく言うわけ? 日焼け止めなら、水に濡れても落ちにくいやつだから大丈夫だってば!」
「そうじゃねぇぇ……っ!」
 どこまで鈍感なんだと怒鳴りかけたとき、それまで静観していた長谷がにっこりとのたまった。
「神崎女史、神崎女史。本原は妬いてるんだよ。周りの男がみんなきみのこと見てるから」
「ばっ……」
「え?」
 俺は一瞬呼吸困難に陥り、彼女はきょとんと目を瞬かせた。言葉を失ったまま硬直した俺を、彼女の瞠られた瞳が見つめてくる。
「そうなの?」
 ここで頷ける男がいたら、そいつは勇者だと思う。
 固まり続ける俺に彼女は瞬きをくり返していたが、やがてにまぁっと口の端を持ち上げた。
「そっかぁ、そうなんだぁ……つまり俺の前だけで着ろってことね? だったら言ってくれればいいのに」
 長谷と同類の表情を浮かべた彼女は、凍りついている俺から上着を奪うと袖を通した。男物であるためにサイズが合わず、胸元を残して前身頃のチャックを閉めると、まるでそれだけ着ているようだ。これはこれでいい……よくない気がする。
「これでいいでしょ?」
 満面の笑顔で小首を傾げ、腕にすり寄ってくる。俺はぎこちなく首を縦に振ろうとして、
「……って、ちょ、苑香さん!?」
「なぁに?」
 離れようとすればするほど、彼女はますます密着してくる。腕に当たるやわらかい何かがふにゃりとたわんだ感触に、俺は総毛立った。
 身長差から見下ろす形になってしまう俺の視線の先には、狙ったかのように上着から覗く彼女の胸元。白い肌に落ちる影の意味を考えるな……!
 彼女は爪先立って俺の耳元に唇を寄せると、息を吹きこむようにささやいた。
「今度はふたりっきりで来ようね。――もちろん、お泊まりで」
 ごちそうさま、と呟く長谷の声が遠く聞こえた。



 一難去ってまた一難。
 どうやら、俺の試練の夏はまだまだ続くようだ。


 というわけで、『俺の憂鬱、女王様の決意 俺と女王様3』無事完結と相成りました。
 全十話、あしかけほぼ一年。かなりの難産でした……前半では亀の歩みにも負けるような更新スピードに陥り、読者の方々にはたいへんやきもきさせてしまったと思います。それでも完結にこぎつけることができたのは、気長に待つとあたたかいお言葉をくださった皆様のお陰です。本当にありがとうございました!
 今回、決着編ということでしたが、シリーズはしぶとく続きます。ようやく結ばれたヘタレ少年と女王様のその後も見守っていただけたら幸いです。













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