機動兵器G
えー、期待しないで読んでいただけると丁度良い塩加減になるかもしれません。
あ、言うまでもありませんが虫注意です。と言っても、そんな強烈なインパクトはありゃしませんが。
空想科学祭参加作品もこれで三作目、お気軽にどうぞ。
「まずはこちらをご覧下さい」
という探査主任の言葉と共に薄暗い空間に投影されたのは、一抱えほどある大きさの茶色い球状物体だった。
「何だね、これは?」
「これが『何』であるのかについては、わからないとしかお答えできません。ただ――」
惑星移民の実質的な責任者であるところの局長の質問に、主任は熱っぽい語りで応じながら、冷静さを取り戻すためなのか言葉を切る。
「この地で栄えた文明が滅んだ理由を解き明かす、鍵になるかもしれません」
「な、何だってー!」
飾り羽を立てて大袈裟に驚く局長を横目に、私はこっそり溜め息を漏らす。止むを得ないとは言え、さすがに局長の趣味に付き合うのも疲れてきた。
我々がこの惑星――トーマ星系の第三惑星への移民計画を始動してから、すでに十周期が経過している。この惑星に高度な文明が栄えていたことは、軌道上からの映像だけでも判明していたことだが、懸念していた文明人との接触はなかった。我々が本拠地として選んだ大きな大陸『あめりか』はもちろん、この惑星のどこを探しても席巻していた『猿人』の姿は見付けることができなかった。
ただ、それだけなら文明の残骸である瓦礫を如何にして撤去するかという程度の問題で終わったことだろう。
「まさか、その子供が遊びでこしらえたような歪んだ球状物体によって滅んだ、などと言うのではないでしょうね?」
私の冷めた指摘に、主任はクチバシの端を不敵に持ち上げる。何やら自信ありげな素振りだ。
「とりあえず、こちらを見ていただきましょうか」
そう言いつつプロジェクターを操作し、球状物体の一部をズームアップする。そこには『封』という文字のようなモノが見て取れた。
そもそも局長を始めとした開拓民が猿人の痕跡を追いかけるキッカケは、この地で当時の情報が集積された端末郡が見付かったからである。その解析は現在も進行中なのだが、その中でも『にっぽん』という地域の言語が我々の言葉に近く、かなり翻訳が進んでいる。一方でこの『あめりか』で使用されていた『あるふぁべっと』なる文字郡は今一つ理解に乏しく、記号文字を主言語に用いている連邦の専門家を近く招集する予定だった。正直、大国の権威を笠に着る連邦の輩に借りなど作りたくはないのだが、開拓惑星の独占が禁じられている以上、遅かれ早かれ流入は避けられない。そうなってからトラブルを生じるよりはマシだろう。
「これは何か悪いものを閉じ込めておく際に記載されるものです」
「ほう、つまりこの中には、とても悪いモノが潜んでいるということなんだな?」
局長、どうして嬉しそうなんですか?
とはいえ、どう見ても子供が悪戯で作ったような物にしか見えない。この中に危険物が封じられているなど、おいそれと信じられるものではない。
「更に問題なのはコレです」
画面がスライドし、フリーハンドで書かれたであろう奇怪な文字郡を大映しにする。所々掠れてはいたものの、それが縦書きの文字であることはわかる。
「これは、何と読むんだね?」
局長らしからぬ当然の質問に、主任が応じる。
「これを開けてしまうと、世界が滅ぶという意味のようです」
「へー、ほー」
尾羽をピコピコと揺らしている局長は、間違いなく興味津々である。ハッキリ言って良い予感がしない。
だがとりあえず、しっかりと事実を把握する方が先決だ。取るに足らぬものであるなら、放置しても問題はない。
「で、中には何が?」
何もなければそれで良し、何かあっても子供の悪戯程度の代物だろうと考えていた私にとって、その質問は自然なものだった。ところが主任は、その流れを待っていましたとばかりに画面を切り替える。
断面図と思しき画像を見る限り、何やら金属でできた立方体の容器を、粘着性のあるテープか何かでぐるぐる巻きにしたかのような物体であるようだ。
「この中は空洞になっておりまして、塵や埃が固まっている程度だったのですが、その中に一つ、外骨格の生物の死骸がありました」
「死骸?」
この大きさだと虫か海洋生物といったところか。確かに危険な生き物がいないと言い切れはしないだろうが、世界が滅ぶなどという大層な触れ込みをする割には小さくも思える。
「調べてみたところ、この生物であるということが判明しました」
更に反転した画面に表示されたのは、薄く黒い姿の虫だった。
「名前はクロゴキブリ、生物兵器です」
兵器? この小さい生き物が?
「情報源は、例のアレかね?」
「はい、ソースは二番回路です」
この大陸で見つかった端末郡が、我々が彼ら猿人を知る大きな手掛かりの一つとなっている。その中の、ほぼ無傷に近い状態の端末から引き出せたのは、二番回路と称された遥か西方に浮かぶ島で交わされたコミュニケーションの記録であった。これがなければ、大規模な調査団の派遣などあり得ない話であっただろう。
全く、厄介なモノが見付かったものである。
「ゴキブリ、か。面白い響きですね」
「二番回路ではこのような記号をあてられていました」
投影されていた映像が反転し『G』という文字らしきものが浮かび上がる。
「これでゴキブリと読むのか?」
局長の問いに、主任は首を横に振る。
「アルファベット表記をした場合の頭文字のようです。読み方は……すいません、今のところわかりません」
「連邦文字のヴィーに似ていますね」
「確かにそうだな。とりあえずそれでいいだろ。でっ、この生物兵器ヴィーはどんな風に危険なのかね?」
局長はもう、わくわくが止められないらしい。椅子の上で跳ねそうな勢いだ。
「一匹発見されたら数日後には三十匹に増えると言われる繁殖力や恒星爆弾の直撃を受けてもピンピンしている生命力なども特筆に価するのですが、二番回路を検証した結果、この兵器において最も危惧すべきなのは精神汚染であろうと思われます」
「精神汚染?」
猿真似をするように返した局長の言葉に、主任は大きく頷く。
「そうです。この生物の見た目は、猿人達にとって自我を崩壊させるほどの破壊力を秘めています。恐怖と嫌悪から冷静さを失い、全身の毛を逆立てながら逃げ惑っていたらしいです」
「見た感じ、そう怖くもないがなぁ」
普段は同意する意欲すら湧かない局長の言葉に、その時の私は珍しく頷いた。とはいえ、私見で事実を捻じ曲げるほど愚かでもない。
「対抗する手段はなかったのですか?」
猿人が滅びたのはほぼ間違いない。しかしこのゴキブリと呼ばれる生物兵器が滅びたかどうかは未知数だ。今のところこのような生物が発見されたという報告は上がっていないものの、対抗策の有無は気になるところだ。
「様々なものがありました。しかし――」
主任の歯切れは悪い。
「どのような化学兵器も即座に耐性を手に入れてしまい、決定的な手段にはならなかったそうです。最終的には物理攻撃に頼らざるを得ない状況だったようですが、一部の猛者を除いては退治もままならないのが実情だったようです」
「それはやはり、精神汚染を恐れて近付けなかったということですか?」
「それも大きいようですが、この大きさでありながら瞬間的に音速を超えるほど素早く移動し、しかも身体を変形させることでどのような隙間にも入り込めることも大きな原因であったようです。更に、そればかりではありません」
「なになに?」
局長は身を乗り出しすぎて、机に寝そべるように格好になっている。実に馬鹿丸出しだ。
むろん、そんなことは周知の事実なので今更指摘する道理もない。
「いざとなれば空を飛ぶこともでき、追い込まれた彼らは時に特攻を敢行することもあったと伝えられています。また極めて少ない例ではありますが、体内に侵入して繁殖を行い、内臓を食い荒らすといった記述も見られます」
「ヴィーすげー!」
信憑性はともかくとして、外観だけで判断して構わない生物ではないのかもしれない。
「これは私の勝手な想像なのですが――」
そう前置きした上で、主任は続ける。
「ここに住んでいた猿人達は、このヴィーの精神汚染を受け続け、やがて精神に支障をきたして発狂し、自ら滅びの道へと歩んでいった、というようなことがあったのではないかと。事実、猿人同士による紛争の爪痕がそこかしこに見られますし」
「……副局長」
「はい?」
「ヴィー復活プロジェクトとか、やってみる気はないかね?」
「どこをどう切り取ったらそんなイカれた結論に達するんですか!」
そもそも仮に復活したところで、このヒトには精神汚染は効かないだろう。
最初から狂っているのだから、これ以上狂いようがない。
「えーっ、最終兵器だよ。凄いんだよっ」
「この件は封印、口外無用とします。いいですね?」
この時、殺してでも口を封じておくべきだったと、後々後悔することになろうとか、考えもしなかった。いや、組織を纏める者としては青二才だったということなのかもしれない。
認めたくないものだ。若さゆえの過ちなどというものは。
開拓事業が開始されてから十周期、連邦の連中が介入を始めてから四周期が経った現在、我々は窮地に立たされていた。
それもこれも、連邦の阿呆共のせいである。
連中は我らの懐に入り込み、その情報を盗み、姑息にも社会を混乱させるための策を打ってきたのである。
通称G作戦と呼ばれるそれは、南方の島にひっそりと生き残っていたヴィーを捕獲し、それを我々の居住圏に放つという極めてシンプルなものだった。かの国は昔からそうだが、一々やることが姑息で小さいのである。
とはいえ、笑ってばかりもいられない。
今やヴィーは、この地域のどこへ行っても見かけるほどに繁殖してしまっていた。対応策としての兵器開発も進めてはいるが、その効果は思っているほど上がってはいない。
「出たぞっ。黒い悪魔だ!」
考えている側からこれだ。一仕事終えてバーで一服、そんなささやかな楽しみすら阻害される。連邦の新兵器は全くもって頭の痛い存在である。
騒ぎに沿って視線を向けると、白い壁に黒い異物が見える。大きくて脂ぎった身体、長くウネウネと動く触角、素早く自在に動く黒い脚、そのいずれもが嫌悪感の対象となる。自分でも理解不能なのだが、理屈ではわからないレベルで気持ち悪いと思える生物だ。
確かにこれは『兵器』に違いない。
バーのマスターが右にヴィー叩き用の専用物理兵器『シンブン』を、左にヴィー専用科学兵器である『ママレモン』を手に、連邦の手先へとにじり寄る。現在考えられる最強装備での撃退だ。あれで敗れるワケにはいかないだろう。
しかし、一撃で仕留めようと意気込んで放たれた物理攻撃を、ヴィーは素早い動きでかわした。
「こいつ、動くぞ!」
そりゃそうだ。生きてるんだから。
「くっ、この私にプレッシャーをかけるヴィーとは、一体何者なんだっ」
虫です。
だが、ただの虫ではない。自らを守るために動き回るヴィーを相手に、さすがに狙いが定まらなくなったマスターはママレモンを立て続けに三連射する。直撃こそ免れたものの、何発かは有効打があったように見えた。
しかし、動きが鈍る気配はない。
「ええーい、連邦の兵器は化け物かっ!」
確かに、まさかすでに新型の殺虫剤にまで耐性を得ているとは、驚くべき性能というべきだろう。
とはいえ、このままでは被害は拡大するばかりだ。下手をすれば私の所にまで飛び火してくる可能性もある。戦況を見てそう判断した者が他にも居たのだろう。店内の喧騒は次第に大きくなっていった。
「弾幕薄いぞ! 何やってんの!」
野次が飛ぶ。
「悲しいけどこれ、戦争なのよね」
諦める者すら出てきた。
「あれは悲しみの光だ!」
ついに精神汚染の被害者まで出る始末である。
マスターは殺虫剤を乱射しているが、それを嘲笑うようにヴィーは動き回る。さながら、当たらなければどうということはないとでも口にしているかのような素振りだ。
しかし、さすがに虫相手にいつまでも遅れをとるワケにもいかない。少しずつ行動範囲を狭めたマスターは、ついに逃げ場のない隅へとヴィーを追い込んだ。
「頂きっ!」
言いつつシンブンを振り上げた、その時だ。
飛んだ。黒い悪魔が。
紙一重のところで振り下ろされる物理攻撃をかわしたヴィーは、マスターの飾り羽を蹴り飛ばして進路を変え、戸棚の後ろへと消えていく。
「俺を、踏み台にしたっ!」
どうやら私は目撃してしまったらしい。新種誕生の瞬間というものを。
ともかく連邦の阿呆共のせいで、しぶとくたくましい隣人との付き合いが増えてしまったことだけは事実である。それと当然の話とも言えるが、連邦の開拓している地域にもヴィーは遠慮なく住み着き始めたようである。自業自得とはまさにこのことだ。
不安はあるが、今のところはヴィーによって滅ぼされるような気配はない。
ただ最近、局長が「俺がヴィーだ」とかワケのわからないことを抜かし始めているので、少し心配している。
本作はBLUE部門参加作ではありますが、皆様の温かいののし――ではなく辛口批評も随時受け付けております。