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割戸学園高校より
作:春野エックス



引越し(6)


 昨夜ゆうべは不快で、毛布を掛けてなぞ眠りたくなかったが、何故か今夜はそのベットで眠りたかった。横になって色々な事を考えた。特にオヤジの残して行った、豪華な新品同様の衣装類の事が気になった。

『ノートパソコンは三万位だから残りの七万が親父の残して行った衣装等の代金だ。ミルクさんの推薦状のお陰で、少し高めの査定になったとしても、パソコンの元値が五十万位だから、衣装の方の元値は百万前後だろう。
 うーん、普通に考えれば、また戻って来るという意味だろう。普段着ならいざ知らずあれだけ高価な物を残して行くのは勿体無いからな。
 しかしその逆も考えられる。如何にも戻って来ると思わせる為の、小細工の一種と考えればピッタリ辻褄は合う。いなくなった時は普段着だったから、かえって怪しい。
 やはり後者だと考えるのが自然だろうな。百万円の衣装代は惜しいけど、預金残高は三千万以上だったんだからな。校長から騙し取った分を含めると四千万近い金になる。
 しかもそれが持ち逃げした金の全てとは限らない。今までの状況から考えれば、多分隠し預金が更に数千万はあるのだろう。
 それでも遊び暮らしていたのでは一年もしないうちに使い果たす。使い果たして戻って来るか? 今回は違う。前回の時は組織から最後まで、オヤジが戻って来るまでちゃんと連絡があった。だけど今回は何も無い! 何も無い! ……』
 光輝は心の中で『何も無い!』を何度も叫んだ。
「ううううっ!」
 急に悲しくなって涙が零れた。アルコールの影響なのかも知れない。悲しい気分のまま何時いつしか眠っていた。

 割戸学園高校は完全週休二日制なので翌日の土曜日は休みである。何事も無ければのんびりで良いのだが、朝八時位までにマンションを引き払うと管理人に伝えてあるので、午前五時位から起き出して、荷物をまとめたり、掃除をしたり、ゴミを出したりして結構忙しかった。朝早くそこを引き払うのは、ハルカやミルク達に気付かれない内に出て行こうと思ったからである。
『道場にまで付いて来られたらたまらないからな。恐ろしい修羅場になるかも知れないんだし、一緒に行って彼女達まで怪我をしたら気の毒だ!』
 そんな風に考えての事だった。

 昨日買って置いた、レンジでチンするだけで美味しく食べられるカレーライスで、最後の朝食を済ませた。その後で午前八時少し前に、部屋の中を忘れ物が無いか念入りにチェックしてから、キーと荷物を入れた昨日も使ったバックとを持って部屋を出た。
「バタンッ!」
 ドアを閉めて、オートロックを確認し、二度とは帰って来ないであろう高級マンションの183号室を後にした。一度だけ振り返って、
『盗聴やら覗き見された事を除けば快適なマンションだった。今迄で一番立派なマンションだったな。そういう結構な所には長くは居られない運命だったんだろうな、多分』
 そう思ってちょっとだけ皮肉な笑みを浮かべた。が、直ぐに気持ちを切り替えてマンションのキーを、入り口の所に居るチェック係のガードマン達に渡しながら、
「どうも、お世話になりました。さよなら!」
 と、一声掛けて中山マンションの外に出た。ガードマン達は、
「ああ、どうも!」
 と言って軽く頭を下げただけだったが、微笑んでくれたので何か救われた様な気がした。

 持って来た荷物の殆どが着替えと学用品だった。例の煙の出る少し重い鞄は既に燃えないゴミとして処分している。全体の重量としては昨日と大して変らないが、歩く距離が昨日よりかなりあるので、ちょっと大変である。
『ふう、結構重い。最初は大した事はないと思っていたけど、長く歩いていると段々重く感じるな』
 そう思いながら、空模様が気になって少し上を見た。

『ありゃ、雲の量が増えて来たぞ。一雨来るかも知れないな。後三十分持ってくれ!』
 天気予報は午後から雨と言っていたが、既にポツリポツリと降って来た。光輝は速足で歩こうとしたが、荷物の重みで余り速くは歩けなかった。雨は次第に本降りになって来た。
『仕方が無い。雨宿りして、バックから折り畳みの傘を出すか』
 雨宿りの為に、近くのビルの軒先を借りた途端、
「ゴロ、ゴロッ!」
 っと、雷が鳴り出した。それから暫く滝の様な雨が雷鳴と共に続いた。
『ああ、少し待った方が良いな』
 バックを下に置いたが、雨の飛沫しぶきが掛ってまずいので、結局ビルの中に入って待つことにした。

 何のビルか何も考えずに入ったのだったが、
「いらっしゃいませ」
 と男性から声を掛けられて驚いた。狭くはあったが、ホテルのようなフロントがあった。声を掛けて来たのは、そこにきちんと正装して立っていた中年の紳士風な男だった。蝶ネクタイと鼻の下の立派な髭が如何にもそれらしい。

「お一人様で御座いますか?」
 光輝は返事に窮したが、
「は、はい。えーと、ここはホテルですよね?」
 と、確認してみた。
「はい、勿論ホテルで御座います。初めてで御座いますよね?」
 男も確認する。

「はい、そうですが……」
「初めての方の場合は、身分証の提示をお願いしているのですが」
 男の言葉に光輝は何か変だと思ったが、相変わらず雷雨が激しいので暫く休憩して行こうと思った。
「あのう、生徒手帳でも良いですか?」
 恐る恐る聞いた。

「はい、どなたでも様でも、お金さえ支払って頂ければ宜しいですよ」
 男は平然と柔らかい物腰で言った。
『お金さえ支払えば? まあそりゃそうだろうけど、何か変だな?』
 そうは思ったが、外に出られる状況になかったので、生徒手帳を出して見せた。
「ははは、これはこれは、割戸学園高校の三年A組の方でいらっしゃいますか。ちょっとお待ち下さい、ただ今機械でチェック致しますので」
 リサイクルショップの時もそうだったのだが、生徒手帳を調べる何か専門の機械があるらしい。 
「はい、お待たせ致しました。確かに本物で御座いました。手帳をお返し致します。それでお泊りでしょうか、それともご休憩でしょうか?」
 光輝は勿論休憩の積りだったので、
「えーと、休憩と言う事で、お願いします」
 今更断れないので、とにかく一休みして雨が小降りになるのを待ってからホテルを出ようと思った。

「部屋とかはお任せで宜しいですね?」
「はい、お任せします」
「それでは、九時から十一時までの二時間の休憩と言う事で、前金で二万円頂きます」
「二、二万円?」
 べらぼうな金額に光輝は冷や汗を掻いた。
『一体ここは何なんだ? ひょっとして、ぼったくりバーとかの一種か?』
 光輝の頭の中にそんな言葉が浮かんで来たのだった。












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